こうして、大通りで繰り広げられた行商ギルドと四十二区住民の戦いは、和睦という結末を迎えて幕を下ろした。
行商ギルドが適正価格での取引を始めることになり、住民たちの生活は一気に向上するだろう。
もしかしたら、ゴミ回収ギルドはお役御免かもしれないな。
モーマットたちのところでも、野菜が余るなんてことはなくなるかもしれない。
「ヤシロ」
日が落ちて、辺りが薄暗くなっている。
俺たちは陽だまり亭に戻り、大宴会を開いていた。
各々が材料を持ち寄り、それらをジネットが料理していく。
酒も持ち込んで、どんちゃん騒ぎに発展している。
そんなバカ騒ぎの会場を抜け出し、外で風に当たっていた俺のもとに、エステラがやって来た。
頬が少し赤い。軽く飲んだのだろうか。
「お見事だった。言うことなしだよ」
「酔ってるのか? 素直に褒めるなんて珍しいじゃないか」
「あれだけ頑張ってくれたんだからね。たまには褒めてあげないと」
よしよしと、俺の頭を撫でてくるエステラ。
やはり少し酔っているようだ。
「これで、四十二区内の貧富の差はかなり解消されるだろうね。何十年も、誰も手を出せなかったところに、よくぞ切り込んでくれたものだよ」
「その方が、俺の利益になるからな」
「ふふ……そういうことにしておくよ」
火照った顔を手でパタパタと仰ぎながら、エステラはアゴを上に向ける。
吹いてくる風にさらされて心地よさそうに目を細める。
「あ、そういえば」
「ん?」
以前から聞こう聞こうと思っていたことがあったのだ。
ついでだから、今聞いてしまおう。
「俺がここに来て、もうすぐ三ヶ月になるんだがよ」
「もうそんなになるんだね。毎日賑やか過ぎてアッという間だったよ」
「三ヶ月間四十二区内に住んでいれば住民登録をしてもらえるんだったよな?」
「そうだよ。手続きの方は任せておいて。書類はこっちで用意するから。あ、でも、最後の署名だけは本人の直筆が必須だから、そこは頼むね」
「そうか。分かった」
「そうか、もうすぐしたら、君もいよいよ四十二区の住民に……………………あぁっ!?」
何かに気が付いたのか、エステラが飛び上がり、俺の顔を覗き込んでくる。
「会話記録!」
そして、大急ぎで何かを調べ始めた。
…………ふふふ。
「あぁーっ! やっぱりだ!」
眉を吊り上げ、エステラが半透明のパネルをこちらに見せ、突きつけてくる。
そこには、こんな言葉が記されていた。
『その代わりに、今この場にいる四十二区の住民はアッスントに『精霊の審判』をかけない』
俺が言った言葉だ。
この言葉に乗っ取り、あの場にいた者たちは契約を結んだ。
「き、君はまだ『四十二区の住民』ではないから、この範疇に含まれてないんじゃないのかい!?」
ご明察!
その通りだよ、エステラ君!
『今この場所にいる四十二区の住民』は、アッスントに『精霊の審判』をかけられない。
だが、その時その場所にいなかった住民と、『その場所にいた住民ではない者』はその限りではない。
そして、契約の内容が『今この場所にいる四十二区の住民』と明記している以上、『あの場所にいた住民でないものが後々住民になったとしても』この契約に縛られることはないのだ!
しかも!
アッスントに誓わせた契約は『お前たち行商ギルドは、俺たち四十二区に拠点を置く者たちに、今後一切「精霊の審判」を使うな』なので、アッスントは俺に『精霊の審判』をかけることは出来ない。
俺は、アッスントに『精霊の審判』をかけられるけどね!
「…………君というヤツは」
エステラが険しい表情で俺を見つめる。
まぁ、そう心配すんなって。
保険だよ、保険。
アッスントがトチ狂って、他の誰かを引き込んで四十二区を破壊しようなんて考えたりした際、こちら側に武器を使えるヤつがいた方がいいだろう?
だから、あえてだよ、あ・え・て。
吹き抜ける風は心地よく、食堂の中から聞こえてくる声は楽しげで、おまけに俺はとても気分がいい。
今日は本当にいい一日だったなと、俺はその日を締めくくることにした。
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