「あ、英雄様!」
「うっわっ! 眩しっ!?」
レンガ工房で俺たちを出迎えてくれたのはウェンディだった。……のだが、ちょっとした日陰に入るとこれでもかと光を発散し始めやがる。
こいつ、目に悪いな……
「も、申し訳ありません!」
「お前、まだ光る花の研究を続けているのか?」
「はい。でも今は、レンガに使える塗料の開発がメインです。その……セロンの仕事を支えたいので…………キャッ!」
わぁ、可愛い猿のマネ~。
照れたんじゃないぞ。今のは猿のマネだ。断じて照れたんじゃない! そうでないと認めない!
「今、レジーナさんの薬で、光を抑えますね」
「わざわざ買ってきたのか?」
「いえ、あの……英雄様の前であまり眩しい光を発すると……その……、『目がくらんで何も見えない~』とか言いながら、私の胸を揉もうと狙ってくるから……一応持っておけと言われまして」
「すまん、ジネット。俺、今からちょっとレジーナをぶっ飛ばしてくる」
「あ、あの、落ち着いてください、ヤシロさん! ウェンディさん、レジーナさんのその発言はご冗談ですので、お気になさらずに!」
「はい。もちろんです。英雄様がそのような破廉恥な行いをされるはずがありませんもの」
「……そいつは、どうかな?」
「含みを持たせないでください!」
まったく。レジーナのせいで変な噂が広がりまくりだ。
あいつはもうずっと部屋に閉じこもっていればいいんだ。
「これはこれは。ようこそ、我が工房へ」
手ぬぐいをバンダナのように頭に巻いて、さわやかな汗をかいたセロンが窯場から現れた。
この猛暑日にレンガを焼いているのか? なんだ、ドMか?
「セロン。お前は変態だったんだな」
「すみません、英雄様……いきなり過ぎて話が見えないのですが……?」
セロンが戸惑い気味にウェンディを見る。するとウェンディはくすくすと笑って微笑みを返す。視線と視線が交差すると、二人は揃って軽やかな笑いを零した。
よしっ! この場で爆発しろ!
「実は、鉢植えが欲しいんです。スノーストロベリーを植えたいと思いまして」
「あぁ。それでしたら、おすすめの物がありますよ」
リア充爆破計画を練り始めた俺を置いて、ジネットが鉢植えを注文している。
「あ、そうです、英雄様」
鉢植えを取りに行きかけたセロンだったが、俺の方を向き直り、自信たっぷりな表情でこんなことを言ってきた。
「以前、英雄様に教えていただいた物が完成したんです! 手前味噌で恐縮ではありますが、なかなかの出来だと思います」
「……俺、なんか言ったか?」
「一緒に持ってまいります。もしお気に召しましたら、是非お持ちください」
嬉しそうな顔で焼き場へと戻っていくセロン。
「あぁ~ん、暑いぃぃんんんっ!」とか、変態チックな声でも聞こえてこないかな。そして、お前のイケメン度を急落させるがいい。
もちろん、そんな奇抜なことは起こるはずもなく、戻ってきたセロンは相変わらずの爽やかスマイルで、輝く汗が男前に拍車をかけていた。……ちっ。
「ご覧ください! 七輪ですっ!」
「……ぅわぁ~……」
「是非お持ちくださいっ!」
「え、なに? 俺に死ねって言ってるの?」
こんなクソ暑い日に七輪なんか使うかよ。
俺はお前と違って熱気に興奮する変態ではないんでな。
「え、でも……海漁ギルドのギルド長様とお話をされていた時、七輪があれば嬉しいとおっしゃっていましたよね?」
「あ? あ…………あぁ、あの時かぁ……」
数週間前。
吹く風がとても涼しく、秋が深まったような、そんな気持ちにさせる気候が続いた時期があった。
そんな折り、海漁ギルドのマーシャが俺にサンマとハマグリを持ってきてくれたのだ。
そこで俺は、「七輪があるといいんだけどなぁ」という旨の発言をし、たまたまそこに居合わせたセロンに七輪とはどういうものかを教えてやったのだ。
……まさか、マジで作るとは。しかも、こんな猛暑日に……
「も、もしかして、ご迷惑……だったでしょうか?」
セロンの顔色が一瞬で青くなる。
「英雄様の許可も得ず、勝手に作成してしまいまして………………ぼ、僕は、なんて早まったことを………………そ、そうだ、こんな素晴らしい物を、自分が作らせてもらえるだなんて勘違いを…………ぼ、僕はぁぁあっ!?」
「セロン!? 英雄様! 申し訳ございません! もし罰をお与えになるなら、どうか、私にも同等の罰を! セロンを見つめていながら、止めることを怠った、この私にも!」
頭を抱えて地面に蹲るセロン、その肩を抱きつつ、俺に向かって膝をつき頭を下げるウェンディ…………え~、俺、完全に悪者じゃん…………
……はぁ。
「ぅ、うわ~い! ちょうど七輪が欲しかったところなんだよねぇ~、さすがセロンとウェンディは気が利くなぁ! あ~、よく見たらこりゃあ一級品の七輪だ~! さすが、仕事が丁寧でグレードが高いぜー!」
「本当ですか、英雄様!?」
「よかったね、セロン!」
「ウェンディのおかげさ! 僕を応援し続けてくれたから!」
「そんなことない! 私はただ、セロンのそばにいただけ……」
「それが、僕の力になるんだよ……」
「セロン……」
「ウェンディ……」
お前ら、七輪で焼くぞ?
醤油一差しして香ばしく焼き上げるぞ、リア充め!
「いいお買い物が出来てよかったですね、ヤシロさん」
「俺の国では、こういうのを押し売りとか泣き落としとか言うんだぞ」
こんなもん、詐欺の一種じゃねぇか。
ただ、七輪のクオリティはマジで素晴らしい。
さぞや、美味いハマグリが食えるだろう。……雪でも降る頃になればな。
「それじゃあ、スノーストロベリーの鉢と一緒に陽だまり亭に届けておいてくれ」
「はい。七輪は全部で四つございますが、おいくつお持ちしましょうか?」
四つ……
ちらりとジネットを見る。
ジネットは「お任せします。……でも、お優しい対応を」とでも言いたそうな困り笑顔を俺に向けていた。
……くそ、こいつら。詐欺師に押し売りするとは……とんだ食わせものだ。
「折角だから四つもらうよ。いつか、七輪パーティーでもやるさ」
「いいですね! その際は、我々も是非っ!」
「お手伝いできることがあれば、なんだっていたしますので!」
え~ん、なんかすっごいグイグイくるんですけど~……
「分かった! 分かったよ! 雪が降ったら雪見酒でも飲みに来い」
「「はいっ!」」
光り輝くような笑顔を浮かべて、セロンとウェンディは頷いた。……あ、ウェンディはマジでちょっと輝いてたけどな。
これ以上いると、窯場の熱とリア充のラブラブハートで猛暑日がさらに暑くなりそうだったので、俺たちは早々にレンガ工房を後にした。
不思議なもんで、レンガ工房を出た瞬間、温度が2℃ほど下がった気がした。
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