異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

92話 お買い物 -3-

公開日時: 2020年12月28日(月) 20:01
文字数:2,438

「……暑苦しい場所だったな」

「幸せそうでいいじゃないですか」

「……今度セロンに足つぼやってやる」

「可哀想ですよ。うふふ」

 

 俺の隣を歩きながら、ジネットは肩を揺らしてくすくす笑う。

 なんだかとても機嫌がよさそうだ。

 

「買い物は楽しいか?」

「え?」

「いや。あんまりないだろう? こうやってゆっくりといろんな店を回るなんてことはさ」

 

 だいたいアッスントがやってくれるようになったからな。優秀なのはありがたいが、やはり買い物は自分の足で歩き回るのが楽しい。

 日本にいた頃、PCのパーツを探して一日中電気街をウロついたこともあった。

 なかなか楽しい思い出だ。

 

「お前も、たまには休みを取って、こうやって買い物を楽しめばいい。そうすれば、新たに見えてくることもあるだろう」

 

 まぁ、そうなったら、どこかの怪しい店でまんまと詐欺に引っかかったりしそうで、ちょっと心配ではあるがな。

 

「そうですね……。お店の方も、少し安定してきましたし」

 

 実際、マグダとロレッタが揃っていれば、店は回せるようになりつつある。まだまだジネットの下ごしらえや指示が必要ではあるが、そのうちそれすら必要なくなるかもしれない。妹たちもいるしな。

 

「そういう時間を作ることも、悪くないかもしれませんね」

 

 ジネットの笑みはとても朗らかで、出会った頃よりもほんの少しだけ、大人っぽく見えた。

 陽だまり亭にしがみついているだけだったこいつは、もういないのだ。少しずつ距離をあけられるようになり、少しずつだがマクロな視点で世界を見つめることが出来るようになってきている。

 陽だまり亭が、ジネットにとって大切な場所であることは、この先一生変わることがないだろう。だが、それだけではなくなるかもしれない。

 いや、そうなるはずだ。

 陽だまり亭は、ジネットにとって『大切なものの一つ』というポジションになるのだ。

 

 それは、ジネットが成長したという証拠になるだろう。

 

「でも……」

 

 ふと……

 前を向いて歩く俺の視界からジネットが消えた。

 流れていた景色に溶けるようにいなくなってしまったのだ。

 

 ジネットが足を止めたのだと気付いて、そちらを振り返る。

 風景が手ぶれ画像のようにピンボケして、立ち止まるジネットにだけ照準が合っていた。

 

「その時は、ヤシロさんも一緒にいてくださいね」

 

 いつもと変わらない。あの笑顔がそこにあった。

 

「……ぇっと」

 

 一瞬。

 ほんの一瞬だが、頭が真っ白になった。

 

「…………まぁ、たまには、な」

「はい」

 

 くっそ…………何をちょっと浮かれてんだ、俺は。

 

 とてて、と、ジネットが俺の隣に来るのを待って再び歩き出す。

 流れていく景色が、さっきまでよりほんの少し淡く見えるのは……まぁ、気のせいなんだろうな。

 

「さぁ! 次は金物屋だ! ノーマのおっぱいでも拝みに行こうぜ!」

「もぅ、ヤシロさん。そういうことばっかり言ってるから、レジーナさんにいろいろ言われちゃうんですよ」

 

 優しく叱るように、ジネットが俺の腕を軽く押す。

 あれ? ジネットってこういうボディータッチする娘だったっけ!?

 してたかなぁ……してたか。じゃあなんだ? 俺が意識するようになったってのか?

 ふざけんな。なんで俺が……

 

「まぁ、レジーナだからな。さすがにノーマのとこにまでは顔を出してないだろう。引きこもりの人見知りだしな。あいつたぶん、キノコの一種なんだろうな」

「くすっ…………酷いですよ、ヤシロさん」

 

 盛大に吹き出した後で言ったって説得力がない。

 くすくすと笑うジネットと並んで大通りへ戻り、一本裏の路地に入ると、そこは金物通りだ。

 

 緩やかな上り坂になっている金物通り。そこの入り口付近にノーマの金型屋が建っている。

 何かある度にいろんなものを注文しているため、俺にとってはもうすでに馴染みの深い店になっている。

 

「ノーマ、いるかぁ?」

「あぁ、ヤシロかい? いるにはいるんだけれどねぇ……」

 

 店の奥で優雅に煙管をふかすノーマ。紫の煙が薄暗い室内でくゆる。天井付近で円を描いて消えていく。

 カウンターに体重を乗せるようにもたれかかるノーマ。おっぱいがどでんと乗っかっている。

 

「あんたが来たら、警戒するようにレジーナに言われてるんだよねぇ」

「すまん、ジネット。俺、今からちょっとレジーナをぶっ飛ばしてくる」

「あ、あの、落ち着いてください、ヤシロさん! ノーマさん、レジーナさんのその発言はご冗談ですので、お気になさらずに!」

「くふふ……分かってるさね。からかうと可愛いんだよ、そのボウヤはね。くふふ……」

 

 煙管を器用に回して灰を落とす。

 

「そうそう。『冷蔵庫』はどんな塩梅だい? 使い物になるなら他にも売ってやりたいんだけどねぇ」

「まぁ、ぼちぼちだな。やっぱり天候に左右されやがる」

「そこは仕方ないさね。井戸に放り込んでおくだけなんだからね」

 

 新しい葉を煙管に詰め込み火を点ける。

 微かに甘い、煙のにおいが立ち込める。

 

「ヤシロさん。『れいぞうこ』というのは?」

「あぁ。俺がみつ豆作る時に、寒天を冷やしていた箱だ」

「あぁ、アレが冷蔵庫なんですかぁ」

「いや、違うんだけどな……」

 

 それは、とても冷蔵庫とは呼べない代物だった。

 陽だまり亭の井戸は深い。故に、水面近くはなかなかひんやりしている。

 というか、井戸水はキンキンに冷えているのだ。

 そこへ、この『冷蔵庫』なる、完全防水の金属の箱を放り込む。これだけのことなのだ。

 まぁ、確かに冷えるんだけどな。河原で夏野菜を冷やしているような感覚と言えば想像できるかもしれないな。

 とはいえ、このクソ暑い真夏を乗り越えるには、いささか数が不足し過ぎだ。

 まぁ、精々みつ豆が美味しく作れる、くらいが関の山だ。

 

「それで? 何が欲しいんだい?」

「はい。スコップを二つほど」

「スコップだね。ちょいと待ってな。いいヤツを選んできてやるからさ」

「はい。よろしくお願いします」

 

 その後、ノーマが持ってきたスコップを二つ購入し、俺たちは陽だまり亭へと戻った。

 暑い中を歩き回ってクタクタだ。

 

 

 だけど、……なんでかなぁ…………なかなか楽しい一日だったと、そう思えた。

 

 

 

 

 

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