異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

8話 最初の衝突 -4-

公開日時: 2020年10月7日(水) 20:01
文字数:2,055

「ミスターアッスント。選手交代だ」

「おや、初めてお見かけする方ですね? どのようなご関係の方で?」

「昨日から陽だまり亭で働くことになったヤシロだ。姓は、訳あって伏せさせてもらうよ」

「(なぜボクのマネをする?)」

「(バカ正直に本名を名乗るのが嫌になっただけだよ)」

「(ボクに憧れてるなら素直にそう言えばいいと思うよ)」

「(はっはっはーっ。Bカップになってから言え)」

「(……刺すよ?)」

 

 マジなトーンのエステラから一歩離れ、俺はアッスントと対峙する。

 一歩動いたことで、ちょうどモーマットを背に庇うような立ち位置になった。

 

「ヤシロ……大丈夫なのか?」

 

 モーマットが小声で俺に尋ねてくる。

 ……お前に心配されるいわれはねぇよ。この自爆ワニ。

 

「農家の買取価格の前に、こちらから一つ頼みたいことがあるんだが?」

「おや、なんでしょう?」

 

 こちらから頼みを持ちかけたことで、アッスントの表情が和らぐ。

 交渉を有利に持っていけると踏んだのだろう。いや、この流れでさらにこちらから願いを追加したのだ、与しやすいと思っているのかもしれないな。

 

「現状、陽だまり亭は十一もの業者から仕入れを行っている。それを一本化したい」

 

 アッスントの小鼻がピクリと動く。

 

「それは……」

 

 一瞬、言葉を濁す。

 仕入れ先の一本化は、ギルドにしてみれば収入減に繋がる。輸送費が十人分減るのだから。 

 さて、どう出る?

 

「私個人ではどうにも出来かねますねぇ。各々の商人に、個別に話をしていただかないと」

 

 そう来たか。

 で、個別に話すと口裏を合わせたように「俺を切るとこの商品が手に入らなくなるぞ、損をするぞ」と脅しをかけてくるつもりか。

 そして実際に、切った商人が取り扱っていた商品を売らないようにし、どうしてもとこちらが頼んだところでぼったくり料金で売りつけると……

 コネのない弱小事業主には有効な脅しだろう。

 

 だが。

 

「じゃあ、まず手始めに、あんたとの取引を無しにしてくれ」

「よろしいんですか? 私との契約がなくなると、陽だまり亭さんは野菜が手に入らなくなるんですよ?」

 

 ほらな?

 

「ヤシロさんはお若いからご存じないのかもしれませんが、商人の間にもいろいろ複雑な取り決めがありましてね。私は野菜担当で、フルーツや魚には手を出していないんです。他の商人もしかりでして、どの商人ともバランスよくお付き合いしていただくのが、お互いのためかと思いますがねぇ……もし、マーケットを当てにしているのでしたら考えを改めるべきです。彼らは大量のまとめ買いを嫌います。毎日の仕入れは不可能でしょう」

「野菜なら、直接農家から買う手もあるだろう」

「直接? あっはっはっはっはっ!」

 

 突然、アッスントが腹を抱えて笑い出した。

 

「それはいけません。不可能ですよ」

 

 何がそんなにおかしいのか、アッスントはげらげらと笑う。

 

「なるほど。あなたの自信の理由が分かりましたよ。直接売買。確かに、それをすれば安く仕入れることは可能でしょう……しかし、それはルール違反です」

「ルールってのは、ギルドのか?」

 

 だとしたら、ギルドに加入していない俺には関係のない話だ。

 

「いいえ。教会のルールです」

「教会の?」

 

 俺は、隣に控えているエステラに視線を向ける。

 俺の視線の意味を汲み取り、エステラが説明をしてくれる。

 

「各職業の収入を守るために、教会は職業同士が競合しない仕組みを作り上げたんだよ。具体的に言うなら、漁業に加盟していない者が勝手に魚を捕って販売することは禁止されている。これは、価格崩壊を防ぐための措置で、決まった者たち以外はその仕事で儲けを出してはいけないとされているんだ」

「違反した場合は?」

「統括裁判所によって裁かれ、街からの追放や、悪質な場合は処刑もあり得る」

 

 まぁ、恐ろしい。

 つまり、密漁して破格の値段で売るなってことか。

 まぁ、そんなもんが横行したら市場が破壊されて取り返しがつかなくなるだろうからな。

 

「もっとも例外はあって、各区の領主の許可証があれば単発的にその商売を行うことが出来る」

 

 なるほど。

 それで、ギルド未加入の者が物を売る際には領主の許可証が必要になるってわけか。

 

「そして、行商ギルドは各生産者と契約を取り交わしておりまして、そこのモーマットさんは我がギルド以外の者に商品を売ることを禁じられているのです。違反した場合は、『精霊の審判』により、カエルです」

 

 ギルドと生産者の契約違反は統括裁判所ではなく『精霊の審判』によって裁かれるのか……

 あ、そうか。

 ギルドと生産者間の契約は『契約を守ります』っていうのに違反するから『嘘』になるけども、密漁は『密漁しません』という契約を交わしていないから『嘘』にはならないんだ。

 つまり、『嘘』ではない違反行為を裁くのが統括裁判所ってわけか。

 

「お分かりいただけましたか? ヤシロさんの秘策は、残念ながら実施できないのです。お気の毒様」

 

 う~ん、その勝ち誇った顔、ムカつくな。

 俺に言わせりゃ、お前こそお気の毒様だぜ。

 なにせお前は……俺の『叩き潰しても心が痛まないリスト』に入ってしまっているのだからな。

 

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