「ちなみに、ゴミを買い取ってくれるところはないのか?」
「ゴミ……、ですか?」
「あぁ。陽だまり亭の机と椅子をそろそろ買い換えようかと思うんだが……廃棄処分したいものを買い取ってくれる商人がいたら紹介してくれないか?」
「あはははっ! いや、ヤシロさんは本当にユニークな方だ。廃棄処分するものに金を出す商人なんていませんよ」
「は? なんでだよ、もったいねぇ」
「そう思われるのでしたら、ヤシロさんがその商売を始められてはいかがですか? 使えもしないゴミを、買い取る……ふふ、商売を」
俺を小馬鹿にするように、アッスントはニヤニヤと笑みを浮かべている。
そのムカつく笑顔、いつまで浮かべていられるかな?
「それで、どうされますか? 先ほどおっしゃっていた通り、私との取引を解除されますか?」
『先ほどおっしゃっていた』を、強調しやがった。
つまり、取引を続けたければこちらが吊り上げる条件をのめよという前振りだ。
「もし、取引の継続をご希望でしたら、こちらから新たな価格を提示させていただいて……」
「いや、打ち切りでいい」
「…………は?」
アッスントが固まる。
理解できないものを見るような目で俺を見ている。
「だから、お前との取引は今後一切行わない」
「しかし…………後悔しませんね?」
「まぁ、たぶんな」
「そうですか…………いいでしょう。お好きなように」
アッスントの声が、急に冷たいものに変わる。
相当いらついているようだ。
これも交渉の手口なのだろうが。
あからさまに怒っておけば、次回の交渉の際に自分が優位に立てる。
怒らせてしまった相手と交渉するためには、こちらが下手に出るしかないからな。多少の無理難題も聞かなくてはいけなくなる。
アッスントは一貫して交渉を有利に運ぼうとしている。
だが、俺には通用しない。
なぜなら、次の交渉などないからだ。
俺が余裕の態度でいるからだろうか、アッスントは居心地の悪そうな表情を垣間見せる。
そして、俺への牽制のつもりなのは丸分かりなのだが、モーマットに対してこんなことを言い放った。
「契約していた場所が一つ減って、ギルドの運営はまた厳しくなるでしょう。こうなっては、10キロ1Rbからはびた一文負けることは出来なくなりましたね!」
「そ、そんな!」
俺のせいで、モーマットにしわ寄せがいったのだというアピールだ。
それに乗せられてモーマットが俺を睨む。
って、いやいや。お前どっちにしても10キロ1Rbの条件のむ気だったじゃねぇかよ。
「それで売ってやれば?」
「バカな!? お前は俺たちに死ねと言うのか!?」
「言ってねぇよ。そういう極端な発想だから足をすくわれるんだろ」
鼻息荒く憤るモーマットに、俺は冷静に言葉をかける。
モーマットも、自分の落ち度を理解しているようで、それ以上は強く言ってこなかった。
今にも泣きそうな、絶望に満ちた表情をしている。
「しかし、そうなったら……これからどうやって生きていけばいいんだ……」
「自給自足に頼るしかないんじゃないか?」
「そんなもの、今でもそうしている。ウチで食べるものは、全部ウチの畑で採れたものだけだ!」
「もっとたくさん自分の家用に確保すればいい。で、余剰分だけをギルドに売ってやれよ」
「野菜を大量に確保したところで、食べきれなければゴミになるだけだろう!?」
「ゴミなら捨てちゃえばいい」
「俺の野菜を無駄に捨てろってのか!?」
モーマットのごつい手が俺の胸倉を掴み、ギリギリと締め上げてくる。
恐ろしいワニの目が俺を睨む。今にもひと飲みにされそうな迫力だ。
「ちなみに、ゴミを売り買いするギルドは存在しないらしいから、そこは自由にやってもルール違反にはならないみたいだぞ」
「それがどうした!? 誰がゴミなんか買ってくれるんだ!?」
「俺」
「…………は?」
モーマットがマヌケ面をさらし、手の力を緩める。
その隙に、俺はごつい手から逃れ、襟元を直す。
そして、背筋を伸ばしてモーマットに言ってやる。
「もし、大量にゴミが出るようなら俺に言ってくれ。10キロ20Rbで引き取りに来よう」
「なっ!?」
これまで、モーマットたちが手にしていた金額は1キロ1Rb。10キロ10Rbだ。
そして、ジネットが仕入れていたクズ野菜は10キロ80Rb。
10キロ20Rbで俺が買い取れば、モーマットは従来の二倍の収入が見込め、陽だまり亭は四分の一の支出で済む。いいこと尽くめだ。
「といっても、ウチでも引き取れる量に限りがあるから、『近隣農家と相談して』総量は制限させてもらうけどな」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
俺の言葉に口を挟んできたのはアッスントだった。
「それは違反だ! 我々行商ギルドへの妨害工作だ! そんなことは認められない!」
「そうか? 俺は、『商品にならない廃棄物』を買い取るつってるだけだぞ?」
「廃棄物じゃないではないですか!?」
「廃棄物さ。一家庭で10キロも20キロも野菜は食わねぇだろ? 腐る前に捨てたって問題ないじゃないか。それとも何か? 農家が家庭で消費していい野菜の総量でも、ギルドは規定しているのか?」
「……いや、そんなことは…………」
「モーマットがどれだけ実家用に野菜を確保しようが、確保した野菜を捨てようが、それはギルドの与り知るところではないはずだ。そして……」
俯き加減になったアッスントの鼻先に、俺は指を突きつけて、はっきりと言ってやる。
「『廃棄処分するものに金を出す商人なんていない』と言ったのはお前だろう? そして、こうも言ったな? 『そう思われるのでしたら、ヤシロさんがその商売を始められてはいかがですか? 使えもしないゴミを、買い取る商売を』と……」
「……くっ!」
アッスントの額に、くっきりと血管が浮かび上がる。
脂汗が滲み出し、テカテカとブタの顔がテカり出す。
「だから俺が始めるのさ。食堂との掛け持ちになるが、その新しい商売をな」
そう断言すると、アッスントは完全に沈黙してしまった。
「お…………おぉ…………ってことは、俺たちは、これまでの二倍の収入が手に入るってことか!?」
モーマットがわなわなと体を震わせている。
「単純か、バカワニ」
「なんだと!?」
浮かれているワニに、俺は釘を刺しておく。
「陽だまり亭は貧しい農家を救済できるほど裕福じゃねぇ。あくまで、『ウチで使う分だけは』従来の倍の値段で買ってやる。しかし、それ以上は俺にも捌けねぇ。そこから先はギルドと話し合っていいところで折り合いをつけるんだな」
「あ、あぁ……分かったよ。いや、でも、嬉しいじゃねぇか。俺の野菜の価値が上がったみたいでよぉ!」
はしゃぎ回るモーマット。
このワニ野郎はどうもイマイチ理解していないようだが……まぁ、あとのことは自分でやれ。
俺は、俺がいいと思う野菜を安くで仕入れられるようになったから万々歳だ。
農家の連中も、毎月一定額の収入が確保されれば、多少は楽になるだろう。
少なくとも、全部の野菜を従来の十分の一で買い叩かれるよりかはマシなはずだ。
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