早朝。
つか、夜じゃん! 夜!
空真っ暗じゃん!
……あぁ、超眠い。
大あくびを噛み殺し隣を見ると、俺以上に大きなあくびをしているマグダがいた。
陽だまり亭の朝弱いツートップは、ジネットの優しくも温かい声で早朝に叩き起こされ、なんとか集合時間までに身支度を整えることが出来た。
口調は優しいのに、二度寝には厳しいんだな、ジネット……割とスパルタだったぞ。
「では、お二人とも。お気を付けて」
三人分の弁当を手渡しながら、ジネットが俺たちを送り出してくれる。
こいつの早起き能力は尊敬に値するな。
何より、こんな朝早くから百万ドルの笑顔を振り撒けるお前は、本当にスゲェよ。
教会への寄付へは参加できないので、代わりにエステラに頼んでおいた。ナタリアを連れてきてくれるということで、ジネットの負担も少しは減るだろう。
それから間もなくしてミリィが迎えに来て、俺たちは四十区へ向けて歩き出した。
……マグダはミリィの荷車に乗り込んで二度寝を始めてしまったようだが。
「ミリィは眠たくないのか?」
「ぅん。へいきだよ」
出始めの声が小さくなるのは、まだ緊張しているからなんだろうか?
しかし、こうして顔を合わせても逃げ出さないばかりか、普通に会話が出来るようになったのはすごい進歩だ。
今日もぷらぷらと、ナナホシテントウがミリィの頭で揺れている。
四十区に着く頃になり、ようやく遠くの空が明るくなり始めていた。
あぁ、日が昇る。ありがたいことだ。……闇は嫌いだ。
「ぁ……っ」
四十区に入ってしばらく歩くと、突然ミリィが短い、嬉しそうな声を上げた。
「ネック、チック」
ミリィが指さす方向に、二つの小さい人影があった。
ずんぐりむっくりとした体形で、細長い顔をした…………あれは、アリクイだな。
「やぁ、ミリィ。清々しい朝だね。今日はとてもいいことが起こりそうな予感がするんだ。君もだろう?」
「やぁ! 君がてんとうむしさんだね。僕は弟のチック。ボール遊びが趣味なんだ。よろしくね」
「お、おぅ……」
差し出された手を握る。と、チックは体をくるりと回転させ、握手をしたまま俺の肩に手を置いた。……首脳会談か。
つか、なんなんだ、この中学生英語の教科書みたいな連中は?
「おや、ミリィ。それはスコップですか?」
「ぇ? ぅうん、これは、お弁当」
全然違うじゃん!? どっからどう見てもスコップには見えないじゃん!?
「てんとうむしさんは、ミリィのお父さんですか?」
「ぇ……? 違う……よ?」
「「僕たちも、違います」」
なんか、イラッてする双子だな……英語の例文かっての!
つか、まぁミリィが説明したんだからしょうがないんだが…………お前らも俺を『てんとうむしさん』と呼ぶのか? てんとうむしの要素が一切ないこの俺を。
「ぁの、てんとうむしさん……こっちがお兄ちゃんのネックで、そっちが弟のチック……」
「よろしく、てんとうむしさん。僕の名前はネックです。十四歳です。趣味は、ボール遊びです。昨晩僕は、とても一生懸命畑仕事をしました。あなたはどうですか?」
「……ノー、アイアム、ノット」
こいつら、疲れる。
「……ミリィ、すまん……帰りたくなってきた」
「ぁ……が、がんばって。たぶん、一時間くらいで慣れてくるから……」
幼馴染を庇う美少女。
くそ、なんて健気なんだ。
「ぁのね……てんとうむしさんは、ソレイユが、見たいって」
「わぁおっ! なんだって!? もう一回言ってくれないかい?」
「ぇ……あの、ソレイユが、見たい……」
「わぁおっ! こいつはスゲェや。なぁ、そう思うだろう、チック」
「あぁ、そう思うよネック。僕たちは今、奇跡に遭遇しているんだ!」
「分かった。帰らないから、殴らせろ」
「ぁう……あの…………てんとうむしさん……がまん……おねがい」
ったく。ミリィがいなきゃ今頃お前ら、その細長い顔が俺の右フックでくの字に曲がってるとこだぞ!
「実は昨日、ソレイユが開花したんだ」
「信じられるかい、このタイミング。嘘みたいだろう!? でも、真実なんだ!」
「マジでか!?」
「本当さ。今日の午後までは咲いているはずだよ」
「今スグ見に行くかい? それとも、我が家で美味しいアップルパイでも食べるかい?」
「今スグ見たい! 連れて行ってくれ」
「OK! それじゃあ、君を我が家に招待するよ!」
「本当に美味しいアップルパイなんだ!」
「そっちじゃねぇよ! ソレイユの方!」
「オ~ゥ、ノゥ……」
「オォ~ゥ、ゴッド……」
あぁ、イライラする!
「いいかい、てんとうむしさん、よく考えてくれ。頭を冷やして、冷静にね」
「ソレイユは、今日、このタイミングを逃したら一年以上見ることが出来なくなるけれど、アップルパイはいつだって焼けるし、嫌というほど見ることが出来るんだよ?」
「だからソレイユを見に連れてけつってんだよ!」
「………………」
「………………」
「…………あ」
「あぁ、そっか」
おいおい、大丈夫か、こいつら!?
ちゃんと社会に適応できてるか!?
「それじゃ、早速向かおうか」
「ハリーアップ、二人とも」
「……お前らに振り回されてたんだっつの」
俺たちに手招きをし、出発を急がせるアリクイ兄弟。
ミリィが荷車に手をかけると、そこで眠っていたマグダがひょっこりと顔を出した。
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