「……着いた?」
「おぉ、マグダ。起きたか」
「……うん。…………あれは、誰と誰?」
マグダが寝ボケ眼をこすってネックとチックを指さす。
ネックとチックは突然現れたマグダに驚いたのか、目をまんまるに見開いて固まっている。
「へぃ、ミリィ。君の荷車に乗っているってことは、彼女は、花の精霊かい?」
「ぇ……ぅうん。陽だまり亭さんの従業員さん」
「HAHAHA! 冗談だろ? 花の精霊でないなら妖精だ。そうに違いない」
「ぅうん……陽だまり亭さんの従業員さん……だよ?」
「……マグダは、精霊でも妖精でもない」
「HEY! 聞いたかい、チック! 今の美しい声を!?」
「あぁ、しっかりと、この両耳で聞いたさ!」
「信じられないことに、彼女は精霊でも妖精でもないらしいんだ」
「信じがたいことだが、彼女がそう言うのなら真実なのだろう」
「それじゃあ、彼女は一体なんだ!? 精霊や妖精以外で、これほど純粋で美しい生命体が存在するというのかい!?」
「まぁ、落ち着きなよネック。君は一つ、とても大切なものを失念しているようだ」
「それはなんだい、チック? 教えておくれ」
「それは、精霊や妖精よりも、もっと、ずっと純粋で穢れなき存在なのさ」
「あっ!?」
「そう! 今、君の頭に思い浮かんだ存在。それがアンサーだよ」
「なんてこったい……じゃあ、彼女が」
「あぁ、そうだ。『マグダ』という名の麗しい彼女こそが……あの存在だ!」
散々身悶え、大袈裟な身振り手振りで何やら相談していたアリクイ兄弟が揃ってマグダを見つめる。
そして口を揃えてこう言った。
「「マグダたん、マジ天使……」」
え、それってどこかのルールなの? 宗教?
それとも病気なの? 感染すんのかな!? まったく同じ症状のヤツ知ってるんだけど?
「……ウーマロの関係者?」
「ではないようだが、まぁ扱いは同じでいいだろう」
「ぁうぅ…………ネックとチックが、…………変」
いや、最初から変ではあったけどな。
と、マグダが姿勢を正し、ネックとチックに向かって声をかける。
「……ネック、チック」
「「イエスッ!」」
「……ヤシロのお願いを、聞いてあげて」
「「イエスッ!」」
あれ、この感じ……なんか知ってる。
「さぁ! てんとうむしさん、ぐずぐずしている暇はないよ!」
「そうさ! ソレイユは今日の日の出と共にしおれ始め、昼には完全に枯れてしまう。急ぐんだ!」
「マジでか!?」
「ハリーアップ! てんとうむしさん!」
「ミリィもハリーアップだ!」
「ぁ……う、うん!」
「「そして、マグダたん、萌え~!!」」
「関係ないことしてねぇで急げよ!」
深刻な病に感染したアリクイ兄弟。その尻を引っ叩き、俺は日の出の近い四十区を疾走した。
四十区の中にある深い森の中へと踏み入り、アリクイの背中についてどんどん遠くへ進んでいく。
……こんなの、案内がいなきゃ絶対見つけられねぇぞ。
狩りで森に慣れているマグダと、生花ギルドのミリィ、元生花ギルドのアリクイ兄弟はみんな森に慣れているようで、全員俺より背が低いのに、速い速い。ついていくので精一杯だった。
「へい! ルック! あそこだよ!」
「よかった。間に合ったようだね!」
「え、ど、どこだ!?」
目を凝らして森の中を探す。
暗くてよく見えない。
……くそ、どこだ? つか、どれだ!?
「てんとうむしさん……あれ…………ずっと上の、木の上……」
「木の上…………?」
ミリィが指を差す方向へと視線を向ける。
グッと天に向かって伸びる大木。その枝に、手のひらほどの大きさをした鮮やかな花が咲いていた。
オレンジ色をして、花弁の大きい、美しい花だった。
「……木に咲く花だったのか……」
「不定期に……たった一輪だけ咲く花…………幸運になれるかも」
ソレイユを見つけた者は幸運になれると言われている。ミリィが昨日そう言っていた。
何か願いでもあるのか、ミリィは手を合わせまぶたを閉じて花に向かって頭を下げた。
お祈りでもしているのだろう。
見ると、アリクイ兄弟とマグダまでもが同じことをしていた。
……俺もやっておくか?
…………いや。
森には朝の光が差し込み始めていた。
日が昇れば、ソレイユはしぼみ始める。
なら俺は、お願いなどせず、その姿を一秒でも長く、しっかりと見続ける。
脳に刻み込んで、二度と忘れないように。
森に差し込んだ朝陽を浴びて、ソレイユは眩いまでの輝きを発した。
朝露に陽光が反射でもしたのか、本当に黄金色に輝いたように見えた。
だが、それから急速に萎れ始めてしまった。
目を閉じなくてよかった。
それは、本当に一瞬の出来事だった。
辛うじて花弁は茎についているものの、最早見る影もない。
「……見られてよかった」
心底、そう思った。
「……ヤシロ」
いつの間にか、願い事を終えたマグダが俺の隣に来ていた。
「…………見られたい願望は、度が過ぎると犯罪になる危険が……」
「そういう意味の『見られてよかった』じゃねぇから」
俺の言った「よかった」は快楽を表してはいない。
……陽だまり亭の風紀が深刻な状況になりつつあるな。とりあえずレジーナの出入りを制限しなければ。
「マグダは、何をお願いしたんだ? なんか真剣だったけど」
「……うん。真剣にお願いした」
「内容は、やっぱ秘密なのか?」
「…………ヤシロと」
マグダがこちらを向く。
朝陽を浴びたマグダの顔は……
「……ヤシロと、ずっと一緒にいられますように」
……なんだか、微笑んでいるように見えた。
「ちなみに、僕は臭ほうれん草がもっと売れるように願ったよ。君はどうだい、チック」
「奇遇だね、ネック。僕も同じさ。君も同じだろう、ミリィ?」
「ぇ…………あの、みりぃは……お花がたくさんの人に喜んでもらえるように…………」
「なるほどね! 叶うといいね、その願い!」
「てんとうむしさんは? 何をお願いしたんだい?」
「俺はソレイユを見てて、願い事をしてる暇はなかったよ」
けど、もし……願い事をするとしたなら…………
ジネットの誕生日を盛大に祝ってやりたい……って、とこかな。
「じゃ、帰るか。すげぇ助かったよ、ありがとうな、お前ら」
「ぅん……なら、よかった」
「気にすることはないよ。当然のことをしたまでだからね」
「そうだね。僕たちはもう、友達じゃないか」
あはははははー、それはどうだろうなー。
「そうだ! このあと我が家に来ないかい?」
「それは名案だね、ネック! 我が家には、とても美味しいアップルパイがあるんだ」
「結局アップルパイ食わせたいだけじゃねぇか」
まぁ、アップルパイがあるなら食ってみたいけどな。
……砂糖とか、どうしてんだ? まさか、リンゴの甘さだけか?
アップルパイという言葉に、ほのかな期待を寄せつつ、俺たちはアリクイ兄弟の家へと向かった。
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