「ヤシロ様。もち米が蒸し上がりました。お餅の用意をお願いします」
「ん? あぁ、そうか」
臼と杵があれば本格的な餅つきが出来るのだが……これはミリィあたりにでっかい木を頼まなきゃいけないからな。来年かな。
今年はすり潰したなんちゃって餅で……
「うおっ!?」
厨房に戻ろうとしたところでまた、今度は男性客が声を上げた。
外に出ようと、かまくらの出入り口の壁を持ったら、そのままボロッと崩れてしまったらしい。
あぁ、そうか。これはきっと……
俺は空を見上げる。雲は薄くなり、切れ間から光が覗いている。
そういやジネットが「そんな急には変わらない」って言ってたっけ……
「なぁ、ナタリア」
「はい」
「明日の天気は分かるか?」
「……快晴、でしょうね」
「じゃ、気温も上がりそうだな」
「そうですね。そろそろでしょう」
『そろそろ』と、ナタリアは言った。
そうか、こういう感じなんだな。
もう、豪雪期は終わるのだ。
十日目まで寒くて、翌日には雪が溶けるのかと思ったが……これから徐々に気温が上がり、どんどん雪が溶けていくのだろう。
なら、もう塩時か。
「ジネットに話してくる」
「そうですか。……初めてです」
「ん?」
「豪雪期の終わりを惜しんだことは」
無表情に、ナタリアは言う。
その横顔は、珍しく物悲しそうに見えた。
「なぁに……」
なので、明るい顔をして言っておいてやろう。
「また来年になりゃ、嫌ってほど雪が降るさ」
「…………ですね」
来年。
来年か……
「じゃ、店長様にご報告申し上げてくるよ」
「私は店員に伝達しておきましょう」
「あぁ、頼む」
それだけ言って、俺は厨房へと入る。
厨房では、ジネットが忙しく料理をしていた。
マグダとロレッタがお汁粉の鍋を見ていた。
タイミングよく、厨房には陽だまり亭の正規メンバーが揃っている。
「なぁみんな。聞いてくれ」
声をかけると、全員が俺に視線を向ける。
「かまくらは今日で終わりだ。これ以上は、客に危険が及ぶ可能性がある」
俺の言葉に、三人は一瞬息をのむ。
けれど、どこかで覚悟もしていたようで、反論する者はいなかった。
「そうですね。気温も上がってきましたし……あとは、雪像の展示だけにしておきましょう」
「それも、あと一日持つかどうかってところだけどな」
「名残惜しいですけど、仕方ないですね」
「……また来年。もう一度やればいい」
「むぁあ……でも残念です……かまくらーざ、楽しかったですのに……」
たまプラーザみたいに言うんじゃねぇよ。
豪雪期限定、陽だまり亭オープンテラス『かまくらーざ』……ちょっと響きがいいじゃねぇか。来年からはそういう名前でやろう。
「そうか、もうおしまいなのか……」
俺の後ろから、エステラが厨房へ入ってくる。
……あれ? こいつは俺より先に中に入っていたはずじゃ…………あぁ、そうか。
「トイレか」
「接客をしてたんだよ!」
注文を書いた紙を見ながら、ジネットに追加の料理を告げる。
またお子様ランチの注文が入っていた。
「エステラ、もち米を頼めるか?」
「ん? 潰せばいいんだっけ?」
「あぁ。マグダ、やり方を教えてやってくれ」
「……任せて」
「ロレッタ」
「はいです」
「これから客に終了宣言をするから、不満が出た際は客の説得に当たってくれ。お前、こういうの得意だろ?」
「任せてです! 来年までの楽しみが出来たんだって言ってやるです!」
祭りはいつか終わる。
けれど、また来年……
「…………お兄ちゃん、どうしたです?」
「ん? あ、いや……」
何かが、俺の中で引っかかった。
それはとても重要なようで、でも、とても些末なことのようでもあり……
「では、ヤシロさん。よろしくお願いしますね」
「あぁ。任しとけ」
まぁいい。
それよりも、今やるべきことに目を向けないとな。
外へ出て、終了宣言をすると、一瞬客たちはざわついたものの、豪雪期の終わりを悟り口々に「しょうがないよねぇ」と零していた。
ロレッタが「また来年」と言って回ると、客たちの顔に笑顔が戻り、ガキ共が「早く来年にならないかなぁ」などと気の早い発言をして大人たちを微笑ませていた。
その日、お汁粉の売り上げは過去最高を記録した。
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