異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

100話 年の瀬は忙しい -3-

公開日時: 2021年1月5日(火) 20:01
文字数:1,662

「ヤシロ様。もち米が蒸し上がりました。お餅の用意をお願いします」

「ん? あぁ、そうか」

 

 臼と杵があれば本格的な餅つきが出来るのだが……これはミリィあたりにでっかい木を頼まなきゃいけないからな。来年かな。

 今年はすり潰したなんちゃって餅で……

 

「うおっ!?」

 

 厨房に戻ろうとしたところでまた、今度は男性客が声を上げた。

 外に出ようと、かまくらの出入り口の壁を持ったら、そのままボロッと崩れてしまったらしい。

 

 あぁ、そうか。これはきっと……

 

 俺は空を見上げる。雲は薄くなり、切れ間から光が覗いている。

 そういやジネットが「そんな急には変わらない」って言ってたっけ……

 

「なぁ、ナタリア」

「はい」

「明日の天気は分かるか?」

「……快晴、でしょうね」

「じゃ、気温も上がりそうだな」

「そうですね。そろそろでしょう」

 

『そろそろ』と、ナタリアは言った。

 そうか、こういう感じなんだな。

 

 もう、豪雪期は終わるのだ。

 十日目まで寒くて、翌日には雪が溶けるのかと思ったが……これから徐々に気温が上がり、どんどん雪が溶けていくのだろう。

 

 なら、もう塩時か。

 

「ジネットに話してくる」

「そうですか。……初めてです」

「ん?」

「豪雪期の終わりを惜しんだことは」

 

 無表情に、ナタリアは言う。

 その横顔は、珍しく物悲しそうに見えた。

 

「なぁに……」

 

 なので、明るい顔をして言っておいてやろう。

 

「また来年になりゃ、嫌ってほど雪が降るさ」

「…………ですね」

 

 来年。

 来年か……

 

「じゃ、店長様にご報告申し上げてくるよ」

「私は店員に伝達しておきましょう」

「あぁ、頼む」

 

 それだけ言って、俺は厨房へと入る。

 

 厨房では、ジネットが忙しく料理をしていた。

 マグダとロレッタがお汁粉の鍋を見ていた。

 タイミングよく、厨房には陽だまり亭の正規メンバーが揃っている。

 

「なぁみんな。聞いてくれ」

 

 声をかけると、全員が俺に視線を向ける。

 

「かまくらは今日で終わりだ。これ以上は、客に危険が及ぶ可能性がある」

 

 俺の言葉に、三人は一瞬息をのむ。

 けれど、どこかで覚悟もしていたようで、反論する者はいなかった。

 

「そうですね。気温も上がってきましたし……あとは、雪像の展示だけにしておきましょう」

「それも、あと一日持つかどうかってところだけどな」

「名残惜しいですけど、仕方ないですね」

「……また来年。もう一度やればいい」

「むぁあ……でも残念です……かまくらーざ、楽しかったですのに……」

 

 たまプラーザみたいに言うんじゃねぇよ。

 豪雪期限定、陽だまり亭オープンテラス『かまくらーざ』……ちょっと響きがいいじゃねぇか。来年からはそういう名前でやろう。

 

「そうか、もうおしまいなのか……」

 

 俺の後ろから、エステラが厨房へ入ってくる。

 ……あれ? こいつは俺より先に中に入っていたはずじゃ…………あぁ、そうか。

 

「トイレか」

「接客をしてたんだよ!」

 

 注文を書いた紙を見ながら、ジネットに追加の料理を告げる。

 またお子様ランチの注文が入っていた。

 

「エステラ、もち米を頼めるか?」

「ん? 潰せばいいんだっけ?」

「あぁ。マグダ、やり方を教えてやってくれ」

「……任せて」

「ロレッタ」

「はいです」

「これから客に終了宣言をするから、不満が出た際は客の説得に当たってくれ。お前、こういうの得意だろ?」

「任せてです! 来年までの楽しみが出来たんだって言ってやるです!」

 

 祭りはいつか終わる。

 けれど、また来年……

 

「…………お兄ちゃん、どうしたです?」

「ん? あ、いや……」

 

 何かが、俺の中で引っかかった。

 それはとても重要なようで、でも、とても些末なことのようでもあり……

 

「では、ヤシロさん。よろしくお願いしますね」

「あぁ。任しとけ」

 

 まぁいい。

 それよりも、今やるべきことに目を向けないとな。

 

 外へ出て、終了宣言をすると、一瞬客たちはざわついたものの、豪雪期の終わりを悟り口々に「しょうがないよねぇ」と零していた。

 ロレッタが「また来年」と言って回ると、客たちの顔に笑顔が戻り、ガキ共が「早く来年にならないかなぁ」などと気の早い発言をして大人たちを微笑ませていた。

 

 

 その日、お汁粉の売り上げは過去最高を記録した。

 

 

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