異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

100話 年の瀬は忙しい -4-

公開日時: 2021年1月5日(火) 20:01
文字数:2,151

 夜になり、陽だまり亭は閉店した。

 かまくらはまだ健在だが、多少の汚れが目立つようになっていた。

 

「ヤシロさん、どうかされましたか?」

 

 一人、庭に出ていた俺を心配してか、ジネットが外へ出てきて俺に声をかける。

 

「ん? いや、楽しかったなぁって思ってな」

「そうですね。楽しかったです」

 

 そう言うと、そっとドアを閉め、俺の隣へと並び立った。

 二人で並んでかまくらを見つめる。

 

 最初は寒がるマグダを温めるために穴を掘ったのが始まりで……雪降ろしの時に出る雪でかまくらを作って……気が付いたら商売になっていた。

 来年はきっとどこかの店が真似をするだろう。まぁ、それもいいさ。

 

「あの、入りませんか。かまくら」

「そうだな」

 

 俺はジネットと二人でかまくらに入る。

 陽だまり亭のメンバーで作った、最初のかまくらだ。

 

「温かいですね、やっぱり」

「雪に囲まれてるのに温かいってのは、不思議なもんだよな」

 

 座る椅子は雪のため、ひんやりと冷たい。

 クッションを敷いてはあるが、それでも尻は冷たくなる。

 

「お客さんに言われちゃいました」

「ん?」

「ここに来ると、いつも楽しいことが待っているって」

 

 嬉しそうにくすくすと笑う。

 言われた時のことを思い出し、くすぐったいのだろう。

 言われて嬉しかった言葉は、何度脳内再生を繰り返してもくすぐったいものだ。

 

「ヤシロさんのおかげです」

「いや、今回のはみんなで作った成果だろう」

 

 雪像なんかは、ベッコやイメルダの力作揃いだ。

 かまくらはウーマロやデリア、弟たちが頑張ってくれたしな。

 

「みなさん、そろそろお帰りになられるんでしょうね」

「豪雪期が終われば、みんな仕事が待ってるからな」

 

 今日か、そうでなくても明日には帰るだろう。

 なんだかんだと騒がしかった居候たちとの生活ももうおしまいだ。

 

「ふふ……寂しそうな顔をしてますよ、ヤシロさん」

「はぁ? そんなわけないだろう。あいつらとは、ほとんど毎日顔を合わせるんだからよ」

 

 ウーマロなんかはきっと毎日飯を食いに来る。

 ベッコもなんだかんだと顔を出す。

 デリアは川漁ギルドとの交渉で頻繁に会うし。

 エステラとナタリアは、その気になればいつだって。

 イメルダにしたってそれは同じで……

 

「…………まぁ、楽しかった。……かな」

「はい。とても楽しかったです」

 

 特殊な環境下で、普段とは違う生活をした。

 キャンプや合宿をしたような、そんな気分だ。

 

「今年は、本当に楽しい一年でした」

 

 ジネットが言う。

 そうか、年末だったな。忙しくて忘れていたけど。

 

「ヤシロさん」

「ん?」

「来年も、どうぞよろしくお願いいたします」

 

 姿勢を正し、座りながら腰を折る。

 深々と頭を下げるジネットを見て、なんとも言いようのないむず痒さを覚える。

 まだ今年はあと一週間も残ってるってのに……

 けど……そんな改まって言われたら……

 

「お、おう。来年も、よろしくな」

 

 こっちもちゃんと挨拶しなきゃいけない気がするだろうが。 

 ……こういうの、苦手なのに。

 

「あ~! 二人でかまくら独占してるです!」

 

 かまくらの外からロレッタのよく通る声が聞こえてくる。

 次いでどやどやと騒がしい連中が出てくる音が聞こえる。

 

 ……あぁ、もう。こいつらがいるとゆっくり過ごすことも出来ない。

 

「ズルいです! あたしもかまくらしたいです!」

 

 かまくらを動詞みたいに使うな。

 ぷぅぷぅと文句を垂れるロレッタは、まぁ、つまり、遊び足りないのだ。

 

 雪はもうすぐなくなる。なら。

 

「これより、豪雪期追悼イベント、最後の大雪合戦を執り行う!」

 

 最後の最後まで楽しみ尽くしてやろう。そう思った。

 

「敗者は、勝者の言うことをなんでも聞くのだ!」

「面白そうじゃねぇか! その勝負、受けて立つぞ、ヤシロ!」

「ボクも参戦しようかな。……ヤシロに日頃の非礼をまとめて詫びさせてやる」

 

 デリアとエステラがギラついた瞳で参戦を表明する。

 ふふん、出来るものならやってみるがいい。

 

「こっちには、最終兵器マグダがいるのだ!」

「……マグダは、ヤシロに一日中もふりを命じたい」

 

 くっ……お前も敵か……

 

「では、わたしは、蝋像の所持を許可してもらいましょう!」

 

 むんっと、ジネットが腕まくりをする。

 ……こいつだけは真っ先に倒さねば。

 

 すっかり日が落ち、空は暗くなっていた。

 しかし、雲間から月が顔を出し、月の光が雪に反射してなんだか妙に明るく感じた。

 雪の間から覗く光レンガも、淡い輝きを放っていたし。

 

 その日俺たちは夜遅くまで雪合戦に興じ……デリアとナタリアの頂上決戦を見守った後、倒れ込むように眠りに落ちた。

 

 

 連日続いた非日常な生活は、こうやって終わりを告げた。

 また、日常が戻ってくる。

 それがなんだか寂しくもあり、でもどこかでホッとしていたりもした。

 

 修学旅行が終わる寂しさと、自宅に戻った時の安心感……そんなもんに似た気持ちだった。

 ってことは、「あぁ、やっぱ自宅が一番だわぁ」みたいな感じでこう言えばいいのか?

 

 やっぱ、日常が一番だなって。

 

 雪が溶ければ街門の工事が再開される。

 それが済めば街道の工事。

 それが終わる頃には……きっとまた何か違うことを始めているだろう。

 

 今年一年は本当にいろんなことがあった。

 

 なんだろう。年末ってのはそういうことを考えてしまうもんなんだな、異世界であっても。

 

 

 

 

 あ、ちなみに。雪合戦の勝者はナタリアだった。やっぱ、力よりも技が物を言うよな、こういうのは。

 

 

 

 

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート