夜になり、陽だまり亭は閉店した。
かまくらはまだ健在だが、多少の汚れが目立つようになっていた。
「ヤシロさん、どうかされましたか?」
一人、庭に出ていた俺を心配してか、ジネットが外へ出てきて俺に声をかける。
「ん? いや、楽しかったなぁって思ってな」
「そうですね。楽しかったです」
そう言うと、そっとドアを閉め、俺の隣へと並び立った。
二人で並んでかまくらを見つめる。
最初は寒がるマグダを温めるために穴を掘ったのが始まりで……雪降ろしの時に出る雪でかまくらを作って……気が付いたら商売になっていた。
来年はきっとどこかの店が真似をするだろう。まぁ、それもいいさ。
「あの、入りませんか。かまくら」
「そうだな」
俺はジネットと二人でかまくらに入る。
陽だまり亭のメンバーで作った、最初のかまくらだ。
「温かいですね、やっぱり」
「雪に囲まれてるのに温かいってのは、不思議なもんだよな」
座る椅子は雪のため、ひんやりと冷たい。
クッションを敷いてはあるが、それでも尻は冷たくなる。
「お客さんに言われちゃいました」
「ん?」
「ここに来ると、いつも楽しいことが待っているって」
嬉しそうにくすくすと笑う。
言われた時のことを思い出し、くすぐったいのだろう。
言われて嬉しかった言葉は、何度脳内再生を繰り返してもくすぐったいものだ。
「ヤシロさんのおかげです」
「いや、今回のはみんなで作った成果だろう」
雪像なんかは、ベッコやイメルダの力作揃いだ。
かまくらはウーマロやデリア、弟たちが頑張ってくれたしな。
「みなさん、そろそろお帰りになられるんでしょうね」
「豪雪期が終われば、みんな仕事が待ってるからな」
今日か、そうでなくても明日には帰るだろう。
なんだかんだと騒がしかった居候たちとの生活ももうおしまいだ。
「ふふ……寂しそうな顔をしてますよ、ヤシロさん」
「はぁ? そんなわけないだろう。あいつらとは、ほとんど毎日顔を合わせるんだからよ」
ウーマロなんかはきっと毎日飯を食いに来る。
ベッコもなんだかんだと顔を出す。
デリアは川漁ギルドとの交渉で頻繁に会うし。
エステラとナタリアは、その気になればいつだって。
イメルダにしたってそれは同じで……
「…………まぁ、楽しかった。……かな」
「はい。とても楽しかったです」
特殊な環境下で、普段とは違う生活をした。
キャンプや合宿をしたような、そんな気分だ。
「今年は、本当に楽しい一年でした」
ジネットが言う。
そうか、年末だったな。忙しくて忘れていたけど。
「ヤシロさん」
「ん?」
「来年も、どうぞよろしくお願いいたします」
姿勢を正し、座りながら腰を折る。
深々と頭を下げるジネットを見て、なんとも言いようのないむず痒さを覚える。
まだ今年はあと一週間も残ってるってのに……
けど……そんな改まって言われたら……
「お、おう。来年も、よろしくな」
こっちもちゃんと挨拶しなきゃいけない気がするだろうが。
……こういうの、苦手なのに。
「あ~! 二人でかまくら独占してるです!」
かまくらの外からロレッタのよく通る声が聞こえてくる。
次いでどやどやと騒がしい連中が出てくる音が聞こえる。
……あぁ、もう。こいつらがいるとゆっくり過ごすことも出来ない。
「ズルいです! あたしもかまくらしたいです!」
かまくらを動詞みたいに使うな。
ぷぅぷぅと文句を垂れるロレッタは、まぁ、つまり、遊び足りないのだ。
雪はもうすぐなくなる。なら。
「これより、豪雪期追悼イベント、最後の大雪合戦を執り行う!」
最後の最後まで楽しみ尽くしてやろう。そう思った。
「敗者は、勝者の言うことをなんでも聞くのだ!」
「面白そうじゃねぇか! その勝負、受けて立つぞ、ヤシロ!」
「ボクも参戦しようかな。……ヤシロに日頃の非礼をまとめて詫びさせてやる」
デリアとエステラがギラついた瞳で参戦を表明する。
ふふん、出来るものならやってみるがいい。
「こっちには、最終兵器マグダがいるのだ!」
「……マグダは、ヤシロに一日中もふりを命じたい」
くっ……お前も敵か……
「では、わたしは、蝋像の所持を許可してもらいましょう!」
むんっと、ジネットが腕まくりをする。
……こいつだけは真っ先に倒さねば。
すっかり日が落ち、空は暗くなっていた。
しかし、雲間から月が顔を出し、月の光が雪に反射してなんだか妙に明るく感じた。
雪の間から覗く光レンガも、淡い輝きを放っていたし。
その日俺たちは夜遅くまで雪合戦に興じ……デリアとナタリアの頂上決戦を見守った後、倒れ込むように眠りに落ちた。
連日続いた非日常な生活は、こうやって終わりを告げた。
また、日常が戻ってくる。
それがなんだか寂しくもあり、でもどこかでホッとしていたりもした。
修学旅行が終わる寂しさと、自宅に戻った時の安心感……そんなもんに似た気持ちだった。
ってことは、「あぁ、やっぱ自宅が一番だわぁ」みたいな感じでこう言えばいいのか?
やっぱ、日常が一番だなって。
雪が溶ければ街門の工事が再開される。
それが済めば街道の工事。
それが終わる頃には……きっとまた何か違うことを始めているだろう。
今年一年は本当にいろんなことがあった。
なんだろう。年末ってのはそういうことを考えてしまうもんなんだな、異世界であっても。
あ、ちなみに。雪合戦の勝者はナタリアだった。やっぱ、力よりも技が物を言うよな、こういうのは。
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