「おやおや。これはこれは」
藁ぶき屋根の木造家屋から、まん丸い顔をした小柄なジジイが一体現れた。
どうする?
攻撃
防御
→ 魔法
逃げる
「ヤシロ・ビィィィィムッ!」
「何をやっているんだい、ヤシロ!?」
「俺の魔法が効かないだとっ!?」
「何も出てなかったよ!?」
エステラがツッコミを入れてくる。……遊び心が分からんヤツめ。
「ふむむっ。その突拍子の無さ! そなた様がヤシロ殿でござんすねっ!?」
ジジイが俺を見つめてニカッと笑う。
……今ので分かられてしまうような伝聞の仕方をしてるってわけだな、ベッコのヤツは。なるほどねぇ……ふ~ん。……あとで覚えてろ。
「せがれの作る像にそっくりでござんす」
あぁ、それで顔を知っていたのか。
で……地味にイラッてするなぁ、その語尾。
「それがし、ベッコの父、カーレ・ヌヴーでござんす。以後お見知り置きを願うでござんす」
「よし、断る!」
「じゃあ、あたしも!」
「……同意」
「んじゃあ、あたいも断っとくかぁ」
「あ、あの、みなさん!? カーレさん。冗談ですからね!? みなさん、冗談が好きな方たちで!」
ジネットがカーレとかいう『ござんすジジイ』に微笑みかける。
やめろ、もったいない。なんかが減ったらどうする?
「ところでカーレ。ベッコが死にかけているって話なんだけど……」
エステラが神妙な面持ちでカーレに尋ねる。
「あぁ、ありゃ死ぬでござんすな。ま、諦めるでござんす」
一方のカーレは緊張感の一切ない声でけらけらと笑う。
なんか、こいつはこういう妖怪なんじゃないかという気がしてきた。
「どういう状況か、見せてくれないかな?」
「あぁ、どうぞどうぞでござんす。裏の花畑に回ってくだせぇでござんす」
カーレに言われ、俺たちは木造家屋を壁伝いにぐるりと回り、花畑へと踏み込んでいった。
「あっ!? ヤシロ氏っ! みなさんも! 拙者を心配して来てくれたでござるか!?」
花畑の真ん中に大きな囲いがあり、その中にベッコが入っていた。
よく見ると、その囲いは全面を目の細かい網で囲われている、立方体の形をした網戸の塊、みたいな物体だった。一辺の長さが3メートルくらいある、割と広い囲いだ。
そして、その周りを夥しい数のハチがブンブンと飛び交っている。
「……うわぁ」
「これは凄まじいね……」
「これは……近付きたくないです」
「……一匹一匹が、それなりの魔力を持っている…………強敵」
「数が厄介だよなぁ……まぁ、負けないとは思うけど」
「えっ!? あの、マグダさんにデリアさん。戦うつもりですか!?」
腕まくりをするデリアに、呼吸を整えるマグダ。マグダのあれは『赤モヤ』を出すための準備だ。
「カーレ。ベッコはいつからあそこにいるんだい?」
「一昨日の昼からでござんす。囮槐を、うっかり触ってしまったでござんす」
「おとりえんじゅ?」
「今、せがれを取り囲んでいる魔獣、『エンジュバチ』をおびき寄せる匂いを放つ、特殊な蜜のことでござんす」
エンジュと言えば、針槐ってのがハチミツの原料になってたりするが、その一種が、あの魔獣『エンジュバチ』を驚異的に引きつけてしまうようだ。
で、ベッコはうっかりその囮槐を触ってしまったと……
「自業自得か?」
「養蜂家失格でござんす」
「なんだ。じゃあ、しょうがねぇか」
「世の中、諦めるのも大事です!」
「……来世で頑張るべき」
「あの、みなさん! 冗談ですよね!? ですよね!?」
諦めの早い面々に、ジネットは真剣にハラハラしているようだ。
大丈夫だよ。ちゃんと助けるから。
「匂いを取るにはどうすればいいんだ?」
「三日あれば自然と匂いは取れるでござんす。もしくは、エンジュバチのテリトリーから離れれば、もしくは……」
「そのテリトリーの範囲は?」
「半径5メートルでござんす」
「狭っ!?」
ミツバチの行動範囲は半径2キロほどだと聞いたことがあるが……エンジュバチは呆れるくらい出不精なようだ。近場で済ませたい派らしい。近所のコンビニしか活用しない引きこもりのような魔獣だ。
「全力で逃げればいいんじゃねぇのか?」
「それは無理でござんす。エンジュバチは時速120キロで飛べるでござんす」
「無駄だな!? 行動範囲5メートルのくせに!?」
「囮槐の香りを嗅ぎつけると、どこまでも追いかけるでござんす」
……えぇ、めんどくさ~い。
「ボクたち、こんな近くにいても平気なのかい?」
「エンジュバチは、囮槐の香りと、自分に向かってくる者以外には興味を示さないでござんす。なので、せがれを見殺しにすればみんなハッピーでござんす」
「拙者、全然ハッピーではござらんのだが!? 父上、なんとかしてほしいでござる!」
「だまらっしゃいでござんす! 蝋像作りにうつつを抜かし、日頃から仕事の手伝いをしていないからこういう目に遭うでござんす! 少しは反省するでござんす!」
家業を継がず、蝋細工に勤しむベッコは、どうも父親に疎まれているらしい。
「それで得たお金で、父上は高級な酒を買って上機嫌だったではござらんか!」
「それはそれ、これはこれでござんす!」
……でも、ないらしい。
「とりあえず、あの囲いから出なければ安全なんだろ?」
「いかにも、でござんす」
「んじゃあ、匂いが取れる三日目……明日まであそこで我慢すればいいわけだ」
「そうでござんす。我慢するでござんす!」
「そうは言っても、拙者腹が空いて、今にも意識が途切れそうでござるゆえ……」
閉じ込められているせいで、飯が食えないのだそうで……それが『ベッコが死にそう』な理由だそうだ。
「……マグダは、ハニーポップコーンを持っている」
「おぉ! マ、マグダ氏! 何卒! 何卒、そのハニーポップコーンをお譲りいただけないでござろうか!? この通りでござる!」
平身低頭。ベッコは誠心誠意お願いをする。
「……了解。進呈する」
「恩に着るでござる、マグダ氏!」
「……では、取りに来て」
「申し訳ないでござるが、それはちょっとばかり無理でござる!」
つか、あいつが出てきたらこっちまでとばっちりを受けそうだ。
「マグダ。放り投げてやれ」
「……この距離では、さすがに届かない」
ポップコーンが入った、軽い紙袋。投げたところで5メートルも飛ぶとは思えない。
「諦めるか」
「ヤシロ氏! 何卒温情をっ!」
涙目で訴えるベッコ。しょうがねぇなぁ……
「なんか長い棒とかないか?」
棒に載せて渡してやろう。
と、思っていたのだが。
「……マグダが行く」
「え? 大丈夫かよ?」
「……平気。数は多いけど、さほど強い魔獣ではない」
「まぁ……マグダが平気って言うんなら……」
行かせても……いいのか?
マグダが危険にさらされることになるのか? ベッコのために?
「なんかもったいないな」
「うん……ボクもなんだかそんな気が……」
「後生でござるぅ!」
なんだかベッコが物凄く必死なので、危険だとは知りつつも、マグダにお願いをする。
怪我をしないことだけを懸命に祈る。
……防護服とかねぇのかよ、ここ?
「……では、行ってくる」
じり……っと、マグダが一歩を踏み出す。
エンジュバチはマグダを気にする素振りも見せずに、網に囲まれたベッコに群がっている。
気を付けろ、マグダ……エンジュバチは近付く者にも襲いかかるらしいからな。
マグダがもう一歩踏み込み、エンジュバチのテリトリーへ入った。
その瞬間――
「あっ! マグダっちょ! 危ないですっ!」
ロレッタの叫びと、俺の視線がその物体を捉えるのはほぼ同時で、一匹のエンジュバチがマグダに向かって一直線に飛びかかっていく様を、俺は目撃していた。
世界がスローのようにゆっくりになり、エンジュバチが鋭い針を尻から突き出してくる様まではっきりと見える。
親指ほどの小さな魔獣が、鋭い針をギラつかせ、マグダに襲いかかる――
「……遅い」
しかし、スローの世界の中でただ一人通常と同様、いや、若干早送りなくらいの速度で動くマグダ。
ゆらりと、右腕から赤いモヤモヤしたオーラのようなもの――『赤モヤ』が立ち上ったかと思うと、一瞬のうちに飛びかかってきていたエンジュバチを弾き落とした。親指に引っかけた中指を勢いよく弾き出す、デコピンで。
改めて、マグダの強さを目の当たりにした瞬間だ。
速く、そして、強烈な一撃が炸裂する。
だが……
ぐきゅるるるるるるるるるるぅぅぅうううっ!
直後に盛大に腹の虫が鳴き、マグダは手に持っていたポップコーンを一気食いしてしまった。
「あぁーっ! ポップコーンが! 拙者のライフラインがぁ!?」
うん。『赤モヤ』使ったら、こうなるよね……
「マグダ、食ったら戻ってこい」
「……了解」
ハチ一匹落としただけなので、今回はポップコーン一人前程度で腹が収まったらしい。
カーレの言った通りエンジュバチは、その場を離れるマグダには見向きもしなかった。
「ヤ、ヤシロ氏ぃぃいいっ!」
「あぁ、分かった分かった!」
まぁ、たぶんなんとかなるだろう方法は、ある。
「ウチ、遠出は好かんから、おウチ帰るわぁ~」と、一人でさっさと帰ったあいつを頼れば。
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