「イケメン詐欺師、オオバヤシロは知っている……」
ダバダ~ ダ~バ~ ダバダ~ ダバダ~♪
異世界において、現代の技術は重宝され、そして……
日本食は売れる!
正確には、日本人に馴染みのある食事は――だ。
しかも、そんな仰々しいものでなくてもいいのだ。
いわゆる「珍しいもの」であれば、客は面白いように食いついてくる。
カレーとか、ハンバーグとか、スパゲッティナポリタ~ナとかな。
が、そこまでこだわる必要もない。要は『如何に目を引くか』が肝心なのだ。
そこで、俺がおすすめしたいのがコレ!
テテテ、テッテテー! 『ウサギさんリンゴ』~!
簡単に作れてしかも可愛い!
ランチプレートの横にちょこんと置いておくだけで女子供がワーキャーだ。
どこの世界でも可愛いものは売れる!
そんなわけで、教会への寄付を終え陽だまり亭に戻ってきた俺は、自室でせっせとウサギさんリンゴを作っていた。弁当の準備はジネットに任せてある。エステラとマグダも手伝っていることだろう。
大きめのリンゴを二個持ってきて、それをウサギの形にしていく。一個で八羽のウサギが出来、合計十六羽のウサギが皿の上に並んでいる。
我ながら完璧な出来だ。超可愛い。女子高生風に言えば「マジヤバくな~い?」
肉体年齢十六歳、魂年齢三十六歳の俺でも、思わずときめいてしまいそうな可愛さだ。
これは……売れるっ!
レディースプレートとかを作って、ウサギさんリンゴをちょこっと添えてやれば、オシャレ女子など簡単に釣れるだろう。入れ食いだ。
しかも、作り方も簡単で、やり方さえ覚えれば誰にだって出来るお手軽さだ。あっという間に四十二区内で一大ムーブメントを巻き起こし、そしてその総本山である陽だまり亭の知名度は鰻上りになる。客足も増え、利益も爆上げだ。
ウサギが食堂を救うのだ!
さぁお披露目をしてやろうと立ち上がった時、タイミングよくドアがノックされた。
「ヤシロさん、お弁当の準備が出来ましたよ」
「まったく、君も少しは手伝ったらどうだい? 君の発案だろう?」
「……マグダ、手伝った」
どやどやと、三人娘が俺の部屋へなだれ込んでくる。
こらこら、勝手に入るな。プライベートエリアだぞ。
「で、何をしていたんだい?」
「遊んでいたわけじゃないよね?」と、エステラの目が俺を見つめる。
もちろんだとも。
俺はこの食堂を救う救世主を生み出していたのだ。
これの特許を取れば、俺、大金持ちになれんじゃねぇの?
「見るがいい! 俺の力作を!」
「わぁ~っ!」
「……おぉ」
「これは……」
ずらりと並んだウサギさんリンゴを見て、ジネットは笑みを浮かべ、マグダは感嘆の声を漏らし、エステラは鑑定士の如き鋭い視線で観察する。
「リンゴをウサギの形に切ってみた」
「すごいです! とても可愛いです、ヤシロさん!」
「……かわいい」
ふふふ、反応は上々だ。狙い通りだ。
「それで、このリンゴをどうするんだい?」
「ランチプレートに添えれば女性受けするとは思わんか?」
「思います! きっと可愛いって喜んでもらえますよ!」
「……持って帰りたい」
うんうん。そうだろうそうだろう。そう思うだろ?
「……で。それで、どうするんだい?」
ただ一人、エステラだけが納得いかないような顔をしている。
というより、何か嫌そうな表情だ。……なんだ、リンゴ嫌いなのか?
「どうするも何も、普通に食うんだよ」
「え……っ」
「…………え?」
食うと言った途端、あれほど盛り上がっていた場の空気が凍りついた。
ジネットの笑顔は固まり、マグダに至っては魂が抜け落ちたような無表情になっている。
い、いや……なんだよ?
リンゴだぞ?
食うだろ、そりゃ。
「食べ…………るん、ですか? これを?」
「あ、あぁ。え? リンゴ、食うよな?」
この街では食べないのか? 鮭みたいに「赤いから~」とか、言わないよな?
とりあえず一個食ってみようと、ウサギさんリンゴを摘まみ上げる。
「「あっ!?」」
ジネットとマグダが一斉に声を漏らした。
……なんだよ、リンゴを食おうとしたくらいで。
「あ、あの、ヤシロさん……そのウサギさん……本当に、本当~に食べるんですか?」
「なんだよ? リンゴだぞ? この街では食わないのか?」
「いえ、リンゴはいただきます。とても美味しいです。ですが……」
ジネットは大真面目な顔をしておかしな言葉を口にした。
「そのウサギさんは、とても可愛いですよ?」
……だからなんだと言いたい。
まったく。変に感情移入し過ぎなんだよ。たかがウサギの形をしたリンゴ如きに……
俺はジネットとマグダを無視して、ウサギさんリンゴに齧りついた。…………いや、齧りつこうとしたが、出来なかった。
「…………なんのマネだ?」
俺の喉元に、エステラのナイフが突きつけられている。
「それはこっちのセリフだよ」
「いや、こっちのセリフだろ」
「いいや、こっちのセリフだよ」
「どう考えてもこっちのセリフだろ」
「こっちだよ!」
「こっちだろ!」
「あ、あの、お二人とも! では、せ~ので言ってみてはどうでしょうか?」
せーので?
「いきますよ~。せ~の!」
「「なんのマネだ!?」」
「はい。よく出来ました」
「いや、何これ!? なんの意味があるの!?」
まったくもって無駄な時間だった。
「つか、なんなんだよ、エステラ? お前も食いたいのか?」
「そんなこと出来るわけないだろう?」
まぶたを固く閉じ、顔を背けてエステラが吐き捨てるように言う。
「ボクは、可愛いものが大好きなんだ!」
……何、言ってんの?
「いや……リンゴだぞ? ほら、よく見ろ」
「やめろ、近付けるな! 情が移る!」
「分かります、エステラさん!」
いや、大袈裟だろ。あと、分かるなよジネット。
「もし、そのウサギさんを食べると言うのなら……ヤシロ、君を殺してボクも死ぬ!」
「重いよ!」
なんだ、このリンゴはお前の子供か!?
「よく見ろ! ただのリンゴだ! ほら、持って! 見ろ! そして食え!」
「やめろ! 撫でれば確実に手放せなくなる! だが、ボクは知っている! リンゴは、翌日には……いいや、数時間後には変色し…………朽ち果てる……っ!」
「えぇっ!?」
いや、「えぇっ!?」って、リンゴだから!
「そんな悲しい思いをするくらいなら……ボクは最初から慣れ合ったりはしない!」
「だから、大袈裟なんだよ!」
まったく。
どうやらウサギさんリンゴは失敗のようだ。こうまで過剰に反応されると商売にならん。
埒が明かないので、俺はウサギさんリンゴをウサギさんたらしめている耳の部分を引きちぎってやろうと指をかける。
その手を、マグダがそっと握ってくる。
「……生き物に酷いことしちゃ、ダメ」
「お前は、暴れ牛を踊り食いしてたろうがっ!」
お前にだけは言われたくないわ!
「……牛より、ウサギさんの方が、かわいい」
「お前、その発言、かなり酷いぞ」
牛の方こそが可哀想だわ。
「なんだよ……陽だまり亭の客寄せに使えるかと思ったのに……」
こりゃ没だな。大失敗だ。
「あ、あの……っ!」
割とマジでへこみそうな俺に、ジネットが声をかけてくる。
「ヤシロさんが頑張って考えてくださったことは、本当に嬉しいですよ。それに、これ自体が悪いというわけではありませんし……むしろ、とても素敵な案だと思います。もし実施すれば、お客さんはみなさん気に入ってくださると思います」
「でも、食わないんだろ?」
「それは……」
「リンゴは食い物だ。食い物を食えなくするのはダメだ。食い物で遊ぶのはよくないってのは、この街でも共通の認識じゃないのか?」
「確かに……でも…………」
なんとか俺を励まそうとしてくれているようだが、結果が伴わなければ意味がないのだ。そして、意味がなければ俺自身が納得できない。
だから、もういいのだ。
このリンゴは、あとで俺が美味しくいただくとするさ。こいつらのいないところでな。
「これは俺が責任を持って処分しておくから、心配すんな。……もう二度と作らん」
「あ、あのっ!」
リンゴの載った皿を下げようとした俺を、ジネットが呼び止める。
意を決したような、でも不安が滲み出している表情で。
「わ、わた……わたし…………食べます!」
そして、両手の拳を握り、絞り出すような声で言う。
「ヤシロさんが折角考えてくださった案を、検討もしないでやめにするなんて……わたし、嫌です! だから、わたし、食べます!」
そう言って、皿から一つリンゴを取る。
「…………」
ウサギさんリンゴをジッと見つめ、ごくりと喉を鳴らす。
それは「美味しそう」という感情からではなく、極度の緊張から来るものだろう。
「…………で、では………………ぐすっ……いた、……いただ…………ごめんなさいごめんなさい、痛かったらごめんなさい……でも、いただきますっ!」
「いや、もういい! 無理すんな!」
ついにはボロボロと涙を流し始めたジネット。
そんな無理して食うほどのものではない。
俺はウサギさんリンゴを取り上げ、心をすり減らしてまで頑張ろうとしたジネットの頭を撫でてやる。
「よく、頑張ったな……」
って、言う場面か、コレ?
「……ごめんなさい…………どうしても、食べられませんでした……」
「まぁ、しょうがねぇよ」
つか、ウサギって普通に食うよな?
狩りの初歩的な獲物だろう。
で、なんでエステラとマグダはジネットに拍手を送ってるんだ?
ナイスファイトって? やかましいわ。
なんだか余計なことで時間と体力を使ってしまった。
お弁当の定番だと思ったのだが、ウサギさんリンゴは没だ。この街の人間の趣味や信仰、何に惹かれ何を忌避するのか、そういう情報も集める必要がありそうだ。
新たな課題に直面したが、まぁ、追々でいい。
今は狩りだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!