異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

15話 サーモンピンク -3-

公開日時: 2020年10月14日(水) 20:01
文字数:3,312

「なぁ、マグダ」

「…………あげない」

「誰がくれと言った?」

 

 マグダがおにぎりを隠すように体をよじる。……腹いっぱいだったんじゃねぇのかよ。

 つか、自分のあるし。

 

「明日、一緒に狩りに行こう」

「……一緒に?」

「あぁ。お前の欠点を克服させてやる。デカい獲物を持ち帰って、狩猟ギルドに売りつけてやろうぜ」

「……マグダに、出来る?」

「出来る。いや、俺がさせてやる」

 

 そして、がっぽり儲けようではないか。

 ……ふふふ、待ってろよ、狩猟ギルドのいけ好かないオッサン共め。

 自分で言い出した契約で、精々苦しむがいい。大見得を切ったこと、後悔させてやるぜ。

 

「弁当を作るぞ」

「……『べんとう』?」

 

 オウム返しをしたマグダの発音が不安定だった。

 もしかして、弁当に該当する言葉がないのか?

 

「冒険者や行商が長い旅に出る時に飯を持っていくだろう? それの一回使い切りバージョンだ」

「つまり、一食分の食料を持っていく、ということかな?」

「まぁ、そういうことだな」

 

 さすが、エステラはのみ込みが早い。

 もっとも、一食分という縛りはないけどな。

 

「獲物を狩って、すごく腹が減るなら持参した弁当を食えばいい。そうすれば獲物に手を出さずに済むだろう」

「……でも、料理している余裕はない」

「料理は最初からしておいて、向こうでは食うだけにするんだよ」

「……パン、とか?」

 

 そうか。

 こっちの世界では調理済みの飯を持ち歩く習慣がないのか。

 そういえば、あまり外で食べ歩きしている人間を見ないな。

 

「例えば、このおにぎりなんかを持っていくんだ」

 

 弁当と言えばおにぎり。そして焼鮭だ。

 

「でも、出来た料理を持って街の外へ行くと……その、冷めませんか?」

「冷めて何が悪い?」

 

 弁当は冷めていてもなお美味いものだろうが。

 俺なんか、一時期炊きたてのご飯をわざわざ冷ましてから食ってたぞ。

 

「よし。じゃあ明日、みんなで狩りに行こう。そこで弁当の素晴らしさを教えてやる」

「いいですね! みんなでお出かけ、したいです!」

「マグダはどうだ?」

「……いい」

「狩り、出来るな?」

「……任せて」

「なら、決行だ」

 

 うまくいけば、収入源が確保できる。

 大量に余っているクズ野菜を弁当にして、マグダには獣を狩ってもらう。狩った獣は狩猟ギルドが買い取ってくれるし、申し分なしだ。

 

「エステラさんもご一緒にどうですか?」

「う~ん……」

 

 ジネットの誘いに、エステラは難色を示した。

 意外だ。

 

「ヤシロを疑うわけではないんだけど、ボクはやっぱり食事は温かい方が美味しいと思うんだ。ヤシロを疑うわけでは決してないんだけど」

「何回も言うな。余計空々しいわ」

「冷たいご飯なんて美味しいのかい?」

「俺の国には『冷やし中華』なんて食い物まであるぞ」

 

 夏になるとあちこちで一斉に「はじめました」宣言がなされる食い物だ。夏の風物詩と言ってもいい。

 

 だというのに、エステラはどうも乗り気ではないようだ。

 こいつは固定観念に凝り固まっているのではないか?

 やれ、赤身は嫌だ、やれ、冷えたご飯は嫌だ。

 お前は一度日本へ転生して駅弁でも食ってくるがいい。世界がひっくり返るぞ。

 

「う~ん……冷たい食事かぁ……」

「そんなに嫌なら来なくていい。材料が浮いて助かるわ」

 

 嫌がるヤツに食わせてやる飯などない!

 お前は一人で留守番でもしてろ!

 

「ジネット。三人分の弁当を頼む。メニューは俺が指定するから」

「え、で、でも。エステラさんは……」

「放っておけ。こいつは別に従業員というわけでもないし、ここ最近はなんの役にも立っていないのに飯ばっかり集りに来るタダ飯食らいだ。折角の弁当を分けてやる必要はない」

「むむ?」

 

 俺が断言すると、エステラは明らかに不機嫌そうな顔をして俺を睨む。

 ふん、勝手に睨んでいればいい。お前が何をしたところで、俺が折れるなんてことはないのだから。

 

「入門税……」

「ん?」

「この街の住人は400Rbだけど、領主に申告していない非住民の場合は5千Rbだよ」

「…………え?」

 

 住民?

 申告?

 え、そんなの必要なの?

 しかも5千Rb? ってことは五万円? 街に入るだけで五万円!?

 つか、住民でも四千円って、ぼったくり過ぎだろう!?

 

「ま、ボクには関係ないことだけどね。なにせボクは部外者のタダ飯食らいだからね」

「エステラ」

「なんだい?」

 

 俺は、へそを曲げたエステラに優しく声をかける。

 体の向きを変え、エステラを真正面から見つめる。

 

「俺にはお前が必要だ」

「……君、このタイミングでそのセリフは非常に最低だと、ボクは思うんだけど?」

「お前がいてくれなきゃ、俺はきっとダメになっちまう……」

「……その心は?」

「5千Rbなんて持ってない」

「………………一回限りの許可証をもらってきてあげるよ。住人になるには、最低三ヶ月は四十二区に住んでいないといけないからね」

 

 エステラは実にいいヤツだ。

 褒めておいてやろう。

 

「今日も綺麗だよ、エステラ」

「そ、そういうの、真顔で言うのやめてくれるかなっ?」

「よっ! 男前!」

「それは褒めてるつもりかなっ!?」

 

 褒めにくい女だ。

 

「許可証は今日中に取得しておいてあげるよ。その代わり、相応の報酬はもらうからね」

「『ヤシロ君と一日デートできる権利(費用はそちら持ち)』」

「いらないよっ!?」

「『ヤシロ君の手料理が食べられる権利(費用はそちら持ち)』」

「君の手料理じゃないんだ、ボクが食べたいのは!」

「『ヤシロ君の足料理が食べられる権利(費用はそちら持ち)』」

「足料理ってなんだっ!? 出来るもんならやってもらおうか!?」

 

 結局、許可証と引き換えにエステラは二週間分の昼飯を要求してきやがった。

 まったくもってせこい女だ。

 

「親の顔が見たいぞ、まったく」

「――っ!?」

「ん? なんだよ」

「……ボクたちは、まだそんな段階まで進展はしていないと思うのだが?」

「なんの話だ?」

「え?」

「ん?」

 

 話が噛み合っていない気がするが……まぁ、いいか。

 

 

 こうして、陽だまり亭の命運を分ける(かもしれない)狩りへと行くことが決定した。

 教会への寄付と同時に弁当の下ごしらえもしなければいけなくなったわけだが、ジネットには頑張ってもらわなければな。

 

 と、ジネットを見ると。

 

「…………」

 

 なんだか、物を言いたげな顔で俺をジッと見つめていた。少し、不服そうだ。

 

「どうした?」

「……いえ、なんということはないのですが…………」

 

 ジネットが胸を押さえ、一度息を吐き出す。

 

「…………いえ、やっぱり、なんでもないです」

 

 なんだよ?

 言いたいことがあるならはっきり言えよ、気持ち悪いな。

 

 その後、弁当に何を入れるのか、どの門から出てどこまで狩りに行くのか、帰りはどの門を通れば入門税が安くあげられるのかなどを話し合った。

 発言は主に俺とエステラで、狩猟に関してのみマグダが一言二言口を挟む程度だった。

 ジネットは終始大人しく、なんだか奥歯に物が挟まっているような、そんな居心地の悪さがずっとしていた。

 

「それじゃ、ボクは許可証の申請に行ってくるよ」

 

 一通り話がまとまり、エステラが立ち上がる。

 

「あ、お見送りいたします」

 

 つられてジネットも立ち上がり後に続く。

 だが、部屋を出てすぐのところで立ち止まり、おもむろにこちらを向いた。

 

「あ、あの、ヤシロさん」

 

 そして、エプロンドレスの裾をふわりと摘まみ上げ、可愛らしくお辞儀をした。

 

「どう……でしょうか?」

「どうって……いや、可愛いけど?」

「そうですか! ありがとうございます!」

 

 途端に晴れやかな表情になったジネットは、パタパタと軽やかな足取りで廊下を駆けていった。

 

 ……なんだかなぁ。

 何と張り合ってんだか。

 

 まぁ、ジネットの機嫌がよくなるならそれに越したことはない。

 俺は俺で、適当にやるさ。

 

「……ヤシロ」

 

 マグダが俺を呼ぶ。……呼び捨てかよ。

 

「…………マグダ、かわいい?」

「あ?」

「…………」

「…………」

「…………もう、いい」

 

 それだけ言い残してマグダも部屋を出て行ってしまった。

 俺の隣の部屋がマグダに貸し与えられたので、そこへ戻ったようだ。

 

 部屋に残された俺。

 女心ってやつは理解しがたいね。

 決して、惚れられているなどとは、思わないが。

 

 俺は、あえて残しておいた鮭フレーク混ぜご飯のおにぎりを一口齧り、やはり冷えても飯は美味いと確信したのだった。

 

 

 

 

 

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