異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

15話 サーモンピンク -2-

公開日時: 2020年10月14日(水) 20:01
文字数:3,432

「お待たせしました~!」

 

 ジネットが焼鮭定食を持って、俺たちのいる二階の部屋へとやって来る。

 俺たちが話している間、ジネットはみんなの昼食を作っていたのだ。

 この鮭は、川漁ギルドのデリアにもらったものだ。お近付きのしるしとかで十尾ほどタダでもらったので、どのようにして食うのがいいか試食を兼ねていただこうというわけだ。

 

「うわ……本当に身が赤いんだね」

 

 エステラが焼鮭を見て眉を歪める。

 鮭に謝れ、無礼なヤツめ!

 

「そんな顔をするなよ。こいつは一度海へ出ているんだぞ。海魚みたいなもんだ」

「はぁ? 川魚が海に出るわけないじゃないか。くだらない嘘を吐くとカエルにするよ」

「嘘じゃない。この赤い身がその証拠だ」

「海に出たから身が赤くなったって言うのかい?」

「そうだ」

 

 エステラがあからさまに胡散臭そうな表情を見せる。

 逆にジネットは興味津々とばかりに、俺の向かいへ座り身を乗り出してくる。

 その隣で、マグダも俺を見つめている。虚ろな目は「……詳しく」と物語っているように見えた。

 

「塩水に浸ければ、白身が赤く染まるとでも言うのかい?」

「そんなわけないだろう。こいつが赤いのはオキアミを食ってるからだ」

 

 エビやカニの甲羅が赤いのと同じ原理だ。

 

「さらに言うなら…………この鮭って魚は、実は…………白身魚だ!」

「…………」

「…………」

「…………」

 

「えぇーっ!?」……という反応を期待したのだが、全員が黙りこくってしまった。

 そして、テーブルに置かれた鮭を見て、次いで俺を見て、一様に気の毒そうな表情を浮かべた。

 

「……ヤシロ、ついに目まで悪く……」

「とりあえず、他にどこが悪いのか言ってもらおうか?」

 

 エステラが失礼極まりないことをのたまいやがる。

 本当に鮭は白身魚なのだ。

 

 そもそも、赤身白身は筋肉の種類によって分類されている。

 遠泳に向いているのが赤身。

 瞬発力の高いのが白身だ。

 そういう分類分けをすれば、鮭はれっきとした白身魚なのだ。

 ただ、身が赤いだけでな。

 

「本当なんですか?」

「俺のいた国は島国だと言っただろ? 魚に関しては、ちょっと進んだ知識があるんだよ」

 

 それ故に、鮭の美味い食い方も知っている。

 実はすでに、鮭フレークを作ってあるのだ!

 ジネットの取る出汁が美味かったのでそれを使い、酒で味を調えて、かなり美味い鮭フレークが出来た。これで、陽だまり亭に貯蔵されている古米も美味しくいただけるというものだ。

 鮭フレークの混ぜご飯。

 聞くだけで美味そうではないか。

 今日は米を炊いている暇がないから試食はまた今度か……いや残念だ。

 

「そういえば、ヤシロさんが言っていた鮭フレークご飯を作ってみたんです」

「偉いぞジネット! 今すぐ持ってきてくれ!」

「はい!」

 

 元気のいい返事を残し、ジネットが部屋を出て行った。

 厨房も改装中のため、現在は中庭に簡易のカマドが設置されている。俺が造った物だ。

 そこでご飯を炊いていたらしい。出来るヤツだ。

 

 あとは、炊けた米と鮭フレークを混ぜれば完成だ。白ごまを振ったり、刻み葱とバターを混ぜてちゃんちゃん焼き風にしても美味い。

 

 あ、そうか。

 

「見つかったかもしれん、こいつの活用法が」

「本当かい?」

 

 エステラが俺を覗き込むのと、ジネットが再び部屋に入ってくるのはほぼ同時だった。

 

「ほわぁぁあっ!?」

「えっ!? な、なに、ジネットちゃん!?」

「ヤシロさんとエステラさんがチューを!?」

「し、しし、してない! してないよ!?」

 

 タイミングと見た角度が最悪だったのだろう。

 あらぬ疑いをかけられてしまった。

 

「あのなぁ、ジネット。やるならもっとこっそりやる」

「こ、こっそりもやらないよ!?」

「じゃあ、ねっとりやる」

「ねっとりもしない! って、ねっとりってなにさ!?」

 

 エステラが顔を真っ赤に染める。

 

「赤身だな」

「う、うるさいよ!」

 

 エステラは俺に背を向けるようにして、俺の隣の席へと腰を下ろした。

 飯を食うつもりのようだ。

 

「20Rb」

「あれぇ、おかしいなぁ!? ボクはたしか、新作の試食会に『是非とも』参加してほしいと誘われたはずだけれどな!?」

「金を取らないとは言っていない」

「君は本当に、いつかお金に人生を踏みにじられるよ!?」

 

 バカヤロウ。

 そんなもんはもう経験済みだ。

 

「エステラさん。お代は結構ですよ。店主権限です」

「ジネットちゃんがまともな人で本当によかったよ。ヤシロが感染しないように気を付けてね」

 

 俺はどこの新型ウィルスだ。

 

 あらかじめ、「もう食べられない宣言」をしていたマグダ以外、三人前の焼鮭定食がテーブルに並ぶ。焼鮭に、鮭のアラ汁。鮭フレーク混ぜご飯のおにぎり。見事な鮭尽くしだ。

 

「いい香りですね」

 

 焼鮭の香りに相好を崩すジネット。

 一方、エステラは難色を示している。

 

「……赤いなぁ」

「エビもトマトも赤いだろうが」

「川魚なのに赤いから言ってるんだよ。例えば、牛肉が緑だったらどうだい? キャベツみたいにさ」

「『こ、こいつ……宇宙人か!?』って言うかな」

「……え、それは…………え、どういう意味?」

 

 そうか。

 この世界で宇宙人というのは認知されていないのか。

 宇宙っていう概念がないのかもしれないな。

 まさに、「我、観測する、故に宇宙あり」だ。

 宇宙など、気に留めなければないのと同じなのだ。

 

 おかげで折角の面白いギャグが滑ってしまった。由々しき事態だ。賠償問題だぞこれは。

 

「まぁ、お前がどうしても食べたくないというのなら仕方ない。泣きながら無理してでも口に詰め込め」

「……君には、砂粒程度でもいいから優しさというものを持ち合わせてほしいと願うばかりだよ」

 

 うだうだ言うエステラを無視して、俺は鮭に箸を入れる。

 ほっくりと焼けた鮭の身は、箸で押すだけで簡単に解れ、程よい大きさになる。

 それを一口、口へと放り込む。……咀嚼…………美味い。

 完全に鮭だ。

 懐かしい味がする。

 

「美味しいですっ、これ!」

 

 ジネットが歓喜の声を上げる。

 左手で口元を押さえ、大きな目を幸せそうに細めて鮭を見つめている。その視線はまさに羨望と呼ぶべきものだった。

 そしてジネットは鮭フレーク混ぜご飯のおにぎりを一口頬張る。

 

「んっ!?」

 

 瞬間、グルメ漫画よろしく目を見開いて「こ、これはっ!?」とでも言いたそうな表情を見せる。

 

「お口の中で、鮭の身とご飯の粒がわっしょいわっしょいしていますっ!」

 

 ……う~ん、残念っ!

 まるで意味が分からない。

 

 俺も鮭フレーク混ぜご飯のおにぎりを一口齧る。

 ふむ……これ、米がよければもっと美味くなるな。

 

「そんなに美味しいのかい?」

「はい。今まで知らなかったのが悔やまれるくらいに美味しいです!」

「……ジネットちゃんがそこまで言うなら…………」

 

 エステラはいまだ疑りながらも、ゆっくりと鮭を口へ運ぶ。

 

「…………うん。魚だね」

「反応薄いなっ!?」

 

 そこは「こ、こんな美味しいもの食べたことないっ!?」って感激して、ガツガツ食っちゃう場面だろう!?

 

「海の魚だと言われて出されれば、なんの問題もなく食べられそうだね」

「でも、それはお客さんを騙すことになりませんか?」

「そうかな? ヤシロの話が本当なら、こいつは一度海へ出ているんだろ? 嘘とは言えないんじゃないかな」

「そうでしょうか……」

 

 なんか普通に会話が進んでる。

 もっと感激しようぜ。焼鮭の美味さによぉ。

 

 まぁ、俺も美味い飯食ったところでうんちくを語り出すほど食にこだわりはないけどさ。

 グルメマンガでもない限り、美味い飯の反応なんてこんなもんか。

 

「ヤシロさん。この川魚とも海魚とも呼べるお魚をメニューに載せる時は、なんと表示すればいいのでしょうか?」

「んなもん、『焼き魚定食』でいいだろうが」

「あ…………そうですね」

 

 いちいち川だ海だと表示する必要はない。

 焼いた魚が出てくるのだから焼き魚定食でなんの問題もない。

 

「この混ぜご飯もなかなかのものだね」

「米を変えれば数倍美味くなる。もっと高いポテンシャルを持っているはずだ」

 

 こいつは臭い飯をなんとか食べられるようにするための食材ではない。

 美味い飯をより美味く食うためのものだ。

 

「マグダさんも、おひとつどうですか?」

 

 さっきから無言で俺たちを見ていたマグダ。

 その視線は鮭フレーク混ぜご飯のおにぎりに釘付けだった。

 

「食べられるようでしたら、どうぞ」

「……いただきます」

 

 マグダは鮭フレーク混ぜご飯のおにぎりを受け取り、小さな口でパクリと食べる。

 

「…………美味しい」

「ですよね!」

 

 なぜかジネットが嬉しそうに笑い、マグダの頭を撫でる。

 

 あ、そうそう。

 マグダの欠点をカバーする案が浮かんだんだった。

 

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