「で、今日は何か用事でもあるのかい?」
下半身ブーメランパンツアライグマこと、オメロが改めて尋ねてくる。
「オメロさんは、川漁ギルドの副ギルド長をされているんですよ」
「よしてくれよ、ジネットちゃん。副ギルド長なんつっても、名前だけでなんの権限もない役職なんだから」
そういう割には、得意顔だ。
なんだかんだ言いながら、その肩書きに誇りを持っているのだろう。
なら、こいつに話を通せばすんなり事が運ぶかもしれんな。
「川で捕れる魚に関して、少し相談したいことがあるんだが」
「魚に関して?」
不思議そうな顔をするオメロ。しかし、すぐに何かに思い至ったようで、手をパンと打ち鳴らす。
「そういや、モーマットのヤツが何か言ってたな、新しいギルドが出来たとか、野菜の価値が上がったとか……アレのことかい?」
「はい。それのことで、ギルド長さんとお話をさせていただきたくて……ね、ヤシロさん」
「あぁ。そこで、副ギルド長であるあんたから、ギルド長に話を通してくれないか?」
「い~~や、むりむりむりむりむりむりむりむりむり!」
すごい拒絶反応だ。
デカいアライグマがプルプル震えている。
「親方に話しかけるなんて……オレ、ビビっちまって絶対無理だよ」
こんなデカいアライグマが怯える親方ってのはどんなヤツなんだ?
そんなに怖い人物なのか?
「……親方はな……クマ人族の中でも一、二を争う腕っぷしの強さで、ここいらじゃ敵うヤツなんかいないんだ。おまけに、すぐに手が出るし……手加減を知らねぇから何度死にかけたか……」
「危険人物じゃねぇか!」
「危険人物なんだよ!」
「放し飼いにすんなよ、そんなヤツ!」
「あんなもん、飼えるヤツがこの世にいるもんか!」
オメロは必死の形相だ。
そんなに怖いのか……
「オメロ。お前が川漁ギルドを代表して交渉してくれ」
「そりゃあ無茶ってもんだ! 親方を無視して勝手なことをすりゃあ…………明日、河原で洗われてるのはオレかもしれねぇ……」
「いや、お前以外に河原で何かを洗うヤツいねぇだろ」
全人類がいろんなものを洗うと思うなよ、このアライグマ。
「と、とにかく、親方に会って直接話をつけてくれ。オレは遠くで見守っているから」
「いや、近くにいろよ」
「とばっちりを食らうのは御免だ!」
「さっきお前が親方のことを『あんなもん』呼ばわりしていたことをバラすぞ?」
「やめてくれぇ! マジで殺されちまう! この通りだ!」
デカいアライグマが土下座をした。
一切の躊躇いがなかった。
命がかかっている者の潔さだ。
……こいつ、マジか?
「お前んとこのギルド、よくそれで運営していけるな……」
副ギルド長がここまで怖がっていて、連携とか取れているのだろうか?
親方の言うことに絶対服従な組織だったりして……それじゃあ親方じゃなくて親分じゃねぇか。
ジネットがオメロをなだめ、土下座をやめさせている。
肩を落とし、オメロがぐったりしている。
こいつは連れて行かない方がいいかもしれないな。
俺たちだけで交渉か……
なんとも嫌な予感がする。
なにせ、アライグマでさえこのサイズだ。
クマ人族…………
「よし、帰ろう」
「ダメですよ、ヤシロさん! この前お店に来てくださったペトルさんに、『是非親方と話してほしい』と頼まれているんですから」
「じゃあそのペトルとやらを呼んでこい! たしか、そいつは人間だったはずだよな? 人のよさそうな顔をしたオッサンだったはずだ。そいつを間に挟ませろ」
「あぁ、ダメだよ、兄ちゃん。ペトルはギルドの下っ端だ。大方、親方の使いっパシリにされたんだろうが、あいつを間に挟むだなんて……ペトルが死んじまうよ」
なんでお前んとこのギルドはすぐに死人が出るんだ。
そんな危険人物に、直接交渉しろというのか?
無理難題吹っかけられたらどうすりゃいいんだよ……
『ワシの言うことが聞けねぇってのか、あぁん!?』
脳内で、強面の親分が恫喝してくる様が想起される。
……怖過ぎる。
物凄く行きたくない……
「しかし、親方がペトルを店に行かせたんだとしたら……早く行かないと、あとが怖いかもしんねぇなぁ」
なんか、行くも地獄戻るも地獄状態になってないか、これ!?
「そうだ。ジネット。お前は会ったことがないのか、ここの親方に」
「いえ。ないです」
ないのかよっ!?
結構頼りにしてたのに!
知り合いなら、この人畜無害なジネットを緩衝材に、話をスムーズに進められると踏んでいたのだが……
「とりあえず、会いに行ってみませんか? きっといい方ですよ」
「お前のその根拠のない自信はどこから来るんだ?」
ここまでの会話聞いてたか?
恐ろしい熊なんだぞ、お前が会いに行こうと言っているのは。
「とはいえ、会わないわけにもいかないんじゃないのかい?」
エステラが涼しい顔で言う。
いいよな、お前は。部外者だから。
あ、そうか。
「エステラ。今日からお前を『陽だまり亭臨時交渉人』に任命する」
「ボクを犠牲にしようとするのはやめてくれないか?」
「こういうのは、女の方がうまくいくんだよ」
「その根拠は?」
「おっぱいが嫌いな男など、この世に存在しないからさ!」
そう!
どんな男であっても、美少女とおっぱいにはきつく当たれないものなのだ!
……って。
「あぁっ、しまった! こいつにはおっぱいが無いっ!?」
「ホント、グーで殴るよっ!?」
なんとか美少女枠でエントリーできないだろうか?
……服装と一人称と胸の無さで中性的になっているからなぁ……俺も最初男だと思っちゃったし。
それならジネットを交渉人にするべきなのだろうが……ジネットに交渉など不可能だ。
あいつは言われたことをなんでも「はい、よろこんで」と了承してしまうに違いない。
「エステラ、大豆を食って牛乳を飲め」
「言いたいことはそれだけかい?」
エステラが懐に忍ばせたナイフに手をかける。
まったく。ちょっとスペースが余っているからって、懐にそんな危険なものを忍ばせたりして……とは、口が裂けても言わないけれど。だって、目がマジなんだもん。あれ、本気で人を刺すヤツの目だ。
「しょうがない。とりあえず会うだけ会うか」
話し合いが無理そうな相手ならダッシュで逃げればいい。
その際、どん臭いジネットがもたついて親分に捕まるかもしれんが、……その時間を利用すれば俺だけは確実に逃げ出せる。うん、完璧な作戦だ。『俺さえ無事ならそれでいい大作戦』だ。
「それじゃあ、オメロ。親分のところまで案内してくれ」
「いや、親方なんだが……」
どっちでも似たようなもんだろうが。細かいヤツだ。
「しょうがない。とりあえず、食われないように注意して交渉をするぞ」
「どんな生き物を想定してるんだい、君は?」
熊だよ熊。
ガオーで、ザシューで、頸動脈スッパー、鮮血ドッバーのあの熊だよ!
「あの、ヤシロさん。ヤシロさんが不安なのでしたら、わたしがお話をしましょうか?」
「ジネット、お前は陽だまり亭を潰す気か?」
「えぇっ!? なんでそうなるんですか!?」
もういい。
腹を決めるしかない。
なに、大丈夫だ。出会っていきなりガオー、ザシューはないだろう。
「親方なら、この川の上流で漁をしているはずだ。行けば分かるよ」
オメロはそれだけ言うと、そそくさと帰ってしまった。
……本当についてこないとは。
お前らの未来がかかった交渉をするんだぞ? 自覚あるのか?
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