異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

13話 川漁ギルドのギルド長 -3-

公開日時: 2020年10月12日(月) 20:01
文字数:2,937

「で、今日は何か用事でもあるのかい?」

 

 下半身ブーメランパンツアライグマこと、オメロが改めて尋ねてくる。

 

「オメロさんは、川漁ギルドの副ギルド長をされているんですよ」

「よしてくれよ、ジネットちゃん。副ギルド長なんつっても、名前だけでなんの権限もない役職なんだから」

 

 そういう割には、得意顔だ。

 なんだかんだ言いながら、その肩書きに誇りを持っているのだろう。

 なら、こいつに話を通せばすんなり事が運ぶかもしれんな。

 

「川で捕れる魚に関して、少し相談したいことがあるんだが」

「魚に関して?」

 

 不思議そうな顔をするオメロ。しかし、すぐに何かに思い至ったようで、手をパンと打ち鳴らす。

 

「そういや、モーマットのヤツが何か言ってたな、新しいギルドが出来たとか、野菜の価値が上がったとか……アレのことかい?」

「はい。それのことで、ギルド長さんとお話をさせていただきたくて……ね、ヤシロさん」

「あぁ。そこで、副ギルド長であるあんたから、ギルド長に話を通してくれないか?」

「い~~や、むりむりむりむりむりむりむりむりむり!」

 

 すごい拒絶反応だ。

 デカいアライグマがプルプル震えている。

 

「親方に話しかけるなんて……オレ、ビビっちまって絶対無理だよ」

 

 こんなデカいアライグマが怯える親方ってのはどんなヤツなんだ?

 そんなに怖い人物なのか?

 

「……親方はな……クマ人族の中でも一、二を争う腕っぷしの強さで、ここいらじゃ敵うヤツなんかいないんだ。おまけに、すぐに手が出るし……手加減を知らねぇから何度死にかけたか……」

「危険人物じゃねぇか!」

「危険人物なんだよ!」

「放し飼いにすんなよ、そんなヤツ!」

「あんなもん、飼えるヤツがこの世にいるもんか!」

 

 オメロは必死の形相だ。

 そんなに怖いのか……

 

「オメロ。お前が川漁ギルドを代表して交渉してくれ」

「そりゃあ無茶ってもんだ! 親方を無視して勝手なことをすりゃあ…………明日、河原で洗われてるのはオレかもしれねぇ……」

「いや、お前以外に河原で何かを洗うヤツいねぇだろ」

 

 全人類がいろんなものを洗うと思うなよ、このアライグマ。

 

「と、とにかく、親方に会って直接話をつけてくれ。オレは遠くで見守っているから」

「いや、近くにいろよ」

「とばっちりを食らうのは御免だ!」

「さっきお前が親方のことを『あんなもん』呼ばわりしていたことをバラすぞ?」

「やめてくれぇ! マジで殺されちまう! この通りだ!」

 

 デカいアライグマが土下座をした。

 一切の躊躇いがなかった。

 命がかかっている者の潔さだ。

 ……こいつ、マジか?

 

「お前んとこのギルド、よくそれで運営していけるな……」

 

 副ギルド長がここまで怖がっていて、連携とか取れているのだろうか?

 親方の言うことに絶対服従な組織だったりして……それじゃあ親方じゃなくて親分じゃねぇか。

 

 ジネットがオメロをなだめ、土下座をやめさせている。

 肩を落とし、オメロがぐったりしている。

 こいつは連れて行かない方がいいかもしれないな。

 俺たちだけで交渉か……

 

 なんとも嫌な予感がする。

 なにせ、アライグマでさえこのサイズだ。

 クマ人族…………

 

「よし、帰ろう」

「ダメですよ、ヤシロさん! この前お店に来てくださったペトルさんに、『是非親方と話してほしい』と頼まれているんですから」

「じゃあそのペトルとやらを呼んでこい! たしか、そいつは人間だったはずだよな? 人のよさそうな顔をしたオッサンだったはずだ。そいつを間に挟ませろ」

「あぁ、ダメだよ、兄ちゃん。ペトルはギルドの下っ端だ。大方、親方の使いっパシリにされたんだろうが、あいつを間に挟むだなんて……ペトルが死んじまうよ」

 

 なんでお前んとこのギルドはすぐに死人が出るんだ。

 そんな危険人物に、直接交渉しろというのか?

 無理難題吹っかけられたらどうすりゃいいんだよ……

 

『ワシの言うことが聞けねぇってのか、あぁん!?』

 

 脳内で、強面の親分が恫喝してくる様が想起される。

 ……怖過ぎる。

 

 物凄く行きたくない……

 

「しかし、親方がペトルを店に行かせたんだとしたら……早く行かないと、あとが怖いかもしんねぇなぁ」

 

 なんか、行くも地獄戻るも地獄状態になってないか、これ!?

 

「そうだ。ジネット。お前は会ったことがないのか、ここの親方に」

「いえ。ないです」

 

 ないのかよっ!?

 結構頼りにしてたのに!

 知り合いなら、この人畜無害なジネットを緩衝材に、話をスムーズに進められると踏んでいたのだが……

 

「とりあえず、会いに行ってみませんか? きっといい方ですよ」

「お前のその根拠のない自信はどこから来るんだ?」

 

 ここまでの会話聞いてたか?

 恐ろしい熊なんだぞ、お前が会いに行こうと言っているのは。

 

「とはいえ、会わないわけにもいかないんじゃないのかい?」

 

 エステラが涼しい顔で言う。

 いいよな、お前は。部外者だから。

 

 あ、そうか。

 

「エステラ。今日からお前を『陽だまり亭臨時交渉人』に任命する」

「ボクを犠牲にしようとするのはやめてくれないか?」

「こういうのは、女の方がうまくいくんだよ」

「その根拠は?」

「おっぱいが嫌いな男など、この世に存在しないからさ!」

 

 そう!

 どんな男であっても、美少女とおっぱいにはきつく当たれないものなのだ!

 ……って。

 

「あぁっ、しまった! こいつにはおっぱいが無いっ!?」

「ホント、グーで殴るよっ!?」

 

 なんとか美少女枠でエントリーできないだろうか?

 ……服装と一人称と胸の無さで中性的になっているからなぁ……俺も最初男だと思っちゃったし。

 それならジネットを交渉人にするべきなのだろうが……ジネットに交渉など不可能だ。

 あいつは言われたことをなんでも「はい、よろこんで」と了承してしまうに違いない。

 

「エステラ、大豆を食って牛乳を飲め」

「言いたいことはそれだけかい?」

 

 エステラが懐に忍ばせたナイフに手をかける。

 まったく。ちょっとスペースが余っているからって、懐にそんな危険なものを忍ばせたりして……とは、口が裂けても言わないけれど。だって、目がマジなんだもん。あれ、本気で人を刺すヤツの目だ。

 

「しょうがない。とりあえず会うだけ会うか」

 

 話し合いが無理そうな相手ならダッシュで逃げればいい。

 その際、どん臭いジネットがもたついて親分に捕まるかもしれんが、……その時間を利用すれば俺だけは確実に逃げ出せる。うん、完璧な作戦だ。『俺さえ無事ならそれでいい大作戦』だ。

 

「それじゃあ、オメロ。親分のところまで案内してくれ」

「いや、親方なんだが……」

 

 どっちでも似たようなもんだろうが。細かいヤツだ。

 

「しょうがない。とりあえず、食われないように注意して交渉をするぞ」

「どんな生き物を想定してるんだい、君は?」

 

 熊だよ熊。

 ガオーで、ザシューで、頸動脈スッパー、鮮血ドッバーのあの熊だよ!

 

「あの、ヤシロさん。ヤシロさんが不安なのでしたら、わたしがお話をしましょうか?」

「ジネット、お前は陽だまり亭を潰す気か?」

「えぇっ!? なんでそうなるんですか!?」

 

 もういい。

 腹を決めるしかない。

 なに、大丈夫だ。出会っていきなりガオー、ザシューはないだろう。

 

「親方なら、この川の上流で漁をしているはずだ。行けば分かるよ」

 

 オメロはそれだけ言うと、そそくさと帰ってしまった。

 ……本当についてこないとは。

 お前らの未来がかかった交渉をするんだぞ? 自覚あるのか?

 

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