先生のおかげでヤバい人になってしましました。ぐすん。
冒険者研修の最初の一日は無事切り抜けた。あの後、意外と基本の素振りや体術の練習ばかりやらされた。運動なんてしたことがなかった私にはちょうどいい。そもそも筋肉がほとんどないんだ。確かに間違った研修ではなかった。だけど、先生がいけなかった。
研修二日目、今日は違う先生である事を期待したが、また、あのイケメン先生だ。もう少し冗談のわかる人だといいのだが......それに性格も悪い。
「今日も厳しく行くぞ!」
「「「「「はい!」」」」」
流石に今日はちゃんと返事をした。もちろん心の中で「ケッ」て思いながら......
しかし、あの先生は何度も私を見た。ヤバい、ロックオンされてますね。私......大丈夫? もしかして、実は愛が芽生えたのかな?
「なあ、美少女冒険者。お前、昼のコースだな。夜は何をやってるんだ?」
「別にそんな事は関係ないじゃないですか?」
「どうせ、夜の仕事してるんだろ? いくらだ? 何処でだ?」
カチンときた。私はこんなにカチンときたのは初めてだった。私はアルに言った。そこまで女性を馬鹿にする? 本当に私が夜の蝶だったらどんな気持ちになる?
「アル!」
アルは察した様だ。子供の頃に行ったいつもの芝居がかった行為。本当は殿方の騎士が行う立ち振る舞い。アルは私に手袋を持ってきてくれた。子供の頃、何度もやった事。
ビシッ!
私は手袋を先生の顔に投げつけた!
「女性を馬鹿にする事は許しません!」
毅然として言った。そこに正義があると、私は未だたくさんの世界を知らない子供だった。
「ほぉ? 私に決闘を申し込むのか?」
「ちょっと、クリスさん駄目よ! それに先生も! 今のは先生も悪いと思います」
アン・ソフィさんが私を庇ってくれた。だけど、一度ついた闘志の火は消せない。前世の私が今の私を奮い立たせている。
「いいだろう。決闘に応じよう、ただし、木剣でな」
「はい。お願い致します」
「クリス、あなた正気?」
アン・ソフィさんが私を諫める。だが、私は正気だ。私は本気でこの先生を倒す気だ。冒険者の教師なら少なくても、剣士レベルは90以上はあるだろう。私には虚数魔法使い、聖女の加護がレベル1しかない。だが、クラス4のタレントの加護は例えレベル1でも常人の数倍、いや、私の場合、数百倍出せる。何故なら、私は天才、天才に嘘は無い。前世で私は天才だった。タレント虚数魔法使いに目覚める前から魔法も剣も常人よりうまく扱えた。何故なら、私は|闘気《プラーナ》、|魔素《マナ》を簡単に感じる事が出来た。コントロールする事ができた。タレントやジョブの正体は闘気(プラーナ)、魔素(マナ)を取り出す蛇口の大きさだ。だから、高位のタレントを持っても、十分に潜在能力を発揮できない人が多くいた。彼らは|闘気《プラーナ》、|魔素《マナ》を感じる事が出来ないのだ。だから、力を十分発揮できない。同じタレントやジョブレベルでも個人差が産まれるのはその為だ。
先生と対峙する。木剣を構える。木剣に魔力や闘気を込めるまではしない。そこまですると死んでしまう。だが、体中に|闘気《プラーナ》を充満させる。丹田におびただしい量の|闘気《プラーナ》が集まる。これで私の身体能力は数百倍に跳ね上がった。
「では、始めるか。先に打ち込んで来い!」
「後悔しますよ!」
そういうと私は走り始めた。そして|闘気《プラーナ》を足に集中、速度が一機に上がる!
「(喰らえぇええーーー飛燕斬!)」
かつての私の得意技、飛燕斬、それを上段から斬りつける! 先生はそれを横に避け、剣戟が命中する事はなかった。だが! 下段から返す刀で、二の太刀!
「(行けえぇええーーー昇竜剣!)」
先生に返す刀は見えたろうか? 剣士レベル90程度で見えるレベルの動きではない。
「ちっ! こっちが目的か!」
「その通りよ!」
最初の飛燕斬を避けたところで、先生の動きは一時、速度が低下する。人間はそんなに簡単に速度やベクトルを変える事はできない。二手,三手先を読む攻撃と、この速度に勝てる冒険者などはいない筈!
しかし、私は感じた! 先生からほとばしる|闘気《プラーナ》を!
「この程度の力位で!」
シュン・カチン
私を衝撃波が襲った。それは信じがたい速度の剣の一閃!
「きゃぁああああぁああああああ!」
「(何が起こった?)」
見えなかった。私にさえ見えなかった!
私の胴に一撃入ったらしい。脇腹が異様に痛い。私は痛みを堪えながら、未だ立っていた。
「もういい。私の勝ちだでいいだろう?」
周りは静かになった。私の剣戟はおそらく誰にも見えなかっただろう。そして先生の剣戟も。先生は木剣を捨てると私に近づいてきた。先生は剣を持っていない。先生にもう戦う意思は無い。そして私の敗北が確定した。私は素手の先生にも勝てないだろう事がわかった。先生の体に纏う膨大な|闘気《プラーナ》の量を感じ、敗北を認めざるを得なかった。
「ま、参りました」
私は負けを素直に認めた。
先生は私の目の前に来ると、突然|跪《かし》づいた。
「えっ?」
思わず、木剣を落とす。そして、無意識に右手を差し出す。先生は流れる様に優雅な所作で、私の手をすくい、私の手の甲にキスをするかしないかの手慣れたキスをした。
「せ、先生?」
「女性を侮蔑する様な発言をお許し下さい。クリスティーナ・ケーニスマルク穣」
衝撃を受けた。誰も知らない筈の私の正確な名前とかつての性。この先生はそれを知っていた。そして、この所作は貴族のもの。先生は貴族?
「私の事を覚えてはいませんか? 子供の頃二三度遊んだ事がありますよ」
「あ、あなたは?」
「イエスタ・メクレンブルグ、あなたの叔父です」
メクレンブルグ家! 母の実家だ! 私は思い出した。母と歳の離れた叔父の事を、子供の頃、歳の差が少ない私達は確かに二三度遊んだ事があった。確か彼は今、 アクイレイア王国騎士団に所属している筈。それも騎士団長を拝命している筈。
「お貴方のお父上と義母上に頼まれました。お貴方を見守って欲しいと、私も可愛い姪を危険な目に合わせたくなかった。だから、冒険者などになるのは反対でした。それで、意地悪をしました。さぞかし嫌われてしまった事でしょう」
「いえ、叔父様! 私の為に! ありがとうございます」
私は嬉しかった。家族が、父が、継母さえ私を見捨てた訳ではなかった。父や継母の優しさが心に染みる。自分の罪を考えると、とても畏れ多い事だった。
「あ゛、あ゛りがどうございま゛ずぅ……叔父様も……ご......めんなさい……」
先生、いや叔父様を軽蔑した自身が恥ずかしくなった。この叔父様は私の為に、わざわざ......貴族のこの方はもう、私が話をしていい方ではない。それを思い出す。
「叔父様、いえ、イェスタ様、お願いです。私に|跪《かし》づくのを止めて下さい。平民の私が貴族のイェスタ様に|跪《かし》づかれるのはおかしいです」
「クリスティーナ穣、私にとって貴方はかけがいの無い姪だ。私の前では貴方はいつまでも令嬢なのだ。それを拒否しないで欲しい」
「私は咎人です。私の事を想ってくれただけで、十分、クリスは幸せです。どうか、立って、普通に私に接して下さい」
「クリスティーナ。あなたの気持ちはわかりました。そして、あなたは確かに天才だ。あなたが冒険者となる事は絶対反対でしたが、あなたの剣技を見て、納得しました。貴方は確かに天才だ」
「止めてください。あれはジョークなんです。それを本気にされると困るのです」
「あれだけの技を見せつけておいて、今更何を......でも、困った事があれば、いつでも我が家を訪ねてください。いえ、もちろん、いつも、我が家の者が見張ってますが......」
ストーカーかよ! 心の中で思わず突っ込んでしまったが、とてもありがたい事だ。
私の前で|跪《かし》づいていたイェスタは一礼して立ち上がると、皆に声をかけた。
「今日見た事は他言無用。話せば、次の日にはこの世にはいないものと知れ」
いや、怖いよこの叔父様! ちょっと、自分の叔父が危ない人に思えてきた。でも彼の言った事は本当だろう。彼の貴族の力とはそういう物なのだ。メクレンブルグ家、この国の王族の一人なのだから。
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