アルとエドウィンが切り結んでいるらしいが、その姿は見えない。私にさえ見えない。
ザシュ
音が聞こえるとアルが姿を現した。その手にした木剣には血がついていた。
「クリスは僕のものだ……って言えばいいのかな?」
アルが珍しく恥ずかしそうに顔を赤らめて私を見ている。私の心臓の鼓動が早くなる。
「ア、アル。あなた?」
「ああ、大丈夫だ。気にしないで」
アルが私の目の前に現れた為、かなり近くでアルの姿を見ることができた。
パッと見る限り、アルの身体に大きな傷はない。しかし、服はボロボロになっているし、彼の所々に怪我と血が付着していた。彼はボロボロだった。
「必ず助けるよ」
優しい笑顔を向けてくれるアルだが、彼がどれだけ大変な戦いをしているのかを考えると、今までアルの事を馬鹿にしていた自分が恥ずかしい。
「(アル、ごめんなさい)」
心の中で謝るが、それはアルにはお見通しみたいだ。アルがニッコリと笑う。今日の私どうしたんだろう? いや、アルも......私はどうしようもなく、こんな時に、嬉しさを隠しきれない。
頑張って! って言うべきなのかな?
素直に言葉に出せないもどかしさに私が悩んでいると、アルは振り返って私を見た。
「君は僕のものだ」
「――――――」
アルのその言葉は私の体の芯まで響いた。私の王子様。それがアル?
頬を赤らめ、まるで童話の王子様を……恋人を見守るかのような私。嘘! これ、ホントに私? 嘘、私、薬やってないよね?
「ク、クソがぁ!」
狂暴なエドウィンが悪態をつく。彼の体は血まみれだった。一方、アルは小さな傷のみ。勝敗はアルにあがるだろうと、誰しもがそう思ったろう。
「そこまでだぜ!」
もう一人の銀の鱗のメンバーが剣をアンの喉元にあて、こちらに迫ってきた。先生が負けてしまったらしい。アンが一人を倒したものの、もう一人には負けてしまった。信じられない。アンは既に並みのAクラスなら互角の筈。だが、やる事は一つだった。
「フリーズ・ブリット*5!」
威力を弱めた私の氷の魔法が二人を襲う。え? 二人共かよっかって? 当たり前でしょ! お約束よ! 私のキャラならOKなの!
「「「「「「「「「「うわー……最低かよ……」」」」」」」」」」
「ぐぁぁぁぁぁあ!」
「きゃっああああ!」
クラスメイトに一斉に突っ込まれた。ぐすん。でも、無事、二人共、気絶する。多分死んでないと思うわ。死んだ時は不可抗力と正当防衛だから許して! アンが死んだ時は突っ込まないで、流石にキツいわ!
「そろそろ決めさせてもらうよ。こんな戦いしてると中々決着がつかないからね」
「なんだと? この速度に勝る戦いなどあるか!」
「僕にとっては大したものじゃない」
「チクショウ、貴様! 馬鹿にしやがって!」
「お前はどれだけの人を貶めてきた? その口が言うか?」
アルは木剣を構えた。そして、感じる。|闘気《プラーナ》を吸収している、そして、|魔素《マナ》も。アルが何をしようとしているかはわかった。アルの木剣におびただしい氷の魔力が渦巻いていた。これは魔法剣! 剣に魔法を付与いて斬撃を繰り出す魔法剣。私が以前、剣にヒールの魔法をかけた要領で、アルは自身の剣に直接氷の魔法を蓄えていた。
「こんなの未だ教えてないのに......」
信じられないがこの世界から忘れ去られた技、それをたった一回見ただけで、アルは自身のものにしていた。アルって天才? そういえば、|闘気《プラーナ》も元々使いこなしていた!
「......お前何をやってるんだ?」
エドウィンの顔はおびえていた。彼もそれなりに実力がある冒険者。目の前でおびただしい魔力が渦巻き、それが信じられない量であることを五感で感じているのだろう。
渦巻く氷の魔力は奔流し、冷気が私達の処まで感じられてきた。
「な、なんなんだこれは……なんなんだよ! この冷気は!?」
エドウィンは恐怖した。腹いせになぶってやろうと、ただ、そう思っていたのだろう。既に彼には捕縛しか待っていない筈だった。死は受け入れたつもりだったろう。だが、彼は恐怖に取りつかれ、平静ではいられなかった。そして声を張り上げている。
それは死への恐怖。彼は、今、死を体験するとは思わなかったのだ。死を感じた時、この荒くれ者は見苦しく、泣き叫ぶだけだった。
「止めてくれ。改心するから、もう悪事ははたらかねぇから!」
だが、その醜態を笑う者なんて誰もいない。目の前のアルの剣から感じる冷気は魔力を感じられないものにも尋常ならざるものであることを感じる事ができるだろう。
アルの衣服がボロボロになっており、私の為に戦っている事もあって、彼はまさしく私の英雄だ。誰も普段のアルの事を思い出さないだろう。だけど、
「僕は、ただ、クリスを守りたいだけさ。何も見返りは求めない。たけど、クリスの初めてはこの僕のものだ!」
「はあぁぁ?」
こいつ(アル)にときめいた心が、今、すぅーと何処かに消えていった。
「僕の夢、クリスの初めてを頂く為、お前にクリスの初めてをあげる訳にはいかない。だから、お前をここで倒す! クリスは僕のものだ!」
キンッと氷の魔力の量と勢いが増し、これから剣戟が繰り出される事は間違いない! この場にいる者たちの髪を魔力の奔流でなびかせ、その剣から必殺技が繰り出される。
「覚悟しろ!!」
「や、止めて、止めてくれぇぇぇぇえ!!!」
アルはその氷の魔力を渦巻かせる人外の技の剣を掲げ、そして技の名前をはっきり言って剣を振り下ろした。
「ファイヤー・スラッシュ!」
火じゃねぇ! 氷だよ。まさかのネーミングミスである。
それはともかく、氷の魔力を帯びた剣戟の衝撃がエドウィンを襲う。魔力を伴った衝撃は大きく、速く、瞬歩のスキルを使ってもかわす余地がある筈もない。
「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!?」
エドウィンの鍛えあげられた肉体も抗しきれない、あまりにも巨大な魔力が彼に叩きつけられる。悪名高い、冒険者パーティ銀の鱗のリーダー、エドウィンは氷りつきながら、その氷の魔力の奔流に飲み込まれていった。
エドウィンはその場で氷ついていた。ピクリとも動かない。……あれ? 死んだかな? アルは殺人犯かな? 私は知ーらないっと。
「クリス……大丈夫か?」
「……う、うん。でも、アルが私の初めて狙っているの知って怖い。マジで」
「いや、これだけ頑張ったんだよ。もう、僕のものになるしかないんじゃないか? 僕は……いや、僕はたくさんの女の子の初めてが欲しいんだ」
この処女厨!
「アルの馬鹿! 知らない!」
ちょっと涙が出てきた。
「あれ? これだけ頑張ったら、普通、女心をくすぐる筈なのに……」
確かに途中までくすぐられましたよ。でも台無し! アル、もうちょっと乙女心勉強した方がいいわよ! いや、勉強すると泣かされる女の子が出るな。真っ先、私?
「私を……私を守ってくれた事には感謝するわ……でもアルなんなかに初めてあげない!」
「えっ! それじゃ僕、何のためにこんなに死にそうになりながら頑張ったの?」
「知るか!」
「取り込み中いいかな?」
突然の声にみんなが振り返る。そこには籠いっぱいのアップルパイを抱えた叔父様がいた。
「クリスの見守りの交代の最中の隙間にとんでもない奴が紛れ込んだものだ。だけど、やりすぎだな。クリスティーナ。回復の魔法をかけてやってくれ。捕縛は私がする」
こうして、私はアンや悪徳冒険者にヒールの魔法をかけた。驚いた事にエドウィンは生き返った。てっきり死んだかと思ったが、私の聖女の光魔法ヒールは水魔法のリカバリィより遥かに効力がある。意外と生きてた。ほとんどゴキブリ並みである。ちっ! 殺人罪でアルが捕まると思ったのに!
そして、イェスタ叔父様が捕縛すると、ほどなくして、憲兵騎士団と叔父様の部下のクリストフさんがやってきた。
後で、アンには散々怒られた。でも、あの時はしょうがなかったと思う。許してアン。
こうして、悪徳冒険者パーティ銀の鱗との因縁は、ここに、ようやく終わりを告げた。
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