ちょっとづつおかしくなっていきます。
私、クリスティーナ・ケーニスマルクは右大臣ケーニスマルク家の長女、侯爵令嬢だった。12歳で「聖女」のタレントが確認されると皇太子カール・フィリップ様との婚約が決まった。元々侯爵家の令嬢として蝶よ花よと育った私は我儘な令嬢だった。それが皇太子様との婚約により、更に酷くなった。
12歳の時、母を亡くし、継母が嫁いで来てから心が荒れた。そして、父の愛情が継母と異母妹のベアトリスにだけ注がれる様になり、一層我儘が激しくなった。私の罪の始まりは母の死がきっかけだった。
13歳になり、魔法学園中等部に入学した時からそれは始まった。婚約者である皇太子カール様は私を見てはくれなかった。私は唯の婚約者。それは貴族世界ではあたり前の事だった。政略結婚なのだ。婚約したからと言って、別に愛されている訳ではない。婚約と恋は別のものだった。皇族のカール様にとっては......彼が愛したのはよりにもよって、私の義母妹のベアトリスだった。彼は愛らしい義母妹に心を奪われた。それを知った私は散々彼女に意地悪をした。そして、エスカレートし、既に虐めでは無く、犯罪のレベルに達した。私は彼女を階段から突き落としてしまい、怪我をさせてしまった。
本来、貴族の私が裁判に等かかる事はなかったろう、彼女を想う人が皇太子様でなければ......私は婚約者である皇太子様に糾弾され、裁判にかけらた。そこで私の罪は白日の元に曝出された。その大半は私にも記憶がない。だけど、誰一人として、私の弁明に耳を傾ける人はいなかった。どちらにしてもたくさんの罪は事実なのだ。
裁判の結果、私には寛容な国外追放の刑が言い渡された。そして、その時、皇太子様は私への婚約破棄を行った。あの時は自身の全てを失った様な気がした。そう、私は婚約が決まった時から、それが全てだった。唯一、彼からだけは愛されたかった。だから必死に未来の皇女としての知識や勉学に励んだ。一日の大半を学校と王女の為の勉強に時間を使っていた。今では馬鹿な女だと笑うより仕方がない。
追放の刑は意外と粛々と静かに執り行われた。別に市中を引き回される訳ではなかった。ひっそりと牢獄から出され、そして、牢のように窓に鉄格子のある馬車に乗せられた。静かなものだった。誰も私を糾弾しない。いっそ、皆の罵声を浴び、この首を落として欲しい。そうすれば自身の罪は消える。そんな勝手な事を考えていたが、それもやはり身勝手な話なんだろうと自分に呆れる。
馬車には二人の騎士と一人の知り合いが乗り込んでいた。警備の騎士と幼馴染のアルだ。何故彼が? 私は彼にも酷い仕打ちをした。彼は私を愛してくれていた。しかし、皇太子様との婚約をしていた私は彼を拒絶した。いや、拒絶するのは当然だ。私は12歳で皇太子カール・フィリップ様との婚約が決まっていた。彼の愛に答える訳にはいかない。
だが、拒絶の仕方が悪かった。私は口汚く彼を罵った。その時の私には彼が汚らしい者の様に思えた。子供の頃、彼に「アルのお嫁さんになる」なんて恥ずかしい事を言っておきながら、彼を本気にさせた癖に、彼に吐いた暴言は信じられないものだった。彼は私が皇太子様の婚約者となっていた事を知らなかったのだ。彼には何も責はない。私は彼に誠実に伝えるべきだったのだ。
だが、それも今更全てが遅い。彼の苦しみは容易に察しがつく、私自身、彼への罪の意識から、彼の目が見れない。信じられない位、侮蔑の表情と目で見られたらどうしよう? そんな気持ちでいっぱいだった。
馬車で揺られながら、アルとは満足に話せなかった。辛うじて、彼が刑の見届人として、同乗した事がわかった。他に希望者がいなかったのだ。父も誰も......私の最期の姿を見ようと、見送ろうとはしなったのだ。唯一、アルだけが、希望してくれた。
だが、彼のこの見届人は善意のものだろうか? それとも悪意のものだろうか? 幼馴染の頃を想えば、彼は善意で行ってくれるだろう。だが私はアルを拒絶し、罵った女、彼は復讐するつもりなのかもしれない。国外追放の最期に、私が彼を罵ったように彼から罵られるのではないか? 罵られても仕方がない事をした。もし、罵られたら、謝ろう、唯一、アルにだけは私の謝罪の声が届く。許される筈の無い罪。だけど、謝罪はさせて欲しい。それは私の我儘なのだろうか?
馬車の旅程で、昼頃は決まって馬車は止まってくれる。馬車の旅はとてもお尻が疲れる。体も痛くなる。だから食事の時や休憩の時は馬車は止まり、私は馬車の外に出る事ができる。
「特別だから。アルベルト様も他言無用で願います」
「もちろんです。僕は何も見ていません」
騎士の一人がそう言うと、私の手の鉄の枷を鍵を使って外してくれた。久しぶりに手の枷は外され、自由が与えられる。私は えっ? と思った。理由がわからなかった。
「貴族のご令嬢を守護する役割の我々がご令嬢に枷を強いるのは気分が悪くて」
「わ、私はもう、令嬢ではありません。もう、平民に落とされました」
「違いますよ。あなたは国外に出るまでは貴族ですよ」
もう一人の騎士が優しく微笑みかけてくれる。信じられなかった。何年振りだろう、人の優しさに接するのは......
二人の騎士は草原の真ん中で、食事を用意してくれた。それはとても魅力的なものだった。ごくり、思わず喉が鳴る。騎士達が用意してくれたのはサンドイッチだった。お肉や野菜がたっぷり挟まった贅沢なサンドイッチ。
「いいのですか? 私は咎人です。こんな贅沢なものを?」
二人は顔を見合わせると
「あなたにだけ特別な食事を作る方が面倒ですよ。気にしないで食べてください」
「あ...ありがとうございます」
私の目には涙が浮かんだ。人の優しさ。それが染み入る。
はむはむ
サンドイッチはとても美味しかった。しばらくまともな食事はしていなかった。牢の中では、薄い豆だけのスープと硬いパンだけだった。毎日同じメニューだった。
「ありがとうございます」
私は心の底から感謝した。二人はまた目を合わせると笑った。
騎士達と少し、話ができる様になったが、アルとはやはり話せなかった。やはり彼にした事を考えると怖かった。彼の目を見る事が出来なかった。
そうして、馬車の旅は2週間となった。遂に国境を越え、そして、隣の国アクイレイア王国の国境の街ケルンについた。私の刑が執行される。ここで私は追放される。
馬車はケルンの街の入り口の門の前で、止まり、私の枷を全て外して、皆降りた。
「では、この地で私達の任務は終わります。達者で暮らしてください」
「元気を出して! 頑張ればいい事がありますよ」
「あ、ありがとうございます。私の様な者の為に......」
騎士の一人が少し迷った様な顔をしたが、一言発した。
「女性の嫉妬は罪深く等ありません。あなたは必要以上の罰を受けています。私はあなたがここまでの罰を受ける罪を犯したとは思えません」
「そうです。あなたと食事をしていた時、あなたはとても素敵なご令嬢でしたよ」
私の頬に涙がまた伝った。お礼を言おうとした時、
「ありがとうございます。クリスティーナの事を想って頂き、感謝するばかりです」
騎士にお礼を言ったのはアルだった。アルが!? さぞかし私は驚いた顔をしていただろう。そして、彼の口から綴られた言葉は
「クリス、僕は君を今も想っている。想うだけならいいだろう? だから一緒にいよう。この国で君を守らせてくれないか?」
吐息だけの笑みがこぼれる。目からは涙が止まらない。
子供の様に泣き出した私がアルを見上げると、アルは優しい目で私を見た。
私は喜びから、細く震えた息を吐き出す。
私は心を乱していた。こんなにも優しい言葉が待っているなんて.....
私の心の奥が、晴れていく、アルの綺麗な親指が、私の目から流れた涙を拭った。いい様のない喜びが、波打つように私に押し寄せてくる。
「・・・・・・嬉しい」
幼馴染を見上げながら、私はふわりと笑った。
そして、濡れ続けた目も拭わずに言葉を綴った。
「私の罪はこれでもう消えましたよね?」
「「「えっ……。あ……あー…………えぇ? ……なにぃ~この人……?」」」
「これいいところだったよね?」
「……わ~台無しだ~」
「それ、思ってても言っちゃ駄目なヤツだよね?」
何故か三人は私を呆れた様な顔で見る。私、何かしでかしたのかしら? 唯、感動しただけなのに……
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