巨大毛玉の不幸進化論~毛玉の美少女が社畜リーマンの俺の生きがいになってくれたよ~

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2.奴隷の末路を目にする

公開日時: 2021年5月16日(日) 11:23
文字数:1,580

 夜八時になった。昼間は営業からの無理な要望を断ろうと努力したり(結局断れなかった)、派遣の女性が書いた雑な詳細設計書のレビュースケジュールを打ち合わせたりして、自分の仕事を進めることが出来なかった。

 定時が過ぎて、派遣の女性……佐々木さんが帰ってからやっと自分の仕事が出来る。


「おーい、A社からのソースコード、誰か受け取ってー」


 課長の声が響く。うるさい。自分で受け取ってください。こっちは忙しいんだ。


「おーい、誰か」


 課長の声は止まない。自分で取得処理できるだろうに、なぜ自分でやらないんだ。

 仕方ない。俺が受け取ってやるか。


「課長、俺が受け取ります。通常の処理で良いんですよね?」

「おお、大村くん、頼むぞー」


 課長は、最近俺の部署に入ってきた人だ。基本的には穏やかな人なのだが、よく無理な仕事をふってくるのが玉にキズ……どころじゃない。最悪な人である。


「あ、そうだ、大村くん」


 課長がこっちに歩いてきた。課長のデスクは二つ島向こう、窓際の端のデスクを二つ占領している。そんな向こうからこっちへ歩く暇があるなら自分でソースコードの取得処理をしてほしい。


「なんですか、課長」


 課長は、俺の真後ろの空いているデスクの椅子にどっかりと座り、持っているペンを弄っている。仕方なく、俺は椅子ごと後ろを向く。


「今回のCプロジェクトの品質管理、任せたから」

「は……、ええっ⁉」


 ちょっと待て、おっさん、今なんて言った?


「か、課長、待ってくださいよ。品質管理は毎回川崎くんの担当じゃないですか」


 品質管理。それは大量の資料とにらめっこし、数字を足したり掛けたりして行う、気が遠くなるような作業である。川崎はよくやっていた、と思う。以前は俺がやっていた仕事なのだが、課長の采配により川崎に担当が移ったのだ。そんな作業をしている川崎を、俺は尊敬している。


「その川崎くんだけどねぇ」


 課長が、俺のパソコンの画面を覗き込みながら言葉を紡ぐ。


「川崎くん、休職になっちゃった」


 あちゃー、といった感じで額に手を当てながら、課長は続けた。

 休職? 休職だって?


「えっ……。確かに最近休んでいましたけど、休職ですか?」

「うん、とりあえず三ヵ月。まぁ三ヵ月過ぎても戻ってくるかわからないけどね」


 おいおい、ついに現れちゃったよ、休職するヤツ。あと、課長はドライ過ぎないか。


「だから、今後の品質管理も君にお願いするかも! 今回はその練習、ってことでお願いしたよ」


 立ち上がって俺の手を握り、シェイクハンドしながらそう言う課長。目を合わせようとしてくるが、合わせたくない。

 しかし、俺はその視線に負けた。課長の眼鏡が光った……ような気がする。


「……わかりました」

「よし! 頼んだよ!」


 そう言うと、課長は自分のデスクに素早く戻っていった。そして、


「お疲れ様―」


 課長はまだまだ人の残っている我らが部署を後にした。確かに管理職は残業代が出ないので、遅くまで残業してもうまみは無い。でも、ちょっとは空気を読んで残業してほしい。


「マジかよ……」


 後に残された俺は、頭を両手で抱えて静かに絶望するしかなかった。

 品質管理の仕事は、プログラムが弊社の規定の品質を保っているかチェックする、まぁまぁ大切な仕事だ。確かに、元は俺の仕事だった。だが、だが――。


「俺はもうそんな暇じゃないってのに……」


 一つ一つは、決して難しい作業ではない。ただ、チェックしなければならない資料が膨大なのだ。細かい数字を、終わる兆し無く無限の如き量をチェックするのは、確かに苦痛だ。川崎が休職するのも、無理は無かったかもしれない。


「ごめんな、川崎……」


 彼ひとりに、品質管理を押し付けてしまったのは間違いなく俺だ。いや、方針としては課長が決めたのだが、何かサポートをしてやればよかった。

 これは、川崎に何のサポートもしなかった俺への罰かもしれない。俺にはそう受け取るしかなかった。

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