こちらでは初めての投稿です。
よろしくお願いします。
仕事に行くために、電車に乗り込む。
奴隷船、いやゾンビの巣窟になっているこの空間のなか、唯一の救いとなっていることがある。転職エージェントの広告である。
それは、こことは違うどこかに案内してくれる秘密の小窓のように見えるのだ。『あなたの適正年収は?』と美女が語り掛けているのは当然俺に向けてではないことは知っているが、それでも俺にはまだ違う俺が、生き生きと働ける俺の適職があるのではないかと思ってしまう。無論、そんなものは無いのは分かっている。
就活生時代、さっぱり内定を取れない俺は大学の就職課に泣きついた。自己分析とやら(今にして思えば笑ってしまうものだが)を行った際、システムエンジニアが適職だとの判定が下されたのである。以来、俺はそれを信じて就活を行い、内定を取るという目的は果たされた。
ガタン、と電車が揺れる。左右のおっさんに肩がぶつかる。ギロリ、と左のおっさんに睨まれる。
「スイマセン……」
俺は何も悪くないのだが、謝らざるを得ない。なぜなら、もはや『すいません』が口癖になっているからだ。
俺の名前は大村純。この奴隷船に積まれている奴隷の一人であり、ゾンビの巣窟を構成しているゾンビの一人である。つまるところ、ごく普通のサラリーマンだ。
ガタン、とまた電車が大きく揺れる。左のおっさんに大きくぶつかる。
「スイマセ……」
「おい、あんた」
おっさんが話しかけてきた。
「さっきから、わざとぶつかっているんじゃないか?」
「は?」
思わず、素っ頓狂な声が出る。そんなことするわけないだろう。あんたみたいなおっさんにぶつかっても、何の利益も無い。
「いや、そんなこと……」
「いいや、わざとぶつかってきている! 俺に何の恨みがあるんだ? 早く言ってみろよ!」
「いや、その……」
勘弁してくれ! 俺はただ揺れる電車の中、足を踏ん張って立っていただけだ。なんでこんな因縁を付けられるんだ?
「ほら、早く言ってみろよ! 俺が邪魔なんだろう、お前も!」
「いや、そんなことは……」
周囲の視線が、俺達から逸らされるのがわかる。
(誰か助けてくれ!)
心の中でそう叫んだが、誰も助けてくれない。
『次は、K駅~。K駅~』
俺を助けてくれたのは、会社の最寄り駅への到着を知らせるアナウンスだけだった。おっさんは、あれから十分間酒焼けしたような声で、俺を責め続けたのである。最悪だったが、こうして窮地を脱することが出来たので、もう良かったことにしよう。その間、俺は何の反論も出来ず、ずっと絡まれたままだったが。
さて、俺は自分の足で自分の牢獄まで歩いていくというまたしても物好きなことをしなければならない。俺の牢獄……、つまりD社はこのK区の大手IT系子会社だ。親企業がこれまた大きく、そのお仕事のおこぼれを貰ってこのクソ会社はまわっている。
いや、その言い方もまずいかもしれない。一応はシステム開発の上流工程を担っているのだから。世にいうデスマーチに呑まれる側ではなく、どちらかというとデスマーチを作り出す側だ。こちらにもそんな環境を作り出してしまうのはワケがあるのだが。
しかし、だからといって上流工程は楽をしている、という訳ではない。連日の深夜残業が常態化しているので、昨日も夜十一時に退社し、1Kのしょぼいアパートで短い眠りを貪った。当然、疲れは抜けていない。
「おはようございますー……」
朝九時。今日も始業時間ピッタリの出勤である。クソみたいな愛嬌を振りまいても、この暗い雰囲気を明るいものにすることは出来ないとわかったのは、結構な昔の話だ。皆、俺のような連日の残業で、疲れ切っている。当然、挨拶を返す気力も無いらしい。
「あー……」
自分のデスクに着いて、待機状態になっていたノートパソコンにパスワードを入力しながら、俺はうめいた。
おそらく、ずっとこんな毎日が続くのだろう。
多分、定年になるまで。
よろしくお願いします。
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