俺が品質管理を押し付けられてから、三日経った。今日の退社時間も遅かった。
今日は、もはや『例の派遣の人』で通るようになっている、特定派遣の佐々木さんという女性が色々と引き起こしてくれた。
佐々木さんは、言ってみれば感情の起伏が激しい人だ。機嫌が良い時は猫撫で声でこちらに話しかけてくるし、自分の都合で食事にも誘おうとしてくる。こっちは楽しい会話も、楽しい食事をする暇も余裕も無いにも関わらず、だ。そして、こちらが何か注意をしたりすると、あっという間にキンキン声で逆ギレを起こす。そんな、厄介なおねえさま。
今日も、昼休みを一緒に過ごさないか、なんて『ね~え、大村さん?』と気持ちが悪いくらい機嫌が良さそうな声で誘われた。勘弁してほしい。昼休みの時くらい、俺をアンタから解放させてください。もちろん、そんなことを言う度胸は無いので、一緒に昼休みを過ごした。この時に俺が出来ることは、佐々木さんの弾丸トークにひたすら『はぁ』を繰り返すことだけである。
『大村さん、私、実家がお金持っているの。だから本当は働かなくてもいいんだけど、社会勉強代わり? っていうんですかね。だから仕方なく働いているんです』
『大村さん、私今フリーなんですよ』
『良ければ、今度……』
最悪だった。佐々木さんの話は自慢話としか思えなかったし、実際自慢をしたかったのだろう。それと、別にフリー発言をされても何も思わない。こっちはアンタの尻拭いばかりでアンタへの愛着なんて湧くわけがない。なぜそれを察さない。というか、迷惑をかけているという自覚が全く無いということが、よく分かった。自分の失敗を指摘されると、キンキン声で逆ギレするくせに。
そんな、ずいぶん前から続いている最悪な昼休みを過ごした後の午後、佐々木さんが書いた雑な詳細設計書のレビューを行った。その結果、佐々木さんが基本設計書を理解していないという大問題が判明したし、下請けからの問い合わせも佐々木さん関連だった。
下請けの担当者曰く。
『こちらの詳細設計書が、言っちゃうと意味不明なんです。現在開発中のシステムの共通仕様と合っていないのですが……』
と、来たもんだ。
佐々木さんに一連のことについて聞くのは、俺の役割だ。いつの間にか、俺は佐々木さんの担当者になってしまっていた。というか、部下として使う、いや迷惑を被るのは俺の役割になっていた。
「はぁー……」
駅から家まで歩くだけなのに、なぜこんなにも気分が落ち込まなければいけないのか。こんな思いで歩かなければいけないのか。
俺は、いつも定時で帰る佐々木さんを捕まえて詳細設計書について質問、いや詰問した。なぜ共通仕様に沿った詳細設計書を書かなかったのか、そもそも俺が書いた基本設計書にも書かれてあったのに、と。
そうしたら、帰ってきた言葉は次の言葉であった。
『私のせいですか⁉ わかりにくい基本設計を書いた大村さんに責任があるんじゃないんですか⁉』
と。
逆切れである。四十代のおねえさまの逆切れであった。
いつもながら、これはキツかった。昼休みでは猫撫で声で言い寄ってきたくせに、佐々木さんは逆ギレする。俺も、少しは悪かった部分もあるのかもしれない。だが、この場合は佐々木さんが悪いのではないだろうか。しかし、強く出ることが出来ないのが俺の悪いところである。
『すみません、佐々木さん。俺がわかりにくい基本設計を書いたかもしれません。でも……』
『でも、なんですか!』
『詳細設計を書いたのは佐々木さんなので、佐々木さんに修正してもらわないと……』
『はぁー⁉』
大きな口を開けて、キンキン声で叫ぶ佐々木さん。呆れているのはこっちだよ、佐々木さん。
『今日はもう定時なので帰ってもらっていいです。明日から……』
『わかりましたよ! ただし、大村さんの責任ですからね、コレは!』
佐々木さんのキンキン声は、部署中の注目を集めるのに十分なものだ。そのせいで、いつも三十代の俺が四十代の佐々木さんに注意していることが、部署中に知れ渡ってしまうのである。
つまり、佐々木さんは自分の醜態を自分で晒しているのだ。このせいで、また佐々木さんの評価が下がる。そして、佐々木さんを部下として使っている俺の評価も下がる。
まさに、白昼の悪夢であった。
こんな毎日が、きっとずっと続く。定年になるまで。
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