三分の一の勇者は不死身なので何をしても勝つ。

さんまぐ
さんまぐ

レドアを目指す復讐者。

公開日時: 2021年10月5日(火) 20:45
文字数:12,719

グリア城を海に沈めてから2日が過ぎていた。

順調にレドアを目指す道すがら、セレストが荒れていた。


誰でも使えるようにグリアの人間が設置してくれていた山小屋に、グリアから斥候に出ていた亜人達を見つけて戦闘になったのが昨日。

そして今日は山に住む村人達の村に泊まったわけだが、村に入る手前で発生していたトントリギュウという魔物に囲まれた時セレストは思い通りの剣が振れずに苛立ちを口にした。



「クソっ!」

そう言って戦いの結果に不満を持っているのはセレストだけだったのだが理由は明白だった。



聖剣と普通の剣の違い。

ジェイドはグリアの街からその事を気にしていたのでそのままミリオンに説明をした。


「聖剣の斬れ味を知ってしまったから今の剣では不満なんだ」

「でも前とは何も違わないのに…」


そう。

あのジェイドがスゥを痛めつけた数日でセレストは聖剣に魅力されていた。

ジェイドとミリオンからすれば戦いで発生する役割分担の比率も何も何の変化も無いのだがセレスト自身は面白くない。

不満が何処にあるのかはセレストにしかわからないが機嫌は良くない。


この旅が始まって以来の不協和音だった。



村の宿屋で一息ついた所で剣を見て悪態をつくセレストにミリオンが落ち着くように話しかけてしまった。


「セレスト…?どうしたの?貴方らしくない…」

「僕らしく?ミリオン、君に何がわかる?

君の宝珠はブルアがキチンと管理出来ていたからいいものを…僕の聖剣はこの有り様だ!」


それは暗にグリアの出来事に不満があると言う言い方で聞いているジェイドも面白くない。

別に好きで亜人によって滅ぼされたわけでもなければ大切な妹が聖剣で殺されたわけではない。

だが、ジェイドは睨みつけるだけで食ってかかったりしない。


そしてミリオンはまさかセレストからそんな言葉をぶつけられると思って居なかったのだろう。

驚きの目をセレストに向ける。



「な…何だよその目…」

いたたまれないセレストが部屋を飛び出してしまった。



「セレスト!?」

ミリオンは初の不協和音に驚いて何とか修復しようと試みる。

追いかけようとしたのだがジェイドに止められる。


「放っておいてやれ。頭が冷えれば戻ってくる。

それに毒や五将軍以外にセレストを殺せる相手はいないさ」

ジェイドはテーブルに置かれたカップを眺めながらそう言う。


「確かにそうだけど…。彼、聖剣を片時も手放さないで今も持っていたわ」


「気分、なんだろ?

今は俺たちが何を言ってもダメだ。

ミリオンはブルアの管理した宝珠で亜人や魔物を蹴散らす勇者様で俺は聖剣の管理を失敗したグリアの勇者。

へし折ったのがモビトゥーイでもスゥを切れと言ったのも必殺剣の断命を使わせたのも俺だからな。

それに亜人共に捕らえられていた時、何かと理由をつけては何人も捕らえられていて俺が最も牢獄に長くいたせいで若くても後から来る連中を励ましたり慰めたりすることがあったが皆ダメだった。こう言うのは自分で解決するしかないんだ」


そう言ってジェイドが立ち上がってお茶を淹れるとミリオンは「ありがとう」と言って飲む。


「今回のお茶は濃いわね」

「そうか?」


ジェイドは牢獄暮らしが長く、お茶も色が着いているだけで「美味い!お茶の味がする」と喜ぶし、逆に今みたいに濃いものを作って「しっかりした味だ」と言って味と言うものに感動をしている。


「もう、教えてあげるからちゃんと適量の濃さで淹れられるようになってね」

そう言ってミリオンが手取り足取り教える。


「済まないな」

「これくらいいいわよ」

2人はそう言いながらセレストの帰還を待つのだった。


「追いかけてこない?」

セレストは不満気に村を散策する。

この村は山に出来た土地を利用して作られていて大した広さはない。

今は夜の闇が広がる所だった。

結局フラフラと歩くと村の入り口に来てしまう。


そしてついさっきトントリギュウの群を倒した場面を思い出していた。



「ミリオン!合わせてくれ!」

そう言って放った高速剣では2体までのトントリギュウしか倒せなかった。

聖剣を持った時のセレストなら4体は軽かったのに半分しか倒せなかった。


ミリオンがアイスランスで残りの2体。

ジェイドが突進を受け止めて鋼鉄の棍棒を眉間に向かってフルスイングして1体を倒していた。


その後も残ったトントリギュウを連係と言えば聞こえが良い感じで倒していた。


だがその全てがセレストには不満しかなかった。

本来セレストがミリオンに行った「合わせてくれ」はセレストが前の4体を鮮やかに倒してミリオンが残りのまとまった所に魔法攻撃をしてジェイドは万一向かってくる個体が居たらそれを受け止めるだけだったのだ。

セレストの撃ち漏らしのフォローなんてものは頼んだつもりでは無かった。


「クソっ、歯痒い!」


そうしていると前方の森の中から必死になって走る人間の声と小さな小鬼、ゴブリンの声が聞こえてきた。


ゴブリンには多少の知能があるので身の危険がある村や街なんかには来ないがここまで近くまで来ていると言うことは飢えのピークか村から人が出て来る前に人間を殺せると踏んでいる証拠でしかない。


セレストは前に飛び出して森の中に声をかける。

「後少しで村だ!こっちだ!振り向くな!ゴブリンは僕が倒す!先に人数を言うんだ!」

「助かった!2人です!」


その声でセレストが前進して2人とすれ違った所で足元スレスレに真空剣を放つ。

放った刃が前に走ると1秒もしないでゴブリンを切り裂き小さな悲鳴とビチャビチャと言う音が聞こえてきた。

生き残りの有無を確認するために少し前に出ると4匹のゴブリンが腰から真っ二つになって地面に転がっていた。



ゴブリンが硬貨に変わった所で回収をすると村に戻る。

村の入り口では先ほどまで逃げていた2人が心配そうにセレストを待っていた。


「ああ、ご無事でしたか!ありがとうございました!」

男は元々怪我をしていたようで折れた左腕を庇いながら肩から血を流していた。


「怪我を…」

「ゴブリンに石をぶつけられました」

そう言って肩をさすりながら男は笑う。


「お大尽様…」

「え?」


セレストはその時に初めて助けた2人のうち1人は寒村で出会った老婆だった事に気付いた。


「あなたは村に居た…」

「ええ、あの後グリア城に向かった事は存じていましたが、大地震と大陥没で城が海に飲まれたのを聞いて心配していましたがご無事だったんですね」

老婆が嬉しそうにセレストの前に来てホッと胸をなでおろす。


「ああ、だが僕達は視察としか…」

「坊ちゃんとご一緒ならグリア城に向かう事は聞かなくても…」


「坊ちゃん?」

「あ…」

老婆がしまったと言う顔をしたがセレストはジェイドから老婆が古い顔見知りと聞いていたので驚かない。


「ジェ…マッチョなら宿にいるから行こう。泊まるところもまだだろう?」

そう言ってセレストが宿に連れて行くのだが老婆は「路銀が心許ないので野宿をするつもり」と言う。


「何?あなた達2人で?待て。とりあえずマッチョと怪我の手当てからだ」

セレストはジェイドが顔見知りだと知っていてももう1人の男の事もあるのでジェイドを寒村で呼んだようにマッチョと呼んだ。





宿屋に戻って部屋に入ると部屋ではジェイドがミリオンにお茶の淹れ方を教わって四苦八苦していた。


「色は出ている」

「味がまだよ」


「もういいか?」

「まだよ」


「さっきはやりすぎだと言ったのに何故だ?」

「さっきのお茶と茶葉が違うでしょ?」


和気藹々と話す2人を見るとセレストが面白くなさそうな顔をする。

「コイツらは仲間の僕を追いかけもせずお茶会かよ」と思ってしまうくらいセレストは面白くなかった。



「マッチョ、客だ。ガリベン、ひとまず休憩だ」

そう言われたジェイドとミリオンが「マッチョ?」「ガリベン?」と言いながら振り返る。セレストの後ろには寒村で会った老婆と知らない中年男性が居た。


「ばあや!?」

「坊ちゃん!」


ジェイドが老婆に駆け寄って心配そうに手を握る。

その顔は復讐者の顔ではない。


「何故ここに?」

「坊ちゃんこそご無事で良かった。グリア城が海に沈んだと聞いて心配しておりました!」

老婆は顔をしわくちゃにしながらジェイドに会えたことを喜ぶ。


「俺は良いんだ。それよりばあやだ、何故?」

「坊ちゃん、昔のようにばあやと呼んでくださるのですか?」

老婆が嬉しそうにジェイドに聞く。


「あ…?城の中を歩いていて思い出したんだよ。昔、エルムに薔薇の花で髪飾りを作ってくれたのはばあやだよな?」

「はい。懐かしゅう御座います。

エルムお嬢様はまだ小さくて刺のあるバラに触るのは危ないと坊ちゃんが止めた時に泣かれてしまって…」

2人が懐かしむように昔の話を始める。


「そうだ。困惑する俺にばあやが薔薇を一輪摘んでエルムの髪に付けてくれた」

ジェイドがエルムの名前を出して目を潤ませると老婆も一緒になって泣く。


「とりあえず入ってくれ!何があったか教えてくれ!」

そう言うと有無を言わせずに老婆と男性を部屋に入れる。

その顔も声も勢いも普段のジェイドと違っていてセレストとミリオンは嬉しくなって顔を見合わせて微笑む。

セレストの憤りはこの勢いで何処かに行ってしまっていた。



老婆の話ではジェイドが渡した銀貨がトラブルの引き金になってしまった。

「後腐れないように皆で配分をしよう」と言う話になったと言うことだ。

だが宿屋はあれだけ稼いだ金の配分はしないと言い出して村自体の空気が悪くなり険悪な空気の中、老婆達が身の危険を感じて村を捨ててレドアを目指したと言う。老婆と怪我人の旅路なのでどうしても日数がかかってしまい、遂にはゴブリンに襲われたと言う。


「ゴブリン!?」

「ええ、それで息子のポゥも肩を負傷しました。ですがこちらのお大尽様に助けていただいて…」

老婆がセレストを見て「本当に助かりました」と再度お礼を伝えるとジェイドが立ち上がってセレストの手を握る。

そして「セレスト!本当に助かった!ありがとう!お前でないとばあやは助けられなかった!」と頭を下げる。


その事にセレストが目を丸くして「何?僕なんかそんな」と言う。


「何を言うんだ?俺は多対一の攻撃手段を持たない。

ミリオンの攻撃も素早く小さなゴブリン、それも森の中で使える有効打は限られてしまう。

お前だったから上手く助けられたんだ。ありがとう!」


ジェイドがやさぐれるセレストを不思議そうに見ながら話しかける。



「ほら、とりあえず座って貰ってお茶ならジェイドが練習で淹れたのがあるから飲んでもらいましょう?」

そう言って老婆達にもお茶を渡すのだが…


「ジェイド…お湯だぞこれは?」

「私のは…苦いです」

「坊ちゃん…濃すぎかと…」

3人は顔をしかめて一言ずつ感想を述べる。


「何!?」

「ほら…ジェイド貴方は何飲んでも「美味い」って言うけど…皆さんの舌は正直ですからね」

ミリオンがドヤ顔で笑う。




ジェイドの淹れたお茶の味があんまりだった。

本人は十分に美味しいと思っているだけにジェイドは釈然としない。


「くそっ、難しいな…」

ジェイドが頭を掻きながら困った顔をする。


「ふふふ、懐かしいです」

老婆がそう言って涙を流す。


「ばあや?」

「初めて読み書きのお勉強をなさった時の坊ちゃんもそのお顔でそう言ってましたよ」


「何?そうか…」とジェイドが言った所でセレストが立ち上がると男の肩に出来た傷を手当てする。


「あ、済まない。治療を後にしてしまっていた」

「ジェイド、勇者の魔法に回復の魔法は無いの?」

ミリオンがジェイドの顔を覗き込んで聞く。


「無いな。俺は知らない。ミリオンのレドアにも無いのか?」

「無いわね」

2人はため息交じりに話す。


「まあそうなるな。ワイトは単独で亜人共に戦いを挑んだ。それにワイトには体の力があるのだから回復手段は必要ない」

ジェイドはそう言って済まないともう一度謝るとセレストに薬を渡す。



「それで、今日はこの宿に泊まるのかい?」

「あ…いえ。我々は路銀も心許ないですし、そもそも土地を離れてレドアを目指しても平和に暮らせるかも怪しくて…」


「早く言えば良いのに」

「は?」


「セレスト、この2人も宿に泊めたい」

「僕もそのつもりだった。ジェイドの知り合いを野宿などさせるものか」

ジェイドとセレストが当然と言った顔で話し出すと老婆が慌てだす。


「坊ちゃん!?」

「何がいけないんだ?

俺は俺を知るグリアの人間を助けたいんだ。

息子さんと面識はないがばあやの息子さんなら助けない理由はない」


「そんな…この前の銀貨でも貰いすぎなんですよ?」

「硬貨は魔物を倒すから気にしないで良いよ」


「そんな…」と老婆が言った所でポゥが「母さん、お願いしてはダメかな?もう5日も野宿で母さんも限界だろ?」と言う。


「決まりだな!」

ジェイドが嬉しそうな声を上げる。

「僕が言ってくるよ」

セレストがそのまま部屋を出ると店主の元に部屋の追加を言いに行く。



セレストが居ない間にミリオンが老婆に話しかける。

「お婆様、一つよろしいかしら?」

「はい?なんですかガリベン様?」


ミリオンの名前を知らない老婆は寒村で聞いた「ガリベン」の名前で呼んでしまう。



「……………ミリオンです。私はレドアの姫、ミリオンです」

「姫様!?あわわわわ…申し訳ございません」


慌てて老婆とポゥは土下座でミリオンに謝る。

本当の土下座と言うのはこんなにも圧があるのかとジェイドは黙って見ている。


そこに戻ってきたセレストが驚いた顔でミリオンに「土下座を求めるなんてミリオンは怖いんだね」と言う。


「はぁ?貴方が人の事をガリベンなんて名前にするからこうなったんでしょ!」


ミリオンが目を三角にして怒るとジェイドが笑う。

「ばあや。こっちがブルアの王子、セレストでこっちがレドアの姫、ミリオンだよ」


「レドアとブルア…それじゃあ…」

「ああ、俺の仲間だよ」


老婆はセレストとミリオンの手を握ると「ありがとうございます!坊ちゃんをよろしくお願いします」と何度もお願いをする。


2人は言われるまでもなく了承をするとまた老婆は泣いて喜ぶ。



「それで私の話に戻って良いかしら?」

「はい?何でしょうか?」


「貴方達はレドアを目指すのよね?」

「はい」


「今、私たちの目的地もレドアです。

かなり急ぎの旅でお2人には厳しい旅路かも知れませんがジェイドの為に着いてきてくれないかしら?」

「え?」


「そしてレドアで姫として職や生活を保証しますからレドアでジェイドの帰りを待って貰えませんか?」

「ミリオン?」

これにはジェイドが驚いて口を挟む。


「ジェイドは復讐にジェイドの全てを使いそうで見ていてハラハラしてしまうのです。

今の顔の方が本当の彼ならその顔でいられる時間も増やしてあげたいの」


そう言ってミリオンが「ダメかしら?」と笑う。


老婆達は申し訳なさで言葉に詰まるがセレストが「レドアが住みにくければ戦後はブルアでも良い!ジェイドの為に頼む!」と声をかける。


老婆は王女と王子から次々に声をかけて貰った事で困ってしまう。



「何それ?レドアは住みやすい良い所です」

「仮の話だ。ブルアも良い所だ」

そう言って2人が睨み合う。


「ばあや、レドアに着くまでに決めてくれれば良い。歩けなければ手を貸すから一緒に行かないかい?」

「坊ちゃん…。坊ちゃん?本当に良いのですか?」


「構わない。息子さんも良いですよね?」

「はい!それはもう願ったり叶ったりです」


これにより老婆と息子のポゥがレドアまでの仲間になった。




話しの後は5人で食事を取ると男女に分かれて風呂に入る。


今晩の客はジェイド達だけだったので風呂は貸切になる。

脱衣所では3人が服を脱いでいた。


「セレスト…淡い期待はよせよ」

先に服を脱ぎ終えたジェイドがまだ脱ぎ終わらないセレストに声をかける


「ジェイド!?」とセレストが驚きながらジェイドを見ると、ジェイドはタオルで大切な所を隠そうともせずに浴場を目指す。


「ポゥ、さっさと行こう」

「はい!」

そういうポゥもタオルで隠さなかったので見えてしまった。


「…………ポゥもジェイドも異常なんだ……。僕はグローバルスタンダード!世界基準!平均だ!」

セレストが誰も居ない脱衣所でそう叫ぶとガックリと肩を落とす。


ジェイドがやや大きくて、ポゥが世界基準で、セレストが小振りなのか、

ジェイドが世界基準で、ポゥがやや小ぶりで、セレストが残念なのか、

ジェイドが異常で、ポゥがやや大ぶりで、セレストが世界基準なのか、

それは誰にもわからないが今この場だけでは順位が決まってしまっていた。



そんな風呂から出た所でジェイドとばあやがグリアの話を始めた。



「坊ちゃん、城が沈んでしまいました」

「ああ、あれは俺がミリオンに頼んだんだ」


「え?」

「もう誰にもグリアは汚されたくないから…。亜人達は倒したけど跡地に他の奴らが住み着くのも嫌だったんだ」

ジェイドが申し訳ないと老婆に謝る。


「そうだったんですね」

そう言って老婆がまた泣く。


「坊ちゃんの決断にエルムお嬢様や王や王妃もさぞお喜びでしょう」

「そうだと良いかな。これ…」

そう言ってジェイドが形見を見せる。


「これ、王様とお妃様の指輪でございますね!」

指輪を一目見ただけで持ち主を判別した老婆にジェイドが驚く。


「わかるのか?」

「はい。王様とお妃様はあの当時では珍しい恋愛結婚だったんですよ。

良家のお嬢様との決められた結婚を拒んだ王様がご自分で貴族達の中からお妃様をお選びになりまして、熱烈に猛アタックした結果仲睦まじい夫婦になりました」


「そうだったの?」

「はい、恥ずかしいようでお2人は坊ちゃん達には内緒にしておりました。

ほら、指輪の中をご覧ください。

やや幅広の指輪の中に文字が刻まれておりますよね?」


「え?本当だ…。知らなかったよ」

「ふふふ。読めますか?」

老婆が嬉しそうにジェイドに説明をする。


「…うん。「バルトからナイルへ愛を誓う」って書いてある」

「お妃様の方もご覧ください」


「あ…、こっちは「ナイルはバルトと共に」って書いてある」

「この言葉はお二人が悩んで内緒で彫り合ったモノなんですよ」

老婆が懐かしみながら泣く。


「でもなんでばあやが秘密なのに知っているの?」

「ふふふ。2人ともお互いが私に話すなんて思っていないから指輪の話をしながらなんて彫るかを教えてくださいました」


「そうだったんだ。ありがとう。知れてよかったよ」

「いえ、それでこちらの髪飾りはエルムお嬢様ですね?」


「うん。エルムは髪飾りが好きだったから、あのグリア最後の日も髪飾りは付けていたんだ。

きっとばあやに花をつけて貰ったからそれから好きになったのかも知れないよ」

「だとしたら嬉しい限りです。坊ちゃん?こちらのリボンは?」

老婆がカナリーのリボンに気付く。



「これはカナリーの物なんだ」

「カナリー?」

老婆は初めて聞く名に首をかしげる。


「詳しくは話せないが俺たちの戦友だよ」

「坊ちゃんはその方と仲良しなのですね」


「え?なんで?」

「とても愛おしそうに話しておりました」


「…そうなのかな?

会って数時間しか一緒に居られなかったからわからないな」


その話の後で老婆やポゥは形見達に手を合わせる。

ジェイドはありがとうと言って頭を下げていた。




ジェイド達の前にようやくレドアの街が見えた。

あの崖に出来た村からレドアまでの道のりは決して簡単な物ではなかった。


やはり老婆とポゥがジェイド達と行動を共にするのはリスクが高かったし、移動速度の問題も出て2日の予定が3日になった。


だがそれ以上の収穫もあった。

ジェイドは甲斐甲斐しく老婆の世話をしていて大変な中に穏やかな時間を見つけ出した形になっていたし、セレストは守るべき老婆やポゥのおかげで聖剣が無い事への不満は何処かに行っていた。


なので簡単な道のりでは無いが実りある旅路ではあった。

今も老婆はジェイドにおぶさっている。


「ばあや、レドアだ。着いたよ」

「坊ちゃん、すみません」

老婆が申し訳なさそうにジェイドに謝る。


「何を謝る?

ばあやはエルムが眠たがるとおぶってくれたじゃないか?ポゥも怪我をしているから俺が適任だ」

ジェイドは何も気にせずに老婆をおぶっている。

この姿は孫が祖母に孝行をしている風に見える。


「城へ行きましょう」

ミリオンに連れられてジェイド達は城に行く。


城下町でも城でもミリオンは沢山の人から声をかけられて帰還を喜ばれていた。


「皆さん。ありがとう」

そう言って優しい笑みを浮かべて歩くミリオンは姫そのもので先日老婆とポゥを土下座させたとは誰も思わないだろう。


城に着くと真っ先に王の前に通される。

「ミリオン…約1ヶ月の長旅、ご苦労であった」

そう言ったのはレドアの王。

ミリオンの父親だった。


「その青い髪、君がブルアの王子…」

「セレストと申します」


セレストが挨拶をして次はジェイド。

挨拶が済むと悔やんだ表情のレドア王がジェイドの前に出ると真剣な表情で話し始める。


「グリアは残念だった。

せめて不便のないように取り計らう。

レドアに居る間は自身の家と思ってくれ」

「ありがとうございます」


そして老婆とポゥの説明をすると王が家臣を呼びつけて職と住居の手配を済ます。


「ありがとうございます」

「気にする事はない。ジェイドが大切に思う人間ならばレドアも大切に思う」

家臣が迎えに来て老婆とポゥが連れて行かれる。


「坊ちゃん、ありがとうございました」

「この御恩は忘れません」


「後で家の場所を聞いて顔を出すよ。レドアで幸せになって!」

ジェイドが手を振って2人を見送るとジルツァークが現れる。


「ジェイド良かったね」

「ああ」

ジルツァークがコロコロと笑いながら言う。


「こんにちはレドア王」

「ご無沙汰しておりますジルツァーク様」

王がジルツァークに膝をつく。


「さあ、ミリオンはここまでの道のりを王に説明して」

「はい」


そしてミリオンが話し始めてジェイドは自身が知らなかった防人の街での救出前の出来事を知った。そこに質問を重ねる事で経緯を聞いて納得をした。


4年前、グリアが陥落した報はジルツァークが勇者として覚醒の始まっていたミリオンとセレストに入れていた。


「ミリオン、体の勇者が亜人に捕まったの。

でもまだ助けに行けない。

貴方の魔法が完成するのはまだ先だから…お願い!研鑽だけは怠らないで」


ジルツァークがそう話した理由…。

魔の勇者は覚醒から成長が始まって数年で魔法の量にピークを迎える。

その時まで魔法を使わないでいる事が求められる。


「初めて魔法を使うとそこで魔法量が固定されるの。だから使わずにピークまで待ったのよ」

ミリオンが申し訳なさそうにジェイドに説明をする。


「うん。ミリオンの成長が終わったからジェイドを助けに行くように言ったんだよ」


「そうなるとミリオンが魔法を使ったのは防人の街が初めてなのか?」

「流石にそれは無いわよ。お父様と修行を行ったのよ。

レドアの魔の勇者は次世代に継承をしても多少なら勇者の魔法を使えるから、それにお父様の魔法陣の中でなら威力と使う魔法量が100分の1になって魔法量もお父様が肩代わりしてくれる中で練習を積んだわ」



逆にセレストは成長の条件なんてものは無かったのでひたすらに剣の腕を磨いていた。


「でもそのせいで助けに行くのが遅れてごめんなさい」

「本当だ、随分とジェイドには辛い思いをさせてしまった」

「いや、俺もあの地獄が俺を叩き上げたと思っている。

毒も多種多様に使われて最早効く毒は無いだろう。痛みにも慣れた。

戦いは戦奴としての経験がある」

ジェイドが「だから問題ない」と言う。




ジェイドの知らないセレストとミリオンの話。

ジルツァークの導きで防人の街付近で合流した2人の勇者は夜明けの突入をする為に近くで野宿をした。


「若い男女が2人きりで野宿……ブルアめ…」

「は?」

「お父様?」

突然ボソリと聞こえてきた声色が怖いものでセレストとミリオンがレドア王の顔を見てしまう。


「あ?どうした?」

「今何か言いませんでしたか?」


「言ってないぞ。続けてくれ」

そしてジェイドを助けてから今日までの話になる。

夜になると傷だらけの姿になってしまう事。

それを気にしていたが火事から救出したリアンのお陰で少しだけ救われた事。

聖女カナリーとの出会いと別れ。

カナリーの力で傷が取り除かれた事。

グリアでは五将軍のスゥを倒し、家族をキチンと葬れた事。

そして山道で老婆達と再会を果たした事。

それを聞いていたレドア王はワナワナと震えてしまう。


「そんな目に遭っていたのか!

ジェイドよ。私達を家族だと思いその傷付いた心を癒すのだ!」

レドア王が号泣をしてジェイドの肩に手を置く。


「え?や…俺…いや…私はそんな…」

ジェイドは突然のことに驚いてしまう。


「ご安心くださいレドア王、ジェイドは…彼はこれでも随分と打ち解けてくれました」

セレストがレドア王にそう言うのだがセレストを見るレドア王の目が怖い。

何というか見ると言うより睨んでいる。


「あぁ?」

「え?…あの…え?

それに最初は復讐の事ばかりで僕達すら手駒にしか見えていない感じでしたが今は違うんですよ!」

セレストは睨まれた理由がわからずに慌てて弁解をする。

次々に機嫌をとりなそうとして余計な事まで行ってしまう。


「僕達なんて戸惑っていたらジェイドから「奴隷の首輪」を付けられて!」

「何?」

レドア王の顔つきが一層険しくなる。


「ミリオンなんて「支配の玉」で服を脱ぐように…」

「セレストやめて!」

遂にはミリオンの忘れたい過去まで話に出てしまう。

そこでジェイドを睨むレドア王だったがジェイドは口を開く。


「彼の言う通り、亜人共に勝つ為にミリオンとセレストの力が必要でしたので一時的に使わせてもらいました」

ジェイドは威風堂々と臆する事なくレドア王に伝える。


「むぅ…。しかし若い娘に肌を晒せと言うのは…」

ジェイドの臆さない態度に何も言えなくなったレドア王がせめて苦言を呈そうとする。


「無論です。なのですぐに止めました。

アレはあくまで「奴隷の首輪」と「支配の玉」のデモンストレーションでした。

それにセレストの「奴隷の首輪」は外してしまっていたのでどうしてもミリオンに使うしかありませんでした。

ただ…ご安心ください。

今の私には情欲と言うものがよくわかりません。あるのは亜人達への復讐です。

余程嫌がるミリオンに見惚れていたのはセレストでした」

ジェイドが説得ついでに余計な事を言ってしまう。


「何!?」

突然目つきが鋭くなるとセレストを睨む。


「お父様?」

その剣幕にミリオンが慌てる。


「またかブルア野郎!

お前、ウチの可愛いミリたんに何色目使ってんだボケぇぇ!」

突然口の悪くなったレドア王がセレストをブルア野郎と呼び、ミリオンをミリたんと呼び始める。


「え?」

「古の記録でもグリアを籠絡なんてくだらない真似をしやがって!」


「いや、あれはレドアの記録だとグリアがブルアをとなっているとミリオンが…」

「知るか!当時の記録だと「仲のいいグリアの王がそんな事をするはずがない。

きっとブルアが何か悪さをしたはずだ」と書いてあったわ!」

そう吐き捨てるレドア王。

その顔には怒りすら宿っている。


「ええぇぇぇ…」

「さっきから見てればイケメンオーラをバシバシ出してウチのミリたんに色目を使うやら彼氏みたいな顔しやがってよぉ」

…どうやらレドア王はセレストをミリオンの彼氏候補として見てしまっていたようだ。



「お父様!セレストと私は何もありません!」

ミリオンが慌ててレドア王の手を掴んで誤解だと告げる。

この瞬間にセレストとジェイドは「あ、凄く残念な人だ」と察した。




「大丈夫だよ。私が見てきた限りセレストとミリオンには何もないよ」

みかねたジルツァークが笑いながら説明をする。


「ジルツァーク様!それはそれで腹が立ちます!

貴様!ミリたんの何が気に喰わんのだ!言え!私の前で言ってみせろ!」


「ええぇぇぇ…彼女に不満などは…」

「ならばやはりミリたん狙いか!」


「ええぇぇぇ」


…正直、どっちを選んでも怒られるのなら面倒なだけだ。

この話題はさっさと終わらせたい。

そう思ったジェイドが前に出るとレドア王に耳打ちをする。


「大丈夫です。ご安心ください」

そう言って王の肩を抱くとミリオンとセレストに背を向けて何かを伝える。


「…はブルアの王女からも…と評されて…」

「本当か?」


「はい。その癖……は自身の…を…」

「なんと?誠か?」


「はい………にグローバルスタンダード等と………」

「何?…の…は…どのくらい…」


「私の口から…、はい…。ただ……では……、ミリオンも……哀れ……む事でしょう」

「そうか。よく話してくれた。ありがとうジェイド!」


そう言ってレドア王がセレストの前に行き肩に手を置くとにこりと笑って「ミリたんの仲間としてこれからも支えて頑張ってくれ!どうやら私の勘違いによる誤解だったようだ。済まなかったね!」と言う。



大体何を話したのかは想像がついていたセレストは苦虫を噛み潰したような顔で「誤解が解けて何よりです」とだけ言う。


「よし!親睦を深める為に風呂に入るか?」

レドア王の顔に悪意を感じたミリオンが「情報の整理と交換が先です。それにここを自分の家と思うように言うのならジェイドに部屋を用意してください」と言って止める。


その後、ジェイドの部屋はミリオンの部屋とは正反対の場所になった。

一応は情欲が無いと宣言をしたジェイドの事も警戒しているらしい。


「お前の親父さん…とんでもない親バカだな」

「…恥ずかしいから言わないで」


「僕は粗末じゃない…。周りが異常者なんだ」

「セレスト?」

「そっとしてやってくれ。

男には受け入れ難い現実もあるんだ」



そう言って後ろを歩くセレストを無視してジェイドはあてがわれた部屋に行く。

部屋はとても大きくてジェイドがグリアで使っていた部屋の倍はあった。


「デカいな」

「お父様は思い込みが激しい人だから…。

4年前にジルツァーク様からジェイドの事を聞いた時からきっとジェイドにこの部屋を渡そうと思っていたのよ。「国や家族を失ったグリアの王子の為に私がやれる事はなんでもやらねば!」って張り切って居たもの」

ミリオンが恥ずかしそうに思い出した事をジェイドに告げる。


「そうか…、ありがたいやら申し訳ないやらだな…」

ジェイドが照れ臭そうにしながら部屋を見回す。


「足りない物があったら遠慮なく言ってね」

「すまない。世話になる。

早速だが形見をしまえる宝箱のような物と額縁を頼めないか?」


「ええ、用意するわね」

ミリオンが了承したところでセレストが口を開く。



「ジェイド、これでもかい?」

「何?」


そう言ってセレストが指差したところを見る。

そこには何枚もの色紙が用意されて居て1枚ごとにカラフルに色とりどりのペンで「ジェイド君!君は1人じゃない!私達は君のファミリーだ!」「悲しい時には私達を思い出して!」「遠慮なく泣いていいんだ!」「心を開いて!」と書かれて居た。


「この字…」

「お父様の字だわ…」

「思い込みの激しさは天下一品だね」

色紙を見た3人が思い思いの感想を口にする。


「ミリオン、頼めるか?」

「え?」


「額装して部屋に飾ってくれ」

「ええぇぇぇ?」

「このポエムをかい?」

ジェイドは感涙して頷く。

どうやらジェイドにはこれくらいの方が丁度良い感じだ。


「ありがとうと言いに行っても良いのだろうか?」

「…お父様は喜ぶけど…」

ミリオンはその後が面倒よ?と言いたげにジェイドを見る。


「言いに行く必要無いと思うよ」

セレストが部屋の扉を指差すと閉めたはずの扉は少しだけ開いていて赤い髪の毛がチラチラと見える。


「お父様…」

「レドア王!?」

呆れるミリオンと驚くジェイド。


扉からは「私はそんな人では無いよ」と小さく裏声がきこえた。

これによりジェイドとセレストの中では「真面目で思い込みの激しい残念な人」と言う認識になった。

次回は「聖鎧を回収する復讐者。」になります。

10/8の夜に更新します。よろしくお願いいたします。

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