ジェイド達は聖女の監視塔から2日程歩いた。
本来ならば1日は防人の街で宿泊するのが良いのだが防人の街はもう無いので野宿になる。
カナリーのおかげで夜になっても見た目が変わらなくなったジェイドは気さくにセレスト達と夜を共にした。
「カナリーがな…、俺に沢山笑ったり泣いたりしろと言っていたんだ」
そう言って感慨深い顔をしたジェイドは川で汗を拭う時には「セレスト、セレストのモノがお粗末かどうかをミリオンに確認してもらうか?」と軽口まで叩く。
「ぼ…僕は普通だ!ジェイドが異常なんだ!」
「わ…私は見ません!」
顔を赤くしたセレストとミリオンが必死になって反応をする。
「冗談だ」
ジェイドはそう言って笑っていた。
そのジェイドの心を癒してくれたカナリーだったが、初めは抱きかかえていたのだがいくら涼しい季節とは言えグリアまでの道のりでカナリーの亡骸が痛む恐れがあったのでジェイドがエア・ウォールで棺を作り抱えて歩いた。空気がなければ痛まないのではないかと思うと言う発言だった。
ミリオンが「魔法なら私よ」と言ってアイスブロックの魔法で出した氷の塊をウインドカッターの魔法で斬ろうとしたのでセレストが森の木から棺を切り出してくれた。
なのでカナリーは今、花に埋め尽くされた棺の中でミリオンの氷を抱いて眠っている。
グリアまではまだ2日はかかるのでどうしても村等に寄るべきなのだがジェイドの顔がすぐれない。
その顔に気付いたセレストが心配そうに声をかける。
「ジェイド?」
「ああ…、そろそろ村で一度体制を整えなければな」
その言い方にピンときたミリオンがジェイドの顔を見て心配をしてくる。
「何か問題?」
「恐らくな。村でミリオンはフードを被れ。俺も鉄兜を被る」
「僕は?」
「セレストはむしろ今のままがいい。
あくまで俺とミリオンは身バレするまでは勇者ではなくセレストのお付きとして行動をする」
詳しくは説明しないジェイドだったがとりあえずセレスト達は言う事を聞くことにする。
そして日が傾いた頃に着いた村で宿を取る事になった。
村に着いた第一印象は寒村。
村は寂れていて壊れた家なんかもそのままになっていた。
「これって…」
「あまり話すな。そして髪色は決して見られるな」
驚くミリオンをジェイドが制止する。
その時村人の1人がセレストに気付いて駆け寄ってきた。
「もしや…その青色の御髪はブルアの…?」
セレストが返答に困って横を向くとジェイドが頷く。
これは身分を明かしていいと言う事だろう。
「ああ…僕はブルアの人間だ」
あくまで王子セレストということは言わない。
それが良かったようでジェイドももう一度頷く。
「遂に助けが来た!視察でございますか?」
横のジェイドが頷くとセレストが「ああ」とだけ言う。
「ありがとうございます。それで本日の御用は?」
セレストが宿を求めると村人が宿屋まで案内をしながらこの村の惨状を話してきた。
この村はグリアの城と穴のほぼ中間に位置している関係で亜人達が何度も訪れては無理矢理泊まったり食料を奪って行くと言う。
「では先ほどの壊れた家も…」
「はい。食うに困った村民が金を払えと口ごたえをしたら見せしめで家に投げつけられて…その時に破壊されました」
その先の話でグリアの城は今も亜人が駐留していて一向に立ち退かないと言う。
「…これが真っ当な商いなら宿代に食事代で他所に買い出しに行けるものの行商人が来ても払うモノがなければ買う事もままなりません」
そう言って村人が目元を抑える。
余程悔しい様子だ。
「わかった。では今晩はこの宿を貸し切るから相場の倍を払う」
「本当ですか!?」
宿屋の店主と村人が泣きそうな顔で喜ぶ。
「後は食料も分けて欲しい。無論こちらも倍の値段を払う」
「助かります!これで食料や家畜を買いに行けます!」
セレストは王子なので金に余裕はあるがそれ以外にも野良の魔物は倒すと何故か硬貨になるので治安の為に魔物を狩る事がそのまま収入に繋がるのだ。
だからお金には余裕があるので多少の大盤振る舞いも可能だ。
大金が手に入った事で気が大きくなった宿屋の店主と村人が愚痴を言い始める。
「グリアは攻め込まれて話にならないし、レドアの連中は何回か見に来たが亜人からの仕返し怖さに何もしないで逃げ帰った。頼りになるのはブルアのお方だ!」
この言葉にミリオンが反応をしたがジェイドが首を横に振るとミリオンは慌てて諦める。
宿屋の店主達からすれば地理上、最も近いレドアが助けを寄越してくれるべきと思っているし、そもそもはグリアが攻め落とされなければ良かったのにと思っていたのだ。
店主達がジェイド達を部屋に通す。
貸し切りなのだから1人一部屋で良いのだが「身の回りの世話をさせたいから大部屋で頼む」と言ったセレストの機転で大部屋での宿泊になる。
「夕食の用意をしてきますね」と店主が部屋を出て行くとジェイドが口を開く。
「やはり想定通りだった」
「やはり?」
ジェイドの言葉に疑問を持ったミリオンがジェイドの顔を覗く。
「ああ。亜人共が人間界の進行拠点として防人の街とグリア城を抑えて居ると思っていた。
そしてこの場合には兵站がどうしても必要になる。
グリア城までの途中にある村々が狙われるのも村を占領せずに定期的に略奪されるのもな」
「でも何でレドアが…」
「簡単だ。これで目を付けられたら次に攻め落とされるのは地形的に言ってレドアだ。
なまじ村々が占領されていれば侵略の危険から軍が動く事も考えられるが村に来て村が痩せ細っていても人間の村なら「問題なし」で報告をする」
「そんな…私何も知らない!」
ミリオンが受け入れ難いと慌てふためく。
「そんなモノだ。気にするな。
だが今晩は風呂やトイレ、寝込みなんかは気を付けろ。
体を休めるのみで熟睡を求めるな。
セレストの行動は良かったがかえって悪目立ちした」
「え?」
「金を見せただろ?この村は貧しい。夜中に金を狙った連中が…までならまだしも、ミリオンの寝姿を見られて赤毛がバレれば…」
そう言ってジェイドとセレストがミリオンの頭を見る。
「まさか…」
「吊し上げだな。亜人共に性欲はないがこっちは人間で…」
そう言ったジェイドの目がとても怖くてミリオンとセレストが唾を飲む。
「ミリオンは美人だからな」
その言葉でミリオンが赤くなる。
「なな…何を?」
「本当だろ?客観的感想だ。キチンと受け入れろよ」
ミリオンは俯いてしまった。
夕飯は豪華だった。
この寒村と呼べる村でこれほどのご馳走が出た事でジェイドはさらに疑念の目を向ける。
「まず私が毒味を行います」
「う…うむ。任せる」
ジェイドが家臣のフリをしてセレストが位の高いものとして振る舞う。
ジェイドがひと口食べてみたがおかしな感じはない。
「遅効性の毒か?」
ジェイドは毒による拷問をこれでもかと受けていたのである種毒に耐性も知識も持ち合わせて居るが今食べたモノに毒の気配はない。
その時配膳に来ていた1人の老婆が鉄兜から覗くジェイドの顔を見て息を飲む。
「坊ちゃん?」
老婆はそう言ったが慌てて口を塞ぐ。
老婆の声は周りの人達にほ聞こえなかったがジェイドには聞こえていた。
宿屋の店主は「亜人共に奪われるくらいなら食べてください!」と分厚いハムステーキを持ってきながら豪快に笑う。
「旦那様、折角の食事です。我々だけでは食べきれませんから村の子供達にも振る舞っては如何でしょうか?」
「そうだな。店主よ、ここから少し持って行くが良い」
「は?はい!ありがとうございます!子供達も喜びます!」
そう言って店主が「こちらのお大尽様が恵んでくださったぞ」と言って子供達を連れてくる。
子供達は「お兄さん!ありがとう!!」と言うと貰った先から料理にかぶりつく。
それを見ると毒が入って居る感じはしない。
その時に先ほどの老婆がジェイドの側に来てセレストに向かって口を開く。
「御大尽様、もし良ければお願いを聞いていただけませんか?」
「何?」
セレストが不思議そうに老婆を見る。
「高い所の重い荷物を取りたいのですが生憎手隙のものがおりません。
そちらのお付きの騎士様に手伝って貰いたいのです」
セレストは驚いてジェイドを見るとジェイドは頷いた。
それは引き受けるべきと言う合図だろう。
「こら、何でお客様にそんな事を頼むんだ?」
店主が老婆を叱り付けると老婆も「先日亜人に投げ飛ばされたポゥが骨折していて小麦が棚から下ろせません」と反論をする。
「小麦で何が作れる?」
セレストが話を合わせると老婆は「かまどでパンを焼けます。そのパンを買っていただけませんか?」と言う。
「ここのパンは日持ちするのか?」
「はい!」
「それならば3日分は買いたい所だな。
店主、使いの者を手伝わせるからパンを売ってくれないか?」
「へ?本当ですか?ありがとうございます!」
店主は棚からぼた餅と言わん表情で喜ぶ。
「よし、マッチョ。お婆さんの手伝いをしてくるんだ」
セレストは少しだけ気が大きくなってふざけ始める。
だがジェイドはいちいち構っていられない。
「わかりました」と言ってジェイドが老婆の後をついていく。
小麦は高い所に置いてあったが取れない高さではない。
「これか?」
そう言って渡したところで老婆が「もしやジェイド王子では?」と声をかけてきた。
「だとしたら?貴方は?」
「御身分を明かせないのですか?私は昔城でメイドとして働かせて頂いておりました!」
そう言って話す老婆はグリアのメイド長までしていた老婆だった。
「そうか…元気そうで何よりだ」
「ではやはり王子?ご無事で…ご無事で何よりです!防人の街に連れて行かれてもう助からないと…この村に訪れた亜人共が言っていたのを聞いていて」
老婆は泣きながら話す。
「俺は無事助け出された」
「それではあの方々は…」
「俺の仲間だ」
「そうでしたか!それではせめてこちらをお持ちください」
老婆はジェイドに小さな小瓶を渡す。
「これは?」
「解毒薬です。店主がどこかのタイミングで睡眠薬を混ぜると言っていました。
仮に毒味をしてしまっても良いように解毒薬を持たされていました」
そう言って小瓶を見ると中には透明な液体が入っていた。
「睡眠薬か…、対処可能だから安心してくれ。睡眠薬なのは荷物を物色か…」
ジェイドが察した顔で話す。
「全部は取らないと…無くしたかなと勘違いかと思う量しか取らないとは言っていましたが…」
老婆が申し訳なさそうにジェイドに経緯を説明する。
「それも含めてグリアの責任だ。
俺達がしっかりしていれば民がこんな目に遭う事も無かったのにな…」
「そんな!坊ちゃんは悪くありません!」
老婆は目元を潤ませながらジェイドに縋りつく。
そこに店主が「いつまでやって居るんだ」とやってきた。
「すみませんでしたね。御大尽様なんて滅多に見ないからどんな人かを騎士様に聞いてしまっていたよ。後は本当に薪割りもしてくれるんですか?」
老婆は機転をきかす。
「御大尽の事を聞いたのか?」
「はい。初の公務で張り切っておられるとか、ねぇ?」
老婆がジェイドの顔を見るとジェイドは頷く。
「ああ。主人は調査や亜人討伐に気合い十分だ。安心してくれ。
薪は老婆には大変だろう。今日の分だけなら手伝おう」
「へぇ、おありがとうございます。薪はこちらです」
そう言って店主を置いて外に出る。
「危ないところだった」
そう言いながら薪を割るジェイドに老婆が「坊ちゃんに薪割りをさせてすみません」と謝る。
「何故謝る。こう言うのは男の仕事だ」
そう言いながら次々と薪を割る。
こう言う単純労働は防人の街に捕らえられた最初の一年で嫌と言うほどやらされた。
「だがいつどこで何があるかわからないな」
ジェイドはそう言うとサーチ・フィールドを使う。
「今宿には?」
「店主と手伝いの村人が2人、後は先ほど招いた子供達が4人、それと私になります」
「8人…っ!!?誰だ!」
ジェイドは薪割りを中断して走り出す。
「坊ちゃん?」
老婆が慌てて声をかけるがジェイドは止まらない。
慌てて部屋に戻るとカナリーの棺に手をかける村人が居た。
村人は飛び込んできたジェイドに驚きの声を上げて必死に言い訳を試みるがジェイドには通じない。
瞬く間に首を持たれると宙吊りにされる。
「何をしていた?」
「な…何も…く…くるし…」
「何故ここに居る?」
「し…シーツを交か……」
「替えのシーツは?部屋に入る許可を誰に求めた?」
「……」
その間もジェイドは力を緩めないし声も大きくなっていく。
騒ぎを聞きつけた店主が部屋まで走ってきた。
「何事ですか!?」
「おい…お前の指示か?」
ジェイドは空いて居る方の手で店主の首を掴むと村人同様に吊り上げてしまう。
「何故この男は俺たちの部屋にいた?」
「し…知りません…く…苦し…」
「貴様、恥ずかしくないのか?狙いは金か?」
「し…知らな…」
「俺たちは倍額を払うと言ったんだ。それの何が不満だ?」
「ふ…不満なんて…ない…です」
段々とジェイドは苛立ってきて手に力がこもる。
部屋に居ない間にカナリーの棺に手を出した男を宙づりにしたジェイド。
その騒ぎを聞きつけてきた店主も宙づりにして尋問をするがふざけた回答に段々と苛立つ。
「ではお前が店主としてこの男に何をしていたか聞け、嘘をつけばこのまま首をへし折る」
「ひっ!?せ…せめて床に降ろして…」
「マッチョ!」
「何をして居るの?」
そこにセレストとミリオンがくる。
「この男が部屋に勝手に入って箱に手を伸ばしていた」
「そんな!?」
「なんだと?」
セレストとミリオンが信じられないと言う顔で宙づりの2人を見る。
「だから聞いていた。店主、男に聞け」
「おい…お前は何をしていた」
店主も苦しさに耐えながら必死になって聞く。
「…シーツの交換」
「シーツは何処だ?」
「…」
その態度に腹が立ったジェイドが男の首を強く握る。
「かっ!?」
「正直に答えろ。命がいらないみたいだな?店主、詳しく聞け」
ジェイドは宿の人間を人間として見ていない。
目には怒りも籠っていた。
「お前は何をしていたんだ?」
「…金を探していました。店主が睡眠薬を盛るのが待てなくて…先にネコババをしようと…」
男は観念して睡眠薬の計画を話してしまう。
すると店主の顔が真っ青になる。
「な…何を言うんだ?私はそんな!?」
店主が慌てたところでジェイドが「ほぅ」と言って店主の首に力を込める。
「し…信じてください!私はまだ睡眠薬を入れてない!」
「まだ…な。死ぬか?」
そう言うと更に青くなった店主が必死に謝る。
男も観念してカナリーの棺が宝物で埋め尽くされた宝箱だと思ったと言って謝ってくる。
「呆れて何も言えない」
「婆さんがアンタを連れ出した今がチャンスだと思ったんだ」
「…主、どうしますか?」
「不問だ。この村はここまで逼迫していると報告する。今はな」
セレストは店主の前に行くと剣を抜いて見せる。
「次はない。部屋を覗くな、風呂を覗くな、無駄に探るな。対価は払うのだ。守られない時にはどうなるか分かっているな?」
店主は涙ながらに「はい!」と返事をする。
「マッチョ、お前は食事がまだだろう?戻るぞ。ガリベンもついて来い」
そう言ってセレストが食堂に戻る。
「ガリベン?」
「私の名前らしいわ」
ミリオンが呆れながらジェイドに教える。
「マッチョとガリベンね…」
「センスが無いわ」
「今度レドア領に入ったら仕返ししてやれよ」
「何が良いかしら?」
「ムッツリとかか?」
「流石に悪くて言えないわよ」
そんな訳で食堂に戻った訳だが…
「はぁ……」
「まだ…な」
「あらら…」
セレストがため息をついてジェイドとミリオンがあきれ果てる。
店主は食堂のあり様を見て「すみません!すみません!!」と必死になって謝る。
食堂では満を侍して用意された睡眠薬入りの料理をつまみ食いした4人の子供達が倒れるように眠っていた。
「店主?」
「もうしません!もうしません!」
店主は涙ながらに謝罪をする。
「まあ発覚前に仕込んでいたしな」
「それに子供だから効果が早く出たんだな」
そこでジェイドが意地悪く睡眠薬入りの食事を食べると店主の顔を見て笑う。
「へ?」
店主が目を丸くしてジェイドを見る。
「悪いな。俺に毒物や薬物は効かない。だが何を摂ったかはわかる。次はないからな」
「は…はい…」
涙目の店主はがくがくと震える。
「それに悪くない味付けだ。真っ当に仕事ができる世の中になるまで変な真似はするな」
「あ…ありがとうございます」
そうして宿屋のトラブルは収束した。
朝は早く出るからと食料や水なんかを寝る前に宣言通り倍の価格で買う。
ジェイドはセレスト達の許しを得て銀貨を一枚持って老婆の元に行く。
「坊ちゃん?」
「知り合いに会えて嬉しかったよ。これを貰ってくれ」
そう言って手に銀貨を掴ませる。
「そんな!」
「良いんだ」
ジェイドは目を瞑って嬉しそうに言う。
「坊ちゃん…」
「俺はグリアの城を解放する」
「はい。ですが…」
「ああ。多分もうあそこには住めない。
亜人共を皆殺しにしたらその先はその時に考えるよ。
だからその日まで元気で生きてくれ」
その言葉で老婆は泣き崩れてしまう。
ジェイドが老婆の肩に手を置いて「知り合いが居なくなると寂しいだろ?長生きをしてくれ」と言った。
ジェイド達は日の出と共に旅立つ。
宿屋の主人と老婆、それに何も知らずに眠った子供達は目が覚めたのだろう元気よく見送ってくれた。
「なんだかなぁ…」
セレストが辟易としながら言う。
「ワイトと違って俺たちは歓迎されていないと言う事だろうな」
「早くモビトゥーイを倒しましょうね」
そう言って村が小さくなると「おはよー」と言ってジルツァークが現れた。
あの寒村を出発して2日が経った。
間に一つ村があったが補給は十分にあったし余計なトラブルには巻き込まれたくないのでジェイド達は村を無視して進行をし、ようやくグリアの城が見えた。
城にかつての美しさはかけらもなく城下町も荒れ放題で民の死体が至る所に散乱していた。
「4年も経つのにこの有様か…」
ジェイドの声は怒気を孕んでいた。
「ジェイド…」
ジェイドの怒りを察してセレストは何を伝えるべきか悩んでいた。
「どうするの?」
「まずは脇目も振らずに城へ行き聖剣を奪い返す。その後亜人共を皆殺しにする。民達の埋葬は後だ」
ジェイドの顔は怒りに満ちていたが考えられなくなるような状況ではない。
そう言ったところでジルツァークが出てくる。
「ジェイド〜、ヤバいよぉ」
「ヤバい?どういうことだ?」
「うん。この気配、五将軍がいるよ」
「ほぉ…、誰かわかるか?」
五将軍は勇者ワイトの時代にも現れて死闘を繰り広げた亜人だ。
「干渉値の事があるからこれ以上は言いたくないよ」
「そうか。だが確かに五将軍が居るんだな?ふはははは…待ちに待った展開だ。
しかもグリアと言うのが心地いいな」
ジェイドが嬉しそうに高笑いをする。
カナリーのお陰で冷静な部分が残ったが相変わらず復讐者である。
「ジルツァーク様?」
「何?セレスト?」
セレストが申し訳なさそうにジルツァークに質問をする。
「あの、伝説では勇者ワイトが五将軍を討ち取ったはずでは?」
「うん。ワイトはキチンと五将軍を倒したけどまた新しい五将軍が生まれたんだよ。多分モビトゥーイがもう一回生み出したの」
ジルツァークが顎に人差し指を当てながら話す。
「それは?」
「多分、99年の間に生み出したり、4年前、ジェイドの大切な部分を守った時の干渉値をモビトゥーイが使って生み出したのかも」
ジルツァークが申し訳なさそうに言う。
「何を言う?気にする必要はない。倒すべき敵が居る。それも奴らの住う穴の向こうではなく人間界でだ!こんなに喜ばしい事はない!」
そう言ってジェイドが更に笑う。
嬉しくてたまらないのだろう。
「ジェイド、聖剣は城にあるのか?」
「恐らくな。生半可な亜人に持ち出せる代物ではない」
そう言ってジェイドは城を見た後、カナリーの棺を抱えたまま走る。
「ジェイド!カナリーを下ろさないのか?」
「俺の読みが正しければ手放せない!」
セレストの心配ももっともで中のカナリーがおかしくならないように緩衝材の意味合いもあって花で埋め尽くしてあるがそれでも乱暴にすれば傷がつく。
「読み?」
「そうだ。奴らは亜人。人間の想像を超えた攻撃をしてくる」
ジェイドがそう言った時、家々から亜人共が現れる。
「亜人!」
「今はまず聖剣だ!セレストが聖剣を持てば1000やそこいらの敵に負けなくなる!」
ジェイドが目の前に立ちはだかった亜人を棍棒で殴りながら前に進んでいく。
「ジェイド!聖剣が破壊不能なら魔法で街ごと吹き飛ばすのは?」
ミリオンは防人の街を吹き飛ばした時の話を思い出してジェイドに提案をする。
「済まない!まだそれはやめて欲しい!」
そう言ったジェイドの顔には悲壮感があった。
「わかった!ジェイドは聖剣まで案内してくれ!」
「攻撃の指示もいつでも言ってね!」
「助かる!」と言ってジェイドはかつて栄えていた路地を走り抜けていた。
ジルツァークは何も言わずに後ろを着いてくるだけだった。
街で追いかけてきた亜人達は城に着くと何故か追いかけてこなくなった。
罠の恐れもあるが乱戦になるよりは遥かにマシだ。
ジェイド達は息を整えながら中庭に着く。
「中庭?」
「こんな所に聖剣があるの?」
てっきり宝物庫にあると思っていたセレストとミリオンが驚いた顔をする。
「隠してあるとか?」
「ううん、違うよ」
そう言ったジルツァークの声が暗い。
「ジルツァーク様?」
その声に違和感を覚えたミリオンがジルツァークの名前を呼ぶ。
だがジルツァークはジェイドに話しかける。
「ジェイド、今もここに居るよ。私は話すと辛いから後ろで静かにしているね」
ジルツァークがジェイドを見て悲しげな顔をした後でジェイドの後ろにつく。
「ありがとうジル」
ジェイドがそう言うと何かに耐える顔で一歩一歩を踏みしめながら歩く。
そして、中庭を進むと不気味な光景が広がった。
投げ捨てられて死んでいる兵やメイドが所狭しと居たのだった。
「何これ!!?」
「どう言う状況だ!?」
ミリオンとセレストが青い顔で驚いている。
「4年前、日付が変わる頃だ」
ジェイドが突然話し始めた。
「グリアの街を無視した亜人の群れがグリアの城を襲った。
警備の兵は居たが街が無事だった事で初動が遅れた。
瞬く間に兵達は亜人に殺された。
そして休んでいた兵達が対処に当たったのだが、時すでに遅くものの数時間もしないうちに正門前は陥落する。
父さん…グリア王は陣頭指揮に出ていた。
母さんは俺を叩き起こすと妹のエルムと聖剣を持って逃げ落ちるように言ったんだ。
聖剣を持って地理的に行きやすいレドアに行き魔の勇者を頼りにしてブルアへ行き剣の勇者に聖剣を渡すように言われた」
それは4年前、グリア最後の日の話だった。
ゆっくりと兵やメイドの死体を見つめながら歩くジェイドにセレスト達は何も言えずに付いていくしかなかった。
「覚醒の始まっていた俺は右手に盾を持ち左手にエルムの手を引いて城の裏手に走った。
だが亜人共は裏手にも居て逃げられなかった。
そして俺はエルムと一緒にこの中庭に追い込まれたんだ」
ジェイドの悔しさと憎さ、やるせなさの混ざった顔と声は側にいる2人を聞いて居るだけで苦しめた。
「そして中庭で亜人共に捕まった俺は奴らの将が振った剣で死ななかった事で体の勇者であることがバレた。
そこで始まったんだ…。虐殺ショーがな…。
まずは俺とエルムは両手を押さえつけられて跪かされると目の前で生き残りのメイドや兵達が次々と連れてこられては殺されて中庭に棄てられた」
そう言いながら今もジェイドはメイドの亡骸を見て悲しげな顔をすると、中庭に転がる無数の死体を眺める。
「全員が死ぬのに1時間もかからなかった。
兵達は最後まで俺とエルム、メイド達を逃がそうと隙を見ては立ち向かってくれたが一対一の力で亜人に敵うわけがない。皆無惨に散っていった」
そう言われて見ると兵士達の死体は損壊具合が酷い。
鎧が物凄い力でひしゃげているものばかりだ。
「そして…全ての兵が死んだ後で…」
ジェイドがそう言って広い中庭の真中についた時、跪いた格好で首の根元から真下に向かって剣が突き立てられた死体が現れた。
死体は少女のもので可愛らしい服装なのがわかる。
頭には髪飾りが残っていた。
「奴らの将は並の亜人には持てない聖剣を持ち上げるとエルムに…俺の妹に突き立てた」
その言葉にセレスト達が言葉に詰まる。
「奴はエルムに向かってお前が聖剣の鞘だと言って高笑いをした。
エルムは死の直前まで俺の名を呼んでいた。
「兄さん…兄さん…」と…」
その話の通りなら目の前の少女の亡骸がグリアの姫エルムで彼女に突き刺さっている剣が聖剣になる。
ジェイドはエルムの前まで行くと髪飾りを触る。髪飾りは色褪せてしまっていてボロボロだったがジェイドは壊すことなく取ることが出来て、泣きながらミリオンに「済まなかった。形見が欲しかったんだ」と言う。
「そうね。大事な事よ」
ミリオンも涙目でジェイドに話す。
「セレスト、これが聖剣だ。こんな形でお前に渡すのは心苦しいが受け取ってくれ」
ジェイドは身を引いてセレストに聖剣を取るように言う。
「バカ野郎。エルムさんが痛がっているだろ?お前が抜き取ってやって優しい労いの言葉の一つもかけてやるんだ!」
セレストがジェイドを指さして怒っている。
「だが抜身の聖剣は…勇者以外が触ると切れ味が鈍く…」
「それこそバカにするな!僕の剣術は剣の切れ味もフォロー可能だ!なまくらでも亜人を意のままに切り裂ける!」
セレストが涙を浮かべてジェイドに怒鳴る。
「済まない…お前は本当にいい奴だな」
ジェイドはそう言うとエルムの前に立つ。
「待たせたなエルム。痛かったよな、怖かったよな。頼りにならない兄貴ですまなかったな」
そう言って聖剣を引き抜いた。
抜身の聖剣はとても重かったがジェイドは何とか抜き取るとセレストに渡す。
「重いぞ。気をつけてくれ」そう言われて身構えたセレストだったが「軽いじゃないか」と軽々と持つ。
「もう聖剣がセレストを受け入れたんだな。抜き身の聖剣は適合者以外には重く持てなくなる」
そう言ってジェイドがエルムの亡骸を横たわらせる。
膝は固まってしまっていて伸ばそうにも下手に力を入れると折れてしまいそうで何も出来ないがそれでも寝かしつける。
「ずっと座りっぱなしで疲れたよな。待っていてくれ、城の中に入って父さん達の遺体を連れてきたら一緒に葬るからな」
ジェイドがエルムにそう言った時…。
「痛い…」と言う小さな声が聞こえてきた。
セレストとミリオンが慌てて周りを確認したが何も聞こえない。
だがまた聞こえてきた。
「痛いよお兄ちゃん…聖剣に刺された傷が痛いよ!」
そう言ってエルムの亡骸が突然話し始めると周りに討ち棄てられた兵とメイド達の亡骸も起き上がると口々に「痛い」と騒ぎ始める。
「祟り!?」
セレストが真っ青な顔で辺りを見渡す。
「そんな訳あるか!出てこい!」
ジェイドが怒鳴ると城からは動く亡骸を連れた亜人が現れる。
「亜人?」
「やはりな…」
「うきょ?なんでわかってましたって顔してんの?」
小柄でひょうきんな雰囲気の亜人がジェイドに質問をする。
「エルムは俺をお兄ちゃんとは呼ばない。それに亜人ならこんな敵もいるかも知れないと思っていた。お前は死体を操る亜人だな?」
「うきょきょ、鋭いね〜。そうさ僕は五将軍の1人、不死のスゥ」
「スゥ?それは闇の将軍では!?」
「剣の勇者は古いなぁ。あれは前の五将軍さ。僕は死体を操れるし僕自身が不死身なんだよ〜」
そう言ってスゥがケラケラと笑う。
「ふはははは!僥倖だ!1番倒したい奴が目の前に居るぞ!」
だがスゥの笑い声をかき消すほどのジェイドの高笑い。
「うきょ?バカなのか?僕は死なないのに変な奴。お前の倒したいのは剛力のサシュだろ?変なの?」
いきなりスゥが他の将軍の名前を呼ぶ。
「剛力のサシュ?そいつがエルムの仇か?」
「そうだよぉ、サシュは重くて並の兵には持てない聖剣を持ってグリアの姫に突き立てたと自慢していたからね」
スゥがこれ見よがしにジェイドを挑発している。
「そうか…そいつか…」
ジェイドはようやく見つけた手掛かりが嬉しくて仕方なかった。
「サシュはグリア制圧のご褒美で、本国で兵の教育の仕事をしているよ。会えなくて残念だったね」
「なに、どうせ全ての亜人は皆殺しにするんだ。早いか遅いかだけだろ?それに俺が一番倒したかったのは死者をどうにかできる能力を持った亜人だ。だからお前が出てきた事は僥倖でしかない」
「うきょ?馬鹿だねー。モビトゥーイ様が言っていたよ。グリアの王子に絶望を教えてやれってな」
「何?」
ジェイドがモビトゥーイの名前に反応をしてスゥを睨みつける。
「ああ、後でグリア王の死体と王妃の死体で殺し合いとかしようか?楽しい見世物だよね?あ、そう言うのが嫌ならラブシーンとかどう?うきゃきゃきゃきゃきゃ!
妹と兵士で濃密なラブシーンとかどう?妹さんは恋人とか居たのかな?いないのに殺されちゃったのかな?可哀想だよね~。人間はキスって言うのをするんだろ?それくらいしないと可哀想だからさせようよ!どの兵士がいい?選ばせてあげるよ!!」
「貴様…。徹底的に痛めつけてから殺すぞ」
ジェイドの怒りが最高潮に到達する。
「うきゃ?怒ったの?それに勝てると思っているの?僕に?うきゃきゃきゃ、これでもかな?」
そう言ってスゥが右手を上げると中庭の死体達が一斉に立ち上がってこちらを睨んでくる。
「…街の奴らも動かしたのか…」
「何?悔しいの?まあ、街はまださ。後で呼んでやるよ」
そう言うと再度右手を上にあげるスゥ。
その動作で近くに居た兵士の亡骸が襲い掛かってくる。
「すまん!」
そう言ってジェイドが一撃で亡骸を破壊した。
「うきょ?」
「ふん、殴れば何とかなるんだよ」
ジェイドがこん棒を片手に嬉しそうに声を上げる。
「うきゃきゃ…。だが問題ないもんね。死体なんてこの国には沢山あるだろ?補充は可能さ。
それにその背中の箱、中身は死体だろ?僕にはわかるんだよ一緒に動かしてあげるよ」
「誰がさせるか!」
「甘いよ!僕の支配は人間ごときには阻止できないよ!」
スゥは嬉しそうに右手をあげてカナリーの亡骸を動かそうとする。
「そうはいくか!ジル!干渉値は気にしない。カナリーの亡骸を守ってくれ!」
「うん。やるよ」と言ってジルツァークが現れて棺とその中のカナリーを光のヴェールで包んだ。
「セレスト!ここは俺が受け持つ!お前はカナリーを安全圏まで逃がせ!聖剣の力で街の亜人共を殺しながら安全圏に行け!」
そう言ってカナリーの棺をセレストに渡す。
「ミリオンはセレストと退避だ」
「ジェイドは!?」
ミリオンが心配そうにジェイドの顔を見る。
「俺はこの馬鹿を殺してから合流する」
ジェイドがニヤりと笑いながらスゥを見る。
「うきゃ?コイツ本当にバカだぞ?僕は死なないのに殺すつもりで居るぞ?」
不死身のスゥもニヤニヤとジェイドを見る。
「そう、お前は不死身なんだよな?嘘じゃないよな?」
「うきょ?嘘をつく必要なんて無いだろ?お前は僕に勝てないで力尽きるんだよ。お前達が死んだら動く死体の末席に加えてやるからな!」
スゥが嬉しそうに笑う。
「セレスト、そう言う事だ!ここは俺がやるからお前にはカナリーを任せるからな」
ジェイドがそう言うと起き上がった兵士たちをかき分けながら前進をしてスゥに殴りかかっていた。
ジェイドがスゥの頭を棍棒で殴るとスゥは「ペケっ!?」と言う声を上げて吹き飛ぶがすぐに起き上がり「無駄無駄無駄無駄無駄」と言って小躍りをする。
その間も攻めてくる兵士やメイドの亡骸をジェイドは片っ端から破壊していく。
「セレスト!行け!」
その声でセレストとミリオンは足早に中庭を後にする。
向かってくる兵士の亡骸にセレストか「真空剣!」と言って風の刃を飛ばすと今までの3倍の大きさと速さで風の刃が亡骸達を斬り飛ばしていった。
「…凄い…、これが聖剣のチカラ…」
セレストは思わず身震いをしてしまう程に感動していた。
それを見ていたジェイドは兵士の槍に貫かれながら嬉しそうに「よし、あの力があればより多くの亜人共を殺せるな」と言う。
兵士の槍で貫かれて平然としているジェイドを見てスゥが何かを思い出した顔をする。
「うきょ?そうだ。体の勇者は不死身なんだ。不死身対不死身の不毛な戦いだぁ〜」
そう言ってスゥはまた小躍りをする。
「不毛ね?お前は何もわかっていないな」
ジェイドはそう言うと群がったメイドの亡骸、立ち向かってくる兵士の亡骸をこれでもかと破壊していく。
「お前達、グリアはもう無い。
俺は最後のグリア王としてお前達から逃げない。
…………責任を果たす!」
ジェイドが亡骸の群れに突き刺されようが纏わりつかれようが気にせずに破壊する。
そして前に進めればスゥを殴る。
「うきょ?痛え!でも不死身の僕にそんな攻撃は意味ないよ〜」
スゥがこれでもかと小躍りをしながら挑発をしてくる。
その動きにスゥが自身の不死を信用している事がわかる。
「…そうだな。時間かかるかもな。ジル!セレスト達にゆっくり待っておけと言っておいてくれ」
ジェイドは兵士の槍や剣をものともせずにジルツァークに話しかける。
「うん。いいよ〜」とジルツァークが返事をしながら消えると街の外を目指す。
「よし、これでやり合えるな」
ジェイドが腹に刺さった剣を抜きながらニヤリと笑ってスゥを見る。
「うきょ?もう意味ないのにバカだなぁ〜」
スゥは飽きずに小躍りを繰り返しながら兵士の亡骸を差し向けてきていた。
「旋回剣尖!」
「連続鉄破!」
セレストが水を得た魚のように群がる亜人共を斬り捨てていく。
グリアの街に住み着いていた亜人はかなりの数で斬っても斬っても、これでもかと湧いて出てくる。
「あまり激しく動くとカナリーさんに傷がつくわよ?」
ミリオンが宝珠で強化されたアイスランスを放ちながら呆れた顔をする。
アイスランスは上位魔法のアイスドリルと同様の威力で亜人は次々に串刺しにされて行く。
「花とミリオンの魔法で守られているから平気かと思ったのだが…、そうか…動き回る系の攻撃は控えるべきか…」
セレストが残念そうに言いながら真空剣を放つと一太刀で五体の亜人が真っ二つになる。
「十分じゃない。
それよりも聖剣と宝珠、こんなに力を発揮するなんて思わなかったわ」
ミリオンも話の合間にファイヤスネークと言う蛇のように建物の隙間や窓などから中に入り込み無機物以外を焼き払う火の魔法を放つ。
建物の中や路地裏から次々と悲鳴が聞こえてくる。
だがファイヤスネークは這いずるだけの魔法なので宝珠の力があっても重ね掛けをしないと一撃で亜人を倒す事は出来ない。
ファイヤスネークは牽制や逃げる敵の足止め、炙り出し用の魔法なのだ。
しかしジェイドとの話もある。
アトミック・ショックウェイブで街を破壊する方法は好ましくないのでこの方法で地道に倒すしかない。
「本当だね。これでレドアの聖鎧まで手に入れば完璧だ」
そう言って少し敵が減ったところで街の入り口を目指す。
「カナリーさんを狙う死者を操る魔法の範囲は何処までなのかしら?」
「先程の話だと街は範囲外と言っていたから無事だとは思うが…」
そう言って城の方角を見ると追加の亜人達がセレスト達に向かって走り込んできていた。
2人は顔を見合わせると、ミリオンは「アイストラップ!」の魔法、セレストは「真空乱撃!」を放っていた。
セレストとミリオンの合わせ技。
本来アイストラップは罠魔法で罠を隠した地面を踏み抜くと氷の槍が地面から迫り上がってくる。
アイスストラップは刺さった敵が抜け出せずに失血死をする場合はあるが、ファイヤスネーク同様に一瞬で殺すような殺傷力はない。
しかし足止めとしては抜群でミリオンは大通りを覆えるほどのアイストラップを宝珠の力で使用した。向かってきた100からの亜人を氷の槍で貫くとそこにセレストが真空剣を乱れ撃つ。
動けない亜人は最早的でしかない。
刃の届く亜人は見事に斬り裂かれていた。
そしてそこで亜人の出現は止まった。
「もう出てこない?終わったの?」
「多分膠着状態なんだろう…」
そう話していると城の方角からジルツァークが飛んでくる。
「ジルツァーク様」
「2人とも、ジェイドからの伝言ね。ゆっくり待っていてくれだって」
ジルツァークがニコニコと説明をするが2人には何が何だかわからない。
「ゆっくり?」
「相手は不死身の将軍なのですよね?
倒す手立てがあると言うのですか?」
「うーん…有るにはあるし無いにはないし…、あまり言うと干渉値の事が有るから言えないけど、多分2日くらいかかるかも」
「2日?」
「まあジェイドは死なないから大丈夫だよ。2人はキチンと休憩取ってジェイドを待ってあげてね。私は皆の近くにいて何かしちゃうと干渉値が変わるからちょっと離れてるね」
ジルツァークにそう言われた2人は街の入り口にある広場に拠点を構える。
周囲は見晴らしも良く小屋もある。
ミリオンがアイストラップで小屋と広場の周りをこれでもかと固めて交代で休むことにした。
「2日か…、長いな」
「でもそれであの不死身のスゥを倒せるのかしら?」
2人は顔を見合わせて「うーん」と悩む。
ジルツァークが言った「有るにはある。無いにはない」が気になっていた。
「ふっ!」
ジェイドが力強く息を吐きながらスゥを殴る。
もう日は沈んでいて灯りのない城は暗い。
目の前のスゥや数人の兵士の亡骸を視認するのが精一杯になっている。
「痛え!僕は不死身なんだから諦めろよ!」
殴られたスゥがそう言いながらジェイドを殴ろうとするが4年間の日々がジェイドを叩き上げた。
亡骸を操る事と不死身なこと以外に素人に近いスゥの攻撃が当たるわけもなく、攻撃をかわすとまた殴る。
ボゴッと言う鈍い音が中庭に響く。
「ウギャ!?」
「ホラ、かかってこいよ」
そう言うジェイドに兵士の槍が背中に突き刺さる。
体制を立て直したスゥが嬉しそうにジェイドを見るのだが、槍が刺さった影響で口から血が吐き出されたジェイドは何一つ気にしないで槍を抜き取るとそのままスゥの足に槍を突き立てて地面に縫い付ける。
「ウギャ!?お…お前は痛みがないのか!?」
「慣れたんだ……よっ!」
そう言ってさらに顔面を鋼鉄の棍棒で殴る。
顔面がひしゃげて吹き飛ぶのだが足に刺さった槍が吹き飛ぶ事を許さない。
亜人でもこの一撃で死に至る威力だがスゥは死なずに起き上がる。
そしてのたうち回って苦しむ。
「ギャァぁぁぁっ!!」
スゥは首を左右に振りながら痛みに苦しむ。
「ほら、どうした?不死身対不死身の戦いなんだから心行くまで戦おうぜ?」
ジェイドがスゥの首根っこを掴んで吊るし上げる形で持ち上げるとスゥは隠し持っていたナイフをジェイドの肩に突き立てる。
「ウキャ!毒ナイフだ!苦しめ!」
スゥの喜ぶ声。
「なんだ…毒ウサギの前歯の毒か…。
まあチョイスは悪くない。
苦しいもんなコレ」
だがスゥの思い通りにはならない。
ジェイドは何のこともない顔と声を出す。
「へ?」
そう言うとジェイドが器用に棍棒を持つ手でスゥの腕をへし折るとナイフを奪い取ってスゥの腹に刺す。
「グギャ!!?」
みるみるスゥの目が左右に激しく動き出すと目から血の涙を流して泡を吹く。
「ウギャ?グギャ?ギャギャ?ぎょぎょぐよよよぉぉ?」
「なんだお前?初めてか?」
ジェイドは面白いものを見たと言う顔をしながら、痙攣して泡を吹くスゥの顔を棍棒で右や左から往復で殴り続ける。
しばらく殴るとスゥは声も出せずにグッタリとする。
ただただジェイドに殴られ続けて、攻撃が入る度に身体が痙攣を起こすが少しすると傷が無くなってしまう。
おそらくスゥの集中が切れた事から亡骸の動きが鈍くなり、今動かせているのは付近にいる二体の亡骸のみがスゥを助けるべくジェイドの腕や身体を斬りつけてくる。
だがジェイドは意に介さずにスゥを殴り続ける。
「お…お前…毒…」
声が震え、息も絶え絶えなスゥがジェイドになんとか言葉を投げかける。
まだ毒が消えた様子はない。
「辛いよなその毒」
そう言いながら呆れ笑いをするとまた顔面をこれでもかと殴打する。
「ギャ!!グギャ!?ゲベッ!!」
そんな悲鳴を上げながらスゥは殴られ続ける。
またスゥの手足が力なくグッタリした所でジェイドが口を開く。
「毒?もう効くような猛毒は無いんだよ。
お前らが散々防人の街で拷問ショーに使ってな。
忘れないぜ?
身動きの取れない中これでもかと毒を打ち込まれてな。
耐性が付くたびに新しい毒、今までの毒を掛け合わせた毒で苦しめられてな」
ジェイドがそう言ってもう一度笑いながら休む事なくスゥを殴る。
「こうやって殴られるのもな。亜人、人間お構い無しに朝から晩まで殴られて夜は鎖で手足を縛って火の中に突き落とされた日もあったな」
ジェイドの目はスゥを見ていない。
かつて味わった拷問の日々を、その自分の姿を見ていた。
「ぞ…ぞんな…、僕は不死身…」
「不死身だからまだ生きてんだろ?
良かったな。まだまだ夜は長いんだから楽しもうぜ?」
ジェイドはスゥを持ちながら兵士の槍を拾うと全身にコレでもかと突き刺して行く。
ジェイドとスゥの違いは、今の槍で言えばジェイドは身体が槍を押し返しながら再生をするがスゥは槍が抜けてから再生が始まるところだった。
「へぇ、お前と俺の不死能力は違うんだな。ジルとモビトゥーイの差か?」
「い…痛い……助……助けて…」
スゥが涙ながらにジェイドに命乞いをする。
「バカだな。死なないならなんでもOKだろ?
再生だってするんだから不死身対不死身の戦いを楽しもうぜ?」
その後夜明けまで殴りつけた頃、遂に襲ってくる亡骸は居なくなる。
「なんだ、亡骸を動かすのをやめたのか?」
「つまらん」と言うと槍まみれのスゥを地面に投げ捨てて槍を深々と指して地面に縫い付ける。
そしてまた殴り始める。
「なぁ、聞いているのか?まあ聞いて居なくてもいいがな。止めてくれって言って亜人は俺の拷問を止めたか?止めなかったよな?立場が逆だった時、お前は止めるか?止めないよな?」
そう話しながらジェイドの腕は加速していく。
棍棒で滅多矢鱈に打ち込んでいく。
「俺も同じさ。お前達に捕らえられ、目の前でグリアの皆が殺されて妹が聖剣に貫かれて死んだ時。防人の街まで子供のおもちゃのように鎖でつながれて引きずられて意味もなく岩や木々に投げ飛ばされて、多種多様な拷問を試されながら考えた。
なんでこんな目に遭うのか?
どうにかして逃れる方法は無いのか?
命乞いは通用するのか、そんな阿呆みたいな事まで考えたよ。
だがそんなものはない。
だって俺が人間でお前が亜人である限り理解もなにもあり得ない」
そう言った時ジェイドが更に強い一撃を撃ち込む。
スゥの身体が始めと違って再生するのに時間がかかり始める。
ジェイドはそれを見てそろそろだなと思っていた。
「ああ、忘れていたよ。毒殺でも刺殺でも圧殺でもない別の殺され方がまだまだあるんだぜ?どんなに我慢しても声や涙は出るんだ。不思議だよな。エア・ウォール」
ジェイドはスゥから離れて距離を置くとエア・ウォールで閉じ込める。
エア・ウォールは聖女の監視塔で使った時よりも小規模なモノにしたのであっという間に中の酸素が尽きてスゥが苦しそうにもがく。
「窒息死って辛いよな。俺もそればかりは中々慣れなくて大変だった」
そう言って槍に刺されながらバタつくスゥを見て言い放つ。
「俺達は死ねない身体だから酸素がなくて死にたいのに死ねないから辛いよな」
そう言いながら壊れたベンチに腰掛ける。
そのまま太陽が傾いて夕日になるまでスゥを放置する。
「ジル!」
「何?」
ジェイドの呼びかけでジルツァークが現れる。
「干渉値が変わらない範囲で教えてくれ。こいつの不死の条件は俺と同じか?」
「大体一緒だよ。私と違ってモビトゥーイはあまり力を与えなかったみたい」
「それで肉が槍を抜かないのか…」
「うん。後は話せないから行くね」
「ああ、済まなかったな」
「ううん。いいよ」
そう言ってジルツァークが消えると日没まで待つ。
陽が沈む際にみたスゥは物凄い色になっていて必死の形相のまま動かなくなっていた。
夜の闇が広がるとジェイドがエア・ウォールを解除する。
新鮮な空気が体内に入ったスゥはあっという間に息を吹き返すと「はぁはぁ」と荒く息を吸うとムせた。
「よぉ、お帰り」と言ってジェイドがまた殴る。
スゥが口をパクパクとさせている。
「何だ?」
「もう…嫌…だ……。ゆる…して……」
「おいおい、俺の妹を辱めようとした気迫はどこに行った?命乞いは無意味だって教えたろ?」と言うとジェイドが強烈な一撃を入れる。
だがスゥの回復が遅い。明らかにスゥの再生速度が遅くなっている。
「一つ、いい話をしてやる」
そう言いながら殴る。
「俺とお前は若干の違いはあるが不死身だ。敵に捕まった場合には終わりのない苦痛が待っている。今のお前のようにな?」
話ながらジェイドは話の切れ間でスゥを殴る。
それはスゥの再生能力を確かめるような殴り方だった。
「本来、普通の奴らだったらやり過ぎたら死ぬ。それは悪い事ではない。俺達には中々手に入らないご褒美だ。
死ねる奴らからすれば不死身は最高だと言うと思うが目的がなければ…敵に捕まれば痛いだけでいい事がない。
死ねばこの苦しみから解放される。
だが死ねないとこうしてひたすらに痛めつけられる」
そうして殴られ続けたスゥが中々再生しない中、涙を流し始める。
「辛いか?悲しいか?だが終わらん」
ジェイドはそう言ってまたしばらく殴り続ける。
また一息つくように話し始める。
「だがな、お前の様子を見て気づいたよ。モビトゥーイはお前に死に方を教えていなかったんだな」
「へ?」
余りにも想定外の事を言われたスゥが素っ頓狂な声を上げる。
「おいおい、不死って言っても完全無欠じゃないんだぜ?簡単に言えば今の状況は詰みだ。
ジルが行動をした事で干渉値が大きくモビトゥーイに渡ったとしてもモビトゥーイはお前を助けるために何もしない。弱いお前は俺から逃げられない。そして俺は奴隷時代の経験で痛みにも強く毒も効かない。空腹なんて慣れたものだ。1か月何も食べないままに拷問なんて言うのもあったくらいだからな…。
お間にその経験はあるか?」
そう言われたスゥが弱弱しく首を横に振ると涙を流す。
「辛いよな。だが死ねば解放されるのに不死身のせいで中々死ねない。そこで俺からの慈悲だ。―――――ろ。そうすればお前は死ねる。ちょうどここには聖剣もある。亜人に対して絶大な威力を発揮する聖剣の力があればお前は苦しまずに死ねる。死ぬか?」
ジェイドがそう聞いたがスゥは答えない。涙を流すだけだ。
「ちっ!」
ジェイドが憎々しそうにスゥを睨むとまた鋼鉄の棍棒でスゥを殴る。
どれくらい殴ったか分からない。
途中何度も死を受け入れるかを聞く。
そして答えないでただ泣くスゥ。
そして再開される殴打。
だが夜が明けるころ「殺してくれ」とスゥが言った。
ジェイドは攻撃をやめたが最後に殴った顔は中々再生しなかった。
街の入り口に張ったアイストラップは夜中になると寝込みを襲おうとした亜人によって発動をしてその悲鳴でセレストが起きて一体一体真空剣で始末していた。
「もう2日。ジルツァーク様の話だとそろそろだが」
セレストがそう言って夜明けの中、城の方を向くとタイミングよくジェイドが槍まみれのスゥを連れて歩いてきた。
「ジェイド?」
「待たせた」
「ミリオン!ジェイドだ!」
セレストの声で起きたミリオンがジェイドと引きずられるスゥを見て「どういう状況?」と聞く。
「おい…自分の口で言え」
ジェイドがスゥを蹴ると「殺してくれ」と言って崩れ落ちた。
「セレスト、聖剣でコイツを斬れ。今のコイツなら聖剣の力で殺せる」
「何?」
不死を殺せると聞いて驚くセレストだったがジェイドが冗談を言う人間ではない事を知っているので「わかった…」と言って聖剣を構える。
「セレスト、断命は使えるか?」
「…ジェイド、お前は何処まで知っているんだ?」
セレストは隠し玉にしていた必殺剣を言われて驚く。
「グリアには記録が残っていただけだ」
そう言って城の方を向くジェイドを見てそれ以外は言わずに聖剣を腰に構えると居合斬りの格好で「断命」と言いながら崩れ落ちたスゥの身体を斬りつける。
「セレスト駄目!」
突然ジルツァークがそう言って現れたがセレストの剣はスゥの身体を捉えていて胸から肩にかけて真っ二つに剣が走っていた。剣がスゥを斬り裂いたその瞬間。
「アハハハハハハ!!」
聞き覚えの無い声が聞こえる。
「黙って待っている間に貯まった干渉値とスゥの命を生贄に聖剣を破壊する!!」
その声はそう言った時、聖剣に向かって黒い光が降り注ぎ「バキィィイィン」と言う音を立てて聖剣が真ん中で折れてしまった。
「モビトゥーイ!!」
「アハハハ、ジルツァーク、久しぶりね。干渉値が貯まっていたから太陽の出ている時間に人間界に顕現できたわ。それに干渉値とスゥの命を捧げた事で新たに出来た干渉値を使って痛んだ聖剣をへし折ってやった!勇者はまだしもその剣は流石に目障りだものね。アハハハハ!!」
そう言って声が消える。
「…聖剣が…折られた…。
セレストが折れた聖剣を見て唖然としている。
「ジル?」
「…聖剣は痛んでいたの。亜人が持った事とエルムの血で4年間徐々に痛んでいたの」
ジルツァークがセレストの手元を見ながら話す。
「…ずっとモビトゥーイが何をするのか考えたの。最初はカナリーを助けた干渉値で他の五将軍をグリアに連れてくるか穴に作ったポイズン・ウォールを除去すると思ったんだけど、ポイズン・ウォールはそのままだしスゥが死ぬと言っても誰も現れなかったから嫌な予感がしたの…」
「それで貯まった干渉値とスゥの命で聖剣を…」
「うん。今の痛んだ聖剣ならモビトゥーイにも折れるから…」
そう言ってジルツァークが泣き始める。
女神の涙はセレストとミリオンを不安にさせる。
だがジェイドは違っていた。
「ジル、聖剣は修理できるな?」
「え?」
その言葉にセレストが驚いてジェイドを見る。
その驚いたセレストを見た時の方がジェイドは驚いていた。
「…あ…ブルアに記録は残っていないのか…。聖剣と聖鎧は上層界のドワーフの作品。宝珠は上層界のエルフの宝物だ。勇者ワイトが亜人界を目指す時に授かったんだ」
「じゃあ…」
セレストの顔が明るくなる。
「ああ、聖剣は取り戻せる。それにどの道亜人界には向かうんだ。途中の寄り道で済む」
「良かった…。あの威力が得られないのは困るもの」
ミリオンもそう言ってからホッとする。
「セレスト、お前はもう聖剣に心奪われていただろ?」
「え?…ああ」
「物凄い顔をしていたぞ」
「皆、ごめんね」
そう言ってジルツァークが謝る。
「いや、今折れてくれてある意味ラッキーだ。亜人界で折れていたら死んでいたかもしれないからな」
「ジェイド、ありがとう」
そう言ってジルツァークが笑った。
「ちっ、亜人共め」
ジェイドが城の書庫で悪態をついた。
ジェイドが書庫を目指したのはセレストに勇者ワイトの軌跡を読ませてどうやって必殺剣を使ったか等を知って欲しかったのだ。
だが亜人共はモビトゥーイの指示なのか書庫を完膚なきまで荒らしていてワイトの戦いは残っていなかった。
中庭ではセレストとミリオンが兵たちの亡骸を並べていた。
「せめて形が残っている亡骸だけでも休んだ形で弔ってやりたい」
「セレストがそう言っているからいいかしら?」
2人はそう言いながら手を進める。
ジェイドは「ありがとう」と言って両腕にカナリーとエルムを抱きかかえて城の中に消えていった。
そして元々はジェイドの部屋だった場所にカナリーとエルムを連れて行くと荒れ果てた部屋にあるベッドの上を片付けて横たわらせる。
「エルム、お前の部屋は俺の部屋より荒らされていたから俺の部屋にしたよ」
そう言いながらエルムの頬を撫でると今度はカナリーを見る。
「カナリー、済まなかった。
本来のグリアはとても綺麗な所だったんだ…
亜人共に思いの外荒らされてしまっていたよ。
でも五将軍の1人は倒した。
聖剣は折られてしまったがそれも直せる。
復讐は間違いなく進んでいる。
待っていてくれ」
そう言って綺麗なベッドと両親の亡骸を探しに出た途中の書庫で冒頭の悪態となる。
探索途中、久し振りに城下町の見える窓から街を眺める。
街は寒々しい青白い光を放っていた。
街はミリオンの魔法・フローズンジェイルを宝珠の力で発動させて氷漬けにしてある。
これは距離が離れていては使えない上に発動までミリオンでも時間のかかる魔法なのでどうしても使いどころが限られるが今回みたいに亜人共が家々に潜んでいて出てこない場合には有効な魔法で城下町を凍らせた。
無論、地下に抜け道なんかがあって何処からか出てくる場合も考えて通りから何から凍らせてある。
街を眺めた後、ジェイドは懐かしむように場内を歩く。
何とか残っている品々から使えそうなものと両親の亡骸、綺麗なベッドを探した。
ベッドは母の使っていたものが比較的綺麗だったのでそれを自室に持ち込んで自分のベッドに横付けする。
父の部屋では父が力を失い、ジェイドが勇者に覚醒した記念で家族4人の絵を描いて貰ったがそれがほぼ無傷で残っていたので回収をした。
そして父と母の亡骸は裏口に向かう通路で見つかった。
槍に身体を貫かれていて見るからにジェイド達を逃し切れたか心配で追いかけた父と母が裏口に控えていた亜人の急襲で刺されていて、父が母を庇っていた。
往年の父はよく「体の勇者としての力が失われたがつい身体で攻撃を受け止める癖が抜けなくて困る。いつか大怪我をしてしまいそうだ」と訓練をしながら笑っていた。
多分、咄嗟に母を守る為に身体を使ってしまったのだろう。
そしてそのまま母も貫かれた。そんな形だった。
2人の亡骸を抱きかかえてジェイドは泣いた。
「ごめん。エルムを守り切れなかったんだ。
父さんと母さんは向こうでエルムと会えたかな…。俺は復讐を遂げるから向こうで見ていてくれ」
そしてベッドに連れて行って横たわらせる。
今、2つのベッドには父、母、エルム、カナリーと並んでいる。
「父さん、母さん、…形見をもらっていいよね?」
そう言ってジェイドが2人の左手から結婚指輪を貰った。
指輪は血で汚れていたが磨けば綺麗になると思っていた。
「父さん、母さん…エルム、そこに居るのはカナリー。
俺たち勇者にすら知らされていない聖女で人間界を守ってくれて居たんだよ。
俺はまだ行けないからカナリーの事を頼んで良いよね。
カナリーはさ…、グリアに来ることを夢見て居たんだ。
だからグリアに葬ってあげる話になったから一緒のベッドで送っても良いよね」
ジェイドは話しながら膝から崩れ落ちてそのまま泣く。
自分は逝けない。まだ逝くわけにはいかない。
全ての亜人を葬り去る日まで復讐は止まらない。
その為にも立ち上がらなければならないのだ。
「カナリー、最後に…形見を貰うよ」
そう言って服のリボンを貰う。
これでジェイドの手にはエルムの髪飾り、父母の結婚指輪、そしてカナリーのリボンがあることになる。
「俺から渡せるものは何もなくてごめん。
この部屋は元々俺が使った部屋だから何か良いものがあったら向こうで使って」
そう言うともう一度涙を流しながら部屋を後にする。
「ごめん。もう行くよ。
一日も早く亜人共を皆殺しにしてモビトゥーイを倒さなきゃ。
さようなら、父さん。
さようなら、母さん。
さようなら、エルム。
さようなら、カナリー」
1人ずつ声をかけてから階下のセレスト達と合流する。
中庭は綺麗になって居て形のわかる亡骸が並べられて居た。
「もう来たのか?」
「ああ。時間が惜しいからな」
「ご両親の亡骸は?」
「見つけた。エルムとカナリーと同じ部屋で眠ってもらったよ」
そう言って自分の部屋があった方角を見る。
その眼が名残惜しそうに見えてしまったのでミリオンが意見をする。
「もう一晩くらい居ても良いんじゃ無い?色々話したい事とかあるでしょ?」
「いや、大丈夫だ。ミリオン、一つ願いを聞き入れてくれないか?」
「お願い?」
「ああ、戦いが終わるまで、レドアでコレを預かって居てもらいたいんだ」
そう言ってジェイドは家族4人が描かれた絵と先程形見として貰った品々を見せる。
「これ…」
「ああ、この後は聖鎧を受け取りにレドアに行けば次は穴を通って上層界だ。
そしてその後は亜人界。
きっと亜人界では死闘になるから大切な形見や家族の絵は持っていけない。
きっとセレストならブルアにと言ってくれるだろうがこの旅ではもうブルアには寄らないから…。頼めるか?」
ジェイドの目は先ほどまでスゥを痛めつけていた復讐者の目ではなく悲しげな眼をしている。
「当然よ。責任を持って保管します」
「ありがとう。後はもう一つお願いがあるんだ。
亜人共が付いてくるのが不満だが皆を送りたいんだ。
もう誰にも…何も触らせない。
この土地に誰も入れたくないんだ」
「わかっていたわ。…でもいいの?貴方の故郷なのよ?」
ミリオンが泣きそうな顔でジェイドを見る。
自身のレドアが同じだった時を考えてしまうのだろう。
「いいんだ。俺はただの復讐者。
最後のグリア人が何を言っても、この土地は亜人が居なくなれば無法者やこの前みたいな村人、もしかしたらレドアやブルアから新天地を夢見てくる連中がいるかも知れない。
そいつらが城下町や城、その跡地…グリアの上に住むのは嫌なんだ」
ミリオンは深く頷くと「わかったわ」と言う。
「使って欲しい魔法とタイミングは俺が指示するから頼む。
後はセレスト、ワイトの記録を探したがモビトゥーイの指示なのか書庫が荒らされて居て残って居なかった…済まない」
「気にしないでくれ。僕は今まで通りジェイドの指示に従うさ」
セレストは折れた聖剣を大切に抱えながら言う。
そして3人は城の裏手からレドアを目指す。
4年前のあの日、エルムと抜け出す予定だった裏手…。
「この裏手から抜け出して山を進むとレドアとの国境に出る。
そこまでは半日と言った所で、その後は大体4日でレドアに着く」
ジェイドが感慨深く裏手の先に見える道を見てそう言った。
そして山道を黙々と進む。途中山に住むサルの魔物に襲われたがジェイドが圧倒的な力で破壊をすると近寄ってこなくなった。
そしてかなり登り、夕日で眼下のグリアが綺麗に赤く染まったところまで来た。
「ジル」
「ジェイド…」
ジェイドがジルツァークを呼び出す。
ジルツァークは聖剣を折られたのは自分が無駄に近くに居て干渉値を与えてしまったからだと責任を感じて姿を消していた。
「見ていてくれないか?済まないな…勇者が国を捨てる事になってな…」
「ううん、そんな事ないよ!」
ジルツァークが首を左右に振ってジェイドは悪くないと必死になって言う。
「ありがとう」
ジェイドはそう言ってからミリオンを見る。
目が合ったミリオンは静かに頷く。
「ミリオン、済まない。宝珠の力を全開放してアースクラックを使ってくれ。
城を中央に置くのではなく、裏手から山側に亀裂を走らせるのでもなく、海側に向けて亀裂が入るようにしてくれ、頼む。
出来上がった大地の裂け目でグリアを地の底に落とすイメージだ。
続けてグラビティプレスでグリアの城と街を壊さないように地の底に押し込んで欲しい。
それで思い通りになるはずなんだ。
ならなかったら追加を頼むよ」
そのジェイドの横顔がとても物悲しくてミリオンはまだ口にもしていない大魔法の事を言われたよりも、無理難題や2連続を頼まれたことよりも何が何でも成功させなければと思っていた。
「宝珠よ!私に力を貸して!
アースクラック!」
ミリオンのその声で地響きが起こるとグリア城の裏側の海岸線から街の入り口辺りまで無数の亀裂が走って地響きで城が飲み込まれていく。
そしてその直後に「グラビティプレス!」と唱えると上から見えない力で城と城下町が押しつぶされてそのまま沈んでいき城の頭まで沈むほどのクレーターが完成した。
流石のミリオンでも大魔法の連発による疲労は相当なもので苦しそうに肩で息をしていた。
「無理をさせて済まなかった。少し待って想像通りの結果になるか見たい。無理な時はもう一つ頼む」
そう言ったジェイドが暫く沈んだ城を見るとみるみる城が水没していく。
「街と城が…」
「沈む…」
「ああ、海岸にそう遠くないグリアの城を海より低くすることで水を呼び込んで沈めたんだ。
最初はメルトボルケーノで全てを焼き溶かして貰おうかと思ったのだが、グリアの皆にこれ以上熱い思いも何もして欲しくなくて、せめて海に返して誰にも触れられない穏やかな海中で眠って貰いたかったんだ」
ジェイドはそう言って沈むグリア城を最後まで眺める。
忘れないために…。
そして自分があの場に居ない事を悔やんで…。
「泣けよ」
「何?」
セレストがジェイドの肩に手を置くと泣けと言う。
「泣いて見送ってやれ」
「もう泣いた。だから後は進む。ジル、世界を傷つけて済まなかった」
ジェイドがセレストに微笑むと今度はジルツァークを見て地形を変えてしまった事を謝る。
「いいよ。これも歴史だよ。このまま亜人とモビトゥーイを倒して皆で平和になった世の中で歴史を刻もうね」
ジルツァークはそう言って夜の訪れと共に去って行った。
次回は「レドアを目指す復讐者。」になります。
10/5の夜に更新します。よろしくお願いいたします。
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