何度やり直しても無理なんです! ~悪役令嬢に転生した私だけど、やっぱり悪役にしかなれない~

何度転生しても最後は処刑。どうかお嬢様に幸せな日々を!
緋色
緋色

十三話 私には、関係ない

公開日時: 2022年6月2日(木) 12:25
文字数:2,735

 そうよ。私には関係ないもの。

 もし私が何かしたとして、次も未来を変えられるとは限らない。これまで何度も経験してきた事だわ。何をしても無駄だって事実を。


 最近の私は考え事ばかりしている。今は歴史の講義の真っ只中。誰もが皆、姿勢を正して前を向き、筆記帳に文字を連ねていく。にも関わらず、私は頬杖を突き、上の空で外の景色を眺めているだなんて。

 だってそうでしょう? 一一回も同じ講義を受けていれば、いい加減頭に染み付くわ。それに小さい頃から歴史の書物を読み漁るのが趣味だったし。


「やっ! アンスリア」


 歴史の講義を終えた頃、不意に声をかけてきたオーウェン様。わざわざ違う教室から出向いてくるなんて、実にご多忙な御方だわ。


「あら、オーウェン様、ごきげんよう」


「どうしたの? 何か悩みでもあるの? ずっと外を眺めていたみたいだけど」


「……。」


 何でそれを知っているのよ。貴方、違う講義を受けていたはずでしょう。

 当然そうとは聞けず、無言で外を眺める。


「ならどうかな? 明日の夜、僕の屋敷で夜会を開くんだけど、良かったら来ない? 良い気晴らしになるよ」


「……夜会、ですか?」


 それは正にリリアンさんが参加する夜会に違いない。もしかしたら私の思い過ごしで、本当にジェラルド様との関係が良好なのかも。そうよ。きっとそうだわ。

 それに私には、関係ないもの。


「そうね。たまには悪くないわ」


 あれ? 思わず心の中で驚愕する私。いつも通り断るつもりだったのに。何故か返事をしてしまった。


「えっ……意外。いつもなら即答で断るのに」


 オーウェン様さえも驚く始末。その引き気味な反応リアクションが彼の心境を物語っているほど。そんなに驚くぐらいなら、諦めて他の女性を誘えば良いのに。


「それじゃあ明日の夜七時に僕の屋敷で。正門まで迎えに行くよ」


「ええ、宜しくお願いします」


 成り行きとは言え、全く予想していなかった展開が訪れてしまった。まぁ、夜会用のドレスなんてワードローブに何着もあるし、問題ないわね。


 ━バスティール邸・正門━


 翌日。初夏を過ぎた暑い陽射しも暗闇に身を潜め、涼しい風がそよぎ始めた頃。

 私は本当に来てしまった。なぜ来てしまったのか。何しにここへ来たのか。馬車の中で自問自答を繰り返すうちに到着したのは、王都の南端に位置する邸宅だった。

 そう。ここがバステュール男爵の屋敷。下位貴族とは思えないほど立派な豪邸で、高い鉄柵と頑強な門扉。それをも超えるほどの三階建てにもなる大きな豪邸。流石はレムリア王国の重鎮、バステュール家だわ。


「それではお嬢様、いってらっしゃませ!」


「ええ、一時間ほどで戻るわ。それまで大人しくしていなさい」


「はーい!」


 見送るメアを背に、解放された門扉へと向かう。路肩には、既に何両もの馬車が停まっていた。次第に聞こえてくる鍵盤の音。


「待ってたよ、アンスリア」


 約束通り、私を出迎えてくれるオーウェン様。一体どれだけ前から待機していたのか、うっすらと額に汗が滲んでいる。今は夏とは言え、日本の夏よりは遥かに涼しいのに。その汗は何で流れたのかしら。


「驚きだ、今日の君は格別に美しい。その美貌が瞳に映った瞬間、俺の心は熱く焦がされてしまった。今宵の主役は間違いなく君だよ」


 あぁ、だから汗を掻いていたのね。

 それにしてもメアが選んだこのドレス、少し目立ちすぎるわ。胸元が開きすぎだし、肩だってこんなに出してしまって。それにドレスのヘム裾、なぜか膝丈までしかないじゃない。まぁ、涼しいから良いけれど。


「ありがとう。それではエスコートをお願いできます?」


「もちろん! 僕の方が、彼より相応しい事を証明したいからね」


「……?」


 最後にオーウェン様が言ったその言葉。今思えば、もっと警戒するべきだった。その前兆は、幾つも起きていたのに。


「まあ! アンスリア様が夜会にご参加されるだなんて」


「なんて麗しい衣装。アンスリア様がお召しになってこそ、見栄えるというものですわね」


「ありがとう。お二人も一段と綺麗よ」


 屋敷の中は既に貴族達で溢れ返り、仄かなアルコールの香りが漂う。ほんの微量しかアルコール分は含まれてはいないみたいだけど。

 この異世界では飲酒に規制は無いらしい。でも、どうも私は戴く気にはなれない。例え大人になっても飲みたくはないわね。


「おお! これはこれは、もしや貴女はアンスリア嬢ではありませんか?」


 突然声をかけてきた大柄の紳士。タキシードに身を包み、ハットを被る典型的な格好の御方。明らかに似合っていないわね。衣装がはち切れそうなほど、筋肉質過ぎるわ。


「アンスリア、紹介するよ。こちらは俺の父、ドミニク・バステュール男爵だ」


「お初にお目にかかります、アンスリア・リオ・ヴェロニカと申します。どうぞお見知りおきを、バステュール男爵」


 ドレスの裾を少しだけ持ち、深く頭を下げる。


「何とも美しいご令嬢だ。ヴェロニカ公もさぞ鼻が高かろう!」


 そんな訳ないでしょ。


「ははは、やっぱり父上もそう思うでしょ?」


 わいわいと目の前で盛り上がる親子の歓談。端から見れば、間違いなく彼女を親に紹介している青年よね。

 そんな事よりも、リリアンさんは何処に……。


「それでは、私はこの辺で失礼するよ。どうぞ楽しんでいって下さい、アンスリア嬢」


「ええ、貴重なお時間を戴き、とても光栄でしたわ」


 そう言って、ようやく離席してくれたバステュール男爵。


「アンスリア、飲み物を取ってくるから、少し待ってて」


「ええ、私はハーブティーをお願いします」


 笑顔で去っていくオーウェン様に、作り笑顔で見送る。

 正直に認めるわ。私がここに来た理由はただ一つ。リリアンさんの無事を見届ける為。本当に惹かれ合っているのか、確認する為よ。


「もし恋仲であるなら、きっと知人に紹介して回っているはずだわ」


 両腕を組み、そわそわと辺りを見回す私。

 しかし、どうにも周囲の視線が痛い。かと言って、悪役令嬢の私に声をかける殿方なんているはずがないけれど。


「もしかして、アンスリアなのか?」


 そう思ったのも束の間。早速お声をかけてきた愚かな殿方に、鋭い視線を送る。


「……! ジュリアン……様」


「どうして君は・・、ここに……」


 楽しげに語らう喧騒の中、私達の間だけに訪れる沈黙。

 今、最もお会いしたくはなかった御方。そのジュリアン様がこんな場所にいるだなんて。


「あっ、アンスリアお姉様もいらしていたんですね! 偶然です!」


 そう言ってジュリアン様の背から顔を出したのは、アメリナだった。


「……ええ、奇遇ね」


 私には、問い詰める権利はない。

 どうしてジュリアン様は婚約者の私ではなく、妹のアメリナと同伴しているのか。

 そんな事、聞けるはずがない。成り行きとはいえ、私だってオーウェン様の同伴として来ているから。

 それに、彼を遠ざけていたのは私なのだから。




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