「これより、罪人アンスリア・リオ・ヴェロニカの裁判を執り行う。陪審員は前へ」
これは五回目の断罪の記憶だ。
ここは王都にある時計塔広場だった。その前に建てられたのは、魔女と呼ばれた忌み人を磔にする処刑台。それは広場に集う観衆の誰もが傍観できるよう、四階建てのビル程の高さもある。
その頂点に、私は磔にされていた。
そう。ここは私を焼き殺す為の演壇。
「それでは最初の参考人、証言台へ」
証言台に立つ見知らぬ人達は皆、決まってこう発言した。
アメリナの殺害に使おうとした毒薬の調合。何人もの人間を負傷させた強大な魔力。善良な人々の心を誑かし、自らの手先へと変えさせた洗脳。
それが私の犯した罪なのだと、口を揃えて言う。その全てが偽証だとは、誰も疑いはしない。
「陪審員による多数決により、アンスリア・リオ・ヴェロニカの有罪が可決。よって焚刑に処す」
何の感情も無く、そう判決を下す裁判官。最初から決まっていたかのような台詞。機械に内蔵されていたような定型文。
そして大歓声の中、処刑執行人が私の足元へと近付いてくる。赤々と燃える松明を片手に携えて。
「魔女アンスリア、何か言い残す事は?」
「……さっさとやりなさい」
「……執行せよ!」
視界が真っ赤に歪み、全身に針を刺されたような痛みが走る。
暴走した私の魔力が、地獄の業火を更に激しく盛らせた。決して私の死の間際は、誰にも見せてはあげない。
一晩、一日、一週間。この身が灰となるまで、燃え続けてあげるわ。
━レーゲンブルク城・薔薇園跡━
「ごめんね、ごめんなさい」
今私の瞳に映るこの情景は、あの時の観衆と一緒だ。炎で焼かれた私を見ている観衆と。
ただ見ているだけで、何もしない。何もできない。
魔法で消せば良い。水路から水を汲めば良い。そんな事はわかっている。でも、身体が動かなかった。
燃滓となって消えていく薔薇の花弁。きっとあの時の私も、こんな風に消えていったのだろう。
━翌日━
「なぁ、メア、この薔薇って何て名前なんだ?」
「えっと……確か……クイーンジェノサイド、だったかな?」
「えっ、マジ? すげえ物騒な名前……」
誰かの話し声に起こされ、ふと目を覚ました。白い長椅子に横たわる私の上には、何故か薄いブランケットが一枚。
少しずつ甦るのは、昨夜の記憶。
そうだ。あの後私は、意識を失ってしまったんだ。どうやら酸欠になってしまう程煙を吸ってしまっていたらしい。
「二人共、全然違うわ。正しくはクイーンゼノヴィアよ。大量虐殺なんて名前、薔薇に付ける訳無いでしょう?」
怠い身体を起こした私は、ゆっくりと立ち上がった。
昨日の出来事が嘘のように広がる景色が、一瞬にして頭を冴えさせる。何故なら、焼失した薔薇も焼け焦げた石畳も、その全てが元通りになっていたのだから。
悪い夢から目覚めたのかと、そう思ってしまうほどに。
「あっ、お嬢様、お早うございまーす!」
「お早うございます、アンスリアお嬢様」
元気に手を振るメアと丁寧にお辞儀をするリヒト。黒い煤と土まみれになっている酷い姿で。と言う事は、きっとこの二人が修復してくれたのね。
……いいえ、太陽の位置から察するに今はまだ昼頃。例えリヒトとメアと言えども、たった二人でできる筈がない。だとしたら、一体どうやって……。
「アンナさんとクロエですよ。つい先程まで、ご助力頂いておりました」
「……そう」
私が何を考えていたのか、見透かすようにそう言うリヒト。
それにしてもアンナとクロエが手伝うだなんて、どういう風の吹き回しかしら。そもそも勤務中に薔薇園の手伝いなんてできる訳がない。もしやろうものならアイザックとエヴリンが許す筈がないもの。
だから二人が手伝うとしたらそれは、休憩時間か休息日。何の給金も利益も無いのに、どうして……。
「時にアンスリアお嬢様、不躾ながら一つお聞きしても?」
真っ直ぐに私を見つめるリヒト。その真剣な眼差しから、不思議と視線を逸らせない。
「……何かしら」
「何故お嬢様は何も言わないのですか? 卑劣極まりない仕打ちをされているのにも関わらず、ただ我慢しているだけのようにお見受け致しますが」
「……。」
いつかは言われると思っていた。
今までは敢えて何も聞かず、ただ助け続けてくれたリヒトとメア。私がレオニード公爵に手を上げられた時もそう。心配してくれて、手当てなんかもしてくれて。
だからこそ疑問だったのだと思う。意気地の無い態度に苛立ったのだと思う。
何もしない、何も言わない私に。
「ねえ、お嬢様、せめて私達にだけは本音を言ってくださいよ。頼りないかもしれないけど、精一杯お手伝いしますから」
私の手を握るメアは、まるでお姉さんぶったように諭してくる。ほんの一歳だけしか変わらないのに、なんて生意気なのだろう。
でも……。
「ありがとう、二人共。私は平気だから」
そう、私は大丈夫。今はまだ。
「さあ、もうすぐ昼食の時間よ。こんな端たない格好では叱られてしまうわ。貴方達も着替えて来なさい」
「……畏まりました」
どうにも腑に落ちない様子のリヒトとメア。
差し出した救いの手を払い除けられたのなら、誰でもそうなるわね。
でもごめんなさい。今の私は、どうしたら良いのかわからないの。
━本邸・食卓の間━
その後、すぐに昼食を摂る為に一同が集まった。珍しくリヒトとメアも立ち会い、他の使用人達と整列している。
そんな沈黙の中、カートを押して料理を運んでくるアンナとクロエ。一皿ずつ丁寧に食卓へと並べていく。
食前酒、前菜と続き、アメリナ達の会話が弾み出す。
「こちらは九種の野菜とコルチェスター産の豚肉を使用したスープ、ミネストローネです」
そうアンナに説明され、目の前に置かれた赤いスープを見つめる。
これはあの時と同じものだ。遠い昔、毒を盛られたあのスープ。
そして私は、ある事に気が付いた。
それは隣に座るアメリナのスープの色。赤みがかった中に、螺旋状に広がる緑色の液体。パセリやバジルなんかではない。
過去に見たままのものだ。だとすれば、あれはきっと……。
「メア、アメリナのスープを下げなさい」
「へっ? あっ、はい」
訳もわからず、言われるがままに皿を下げるメア。クロエの前にあるカートに乗せ、アメリナにお辞儀をする。
私の記憶が正しければ、あの緑色の液体は毒物。そう。過去に私のスープに混入させられた毒茸、ヴェレノキオディーニだ。
もしあのままアメリナが口に入れてしまっていたなら、確実にアンナとクロエが疑われてしまうだろう。それは最早解雇どころの話ではない。殺人未遂で投獄、或いは国外追放。
でもそんな事にはさせない。
だって私は、本当の犯人を知っているのだから。
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