私は、今回の転生で一一回目の二年生を繰り返している。月毎に変わる花壇の花も、ワードローブにはどんなドレスや宝石が増えるのかも、全て知っている。
この転生世界には必ず起こる事象と、起こるとは限らない事象の二つがある。私の行動次第で登場人物の会話の内容や行動も変わる。
小さな事象が新たに起こり、そして大きな事象へと集約していく。
今までの転生では、決して大きな事象を覆す事はできなかった。今までは……。
「アンスリア、無理はしちゃだめだ。俺が運んであげるから」
「あの、一人で教室に戻れますから、どうぞお気になさらず」
大きな事象の一つであるメアの死は回避できた。
なのに、どうしてもオーウェンを回避できない。何回目の転生からか、逃げ回っても無視しても、絶対に彼の心を折る事はできなかった。
……そうだ。嫌われるような事をすれば良いのよ。試しに殴ってみたらどうかしら……。
「……。」
「えっ、急にどうしたの? 君がそんなに見つめてくれるなんて、嬉しいよ」
……やっぱりやめておきましょう。
もし未来が変わらなかったら、可哀想だものね。彼にとってはただの殴られ損だし。
━ヴェロニカ邸・食卓の間━
「それでね! ジュリアン様ったら……」
今は一日の最後を締め括る悪夢、夕食の時。いつも通り、独壇場のアメリナが一人で喋り続ける。
そしてこれも、いつも通り……。
「サンドイッチのソースを頬に付けながら『美味しいよ』って、笑ってくれたの! ああ見えて、ジュリアン様ってとっても可愛いところがあるのよ! お姉様もそう思うでしょ?」
「ええ、そうね」
なぜか私絡みの話題。というより、ここ最近はジュリアン様の話ばかりしている。まぁ、私に害がない話題なら構わないか。
「そうそう! そういえばお姉様って、オーウェン様とも親しくしていると聞きましたよ! なんでも中等部の頃から、よくお二人でいらっしゃるとか!」
「……!」
自然とフォークの手が止まり、ぴたりと静止する私。なぜアメリナはよりにもよってここでそんな話をするのか。レオニード公爵もシャルロット夫人だっているこの場所で。
ジュリアン様と婚約関係の立場にも関わらず、他の殿方と親密な仲と聞けば……。
「アンスリア、今の話は本当なのか?」
静まり返る食卓。使用人達までも顔を上げ、私の返事を待つ。
当然そんな事実はない。アメリナの勘違いだ。でも、一体誰が私を信用するものか。
「……そうですわ。バステュール家は代々、レムリア王国親衛騎士団の団長を仰せつかっている家系だという事はご存じでしょう? オーウェン様はバステュール男爵家の御嫡子。ならば王太子殿下の婚約者である私が懇意にするのは、至極当然の事と存じております」
咄嗟に出た戯言だけれど、おそらくはこれが正解だわ。否定しても信用されないのなら、肯定してしまえばいい。それもちゃんと先の事も考えている、と思わせて。
「……うむ、確かにお前の言う通りだ。バステュール家を味方につけて損はない。だが、いらん事はするな。いいな?」
「アンスリア、あまり殿下にご心配をお掛けしないようにね」
「承知致しました。レオニード公爵、シャルロット夫人」
……なんとか危機を脱したみたいね。
それにしてもアメリナ、一体どこからその様な噂を耳にしたのかしら。もし周知の噂だとしたなら、早急にどうにかしないといけないわね。
「……と言っても、どうしたものかしらね」
ヴェロニカ邸の自室に戻った私は、すぐさまカウチソファにもたれ掛かっていた。思考を重ねる度にソファに埋もれ、寝そべっていく。
「もう、お嬢様ったら。ドレスが皺だらけになってしまいますよ」
私の荷物を片付けながら、メアがそう言う。過去の転生ではこの時期にメアはいなかった。それが今、こうして目の前にいる。
でも、次の転生ではメアが生き残る保証はない。ただの偶然で、リヒトの存在も消えてしまうかもしれない。
次はまた、独りになるかもしれない。独りは、やっぱり辛いわ。……やだな。せめて今だけでも、誰かといたい。
そうよ。メアを学園の世話係に戻せばいいじゃない。
「メア、明日からレムリア学園に付き添いなさい」
「えっ……畏まりました! お嬢様!」
一瞬戸惑ったメアは、すぐに満面の笑顔になった。本当はこの子も来たかったのね。屋敷の中で留守番ばかりでは、やっぱり退屈だったのかしら。
「今日は復帰祝いです! バスタブにライムとキャンドルを浮かべて差し上げますね! 肌がすべすべになりますよー!」
「ええ、お願い」
「準備ができるまで少し掛かりますんで、今のうちに部屋着に着替えちゃっててください!」
「そうね。そうするわ」
「……うわ、お嬢様の身体、やっぱりムカつく」
━翌朝・レムリア学園正門━
次の日の朝、私はメアを連れて歩いていた。
「メア、私が講義の間はわかっているわね? お昼までは大人しく花壇の手入れをしていなさい」
「はーい! 任せてください!」
「……貴女、日毎に私への礼節が無くなってきてないかしら」
私が付き添いを伴って登校するのは、実に三ヶ月ぶりになると思う。
この学園では伯爵以上の家系にのみ、一名だけ使用人を同伴できる事になっている。その代わり昼休みや放課後以外は校舎内への侵入禁止など、細かい制限があるのだけど。
「あっ! アンスリアお姉様、おはようございます!」
朝から騒がしく駆け寄ってくるアメリナ。その隣には、アメリナの荷物を持つリヒトの姿が。
そう。アメリナはリヒトに付き添い役を頼んでいるのね。それともレオニード公爵の指示なのかもしれない。
……半日限りだったけど、彼は私の執事だったのに。まぁ、いいわ。もう私には関係ないもの。
「ところでお姉様、昨日のお話なんですが……」
隣を歩くアメリナが声をかけてくる。普段とは違う、神妙な面持ちで。
「オーウェン様との噂、学園中に広まっているみたいですよ」
まずいわね。思ったより展開が早いだなんて。やっぱり殴るしか……。
「それともう一つ、お噂があるんですが……」
またしても言葉に詰まるアメリナ。この子ですら言いずらい事とは、もしかしたらジュリアン様と何か進展があったのかもしれない。
「昨日の魔法の講義の際、気に喰わない女子生徒をお姉様が怪我させたとか、そんな話を聞いたんです」
「……!」
どういう事? あの暴走した魔法は私のものではないって、証明できていないという事なの?
それに生徒を怪我させたですって? あの時、全員が魔除けのローブを着ていたのに? そんな馬鹿な……。
「あっ、でもでも! みんな驚いていましたよ! あんなに強力な魔法を操れるなんて、お姉様は天才だー、って!」
「……そう」
アメリナの話が全く頭の中に入らない。なぜなら、既に頭の中がぐちゃぐちゃだから。
「私、魔法は全然駄目なんです。私だってヴェロニカ家の人間なのに。だから今度、教えてもらえませんか?」
「……ええ」
「本当ですか! やったー!」
飛び上がるように喜んで見せるアメリナ。正直私は、その笑顔が複雑だった。
本当にこの子を信用していいのか、わからなくて。
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