何度やり直しても無理なんです! ~悪役令嬢に転生した私だけど、やっぱり悪役にしかなれない~

何度転生しても最後は処刑。どうかお嬢様に幸せな日々を!
緋色
緋色

十話 うわっ、出た

公開日時: 2022年5月26日(木) 12:31
文字数:2,678

「それでは皆さん、自分が得意だと思う魔法を披露してください」


 今は魔法演習の時間。

 二つのクラスが合同で行われ、広い演習場で講義を受けているところ。黒いローブマントを羽織り、皆が集中する。


「流石ですわ、アンスリア様! なんてお美しい魔法なんでしょう」


「そんな事ないわ。要領を得れば、決して難しくはないのよ」


 私が見せた魔法。それは炎と氷の融合魔法だ。魔法で生命を吹き込んだ鳥を作りだし、手のひらに留まらせる。

 身体は炎で形作られ、翼や尾は氷結を帯びる魔法の鳥。それはまるで創作物語に出る鳳凰のようだった。

 当然これは異世界に産まれてから身に付けた能力。幼少の頃にはすでに、この魔法は私の一部となっていた。


「まあ! 素晴らしいわ! 流石は名高いヴェロニカ家の血筋ですね!」


 大仰に拍手をしてそう言うのは、魔法学の教師であるアラディア先生。本心なのかどうかは、定かではないけれど。


「他の皆さんもアンスリアさんに負けないよう、精一杯特訓してください!」


 再び手を叩き、集まる生徒達を散開させる。


「……調子に乗るなよ、性悪女」


 ふと聞こえたその言葉。呪文を詠唱する生徒達の声に紛れ、私の耳に届く。

 聞き間違い。ただの被害妄想。そもそも私に対して言ったのではないのかもしれない。


「……いいえ、私ね」


 ゴオォォォーッ!!


 そう思った瞬間、炎の魔法が暴れ出してしまった。火の粉を噴き出し、炎が宙を踊る。のたうち回るように暴れた炎は、もはや鳥の形なんてとうに忘れていた。例えて言うならそう、狼。

 それ・・は私の手を離れ、次々と周りの生徒達に襲いかかった。


「アンスリアさん! 早く魔法を止めなさい!」


 皆が逃げ出す中、アラディア先生が駆け付けてくる。

 魔法を止めるには、ただ力を抜けばいい。たったそれだけなのに、暴走が止まらない。


「うっ……お願い……止まって」


 どんなに制止させようとも一切の言う事を聞かず、尚も生徒達を付け狙う。

 違う。この炎は私の魔力ではない。だって発せられている魔力が、明らかに私のものとは質が違うから。でもその事を皆に伝える術はない。悪役令嬢の私が言ったところで、誰も信じはしないのだから。

 だから、それを証明するには、こうするしか……。


「アンスリアさん、何をする気ですか! ローブを脱いでは駄目よ!」


 ローブを脱ぎ、炎の狼へと駆け出した私。

 このローブには魔法による現象を遮断する効果がある。これを着ていては、今から私がやる事に意味を見出だせないから。

 本来、自分の魔力で生み出した魔法は、その術者には干渉しない。本当に私が生み出した炎だとしたのなら、たとえローブを着ていなくても私が焼かれる事はないはず。


「……! きゃぁーっ!」


 ドン!


 女子生徒に炎の狼が飛び付こうとした瞬間、私は彼女を突き飛ばして身代わりとなった。決して逃がさないよう、魔法の核を両手で掴む。

 そうすればこの炎は他の人を襲わない。私が抑えている限りは。


「うっ! 熱……い」


 やっぱり、そうだったのね。これは私の魔法ではなかったんだ。

 よか……た。


 ━校舎一階・救護室━


 あれからどれだけの時が経ったのだろう。あの後、どうなったのだろう。怪我人は出ていないかしら。心配だわ。早く戻らないと。


「……ここは」


 そこは、カーテンに囲まれた一室だった。窓から見える景色も、一面に広がる芝生だけ。そんなもの、この学園では無用の長物。貴族の人間が運動なんてしないもの。

 でも、この天井は見覚えがある。このベッドも、あのペンダントライトも。

 五回目の卒業パーティーの夜、私は三人の男子生徒に襲われそうになった。この部屋で、ベッドに押し倒されたんだ。そしてこの純白なシーツは私の血で赤く染まり、返り血を浴びた照明は全てを赤く彩った。


「うっ! けほっ、けほっ」


 自然と催す吐き気。それはあの三人の嘲嗤う顔を思い出したから。

 レイモンド・ファレーロ子爵令息、ディートリヒ・ヨーハン財閥御曹司。そして、主犯のジェラルド・ガーランド侯爵令息。

 その全員が私と同じ、この学園の二年生だった。にも関わらず、彼等とは断罪の日までは全くと言って良いほど面識がない。


「まぁ、是非ともお近づきにはなりたくはないけれどね」


 ガチャ、ギィィ。


 その時、廊下へ続く扉が、ゆっくりと開く音が聞こえた。複数の足音が救護室の床を鳴らす。


「なあ、週末の夜会どうする?」


「行くに決まっている。当然だろう」


「だよな! 俺も行くぜ!」


 どうして私はこうも伏線フラグを立ててしまうのだろうか。この声を忘れる訳がない。間違いなくあの三人だ。

 幸いにもカーテンで私の姿は見えていない。このまま静かにしていれば……。


「あーあ、今度はどんな女が釣れっかなぁ」


「お前、まだ見つけていないのか? 悪いが俺はもうゲットしている。貴族様のパーティーに同伴させてやるって言えば、庶民の女なんかほいほい付いてくるからな」


「またその手かよ。流石はジェラルド、悪どいねぇ」


 なんて低俗で不愉快な会話なのだろう。本当に私に力があれば。形だけの公爵令嬢ではなく、権力を行使できるだけの立場があれば……。


「……悔しい」


 思わず漏れてしまった本音。慌てて口元を押さえ、息を殺す。


「誰だ!」


 どうしよう。聞かれてしまったなんて。この部屋の扉は一つ、それも彼等のいる先。

 なら窓は? 上げ下げ式のギロチン窓、これでは逃げる前に捕まってしまう。


「おい、誰かいるのか?」


 じわじわと迫る足音が大きくなる度、心臓の鼓動も比例する。


 シャーッ!


「……気のせいか」


 間一髪、ベッドの死角へと隠れた私。でも、まだ安心はできない。

 まだ彼等は、すぐ近くで様子を見ているのだから。


 ガチャ、ギィィ。


「あれ、先客がいましたか。お邪魔でしたか? ジェラルド様」


 後から現れた男性がそう言う。誰だかわからないけれど、今なら助けを求められるかもしれない。


「いや、そんな事はない。ちょうど私達も教室に戻るところだ」


 そう言い、三人はそそくさと退室していった。良かった。なんとか窮地は脱したみたいだわ。

 ……って、よくよく考えたら、あの場で襲われたりはしなかったのではないかしら。彼等からしてみれば私はまだ公爵令嬢。なんの罪もないのだもの。


「はぁ……怯えて損したわね」


 へたりと床に座ったまま、深い溜め息を吐く。


「見ーつけた! やっぱりいたんだね、アンスリア! 」


「……!」


 ぎょっとしたように振り返り、壁に後ずさる。そこにいたのは……。

 ベッドに頬杖を突き、反対側から声をかけてきた男性。それはバステュール男爵家の長男、オーウェン・バステュールだった。


 そう。中等部の頃から、何かと私に付きまとってくる人。

 私の平穏を壊す大きな事象の一つだわ。






























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