「それでは皆さん、自分が得意だと思う魔法を披露してください」
今は魔法演習の時間。
二つのクラスが合同で行われ、広い演習場で講義を受けているところ。黒いローブマントを羽織り、皆が集中する。
「流石ですわ、アンスリア様! なんてお美しい魔法なんでしょう」
「そんな事ないわ。要領を得れば、決して難しくはないのよ」
私が見せた魔法。それは炎と氷の融合魔法だ。魔法で生命を吹き込んだ鳥を作りだし、手のひらに留まらせる。
身体は炎で形作られ、翼や尾は氷結を帯びる魔法の鳥。それはまるで創作物語に出る鳳凰のようだった。
当然これは異世界に産まれてから身に付けた能力。幼少の頃にはすでに、この魔法は私の一部となっていた。
「まあ! 素晴らしいわ! 流石は名高いヴェロニカ家の血筋ですね!」
大仰に拍手をしてそう言うのは、魔法学の教師であるアラディア先生。本心なのかどうかは、定かではないけれど。
「他の皆さんもアンスリアさんに負けないよう、精一杯特訓してください!」
再び手を叩き、集まる生徒達を散開させる。
「……調子に乗るなよ、性悪女」
ふと聞こえたその言葉。呪文を詠唱する生徒達の声に紛れ、私の耳に届く。
聞き間違い。ただの被害妄想。そもそも私に対して言ったのではないのかもしれない。
「……いいえ、私ね」
ゴオォォォーッ!!
そう思った瞬間、炎の魔法が暴れ出してしまった。火の粉を噴き出し、炎が宙を踊る。のたうち回るように暴れた炎は、もはや鳥の形なんてとうに忘れていた。例えて言うならそう、狼。
それは私の手を離れ、次々と周りの生徒達に襲いかかった。
「アンスリアさん! 早く魔法を止めなさい!」
皆が逃げ出す中、アラディア先生が駆け付けてくる。
魔法を止めるには、ただ力を抜けばいい。たったそれだけなのに、暴走が止まらない。
「うっ……お願い……止まって」
どんなに制止させようとも一切の言う事を聞かず、尚も生徒達を付け狙う。
違う。この炎は私の魔力ではない。だって発せられている魔力が、明らかに私のものとは質が違うから。でもその事を皆に伝える術はない。悪役令嬢の私が言ったところで、誰も信じはしないのだから。
だから、それを証明するには、こうするしか……。
「アンスリアさん、何をする気ですか! ローブを脱いでは駄目よ!」
ローブを脱ぎ、炎の狼へと駆け出した私。
このローブには魔法による現象を遮断する効果がある。これを着ていては、今から私がやる事に意味を見出だせないから。
本来、自分の魔力で生み出した魔法は、その術者には干渉しない。本当に私が生み出した炎だとしたのなら、たとえローブを着ていなくても私が焼かれる事はないはず。
「……! きゃぁーっ!」
ドン!
女子生徒に炎の狼が飛び付こうとした瞬間、私は彼女を突き飛ばして身代わりとなった。決して逃がさないよう、魔法の核を両手で掴む。
そうすればこの炎は他の人を襲わない。私が抑えている限りは。
「うっ! 熱……い」
やっぱり、そうだったのね。これは私の魔法ではなかったんだ。
よか……た。
━校舎一階・救護室━
あれからどれだけの時が経ったのだろう。あの後、どうなったのだろう。怪我人は出ていないかしら。心配だわ。早く戻らないと。
「……ここは」
そこは、カーテンに囲まれた一室だった。窓から見える景色も、一面に広がる芝生だけ。そんなもの、この学園では無用の長物。貴族の人間が運動なんてしないもの。
でも、この天井は見覚えがある。このベッドも、あのペンダントライトも。
五回目の卒業パーティーの夜、私は三人の男子生徒に襲われそうになった。この部屋で、ベッドに押し倒されたんだ。そしてこの純白なシーツは私の血で赤く染まり、返り血を浴びた照明は全てを赤く彩った。
「うっ! けほっ、けほっ」
自然と催す吐き気。それはあの三人の嘲嗤う顔を思い出したから。
レイモンド・ファレーロ子爵令息、ディートリヒ・ヨーハン財閥御曹司。そして、主犯のジェラルド・ガーランド侯爵令息。
その全員が私と同じ、この学園の二年生だった。にも関わらず、彼等とは断罪の日までは全くと言って良いほど面識がない。
「まぁ、是非ともお近づきにはなりたくはないけれどね」
ガチャ、ギィィ。
その時、廊下へ続く扉が、ゆっくりと開く音が聞こえた。複数の足音が救護室の床を鳴らす。
「なあ、週末の夜会どうする?」
「行くに決まっている。当然だろう」
「だよな! 俺も行くぜ!」
どうして私はこうも伏線を立ててしまうのだろうか。この声を忘れる訳がない。間違いなくあの三人だ。
幸いにもカーテンで私の姿は見えていない。このまま静かにしていれば……。
「あーあ、今度はどんな女が釣れっかなぁ」
「お前、まだ見つけていないのか? 悪いが俺はもうゲットしている。貴族様のパーティーに同伴させてやるって言えば、庶民の女なんかほいほい付いてくるからな」
「またその手かよ。流石はジェラルド、悪どいねぇ」
なんて低俗で不愉快な会話なのだろう。本当に私に力があれば。形だけの公爵令嬢ではなく、権力を行使できるだけの立場があれば……。
「……悔しい」
思わず漏れてしまった本音。慌てて口元を押さえ、息を殺す。
「誰だ!」
どうしよう。聞かれてしまったなんて。この部屋の扉は一つ、それも彼等のいる先。
なら窓は? 上げ下げ式のギロチン窓、これでは逃げる前に捕まってしまう。
「おい、誰かいるのか?」
じわじわと迫る足音が大きくなる度、心臓の鼓動も比例する。
シャーッ!
「……気のせいか」
間一髪、ベッドの死角へと隠れた私。でも、まだ安心はできない。
まだ彼等は、すぐ近くで様子を見ているのだから。
ガチャ、ギィィ。
「あれ、先客がいましたか。お邪魔でしたか? ジェラルド様」
後から現れた男性がそう言う。誰だかわからないけれど、今なら助けを求められるかもしれない。
「いや、そんな事はない。ちょうど私達も教室に戻るところだ」
そう言い、三人はそそくさと退室していった。良かった。なんとか窮地は脱したみたいだわ。
……って、よくよく考えたら、あの場で襲われたりはしなかったのではないかしら。彼等からしてみれば私はまだ公爵令嬢。なんの罪もないのだもの。
「はぁ……怯えて損したわね」
へたりと床に座ったまま、深い溜め息を吐く。
「見ーつけた! やっぱりいたんだね、アンスリア! 」
「……!」
ぎょっとしたように振り返り、壁に後ずさる。そこにいたのは……。
ベッドに頬杖を突き、反対側から声をかけてきた男性。それはバステュール男爵家の長男、オーウェン・バステュールだった。
そう。中等部の頃から、何かと私に付きまとってくる人。
私の平穏を壊す大きな事象の一つだわ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!