あれから数日後。
私は一つの趣味を見つけていた。転生を繰り返してからというもの、何事にも興味を示さなかったのだけど。
「……よし、できた」
額の汗を拭い、達成感に浸る私。身体中が土だらけになって、おまけに汗でベタつく。それでもこの作業をやめられないほど、夢中になっていた。
そんな私が見つけた趣味、それは薔薇を育てる事。
屋敷の裏手にある敷地には、元々空き地があった。そこを自ら開拓して、薔薇園を作ろうと考えているのだけど。
基本的に使用人は既存の庭園で寛ぐ事は許されない。例え屋敷の主人が不在だとしても。
でも私が作った庭園なら、きっと遠慮なく立ち入るだろう。
もしかしたら王都に戻った瞬間に取り壊されてしまうかもしれない。
いいえ、そうならないように、使用人達に気に入ってもらえるものを作れば良いのよ。
「うーん、まずは入口かしら」
何日か前に近隣の街へ出向いた際、帰り道で見つけた薔薇の苗。そのうちの一つがこれ。蔓性の特徴を持つ薔薇、ブラッシュノアゼット。淡い桃色の花弁がとても愛らしく、仄かな香りがする。
パイプを繋ぎ合わせて作ったアーチを地面に差し込み、ブラッシュノアゼットの蔓を絡ませていく。
今はまだ蕾の状態だけど、これだけでも様になるわね。
「……はぁ、できたわ」
そしてもう一つは木立性の薔薇、クイーンゼノヴィア。これは元の世界では聞いた事がない品種だった。恐らくはこの異世界だけに自生する品種。四季咲きの薔薇らしくて、年中開花してくれるのだそう。
煉瓦を埋めて作った小道。その隣にクイーンゼノヴィアの苗を植えていく。
これだけでも十分に小さな庭園に見えるわね。
「うーん、まだ何か足りないような」
顎に手を添え、事前に読んでいたガーデニングの書物を思い出す。
「……ベンチ? は当たり前だし。……テーブル、も普通よね……」
悩みに悩みながら、辺りを見渡す。
「……これだわ」
見つけたのは、城内の至るところを通る水路。この水は近くの川から引いている綺麗なものだ。
うん、これなら使えるわね。
━ヴェロニカ領・サンテリマール街━
ここはレーゲンブルク城から馬車で一時間ほど離れた街、サンテリマール。
一人、馬を走らせた私は、誰にも告げずにお忍びで訪れていた。白いマントを羽織り、フードを深く被って。
何故ここへ来たのか。それは薔薇園に必要な資材を調達しに来たから。
「えっと、石材店は……あっちね」
ヴェロニカ領の調理場と呼ばれるだけあり、大通りは各地から獲れた新鮮な食材のお店で賑わう。当然通行人の中には、ヴェロニカの使用人の姿も。
きっと食材や日用品の買い足しに来ているのね。
「全く、あの長女にも困ったものね。今度は庭なんか作ってるわよ? 誰も見やしないのにね」
「放っておけば良いのよ。どうせ飽きて枯らすだけなんだから。そんなにお金があるなら、私達の給金に回して欲しいわ」
「……。」
すれ違い様、使用人達の会話が耳に届く。私がいるとも知らずに。
……違うわね。例え私がいると知っていても、彼女達は言っていたでしょう。
私のしている事はただの趣味。自己満足。
そんな事はわかっている。でもリヒトやメアを見ていて気付いたんだ。使用人として働いてくれる人々がいるからこそ、私達の生活が潤っていると。
だから私からも、彼等に何かをしてあげたいって、そう思っていたのに。
「やっぱり、私じゃ駄目なのかな」
そう呟き、マントを握り締める。
大丈夫。こんな事は前からあった事でしょう。今更気にする必要なんてないわ。
そう言い聞かせ、再び歩き出す私。
そうだ。幼少の頃からそうだったんだから。
夕食の時、明らかに私に配膳されたものだけ、不自然な色をしていた時があった。それをほんの少し口に入れた瞬間、舌が痺れて、吐き気まで催して。
それでも私はどうしたら良いのかわからず、ひたすら食べ続けた。
その夜、夜闇が最も深まった頃。激しい頭痛に襲われた私は、痺れが全身まで行き渡った身体を引き摺り、一階の厨房に訪れた。薬と水を求めて。
でもそこから聞こえてきたのは、その頃の私にはとても辛い真実だった。
「ねえねえ、夕食の時のあの顔見た? 本当に可笑しかったわ!」
「ほんのちょっと茸を混ぜただけなのにね! ヴェレノキオディーニを!」
ヴェレノキオディーニ。それは日本のシメジにも似た茸。この異世界では麻酔の成分として使われているものだった。致死性は極めて低いけれど、当然食用な訳もない。
何故彼女達はそんなものを夕食に混ぜたのか。単なる悪戯だったのかもしれない。もし私の身体が過剰反応したら、最悪死に至っていたかもしれないのに。
途端に恐くなった私は、急いで五階の寝室へと逃げ帰った。
横になっていれば明日には治る。大丈夫、私なら平気よ。頭痛と発熱に魘されながら、そう言い聞かせては星空を眺めていた。
「……あの、お嬢さん? 大丈夫かい?」
「……え? あ、はい、ごめんなさい。おいくらですか?」
いつの間にか石材店に辿り着いていた私。無意識のうちに、資材も集め終えていたみたいね。
連れてきていた一頭の馬に資材を乗せ、再び手綱を引いて歩く。
「ありがとうございました! またのお越しを心よりお待ちしています!」
「はい、また来ますね!」
偶然にもそこに現れたのは、大きなケーキボックスを手に持つアメリナだった。
そう言えば今日は屋敷で見かけなかったけど、あの子もサンテリマールに来ていたのね。それにしてもあの荷物、どれだけ買ったのよ。付き人も居なさそうだし、手伝った方が良いかしら。
「……いいえ、あのレオニード公爵が一人で行かせるはずがない。一応、もう少しだけ様子を見た方が良いわね」
この場にヴェロニカ家の付き人が居ないとなると、きっと街の検問所。入口に居るはず。
もし本当に付き添いが居るとしたら、私が無断で外出している事を報告されてしまう。それだけは避けないと。
「アメリナ様! こんなところでお会いできるなんて、なんと幸運な日だ!」
そこへ現れたのは五人の若い男性だった。それなりに綺麗な身嗜みだけど、恐らくは平民の出ね。対応を見るにアメリナとは知人なのだろうけど。
「 家来も付けずに街を歩くなんて危ないですよ! 何なら荷物運びも俺達がやりますから、アメリナ様!」
「ううん、平気! もう買いたいものは買えたからね!」
「おおっ! 決して驕らないその純粋さ、やっぱりアメリナ様は清らかな御方だ」
「もうっ! 『様』は付けなくて良いって言ってるじゃない! 同級生なんだから!」
頬を膨らませ、剥れるアメリナ。誰にでも分け隔てのないその態度は、平民からは好印象みたいね。反面、貴族の子からは敵視されているのが難点だけど。
「じゃ、じゃあアメリナ、僕達が街の出口まで案内するよ。とっておきの近道を教えてあげる」
「本当!? ありがとう!」
偶然出会った彼等に警護され、親しげに語らい合う。そしてアメリナ達は大通りを抜けていった。そこは閑静な裏路地。人通りもごく稀で、建物の影に隠れて人目にも付きにくい。
私が神経質なのかもしれないけれど、あんな道を複数の殿方と歩くだなんて危険すぎる。
夜会の時もあるし、やっぱり心配だわ。
「仕方がない。少し様子を見ましょう」
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