何度やり直しても無理なんです! ~悪役令嬢に転生した私だけど、やっぱり悪役にしかなれない~

何度転生しても最後は処刑。どうかお嬢様に幸せな日々を!
緋色
緋色

二十六話 貴女、しぶといわね

公開日時: 2022年7月2日(土) 12:24
文字数:3,387

「メア、アメリナのスープを下げなさい」


 ヴェロニカ本邸での昼食時。

 団欒する皆の前で、私はそう命令した。それも食事を始めて間もない時に。


「聞こえていなかったの? 早くその皿を戻しなさい」


「へっ? あっ、はい」


 この広い部屋に居る全員は、今何が起きているのかわからない。当然だ。何せここには、毒を持った犯人が居ないのだから。


「アメリナお嬢様、失礼しますね」


「えっと……うん」


 手に持っていたスプーンを置き、呆けた顔で取り上げられた皿を見つめるアメリナ。

 静まり返る食卓。凍り付いたように怯え出す使用人達。


「アンスリア貴様! 一体なんのつもりだ!」


 怒りと苛立ちを含むレオニード公爵。作られたその拳が食卓を揺らす。

 既に身構えていた使用人達だったけれど、やっぱり身を竦めてしまう。こうなる事を予想していた筈なのに。


「レオニード公爵、そちらのお皿をご覧ください。あの緑色の液体はソース等ではありません。紛れもなく毒物、人体に影響を及ぼすものです」


「……なっ、毒だと?」


 どうしてお前はそんな事がわかるんだ? そう言いたげなレオニード公爵。

 こんな事を言ってしまえば、疑われるのはむしろ私ね。まぁ、良いわ。アメリナが無事なら。

 そもそも何故狙われたのがアメリナなのか。自分で言うのも何だけれど、普通に考えて私の役目ではないのかしら。


「貴様はさっきから、何を馬鹿な事を言っているんだ」


 レオニード公爵がそう反応するのも想定内。

 でも毒を盛られたのは私ではない。盛られたのは貴方が大切にしている方の娘、アメリナ。

 いつも太陽のように貴方の心を照らし、可憐な笑顔が疲れた身体を解してくれる癒しの偶像。そんな愛しい娘が狙われたなら、貴方は放っておける訳がない。そうでしょう?


「旦那様、一つ俺に提案がございます。アンスリアお嬢様の仰る事が嘘か誠か。それを確かめる手段を、恐れながら進言させて戴いても宜しいでしょうか」


 今までの成り行きを静観していたリヒト。深々と頭を下げ、レオニード公爵の返事を待つ。

 ほんの一瞬だったけど、彼の前髪の隙間から覗かせたのは、不適な笑みだった。まるで別人のようなその表情は、私に恐怖を感じさせた。


「……良いだろう」


「感謝致します。では、暫しお待ちを」


 笑顔でそう言うリヒトは、すぐに食卓の間を後にした。


「ちょっと、放しなさい! 一体何だってのよ!」


 部屋の外から暫くして聞こえてくるのは、一人の女性の怒鳴る声と複数の足音。

 そして食卓の間への扉が再び開かれた。


「リヒト、これはどういう事だ?」


 状況を飲み込めていないレオニード公爵。

 何故ならリヒトが連れてきたのは、料理長のジョゼフと下女中キッチンメイドの二人、それとエヴリンだった。

 中にはすぐにこう悟った者も居ただろう。犯人はこの四人のうちの誰かだ、と。事実、過去に私に毒を盛った人物の一人がこの中に居る。

 薬を求めて本邸を彷徨ったあの時、廊下から偶然聞こえた二人の会話。さも子供の悪戯のように嘲笑っていた内の一人は、エヴリンだった。


「何、簡単な話でございます。本日の料理を担当したこの四人に、改めて味見をさせれば良いと思いましてね。ただのソースなのか。はたまた違うものなのか」


「リヒト君、今一話の内容が見えないんだが、私の料理に何かあったのかい? 」


 自分の置かれた境遇に、皆目見当のつかない料理長。

 何年もヴェロニカ家に仕えてきた彼だったが、調理の合間に呼び出されるなんて事は滅多に無い。ましてや主料理メインディッシュどころか魚料理ポワソンすら出していないのだから、さぞ困惑しているのだろう。


 でも料理長の困り果てた表情は、一瞬にして一変させられる事となった。

 毎夜遅くまで考案して生み出した作品。腕に縒りを掛けて作り上げた料理。その中には、毒が混入していると聞かされたのだから。


「……いや、まさかそんな筈はございません。お出しする料理は全て、私自らが何度も味見をしております。それは厨房に居た皆が見ているはずです」


 冷静を装い、そう弁明する料理長。


「……いや待てよ。最後に料理に触れたのは、確か君だったよな。出来上がった料理を配膳台キッチンカートに乗せてくれたのは、エヴリンだ」


 ……やっぱりね。手口が全く変わっていないのだもの。想像のまま過ぎて驚きもしないわ。まぁ、私以外の者達は心底驚愕しているみたいだけれど。


「旦那様、やったのは私ではありません! ……そうよ、やったのはアンナとクロエです! きっと配膳中に入れたに違いありません!」


「はあ!? ふざけんな! 私達な訳無いでしょ!」

「そうです! そんなの、ただの言い掛かりです!」


「くっ、たかが下っ端メイドの分際で……」


 血相を変えて開き直るエヴリン。その標的とされたアンナとクロエ。三人の言い争いが響き渡るが、何の解決にも至らず、話の終着点も見当たらない。

 けどエヴリン、周りを良く見なさい。そして気付きなさい。貴女の言動と横暴な態度は、間髪容れずに皆の信頼を損なっている事に。


「……わかったわ! これは全てアンスリアお嬢様の自作自演です! 誰にも相手にしてもらえないから、皆の気を引きたくて自分で毒を混ぜたんですよ! 全く、何て卑怯な御方なのかしら!」


 静まり返る一同。この女は何を言っているのか。そんな表情で、エヴリンを見つめる。

 私が自作自演だなんて、的外れも良いところ。

 醜い。何て醜悪な姿なのだろう。次から次へと饒舌に回るその口。悪びれた様子も無く、平気で他者を傷付ける。

 でも、頭はあまり使えないみたいね。知性の欠片も無いわ。


「エヴリン、食卓をよく見なさい。毒を盛られていたのは私ではないわ。入っていたのは、アメリナの皿よ」


「……そんな……なんで。だって、ちゃんとクロエに……」


 喋れば喋る程こんなにも粗が出てくるだなんて、内心は相当焦っているのね。

 ここまで来たらもう、誰もが信じて疑わないだろう。犯人はエヴリンだと。


「あーっ、これは失態。俺とした事が、アメリナお嬢様をお慕いするあまり贔屓してしまったぁ」


 杜撰な演技をして見せるリヒト。まるで機を窺っていたかのように、アンナとクロエに合図を送る。


「私達、厨房を出てすぐにリヒトさんに言われたんです」


「アンナさんはいつも乱暴に皿を置くから、テーブルにスープが溢れてしまう。だからアメリナお嬢様の料理はクロエさんが運んでくれ、って。ちっ、どうせ私の配膳は雑ですよ」


 なるほど、初めからこの三人は共謀していたのね。

 敢えて多くを語らず、エヴリン自らに吐かせる。本来は私の前に置かれる筈だった毒入りスープ。それを知っているのは、毒を混ぜた張本人のエヴリンだけだもの。


「……えっ、あっ、そっ、そう! 確かにその通りだわ! やだわ私ったら、早とちりしちゃったみたい!」


 ……往生際の悪さは一級品ね。


「だ、だったら、やっぱり犯人はアンスリアお嬢様です! 皆に好かれているアメリナお嬢様に嫉妬して、嫌がらせをしたんですよ!」


「もう良い。黙れ」


 そのレオニード公爵の一言で、直ぐ様足掻くのをやめるエヴリン。まるで裏切られたかのように、潤んだ瞳でレオニード公爵を見つめる。


「エヴリン、このスープを飲み干すんだ。一滴残らずな」


「い、いやいや、お待ちください旦那様! これは間違いなく、皆して私を嵌めているんですよ! きっと私の教育が厳し過ぎたんですね! だから今度からはもっと優しく……」


「飲め」


 言い訳を遮るレオニード公爵は、冷めた目付きでそう命令する。力の籠った手でスープを指差して。


「……申し訳、ございませんでした。私がやりました」


 遂に観念したのか、エヴリンは縮こまるように膝を突いた。額を床に伏せ、背中を振るわす。

 彼女の給仕服から落ちたのは、緑色の液体が僅かに残った小瓶が一つ。


「ほら、しっかり立て! この大罪人め!」


 衛兵に連行される前、エヴリンが言っていた。ほんの出来心でやったのだ、と。

 あくまでも彼女は、私に毒を入れたつもりだった。だから罰を軽くしてくれ。それが最後の悪足掻きだった。


 きっとエヴリンの頭の中では、アメリナに害を及ぼしたら重罪、アンスリアわたしなら無罪放免、そう思っていたのね。

 いいえ、エヴリンだけではないわ。ヴェロニカ家に仕えるほぼ全ての使用人が、同じ思考なのだろう。


「私がそう思われているのは全て、貴方が原因なんですよ。レオニード公爵」


 屋敷の者達が集まる中、堂々と私を殴り、罵り、監禁した張本人、それは貴方。

 虐待や調教なんて次元ではない。

 私はただの奴隷ね。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート