ハットリ、そして鵜島、スズナ、吉川の4人で、殺戮の真愚魔と戦闘を行っている。
「吉川さん……私たちが手を出す隙あります?」
「ないね……」
ダンディーな雰囲気を纏う壮年の男性、吉川は顎髭をさすりながら笑った。
「部長の術は捕縛系。ハットリくんの指示通りあの真愚魔の左手を縛り付けたは良いが……ハットリくんがいまいち攻め切れていない」
「……私の術で一気にたたみかけた方がいいですかね?」
錫杖をついて鈴を鳴らす神生。しかし、ハットリが視線と声を送る。
「スズナ、まだいい!」
「あ、はい!」
慌てて錫杖を背後に隠す神生。吉川は苦笑いを見せた。
「ハットリくん……真愚魔上位種と戦うのは初めてか?」
「ええッ!?」
吉川の言葉に神生が驚きの表情を見せた。鵜島が術を発動させたまま答える。
「そんなわけあるか! 7段から8段への昇格条件として、真愚魔中位種以上5体もしくは単独での真愚魔上位種の討伐記録が必要なんだぞ!」
「……いや、吉川さんの言ってること、間違って無いっすよ」
実際に、“戦闘狂”と呼ばれるハットリだが、真愚魔上位種との戦闘は行ったことがない。実力は折り紙つきではあるが、ハットリの中でもそれはどこか引っかかっていた。
「ま、上位種単独討伐なんて、大常磐会長と降磨竜護くらいしかやったことないでしょ」
「ハットリの言うとおりだな」
殺戮の真愚魔に決定打を与えられないまま、時間だけが過ぎる。じれったさの末、吉川が声を上げた。
「神生の術ならこの距離からでも攻撃可能でしょ! 一旦様子見で攻撃しませんか!?」
ハットリは頷く。
「スズナ! 術頼む!」
「はい!」
即座に返事をし、錫杖を構えた神生。
「神流星霜『南十字星』!」
空に錫杖をかざすと、空から十字の光がいくつも降ってくる。それが――殺戮の真愚魔めがけて一点に集中していた。
「はっ!」
神生の一声で一斉に猛スピードで落ちてくる十字の光。まるで十字架の裁きでも下るかのように、その漆黒の体躯に、光が何本も、何本も突き刺さった。
「うがはッ!!」
「縛りはまだ効いてるッ! たたみかけるなら今だ!」
神生の術のダメージを見て、鵜島がハットリに声をかける。
――首をぶっ飛ばす勢いで殴るッ!!
ハットリは即座に動き出し、光が集中して刺さっている首元を狙った。右手に高濃度の対魔力を込める。ここで、殺戮の真愚魔と――目が合った。
「『鏖殺暴雨』!!」
鵜島の術が破られ、左手は解放されている。そのことに気づいたハットリは咄嗟に左腕でガードを取った。先に右手の攻撃を、左頬に受ける。
「ぐふぉ――」
顔が吹っ飛んだかと思ったほどの衝撃。まもなく到達する左手。左腕でガードした。咄嗟だったのだ。本来ならばガードするのではなく、身を翻して避けるべきだった。
「ハットリさんッ!!」
「ハットリ!!」
ガードした左腕が――骨ごと弾け飛んだのだ。
「ッッ!!」
先に訪れた左頬の痛みで、左腕が飛んだことに認識が至っていない。次は右手の攻撃が――左足の太股に当たる。ここで事の重大さに気づいたハットリは、諸々を“諦めた”。
右脚を高く蹴り上げ、対魔力の最大値を込め、殺戮の真愚魔の頭頂部にかかと落としをお見舞いした。頭蓋の潰れる音――真愚魔にも頭蓋骨があるのだ、と気づいている暇もない。
「追撃頼むッ!!」
絞り出した声に反応した吉川と神生。それぞれ含魔銃を構え、潰れた頭部へと向け弾丸を撃ち込む。
「再生遅れるはず! 鵜島さんッ!! 決めてくださいッ!!」
「スズナちゃん、後ろからバックアップ頼むッ! 俺はハットリくんを!」
吉川がハットリの方へと走り出す。それを見た鵜島は激昂した状態で距離を詰め、術を再び発動させた。次は足を縛る。
「うおおああああああおおおあああ!」
足を縛った状態で、対愚魔7ツ道具の刀を取り出し、真愚魔の首へと斬りかかった。
「部長!!」
神生の叫び声――は鵜島の耳には届いていなかった。斬りかかった刀が真愚魔の首を飛ばすのと同じタイミング――真愚魔の両手が鵜島の両耳を塞ぐように、顔をつかんでいたからである。
弾け飛ぶ鵜島部長の頭部――瞳孔を開け、崩れ落ちる神生。ハットリを寸でのところで救い出した吉川も、その光景に、開いた口が塞がらない。
「ぶ、部長が……」
「かはッ……吉川サンたちは無傷じゃねえか。さすが部長……!」
唯一、状況を客観視できていたのは、ハットリであった。
「スズナも……電撃の真愚魔討伐戦のことを思い出せよ……真愚魔上位種と戦って“これ”はマシだろ……」
そうは言うハットリだが、言葉を失う吉川と神生を見て、「そう割り切れる物では無いがな」と、言葉をつなげた。自身も左腕を失い、左脚が動かないほどのダメージを負っている。左の頬からは血が止まらず、口の中が鉄の味で臭いったらありゃしない。
「……ハットリくん、教えてくれ。もしかして……今のこの状況は、想像しているよりもずっと……まずいのか?」
吉川の震える声に、ハットリは首を縦に振った。
「……ええ。きっと」
◆
鵜島の訃報、そして――ハットリが愚魔狩としての仕事を続行不可能になったという知らせは、瞬く間に幹部のもとへと届いた。
「鵜島が……」
それは、蜂野スズメの運転する車内にも届いていた。
「どうしたんすか、鳥羽さん」
その軽自動車の車内は、エマの無事がわかったことで少々浮かれていたこともあり、芳泉もスズメも、どこか軽いノリで鳥羽を見ていた。
「……嘘だろ」
鳥羽は一人、深刻な顔をしている。
「鵜島って……民事部の部長の鵜島克麿さんのことですよね?」
スズメはそれを見て何かを察した。
「鵜島が死んだ。そして、8段のハットリが……重傷だ」
「は、ハットリ8段まで!?」
鳥羽は一人、後部座席で俯いている。芳泉は後ろを振り返り、焦りだした。そこへ、コウマから着信が入る。
「……あ、コウマからだ」
芳泉が携帯電話の応答ボタンを押し、コウマからの電話に出る。
「もしもし」
『スズメいるか?』
「あ、ああ……」
スズメにマイク部分を向ける芳泉。「コウマからだ」と付け加えた。
「もしもし、どしたの?」
『お前の妹を、エマたちと一緒に京都に行かせる。スナと山崎という男も一緒や』
「え? 山崎ハルも一緒!?」
先に驚いたのは芳泉の方である。
「どういう風の吹き回しだ!?」
「ホーセン、黙って」
スズメが芳泉を黙らせ、コウマの言葉の続きを聞く。
『餌魔のことについて、俺の知り合いの愚魔狩を頼れば見つかると思ってな。俺が同行できひん以上、エマにも相応の安心できる付き添いがいると思ってん』
「それでウチの妹ってわけね」
『そういうことや』
スズメは一瞬、ハンドルに力を込めた。
「少々癪だけど、多分東京にいても私が守り切れる保障はないし、京都の方が安全かもね。スナくんと山崎くんだっけ? 二人とも初段なんでしょ?」
『せや。隣のうるさいやつくらいは使えるはずや』
「フフッ。良いじゃない。じゃあ私たちは……エマちゃんたちが帰ってくるまでに、真愚魔組織の壊滅を果たすっていうのを目標にしない?」
電話の向こうで、コウマも笑った。
『アホか。ハナからそのつもりや』
「で、話は変わるんだけど、予想以上に日愚連の上層部が崩れかねない状況よ。おそらく、あんたの嫌いな作戦会議に、あんたも出なきゃいけないくらいの……ね」
『まあ覚悟はしとったわ。俺一人で大きな戦局任されることくらいは予想しとくわな』
「……それで、出発はいつなの?」
『早ければ明日。そして、このことは……なるべく知っている人数を減らしたい』
「ってことは、私とホーセンと、鳥羽さんは仕方ないとして……」
『今挙げた4人と、俺と……木村とリンドウっていうエマらの同期ぐらいやろって。エマも言ってる』
「わかった。口外無用で」
スズメは芳泉と鳥羽にも合図を送り、電話を切った。
「……大きく動き始めてるわね」
「ああ。そっちもだが……俺としては上層部の方も気になる」
鳥羽が言う言葉に、芳泉はコウマの言葉を思い出す。
――そういえば、最近上層部がキナ臭いって言ってたのは……そういうことだったのか?
「内通者がよりによって幹部だったとは……これがまた痛い」
「そうですよね……」
鳥羽の言葉にスズメらも同調した。
「しかし……全てが向こうの手中に落ちたというわけでは無い。こっちにもまだ……対抗勢力は残っている。大丈夫だ。本来なら大常磐さんが死ぬことはきっと組織の中では計算通り。事が進めばハットリや高虎エマなどのキーパーソンを殺し、最終戦への準備を進めているところだったろう」
「でも……組織内の裏切り者……内通者を暴くタイミングが早すぎるんすよね。もう一枚くらいカード残してないもんなんすかねえ」
芳泉が意外な言葉を発した。
「コウマは、だいぶ早くから『上層部がキナ臭い』って怪しんでたんス。仮にも人間と同知能の真愚魔の中で、組織のトップに立てるような人間が、こんな杜撰な計画立てるっすかね」
「確かに……顎門が本当に組織のボスで、Cなのだとするのならば……あの場で最終決戦をしかけ、本部を乗っ取るくらいのことをしてもおかしくはなかった」
鳥羽が乗っかる。
「え? ってことは……顎門さん……もとい、あの真愚魔は、組織のトップ、コードCではないってことですか?」
「……ほかに、コードCの真愚魔がいる。そして、そいつこそが……本当の組織のトップで、もしかしたら愚魔狩組織に潜んでいるかもしれん」
鳥羽の推測に、スズメも、芳泉も言葉を失った。
――だとしたら……今の状況が一番まずいじゃん。
――早くエマちゃんたちを出発させて、コウマと合流しないと、本部がやばい!!
◆
リンドウは何も仕事が手に着かなかった。師である大桐と一切連絡が取れないからである。
「……師匠、どうしちまったんだ」
大桐の経営するクラブハウスの営業時間まではあと1時間ほどしか無いが、大桐は現れない。西に傾き始めた太陽は、依然として熱線を地上に送り続けている。
「……」
携帯電話の画面とにらめっこする。
「今、上層部かなりやばいらしいってのに……」
リンドウとしては、心配半分、不安半分と言ったところだ。
「そうだ……」
リンドウはあるメッセージを送る。
『エマたち、京都に行くらしいっす』
なんと、そのメッセージにはすぐに既読がついた。
「えっ!?」
返事も早かった。
『そうか』
『何しに?』
――いやいやいやいや。もっとほかにあるでしょ! 1週間近く音信不通だったこととか! この状況のこととか!
『なんでそんな落ち着いてるんすか!!』
慌ててメッセージを送り返すリンドウ。
『落ち着いてるって、何が? 上層部のことか?』
『はい』
『コウマも予想してたろ。特段驚かねえよ』
ほっと胸をなで下ろすリンドウ。
『リンドウ、俺らも行くか。京都』
――えっ!?
『護衛だよ護衛。あの子餌魔だろ』
『あ、はい!!』
後に気づく。「これって秘密にしないといけないんだっけ?」と。
◆
真愚魔組織は、準備を終えようとしていた。第二の拠点――地下の施設の中に、組織の全員がそろっている。
「今生きてるやつは全部そろったか?」
「コードC……リーダーがいませんよ」
コードI――氷結の真愚魔が口を開いたのに対し、コードN、悪夢の真愚魔が答えた。
「あの人はもう次の手を打ってる段階だろう。コードHと、コードB、コードJとコードTを同行させたいとのご意向だった」
コードZ――不死の真愚魔である顎門永生が言った。
「同行させたいってどういうことだ? どこか行くのか?」
「京都まで」
「京都?」
なぜ、という言葉が飛び交う組織内。
「なんにせよ、例の餌魔が京都へ出向くのだとか」
「餌魔ひとりごときに戦力割きすぎじゃねえのか? 向こうの目的が分断だったらどうするんだよ」
コードF――火炎の真愚魔が一人不死の真愚魔に刃向かう。
「コードCの中の筋書きがあるんだろう。あの人は餌魔を手にし、日愚連をぶっ潰すというお考えだ」
「Fの言ってること。あながち間違っちゃねえぞ」
コードD――鉱物の真愚魔が不死の真愚魔に言い返した。
「Kもやられてる。敵は予想以上に強い。降磨竜護が生きてることを考えると、やはりリーダーであるコードCには東京に残っていてほしいというのが本音だ」
「そこについては……君と俺と、コードUの、残った上位種3体で、封印しろ……とのお達しだ」
「封印?」
鉱物の真愚魔が疑問符で返す。不死の真愚魔は続けた。
「コードU――奇跡の真愚魔は願った事象を1年に一度だけ叶えることが出来る術を持っている」
「確かに……まだ術は未使用だ」
奇跡の真愚魔は頷いた。
「術は、『コウマの無力化』。これが成功すれば、真愚魔組織の勝利は盤石だ」
「成功すれば、な」
コードDは後ろ向きだ。
「日愚連は全国に支部があるとはいえ、真愚魔に対抗できるほどの戦力がある支部は元々、東京、神奈川、京都、大阪、愛知、福岡、北海道の7つだった。神奈川を壊滅状態にした今、日本でもっとも規模の大きい東京支部を潰せば、愚魔狩を潰したと言っても過言じゃ無い」
不死の真愚魔は饒舌だ。
「降磨竜護を潰す――それは、真愚魔組織が天下を取ることそのものなんだよ」
彼の視線を受けたほかの真愚魔たちも頷く。
「弓矢の真愚魔、殺戮の真愚魔、反射の真愚魔、探索の真愚魔、格闘の真愚魔、転送の真愚魔、降伏の真愚魔――組織の悲願のために散った仲間のためにも……この大一番、獲るぞ」
まるで人間のようだ、と不死の真愚魔の様子を嘲笑う鉱物の真愚魔。
「明日……全戦力を動かす! 分断および分散はそれぞれ各個人の力量を見極めて行うように。以上だ。それぞれ必ず今日は食糧をとれ。なあに……多少バレてもかまわん。真愚魔の天下はもうすぐそこだ!!」
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