スナと芳泉が互いの目を見合わせた。ここは日愚連東京支部が管理している戦闘訓練場である。
順和一緒と芳泉透里。二人の愚魔狩は初段昇格試験を受けるにあたって、コウマの戦闘訓練を受けていた。
――コウマさんに一撃を与える、か。俺はいわゆる弟子だし……。
と考えるスナ。
――さすがに初段昇格試験を控える俺たちに大けがをさせることはないとは思う。つまり……。
芳泉も一つの答えを出した。
「スナくんや、コウマは攻撃してこない」
「そうみたいですね」
スナも同じ考えだ。
「早い者勝ちだな」
「そうみたいですね」
スナも刀を構えた。芳泉は自身の武器である改造含魔機関銃を構える。
「ふっ」
コウマは笑った。
「ほな、来いや」
スナが右手の指を手前に曲げた。明らかな挑発のポーズを取る。
「追尾含魔機関銃ッ!!」
先に反応したのは芳泉。太い両手に構えられた機関銃の銃口から、弾丸がいくつも連射された。左側に咄嗟に走るコウマ。弾丸の軌道も、同様にコウマ側へとカーブしていく。
――弾丸か。ってことは中距離でも戦える芳泉サンの方が圧倒的有利。コウマさんも警戒をそっちに多めに割くはず。
スナはその間に距離を保ったまま回り込む。コウマの隙を伺おうと、木陰に隠れた。
自身を追いかけてくる弾丸を刀ですべて弾くコウマ。これには芳泉はあきれるほかない。
――人間じゃないぞ!!?
――やっぱり! いくら機関銃の弾丸でも、集中しているコウマさんならすべて捌けるッ!!
スナは一歩踏み出していた。
――風陣ッ! 下段、潮風。
距離を縮めたスナ。弾丸を弾くことに意識を割かれていたコウマの背中を捉えた。
――もらったッ!!
「爆撃含魔機関銃ッ!!」
背中を捉えたと思っていたスナの周り――ひいてはコウマの周りにも弾丸が降り注ぐ。しかもその弾丸は――芳泉の術によって改造された“爆撃する弾丸”であった。
――ちっ、やられた!
土煙を咳払いしながら払いのけるスナ。芳泉に先手を取られたことを悔しく思いつつも、首を右に左に振ってコウマを探す。
「逃げられたじゃないかッ!!」
怒鳴り声のように声を張ったスナ。芳泉は立ち止まる。
「お前に先に合格されるのは少し癪だからな!! 俺の方がレンジの有利がある以上、この手を使わないわけにはいかねえんだよ!」
少しはなれたところからコウマはため息を一つ。
「おいおい、いがみあってるヒマあるんか?」
コウマは自身の持っている刀を地面に突き刺した。スナと芳泉を見つつ、しゃがみながら笑っている。
「俺が降魔術使わへんって誰が言った?」
スナと芳泉はここで奇しくも思考が一致する。
――まずい!!
「降魔術、『蛇尾蛇尾蛙鞍』」
蛙型の愚魔が召喚された。その口から二匹の蛇を吐き出す。蛇腹を地面にうねらせ、文字通り蛇行する二匹の蛇。
――距離を取るべきか?
芳泉は迷った。それが命とりだった。
蛇は芳泉の弾丸が開けた地面の穴に潜り込む。うち一匹が芳泉の足下から即座に這い上がってきた。
「なッ!!?」
蛇は瞬時に左足に巻き付き、芳泉のバランスが崩れた。その瞬間をチャンスと捉えたスナは一気に距離を詰める。
――コウマさんとの距離を詰めれば穴からの奇襲は避けられる。
走るスナを見て、コウマは笑みを浮かべた。
――チャンス、と言わんばかりに正面切ってくると思ったぜ。
「風陣ッ! 虚空ざん――」
スナの動きが止まった。もう一匹の蛇が足下に絡みついていたからである。走っていた勢いもあってかそのままひっくり返るように転んだスナ。
「ぐっ!!」
顎を打ちつけ、痛みもだえるスナ。
「……二人とも戦闘不能だな」
コウマが笑いながら降魔術を解除し、二人に近づく。
「敵がちゃんと敵ならお前らはもう死んでる。敵に一撃与えるどころか二人そろってお陀仏。これがどういうことかわかるか?」
自分と違うイントネーションに腹が立つ芳泉。否、腹が立っているのはそこではなかった。
――無力すぎか。というか、おそらく俺らの焦りを見透かされている。
――一本取った方を合格と言ったのは俺らをたきつけるだけじゃなく、俺たちから連携を奪うためか……。
スナも冷静に反省した。
「……愚魔狩は基本単独任務。1対1だったらお前らの戦い方はそもそも十分なんや。俺が稽古つけへんくたって初段どころか2.3段には時間あったら上がれる」
コウマは倒れているスナの顔をのぞき込むようにしゃがんだ。
「せやけどな。俺はお前らには集団の中で中心に立って戦えるやつになってもらわなあかんのや」
言い返す言葉もないスナ。
「……愚魔狩は脳みそ筋肉でできとるやつばっかや。せやから強いってこと=単独で強力な愚魔を倒すことやとおもいよる。けどな、現場で求められるンは戦局を動かせるやつや。そのためには周囲と連携を取りつつ、自らの強みを活かせる場作りがこれからの愚魔狩に求められる」
「……くそっ」
悔しがるスナに、コウマは言葉を投げかけた。
「その点で言えば“格闘の真愚魔”と戦ったときのお前は使えたんや。芳泉……お前も“電撃の真愚魔”と戦ったとき、及第点やってん」
「あのときは……風見山さんの遺志を継ごうと、あの人がしそうなことをしたに過ぎません。ですが、今日の俺は舞い上がって、合格したくて、芳泉さんをライバルだと勘違いしました」
芳泉もうつむく。
「俺も……あのときはコウマさんのサポートに徹することができた。電撃の真愚魔とまともにやり合っても勝てないと思っていたから。けど、なぜか今回は“俺が攻撃する”ことに集中しすぎた」
「……俺は条件次第では両方合格って言ったんや。その条件は、お前らがちゃんと連携を取り、それぞれの強みを活かした結果の一撃だった場合や」
スナは身体を起こした。コウマと目線が合う。
「……派閥やら真愚魔の組織やら、これからの日愚連には大きな戦いが控えていることは間違いない。そういう状況でさえ、どんなやつと戦っていようと、どんなやつが味方にいようと、コンスタントに結果を出してこそ一流や。お前らは“一流”になれる素質がある。せやから俺が稽古つけたってるねん」
「コウマさん……」
「コウマ……」
三人の間に沈黙が流れる。
口火を切ったのはスナだった。
「もう一本よろしくお願いします!!」
スナは気づいていた。コウマがただの自堕落なやつではないことに。この人は、愚魔狩としての先見の明がある。類い希なる戦闘センス。降魔術という無二の術による圧倒的手数。これらを運用する判断力。愚魔狩として最強と呼ばれるだけの所以がある。
「俺を、一流の愚魔狩にしてください!!」
「お、俺も! 頼む!!」
芳泉も言った。
「ここで一つ言っておこう」
コウマは一言。
「この訓練のゴールは2週間後の初段試験の合格やない」
「!?」
芳泉もスナも口をあけた。
「それってどういう……」
「釘塚の考えているであろう大規模な作戦の、作戦メンバーにおまえらを強引に組み込む!」
◆
術を教える師として、大桐という愚魔狩の元へ訪れていたエマたち。大桐の問いかけの中で、エマは一つの答えを出していた。
「その前に、大桐さんに言っておかないといけないことがあるんです。実は私……」
エマの言葉に、大桐は両目を彼女の長いまつげの先に向けていた。
「……私、餌魔なんです」
そりゃ当たり前でしょ、という顔をするリンドウ。今更何を自己紹介しているんだと首をかしげる舟尻。
「ん? いや、……えまって言ったか? 餌と書いて愚魔の魔と書く、あの餌魔のことか?」
「……はい。確かに、確かにややこしいんですけど、あの愚魔を引き寄せる体質の、あの餌魔です」
舟尻の方を見て説明したエマ。驚くリンドウ。
「待て待て待て。新人研修のときにはそんなこと一切説明されてなかったぞ? どーゆーことだ? 餌魔ってなんなんだ?」
リンドウはその存在についてさえ知らないようだ。
「……餌魔っていうのは愚魔にとってのごちそうだ。俺たちで言うところの、スーパーの200円ケーキが愚魔にとっての普通の人間で、一流パティシエの造ったケーキが愚魔にとっての餌魔だ」
大桐が説明する。特段驚いている様子もない。
「まあ魔力量あるしな」
「……あ、気づいていたんですか?」
エマが問うと、大桐は首を横に振る。
「まさか。こんなところで見つかるとは思わなかったもんでね。噂に聞いてたんだよ。電撃の真愚魔がやられたのは餌魔のせいだってね」
「はは、冗談きついですよ。私は何もしてませんし」
大桐も笑った。
「そうか。餌魔か……」
「はい。だから……愚魔をおびき寄せる体質を利用して、愚魔を誘導できる術に昇華できないかなと」
「……面白そうだ。お前ならできるだろ。やってみろ」
大桐とエマの間で流れる会話に、リンドウはおいて行かれた気分だ。
「リコさん、餌魔って大変なんじゃないんですか?」
「……ん、まあね。そもそもこうして愚魔狩として生きていられんのがすごいよ。よほどじゃない限り、餌魔としての味が完成される思春期の時期に愚魔に食い殺されてる」
そうなんですね、とリンドウは一言。舟尻は「大したもんだよ」と付け加えた。
「……大桐さんって、ドラッグ詳しいですか?」
「ドラッグ? どうしてだ?」
「ちょっと試してみたいことがあるんです」
「え?」
コンプライアンス的にどうなの? と大桐が言った。
「……私の餌魔としての風味を、術による魔力操作を使って、そっちの中毒性あるものに変えたいなあ……なんて」
「……お前まさか」
「はい。私の魔力の味を“エサ”に、“愚魔たちをコントロールする”術を思いつきました」
エマの言っていることは、なかなか19歳の女子大生が言っていることとは思えないが、彼女は満面の笑みで、難問を解き明かしたようなすがすがしい表情で、大桐に面と向かっていったのである。
「一定の範囲内にいる愚魔全体に効くほどの能力にできれば単独でも十分戦えるし、どうでしょう?」
大桐は顎に手を当てた。意図せず上がってしまう口元。
「実現できる。そして、実現できたらくっそおもしれぇ」
――上手くいけばバケモン愚魔狩ができあがんぞそれは……とんでもねえ天才が紛れ込んできやがった。どんな生き方すればこんな発想に至るんだ!?
驚く大桐だったが、エマはエマとて、別に難しく考えたわけでもなかった。
コウマとともに愚魔を狩っていた日々、人質の男の子を助けるために人形型と戦ったとき、コウマが降魔術で降ろしてきた6級愚魔に、自身の体液を摂取させたことでパワーアップさせたことを思い出していた。
――これで強くなれる。そして、コウマさんのサポートもできる。
手応えからか、大桐からの“面白い”という一言のおかげか、エマは満ちあふれた笑みを浮かべていた。
◆
その日の晩、エマは自分の家に戻る前に、コウマの家へと寄ることにしていた。ここで、メッセージが2件。一件は、本日連絡先を交換した、大桐千歳からだった。
『今日から毎週土曜の昼間。お前と術の訓練をする。お前の術のインスピレーションは抜群に良い。きっとすぐできあがるさ』
思わず笑みがこぼれる。携帯の画面を見ながら笑う――年頃の女子なら誰しもがするだろうこの行動だが、まさか内容がこんなものだとは誰も思うまい。
そして、もう一件のメッセージは、週刊ダイナマイツの記者、生井ダイトから来ていた。
『こんばんは』
『コウマさんにも言ったんですけど』
『コウマさんたちの愚魔狩としての事務所みたいなの作ったらどうかなあと思って』
『経費で部屋借りちゃいました』
「えっ!?」
思わずびっくりして声を出してしまうエマ。
『愚魔に関する記事が事務所内でかなり評価高くて、特別に取材部屋として一部屋借りれることになっちゃったんです! 定期的に僕に情報をくれることを条件に、どうです!?』
思わぬ朗報に、エマはスキップしながら帰った。
◆
「よいしょ……奈緖子! この荷物のガムテープはがすのおねがい」
「わかった! エマも手伝って!」
「はーい」
楠山担、鷹津奈緖子、そして高虎エマの三人は引っ越しの作業をしていた。そう、生井が取材のためと称して借りた部屋に、降磨竜護ら愚魔狩のための事務所を作ろうとしていたのだ。電話したときから2週間が経とうとしている。
「エマちゃん、新しいバイトっていうか……愚魔狩の仕事はどんな感じ?」
やや心配そうに鷹津が問う。彼女からこんな言葉が出てくるなんて、一ヶ月前は想像もしていなかった。それもこれも、釘塚の算段と生井が取った動画、および記事が発端となり、一般人にも“愚魔という化け物の存在”と、“真愚魔という人型の化け物の存在”が知れ渡ったのである。無駄な混乱や犯罪を招かぬよう、真愚魔が人に紛れているという情報は伏せてもらっている。
「うーん、まあ危なげなくやってるよ」
エマは笑う。
「そっか……でも本当に愚魔がいるなんてやっぱ思えないなあ」
「何言ってんだよ奈緖子。ほんとにあぶねーんだぞ」
楠山の言葉に、鷹津は反省した。
「そうだよね。クッスーの言うとおり。エマがこうして戦ってるのに、なんか平和ボケしてるみたいでださいよね」
まだ都市伝説感覚なこともあり、一般人の危機意識としては夜出歩くときに一人だと危ないな、程度でしか変わっていなかったのだが、楠山のような実際に目の当たりにした人物、鷹津のような周りに愚魔と関わったことのある者がいる人は違った。
そんな中、部屋の扉のインターホンが鳴る。
「みんな、引っ越し作業ありがとう!!」
生井の声だ。足音がぞろぞろと鳴り響くので、何事かとエマが玄関へとのぞきに行く――
「えっ!?」
「やっほー。生井くんから噂を聞いて」
「エマちゃん、お久しぶりです!!」
蜂野姉妹の姿がそこにはあった。
「一応、私も釘塚派というよりも無所属派に近い立ち位置になった記念ということで、ここにお邪魔させてもらうことが増えると思うわ」
「あ、でも姉さんが人事課の仕事やめるわけじゃないから安心してね」
黒髪で長身、整った顔立ちをした姉、蜂野スズメ。金髪碧眼、かわいらしい顔立ちをした妹、蜂野ミツハ。二人との再会に胸躍るエマ。
「あと、この事務所に出入りできるのは、一応コウマさんだけです」
「あ、弟子二人も入れてやってよ。ホーセンとか」
「あ、スナも! よろしくお願いします」
生井の言葉に、スズメとエマが言った。
「なんか……コウマにつかわせるとアホほど部屋が荒れそうでいやだな」
「……あはは、一理ありますね」
スズメの言葉に苦笑いするエマ。
「……そうだ、エマちゃん聞いたよ。術教えてもらってるんだって?」
「あ、はい!!」
「進捗はどうよ?」
彼女の素朴な疑問に、エマは顎に手を当てて悩みこんだ。
「実は……私、魔力量とアイディアに関しては才能あるらしいんですけど、魔力操作にこれでもかというほど才能がないみたいで、術の雛形はできたとこって感じなんですけど、そこからが上手くいかないんですよね?」
「あー、難しいねそれは。」
スズメはミツハの方を向く。
「ミツハは私と違って、イチから術作ったのよ。独学で」
「え、すごい」
「術の魔力操作については私よりも勘が良いから、色々聞いてみたら?」
「あ、ありがとうございます」
そして、スズメの携帯電話が鳴る。どうやら仕事のことでPDFが送られてきたらしい。ファイルの日付を見て、あることに気づくスズメ。
「あ、初段昇格試験の日じゃん今日」
「えっ!? ってことは、スナとホーセンさん、今日が勝負の日ってこと!?」
ミツハもエマの言葉を聞きつけ、こちらに駆け寄ってくる。
「そういえば、芳泉さん受けてるんですよね。昇格試験。姉さん、芳泉さんの手応えはどれくらい?」
「……コウマ曰く90%受かるって。スナくんだっけ? にも同じこと言ってたよ。ただ……」
「ただ?」
スズメの言葉に二人が問い返す。
「……今回、初段昇格試験受けるやつに“超”がつくほどの問題児がいるらしいのよ」
「超問題児?」
「山崎陽。こいつがいわゆる乾派の秘蔵っ子らしくてね。前回の初段昇格試験、受験者同士のサバイバル戦で荒らすだけ荒らして最後まで生き残ったの」
「ってことは、もう初段ってことなんじゃ……」
スズメは首を横に振る。
「落ちたの。手続き上の不都合で」
「え?」
「だから前回の受験者の合格者はたったの4人。今回も、山崎陽が参加するならそれくらいの波乱はあり得る」
「波乱……か」
エマもミツハも、どことなく不安げな表情を見せた。それに追い打ちをかけるように、スズメは続ける。
「コウマが90%の確率で受かるって言ったけど、アイツは前回の山崎陽の起こした波乱を知らない。もし二人が10%の確率で落ちるんだとしたら、山崎陽の参加が、その10%に含まれるはずだわ」
◆
日愚連東京支部の総本部。ここに初段昇格試験の受験者、全65名が集まっていた。
「行くぞ、スナ」
「はい、芳泉さん」
順和一緒と芳泉透里。コウマの教えを乞うた二人も、その65人のうちの二人である。彼らも、今、受験会場の門をたたこうとしていた。
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