「あの弾丸撃つ方、俺のPAN祭りでなんとか対抗できそうだ」
一言、山崎ハルの発した言葉に、頷くスナ。
「お前の強さは認めてる。任せたぜ」
それはそうと、と言ってスナはもう一体の方を見る。
「あっちの能力がわからない以上、むやみに突っ込めないな」
「だな」
山崎もまさしく“攻めあぐねている”と言った様子だ。対する真愚魔2体の方は、エマたちに逃げられたことを悔しがっている。
「ちっ……あの弾丸、絶対当たったと思ったのに」
腕を銃口に変化させたまま、弾丸の真愚魔は呟いた。
「なかなかそうもいかねえよな」
もう一体の方の真愚魔が低い声で呟いた。首の関節を鳴らしながら、スナと山崎の方へと近づいていく。
「不屈の真愚魔。コードTがさくっと倒してくるぜ」
「それなら、後ろから援護してやるよ」
弾丸の真愚魔は、はにかむように笑うと、銃口を構えた。両腕が変形した銃口から、いくつも弾丸が放たれる。
「きたぞッ!!」
ハルが両手の人差し指から魔力を放つ。
「PAN!」
弾丸に魔力をぶつけ、相殺を狙う。しかし、不屈の真愚魔が壁となって、銃口を隠しながら近づいてくるので、何度か流れ弾がこちらへやってきていた。
「ちっ……もう一体が硬い。壁として優秀だ。俺の術じゃ弾丸を弾ききれない」
山崎が後ろの方で悪態をついているのを見て、スナは黙って首を横に振る。
「別に防ぎきる必要はない。ウシトラさんが最終ラインとなって、エマたちを守ってくれるはずだ」
「ああ、任せてええんやで」
ウシトラは後ろで「ガハハ」といった様子で笑っている。それが面白くない二体の真愚魔は顔を見合わせていた。
「T、突っ込んでこい。後ろの魔力飛ばすヤクザ顔を潰せ」
「B、お前があの刀使いのスポーツ刈りを潰せ」
見合わせるというより、にらみ合っている様子だ。
――二体の連携はたいしたことない。詰めるなら今だ。
スナはその隙を逃さない。
――風陣:上段、春一番ッ!!
不屈の真愚魔めがけて、刀の鋒を向けるスナ。刀身が、真愚魔の右肩を捉えた。
「ふんぬらばッ!」
不屈の真愚魔は、硬いボディで、刃を跳ね返した。スナは跳ね返された衝撃で着地を失敗し、バランスを崩す。今度はその隙を逃すまいと、弾丸の真愚魔が別角度から銃口をスナへと向けていた。
「スナ!!」
山崎が向けられた銃口めがけて魔力を人差し指から放つ。弾かれる弾丸の真愚魔の右腕。
「……んぬ!?」
弾丸の真愚魔が苛立ちを表情で物語った。それを一瞥した不屈の真愚魔は呆れる様子を見せながらも山崎の方へと向かう。
――はいはい、俺が倒せば良いんだろう。
山崎は咄嗟に不屈の真愚魔へ向けて術を発動させる。
――PAN祭りッ!!
不屈の真愚魔に術が効いていない。そいつの足は、止まらない。
「山崎ィ!!」
不屈の真愚魔の背後から、山崎へと向けて、スナが叫ぶ。背後に回り込む弾丸の真愚魔。銃口を向けている。
――背中を向けちまった時点で負けなんだよッ!!
弾丸の真愚魔が弾丸を放つ。スナの背中、後頭部へ向けて弾丸が一発ずつ放たれている。しかし、この弾丸は、また弾かれた。
――はっ!?
弾丸の真愚魔が驚いている。そう、術が何者かに防がれているのだ。視線の先には、何事も無いかのように不屈の真愚魔へと背中から近づくスナ。そして――不敵な笑みを浮かべる、山崎ハル。人差し指が、銃のジェスチャーのようにこちらへと向けられていた。
――あいつかッ!!
山崎は、不屈の真愚魔ではなく、隙を見せた弾丸の真愚魔を狙っていた。
「背中向けちまった時点で負けなんだよ。不屈の真愚魔ァ!!」
「風陣:奥義ッ!! 虚空斬域――」
スナの高速の剣捌きによって、不屈の真愚魔にいくつもの斬撃が浴びせられた。
◆
田場麻丸という2段の愚魔狩は術を発動させていた。魔力を催眠ガスに変えている。総本部へと向かう人波へと向けて、そのガスを撒く。彼の後ろをついていく、鯨間火暖という2段の愚魔狩と、我孫子高天という5段の愚魔狩。3人とも人事部の中枢だ。
その三人の動きを察知した一体の真愚魔。コードL、施錠の真愚魔である。
「M、N、来てるよ」
「ん?」
「マジか?」
コードM――幻覚の真愚魔と、コードN――悪夢の真愚魔は同時に振り返った。大量の一般人が愚魔狩組織の総本部へと向かっているのは、この二体の真愚魔の術によって、悪夢と幻覚を同時に見せられているためである。
「対愚魔狩となると、俺らの術をなんらかの方法で破ってもおかしくないか」
「……確かに」
幻覚と悪夢を見せている真愚魔たちは、冷静になっていた。
「コードL、お前の術なら……」
「俺は触れないといけない。あの催眠ガスを撒いている愚魔狩とは少々相性が悪い」
「なるほど。あいつの催眠ガスと、俺の幻覚術、どっちの効果が強いかで、勝敗がわかれるな」
幻覚の真愚魔はにやりと笑っている。
そして、ついに……三体の真愚魔の視界の中に、三人の愚魔狩が映ったのだ。
「あれが真愚魔だな」
「あびこさん、お願いしますよ」
鯨間の言葉に、我孫子は首を横に振る。
「田場の術が先にあいつらに効かねえと、俺らに勝ち目は無いぞ」
そう、我孫子は戦闘が得意なタイプではない。鯨間も、戦闘用アンドロイドが作られていなければ戦えない。田場も、サポート型である。彼の術の搦手が通じなければ、ジ・エンドなわけである。
「んじゃ、幻覚見せに行こうか」
「俺も、悪夢を見せていくぜ」
コードM、N。二体の真愚魔がそれぞれ術を発動させる。まず、この術中にはまったのは、鯨間だ。
「あ……ああ……ダメだ。叔父さん……アンドロイド作るのやめるなんて……そんな」
鯨間が膝から崩れ落ちるのを目の当たりにした我孫子が、田場に叫ぶ。
「敵の術が来てるッ!」
「わーってら!!」
田場は投げやりに返事をし、口に葉巻をくわえた。
――この術がどこまで通じるかわからねえ。敵の術、1体はなんかやべえもん見せる洗脳系のモンだ。残りの2体はよくわからん。
鯨間が今、見せられているのは……悪夢だ。自分が今、一番願わない現象を、精緻な幻覚とともに見せられている。つまり、田場の予想はある意味では良い意味で外れているのだが、そんなことここにいる誰も気づかない。
「鯨間! しっかりしろ!!」
「あびこさん、多分ゲーマーは悪夢見せられている。叔父さんの悪夢見てるのだって、ゲーマーのアンドロイド作る愚魔狩がいなきゃ、そいつは術を使えねえからだ」
「……なるほど。とりあえず鯨間を戦線から離脱させるぞ。一人で任せて良いか?」
「……ふぅ」
田場は煙を吐きながら頷いた。白目をむいて手を組む。
「術――発動、対真愚魔劇毒ッ!!」
田場麻丸は魔力を泡のように膨らませた。
「対真愚魔専用の術。作っちまったんだ。電撃の真愚魔戦で俺は何も出来なかったからな。さ、あびこさん……ゲーマーつれて逃げといてくれ」
「……わかった」
実は――対真愚魔などと謳ってはいるが、実際は対人間も十分に効果を発揮する毒であり、この術を使うために味方を遠ざける必要があった。
――劇毒ッ!! つまりこれは使用者も……!!
コードM、コードNは、田場の術に動けなくなっていた。そして、それは田場も――
「かはッ……」
その場に倒れ込む田場。同時に、コードNに悪夢を見せられていた。唸る。そして、意識が遠のく。二体の真愚魔も――
「相打ちかよ……クソが」
「……劇毒ッッ」
意識は、やはり遠のく。田場は目を閉じた。
――けっ。んでこんな悪夢見せられてんだ俺。
我孫子と鯨間はコードLと対峙していた。我孫子は、その場に動けなくなっていた。
「触れたら固定……か。やられた」
「関節固定。筋肉固定。この二つを触れるだけで行える。まさしくこれはLock。そう、俺は施錠の真愚魔さ」
――だが、田場が悪夢の真愚魔と幻覚の真愚魔を倒してくれたおかげか、鯨間は悪夢から解かれた。目覚めるまでの時間はかかるかもしれないが、敵はそれに気づいていない。
我孫子の後ろでぐっすりと眠る鯨間。我孫子は動けない。絶対絶命のピンチだ。
◆
京都支部での戦闘。弾丸の真愚魔と不屈の真愚魔を前に戦うスナと山崎。後ろからそれを見守るウシトラ。
「な……効いてねえ」
スナは反撃を一度くらい、血反吐をまき散らした。不屈の真愚魔は不敵な笑みを浮かべ、スナを見下している。
「所詮お前らザコの連携だ。ザコ同士の連携だ。たいしたことはない」
「……」
言い返す言葉も、ぐうの音も出ない。地面を蹴る音を出し、不屈の真愚魔に再度近づこうとするが、弾丸の真愚魔が邪魔をする。目の前を通り過ぎてゆく弾丸。当たっていれば、脳天を撃ち抜かれていた。
「山崎!」
「ああ! わかってんよ!!」
山崎の術は、魔力を空気砲のように発射させる技。指先の向け方次第でどの方向にも攻撃できるため、汎用性の高さと拘束に対する強さは本物だが、いかんせん相手が悪い。
「おいおい、遠距離担当がその程度の威力なら、負けるぜ」
弾丸の真愚魔が笑った。不屈の真愚魔には、山崎の術はあまり通じていないようだ。
「盾が弱い」
「ちっ……」
不屈の真愚魔と近い距離にいるスナは舌打ちを一つ。
――どう頑張っても傷一つつかねえ。どうしたら……
「大丈夫か」
ウシトラが後ろから声をかける。スナは振り返ること無く頷く。そして、山崎も。
「スナ、ジリ貧だ」
「……不屈の真愚魔が強すぎる」
どちらも真愚魔の下位種のはずだ。しかし、初段になりたての二人にとっては、その荷は重い。
「……不屈の真愚魔の術の仕組みがわかった。スナ、全く効いてねえわけやないで」
ウシトラが袈裟をはだけさせ、上裸体になる。空手の型の構えを取り、不屈の真愚魔を見据えた。
「スナ、山崎。後ろの遠距離担当をやってくれ」
「はい」
「ウシトラさん……まさか」
「ああ。不屈の真愚魔とサシでやったる」
「……なにを考えてんだァ? 俺は不屈だ。お前の攻撃なんか――」
不屈の真愚魔の言葉を遮る、ウシトラの正拳突き。腹部に衝撃を受け、目前の真愚魔はのけぞる。
「お前は不屈。故に強い。だが、ダメージが無いわけやない。お前は痛覚を殺す術を持ってるな? そして、下位種の中でも相当な回復力を頼りに、まるで傷がないかのように振る舞うことが出来る。といった仕組みやな」
この推理は、ウシトラの長年の勘と、観察眼による賜物。不屈の真愚魔には、返す言葉がない。
「それなら話は簡単や。回復が間に合わんほどの連撃。もしくは強烈な一撃」
ズバリ、図星である。ウシトラは何度も、何度も……不屈の真愚魔の腹部、それも同じ箇所にピンポイントに、正拳突きを喰らわせる。
「かはッ!!」
驚異的な回復力も、ウシトラの連続攻撃を前に、間に合わなくなってきていた。
――俺の術……術とは言っても、精密な魔力操作ができるだけやが。指先に魔力を集中させる形でぶっ倒すことができる。並大抵の愚魔ならこれで吹き飛ばせんねんけど、さすがに真愚魔相手ではそうはいかんな。
頭の中では後ろ向きなウシトラだが、実際に対峙する目の前の光景は、スナたちにしてみれば、いささかポジティブに映っていたことだろう。強敵との戦いを前に浮かべる“笑み”は、まさしく歴戦の猛者のそれだった。
――強い。ウシトラさん。さすが京都支部の中枢。
――正直言ってレベチだ。
「そろそろかァ? せやないと困るけどな!」
ウシトラの連撃を受け、不屈の真愚魔は――不屈の名を冠する真愚魔が、屈し始めていた。
「ちっ……なぜだ!! 真愚魔が人間に敗れるなど!!」
「……ああ……んー、その擬態すんのやめたらええんちゃうん? 擬態するってことは……少なからず人間に対して畏れがあるってことなんやろ」
ウシトラの核心をついた言葉は、不屈の真愚魔の心を先に折った。
「ほな、俺の勝ちや」
強烈な一撃が、不屈の真愚魔の下腹部に直撃した。徐々に身を崩し始めた真愚魔は、断末魔を上げること無く、散っていった。
「スナ、山崎。嫌な予感がする。裏からエマたちを連れて逃げろ」
「え!?」
スナが思わず問い返した。弾丸の真愚魔は、不屈の真愚魔がやられたところを見て、完全にびびっているからだ。
「嫌な予感ってなんすか! 確かに俺らは役立たずだったけど……もう一体くらい倒せるだろ!」
「ああ。ワシ一人でも倒せるわ! せやから嫌な予感がするんや!」
ウシトラの言葉に、スナは勘づいた。
「そういうことですか……」
「あ? 何が!?」
目つきの悪い山崎は、二人で勝手に話を進めるのを嫌い、スナとウシトラを交互に睨んだ。
「……東京を本拠地としている真愚魔組織が、ウシトラさんレベルの人がいる想定をせずに、京都までのこのこ来るはずが無い。ましてや、エマを狙ってきているんだ。相当な実力者を連れてきているはずなんだ」
「確かに、俺らは勝てなかったが、下位種3体だけだと少なすぎるよな」
「リンドウくんは4体とかゆーとったな。そのラスト1体が、おそらく強い」
「まさか……上位種」
「勘が良いねぇ」
「!!?」
3人は驚き、振り返る。門の隙間から、溶け込んでいた身体を元に戻す真愚魔の姿。
「やあ……とは言っても、ここにいる3人とも、はじめましてかな?」
隠密の真愚魔である。
「スナも山崎も逃げろ!! こいつはヤバいッ!」
ウシトラが右腕で正拳突きを喰らわせる――が、避けられる。
――うーん。あの若造二人は弱いからすぐ殺せるけど、逃がすと厄介だ。
「B!」
隠密の真愚魔は、弾丸の真愚魔の名を呼んだ。
「二人を追って! 追いつきすぎない程度に!!」
「は、はい!!」
「させへんわ!!」
ウシトラが弾丸の真愚魔の邪魔をしようとするのを、隠密の真愚魔が遮る。
「んなッ!?」
「行かせないよ? それに、君としても……俺の足止めが出来た方が都合がいいはずだ」
ウシトラは唇を噛んだ。見透かされている。
――真愚魔上位種。正直、ワシもここまでのとはやったことあらへんで。
ウシトラは構えを取り直す。弾丸の真愚魔がスナと山崎を追っていくのが見える。
――あかん、こいつに背を向ける覚悟で、一撃加えたらなあかん!!
ウシトラは魔力を掌から打ち出した。それを、弾丸の真愚魔めがけてまっすぐ飛ばす。背中に刺さる魔力の塊。
「ぐはっ!」
一瞬動きの止まった弾丸の真愚魔。その隙に彼の視界から姿を消したスナと山崎。
「……さあて。これでお前さんと集中してやりあえるわ」
「……すぐに倒してやるよ」
強敵を前に、ウシトラの笑みは消えていた。
◆
スナも山崎も、エマとの合流を目指していた。
「お二人! こちらへ!!」
二人を呼ぶ声。振り返ると、坊主の男が手招きしている。
「あんたは!?」
「京都支部、総務部の者だ! ウシトラさんから瑣末は聞いている。車を出してやるからそれで逃げるぞ!!」
「おい、エマたちは!?」
山崎が怒号を上げる。坊主の男は首を縦に振った。
「数刻前にバスで逃げてもらった。まさか追われている人間――しかも標的が、公共交通機関は使わないだろうという先入観を利用させてもらう。俺らは囮。わざと目立つ車で逃げよう」
別の者が、ボックスカーを用意してきた。急ブレーキの音とともに現れた真っ黒な車体のドアを急いで開ける坊主の男。
「俺は総務部の加美山。乗れ!」
「ちっ!!」
「ここは従おう、ハル!」
「だな!!」
渋々乗り込む二人。走り出したワンボックスカー。そして、その背面を、遠くから眺める一体の真愚魔。
「ちっ……さっきの攻撃のダメージ、思ったより通っちまった。んにしても……車で逃げるなんて馬鹿か? コードHなら、アスファルトに溶け込めるから、一瞬で追いつくぞ」
車を追うのを諦めた弾丸の真愚魔は、隠密の真愚魔の加勢へと向かうことにした。
「さあ、二人で追った方が早い早い」
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