バイトで”悪魔狩り”始めました。

最強降魔術師の助手のバイトを始めた女子大生エマのお話
さまー
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Case.35「戦いの火蓋が切られる前に戦いは始まっている」

公開日時: 2021年5月5日(水) 04:46
文字数:5,843

 東京の西部――山奥を淡々と進む、愚魔狩がいた。

 

「鵜島さん、慌てすぎです」

 

 日愚連民事部長、鵜島克麿うじま かつまろは部下である神生かみうスズナに言われ、ふと我に返り、後ろを振り返った。

 

「ああ、すまん」

 

 御年おんとし52とは思えないほどの徒歩スピードに、後ろの愚魔狩数名は遅れをとっていた。

 

服部はっとりさんと連絡が途絶えることなんて、珍しいことじゃないでしょ?」

「……ああ、それもそうなんだが」

 

 民事部の数名――鵜島部長を始めとした、民事部組織運営課の数名――神生、吉川よしかわ竹下たけしたの計4名は、民事部組織運営課の課長、服部迩参郎はっとり にざぶろうを探していた。

 

「8段って今、4人しかいないだろ。乾猛いぬい たける。あいつはまあ、次期会長候補だからいいとして、あと降磨竜護こうま りゅうご神野述じんの のべる。どっちもイレギュラーみたいなもんだ。降磨は組織運営について興味ないし、神野に至ってはいつ本業がどうとか言ってやめるかわからん。組織の未来を担える実力者っていうのが、服部くらいしかいないんだよ」

 

 まさしく鵜島は憂いていた。大常磐や七宮兄弟が死に、釘塚は内通者容疑で拘留され、顎門は内通者として確定。御厨は重傷。この状況、組織の上層部が一気に崩れてもおかしくはないのだ。

 

――まさしく俺たち保守派がすすってきたドス黒く甘い蜜の副作用が出始める頃だ。なんとしてでも後継の者を死なせるわけにはいかん。

 

 服部迩参郎は元々、鵜島家の人間だ。克麿の弟の息子である。鳥羽家の分家に当たる服部家に婿入りする形で、愚魔狩組織の民事部副部長のポストを得たのである。

 

「鵜島部長って、服部副部長のこと……そんなに信用してたんですね」

 

 神生は申し訳なさそうな顔で頭を下げ、歩くペースを上げる。山奥の荒れた道を進むのに、高校の制服であるブレザーでは少々歩きにくそうだ。もう一人の付添である、竹下光太郎たけした こうたろうという2段の愚魔狩はもう少し後ろから声をかける。

 

「部長、心配しなくたって服部さんは“戦闘狂”って呼ばれてるんスから、簡単には死なないでしょ。8段だし」

「……まあな。コウマほどでは無いが、強いのは間違いない……だからこそ不安なんだよ。強い真愚魔に狙われねえかってな」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 鵜島の悪い予感は、的中していた。服部迩参郎は、自身の担当の持ち場である、東京の西部――山奥の愚魔を狩っていた途中だった。そこにやってきていた一体の真愚魔と、絶賛戦闘中である。

 

「……ハットリ、オマエ、ヤルナ」

 

 漆黒の体躯――赤い眼光をハットリに向け、右手で木々をへし折って近づいてくる。

 

――なんつー破壊力だアレ。触れただけで木が折れちまってる。

 

「オレハ『殺戮さつりくノ真愚魔』。真愚魔組織ノ『コードK』トシテ、オマエタチト戦ウ」

 

 今まで見てきたどの真愚魔よりも筋骨隆々で、大きい――そうハットリは感じ取っていた。相手の術もわからない以上、距離を取りつつ逃げるしか方法が見つからない。

 

「なんで片言なんだよお前。もしかして化けてる設定の人間を外国人にしちまったのか?」

 

 そう、どんなに強い真愚魔でも、人間世界に溶け込むために人間の姿に擬態する能力を持っている。しかし、コードKは、明らか知能面でほかの真愚魔よりも劣っていた。

 

「オレノ術ハ、触レタ物に大キナ衝撃ヲ、与エルトイウモノ」

「へえ……」

 

 ハットリは腰から刀を抜き、殺戮の真愚魔と対峙した。

 

――触れただけで死ぬ。まさしく殺戮兵器じゃねえか。

 

 対愚魔7ツ道具を持ってきていて良かった、と彼は思いながら、右手に刀、左手に含魔銃を構える。その間にも一歩、一歩と距離を詰めている殺戮の真愚魔。左手でわざと木の幹をつかんで、文字通り木っ端微塵にしている。

 

――内側からの衝撃と、外側からの衝撃に使い分けられる感じか?

 

 右手は外側から衝撃を与える攻撃、左手は内側から衝撃を与える攻撃を出すことが出来る。そのことにすぐに気づけたのは幸運だった。

 

――多少は鍛えてるから右手の攻撃はまだ耐えられる。しかし――左はきついかもな。

 

 そう思ったハットリは殺戮の真愚魔の右手側から回り込む。そして、脳天に弾丸を撃ち込む――が、銃弾はその分厚い皮に弾かれる。

 

――この堅さ、真愚魔の中でも上位種だな。術……使うか?

 

 

 着ていた黒色のマウンテンパーカーを脱ぎ、近くの木にかける。殺戮の真愚魔は向きをかえ、こちらへと向かってきている。

 

――術、発動!!

 

 全身に巡る対魔力。ハットリの術は、魔力循環による純粋な戦闘力強化。

 

「ウオオオオ!!」

 

 叫びながら走り始めた殺戮の真愚魔をその目で捉え、木の幹を蹴り、瞬時に距離を詰める。魔力の力を借りて、そのスピードは、肉体が耐えられるギリギリのものだ。当然、魔力の力を借りて、肉体の耐久力も大幅に上昇させているハットリ。そのスピードは、生身の人間が出せる限界値を、大きく超えていた。

 

「!!」

 

 殺戮の真愚魔は驚いた。自らの胴体と足が、二つに切られているからである。

 

「何ヲ……シタ?」

 

 そう呟く真愚魔だが、ハットリの姿の残像すらも捉えられていない。

 

――コレハ、勝テナイカモシレナイ。

 

 しかし、殺戮の真愚魔は真愚魔の中でも上位種。再生力は高い。すぐに足をくっつけ、立ち上がる。反射速度も、並の真愚魔を優に超える。ようやく目が慣れてきたのか、ハットリの姿を、遅れながらに捉え始めてきていた。

 

――だんだん目が慣れてきやがってるな。

 

 決めきろうと距離を詰めたいハットリ。しかし彼には懸念すべきことがあった。

 

――ヤマカンで左手出されたらさすがにやべえか?

 

 

 

 刹那、遠くから声が聞こえる。

 

「ハットリッ!!」

 

 

 自分を呼ぶ声に、ハットリは思わず動きを止めた。

 

「部長!?」

 

 鵜島らが到着していたのだ。後ろから竹内光太郎と神生スズナがついてきている。

 

「コータローに、スズナちゃんまで……」

 

 彼らが殺戮の真愚魔の標的になってはまずい、とハットリは勝負を急いだ。殺戮の真愚魔の右側に回り込み、渾身の一太刀を浴びせる。

 

――これでどうだ!?

 

 刃が漆黒の胴に、のめり込む――が、断ち切ることはできなかった。

 

――刀が……抜けないッ!?

 

 咄嗟に刀を放したハットリ。そう、触れられる方がまずいからだ。しかし、真愚魔の右手が――ハットリの左足の先に触れる。

 

 急な衝撃に弾かれるように飛ぶハットリ。空中で何度も回転したのち、地面に着地する。

 

「かはッ……」

 

 腐った葉で出来た軟らかい土だったおかげで、着地のダメージはほとんどない。しかし、触れられた左足の先は出血しており、履いていたはずのスニーカーは木っ端と化した。

 

――術の効果でガードしてもこれか……。はっきり言って想像以上だ。

 

 

 

 得体の知れない未登録の真愚魔と戦闘していながら冷静でいられるのは、ハットリだけだった。鵜島も、神生も、竹内も、それぞれ気が気でない。

 

「ハットリさんだけで大丈夫ですか、あれ!?」

 

 竹内が鵜島に答えを求める。

 

「俺らが出ても足手まといになるかもしれん。だが、ハットリが戦線を立て直す上での時間稼ぎならせねばならん」

 

 鵜島は携帯電話を取りだした。写真を見ている。

 

「……ここに来るまでに割れた木や折れた木がいくつかあった。おそらく、ハットリと真愚魔の戦闘によるもの。割れ方が妙だった。中から破裂したかのような割れ方。おそらくあの真愚魔、そういう内側からの衝撃を与える術を持っているかもしれん」

「確かに、ハットリさんの術ならそういう割れ方はしないはず……!」

 

 鵜島の出した答えに、神生も納得の表情だ。

 

「ハットリ!!」

 

 鵜島が叫ぶ。

 

「部長! 俺は大丈夫ッス!」

「違うッ! 俺の術の力を借りろ!!」

 

 鵜島の術は、対魔力による拘束。合点のいったハットリは叫び返す。

 

「それなら左手を縛ってくださいッ! 動かせないくらいに強く!!」

「わかった! 竹内、お前は電波の届くところへすぐに行って応援を要請しろ! 神生と吉川は俺たち二人のサポートを頼む!」

 

「はい!」

「わかりました!」

 

 鵜島の指示を受け、神生と竹内の二人はすぐさま動き出す。吉川は少し距離を取り、そして、鵜島も術を発動させる。

 

「術、発動!!」

 

 

 

 ◆

 

 転がる二つの真愚魔の死体。それをまじまじと観察するエマ。

 

「なんか、私、一般人からどんどん離れている気がします」

 

 エマのつぶやきは、ここ数ヶ月の非日常を物語っている。コウマとスナが両脇を固めるように座った。

 

「せやな。まあ元々、お前は普通に過ごせてるのがおかしいくらいや」

「え?」

 

「師匠の言うとおりだろ。お前は餌魔だったんだろ? 大学に入るまで愚魔に狙われることなく過ごせていたのがおかしいんだよ」

「そういうもんなのかなあ」

 

 大学に入って早4ヶ月。もうすぐ1年生の前期が終わる。

 

――そういえばナオコがノート取ってくれてるんだっけ。今度埋め合わせしないとな。

 

 この大学生活をほぼ愚魔に襲われることなく過ごせたのは、ただ電撃の真愚魔だった岩城陽介が目を光らせていたからであって、これまでの18年間、エマが愚魔に襲われなかった理由はよくわかっていなかった。

 

「……コウマさん、前に言ってましたよね。私が餌魔だったから助けたんじゃ無くて、ザコい愚魔にとっとと喰わせて、その愚魔を殺してしまった方が絶対に良いって思ってたって」

「……そうやった。そうやったわ」

 

 エマはしゃがみながら床に指で絵を描く。それが何なのか、両脇に座る二人にはわからない。

 

「これまでに、私以外にもいたんですか? 餌魔って」

「……」

 

 しばらく無言のコウマ。スナもわからないので、自然と視線がコウマの方へと向く。エマはコウマの横顔を見ている。

 

「おったで。俺の家族やった」

 

 “やった”。過去形の言葉に、エマは引っかかる物があった。

 

「別にお前がそいつと重なるわけやない。でも、お前とおんなじで真面目なやつやった。けどそいつは……最後に生きるのを諦めてしもたんや」

 

 コウマはアズサとのことを全て、助手と弟子に話した。

 

 

 

「……そんなことがあったんですね」

 

 最初に言葉を発したのはスナの方だった。

 

「……それから8年ほどですか? コウマさんが愚魔狩として働いているのは」

「いや……厳密にはもっと短いで。日愚連に入ったんはもっと遅いしな」

 

 

 エマは、話の重さにしばらく目が点になっていた。

 

「もしかして、たびたび京都に行ってたっていうのは……」

「ああ……まあ。孤児院に寄付してるだけや。たまに洋伸やアズサに顔も見せとる」

 

 エマは今までの軽率な発言を恥じた。

 

「……別に、お前は悪ないで。俺が薄っぺらい生き方しかしてへんのは事実やし」

 

 コウマも気を遣ってはみたが、エマの視線はどこかから動こうとしない。何を見ているのかわからず、焦点がうつろだ。ここでスナが口を開く。

 

「……にしても、コウマさん、餌魔に会うのは二度目ということですよね。アズサさんの話を聞いて思い出したんですけど、アズサさんはたつみ家という由緒ある愚魔狩一家の娘さんだったんですよね? そして、莫大な魔力量を持っている餌魔であるということを両親も知っていた。巽家では餌魔について何か調べていたのではないでしょうか?」

 

――餌魔のルーツがわかるかもしれないってこと?

 

 このスナの予想にエマの肩が揺れる。

 

「……巽家はアズサが死んだことで愚魔狩としては完全に没落してもうとる。家はのこっとるかもしれんが、目当ての物が出てくるとも限らんし、ずっと京都支部支えてた家柄らしいし、家の土地も京都支部が所有しよるんちゃうか?」

「コウマさん、それこそ、京都に行けば餌魔について何かわかるかもしれないですよ! アズサさんの言ってた『愚魔を従える力がある』っていうのも気になります」

 

 スナの目は輝いている。

 

「……せやな。お前の言うとおりや」

 

 コウマはエマの方を見る。

 

「……せやけど、おそらくその力はエマに大きな負担がかかる。解明しても使えるとは限らん。何よりこの日愚連の情勢、俺も迂闊に東京の外へは行かれへん」

 

 近隣の支部もきっと影響を受けているし、と続ける。神奈川支部は現に壊滅状態らしい。

 

「……確かに」

 

 愚魔狩組織と真愚魔組織の全面戦争に向けて、お互い準備をしているといったところだろう。確実にコウマの存在は愚魔狩組織にとって数少ない勝算だ。かといって、自分を東京に残したままエマらを京都に向かわせるのはもっと嫌だった。

 

「エマ」

 

 コウマがエマの名を呼ぶ。

 

「できればお前のことは近くで守ってやりたい。せやけど、スナの言うとおり、餌魔について知るということは京都に行けば出来ると思う。つてもあるしな。お前の意見が聞きたい」

 

 エマはコウマの方へと視線を変えた。

 

「正直、私が一人で京都に行ってどうにかできるとは思いません。向こうで愚魔や真愚魔に襲われないという保障もないし。コウマさんが離れているという状況も、正直すごく心細い」

 

 術が真愚魔に効かなかったというのも、懸念材料の一つだ。

 

「けど……立ち止まるのはもっと嫌です。やっと……私が、餌魔として、愚魔狩として、高虎エマとしてできそうなことを見つけたんです。京都に行けば、もっとその可能性が広がるんですよね」

「……まあ、そうや」

 

 コウマはため息をついた。「そうや、こいつはこういうやつやった」というつぶやきが床に落ちる。

 

「私、行きます。どうせ……真愚魔たちにとっては私が東京から離れられるのは計算外じゃないですか?」

「わかった。それなら……何人かは絶対に連れて行け。そうや、ミツハ。あいつの術は使えるし、同年代のやつがおった方が心強いやろ」

 

「俺もついて行きます。だいたい、俺が言い出しっぺですし! やっぱりここはコウマさんの弟子として……一番信頼のおける役割を!」

 

 ため息をつきつつ頷いたコウマ。エマも苦笑いである。

 

「コウマさんら……話してるとこ悪いんだが、それ、俺もついていっていいか?」

 

 山崎ハルが会話に乱入してきた。

 

「餌魔の護衛なんて一番燃える仕事じゃねえか。なあスナ」

「……そ、そうだが……」

 

――なんか、スナにインスピレーション受けやすいのかな、山崎さん。

 

 

 

 

 こうして、高虎エマ、蜂野ミツハ、順和イチオ、山崎ハルの4名で京都支部へと向かうことが決まった。コウマは東京に残る身としてエマらに念のためのことを話しておくことにした。

 

「もし、向こうで何かあったら、ウシトラという男に話をつけてもらえ。もちろん……俺の身に何かあった場合も同様や」

 

 エマもスナも、山崎も、それぞれ息をのんだ。そうだ。今の東京は、そういう状況なのだ、と改めて認識させられる。

 

「出発は早い内のほうがええ。4日後や」

「わかりました」

「さすがにスズメやホーセンたち、この事務所に出入りするような奴らには伝えておく」

「はい……」

 

 スナやエマの覚悟は決まった――

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