「それでは、日愚連定例幹部会を始めたいと思います」
一人の初老の男性の発言を皮切りに、全員が頭を下げる。
「……まず、第一の提案、釘塚人事部長、よろしくお願いいたします」
「はい」
立ち上がる釘塚。そう、ここは日愚連総本部の会議室。日愚連の最高権力者である各部部長8人と、大常磐月丸会長、副会長、そしてNo.3の3人。あわせて11人がそろっている。
会長:大常磐月丸(9段)
副会長:七宮光喜(7段)
No.3:七宮芳喜(7段)
総務部長:乾哮(8段)
経理部長:天羽寿(7段)
人事部長:釘塚=クリストフ=天智(7段)
警備部長:鳥羽嗣道(7段)
民事部長:鵜島克麿(7段)
営業部長:冬沢相善(7段)
教育部長:御厨旺正(6段)
開発部長:顎門永生(6段)
釘塚はそんな中で、第一声を発した。
「初段昇格試験を受験するためには、今までは2級以上の愚魔の単独討伐、日愚連本部の仕事を体験する、そして段を持っている愚魔狩からの推薦があるという3つの条件が必要でした」
全員がうなずく。
「ここで提案です。初段昇格試験でそもそも適切ではない人材は弾かれるのに、ここまで厳しくする必要がありますか? と。だから日愚連本部の仕事体験はいらないでしょう、と僕は思うのですが、どうでしょう?」
経理部長の天羽がかみつく。
「入り口増やすということは、受験者が増えると言うことだ。昇格試験の規模がでかくなれば、運営費も莫大なものになる」
「それに、人事部の仕事も増えるだろう。だいたいは本部の仕事体験を元に配属部署を決めるんだ。その参考もナシに配属先を決めるのは、お前の部下の骨が折れるぞ~」
総務部長の乾も続く。しかし、これに対し、釘塚は平然と笑っている。
「しかしですね。乾サンのやり方、そう……従来通りのやり方だと、人気部署に人が集まる仕組みのままなんですよ。忙しさ故に不人気の経理部や営業部、発言権が弱い教育部や開発部には人が集まらない。こちらが適正に人事を行うことでそういった不人気部署にも人を均等に割り振りできるようになります」
この言葉に、一番に難色を示した天羽の顔色は変わる。「一理ある」という営業部長の冬沢の発言さえ聞こえてくる。
「人事部の一任と言うのか?」
乾は未だかみつき続ける。低い声を発する口元のひげが目立つ。大柄の身体を机に押しつけるようにぐっと前に押し出して、釘塚の方を見る。釘塚はぱっちりと開いた二重の目を乾からそらさない。
「……そういうと思って、一応試験の運営を一部教育部と経理部にお願いしているんです。あ、なんなら総務部にも手伝っていただいてもかまいませんよ? その方が業務の分散にもなって良いですよね? あ……忙しくなるのがいやだって言うなら別に人事部の一任でもウチの部下は優秀な者しかいませんので、誰も文句を言わずにこなしてくれるとは思いますが」
捲し立てるように言うので乾は反論を諦めた。
――ちっ……そこは綿密に計画済みってか。
「どうです? 大常磐さん」
「会長、ご意見があれば」
会議の司会を務めるNo.3、七宮芳喜が大常磐に目を向ける。
「……かまわん」
「では、賛成の者は挙手を」
総務部の乾以外の全員が挙手し、この提案は可決された。司会の七宮芳喜は続ける。
「続いての議題は、またしても釘塚さんですか」
「はい、次はハンコ制度の廃止をお願いしたくて」
「これは俺からもお願いしたい」
釘塚の提案に、警備部長の鳥羽が食い入るように入ってきた。
「先日の真愚魔二体が襲撃に来た件について、一応本部の敷地内ということで、警備部警備課の派遣要請を行ったが、人材派遣課の仕事上、人事部長のハンコがいるとのことだった。結果人員の到着が遅れ、新人たちが危険な真愚魔との戦闘をする羽目になった」
「これは……現にウチの部下が被害に遭っていることも考えて、早急になんとかしてほしいですよね」
教育部長の御厨は困り顔で同調した。釘塚が続けた。
「結局あの件も降磨竜護がいなければどうなっていたか」
降磨竜護というワードにピクッと反応した大常磐会長。
――げっ、大常磐さんに降磨の名前は禁句だった。
「ふん、かまわんだろう」
半ば投げやりに大常磐がつぶやく。
「そ、それでは賛成の者は挙手を!」
七宮芳喜の言葉に、全員が手を挙げる。またしても可決。釘塚はにやりと笑った。
「すみません、あともう一つ提案があるんです」
「こらこら、調子にのるな」
副会長で、日愚連のNo.2に当たる男、七宮光喜が釘塚を制した。
「司会という立場で言いづらいであろう弟に代わって言わせてもらうが、この定例会議はお前の提案をする場ではない。毎月の愚魔の動向を確認し、すべきことを話し合う場だ。大常磐会長の意見を第一に考えることが是とされるこの日愚連において、お前のやり方は気にくわない」
No.2である副会長の言葉に、釘塚は顎に手を当てた。
――んー。さすが大常磐家の分家に当たる七宮家の光喜と芳喜の兄弟。会長に心酔しきっていて新しい風を吹かせようという気概が全くない。
釘塚はトップの上座に座る大常磐に目配せを行った。
「かまわん、言わせておけ」
大常磐は七宮兄弟の方を向き、そういった。
「それでは“会長”から“直々に”お許しをいただいたので、提案させていただきます。各愚魔狩たちに、週1ないし月1ペースで活動報告を行ってもらうというのはいかがでしょう?」
この提案に、それぞれ思うところがある幹部たち。
「待て待て。ただでさえ経理部や人事部は忙しいんだろ? わざわざ業務を増やしてどうする」
「営業部や民事部は週単位や月単位で動く仕事もある。毎度毎度報告なんてしていられないぞ?」
――おいおい、お前、隠密部隊のことわかってんのか? わかりやすすぎるミスリードになりかねないぞ?
警備部長の鳥羽は、自身の課の中に、隠密活動課という秘密裏に動く部隊があることを知っている。そして、釘塚もそのことを知っており、つい先日、彼らを使った水面下での真愚魔界隈の調査を行うことを取り決めたところであった。
そんな話を覚えていないのか、覚えているのかわからないが、反論意見もすべて耳に通した上で、釘塚は続けた。
「私がなんとかしないといけないと思っているのは、無派閥の愚魔狩たちです。段を持ち、愚魔狩としての実力はあるにもかかわらずサボっている者、日愚連の仕事を全く行わずにのらりくらりして担当場所に居座り続ける者、彼らが本当に日愚連の愚魔狩として仕事をしているのか。報告義務をつけることによって彼らの仕事を明確化し、彼ら自身に少々の焦りを覚えていただければと思いまして」
「目的は、あくまで無派閥の者に対する『働けよ』というメッセージというわけか?」
民事部長の鵜島が尋ねた。釘塚はうなずく。
「七宮さんたちの言うとおり、私も大常磐さんのやり方は好ましい。単純明快で確実。これまでも多くの愚魔を狩り、幾人の真愚魔も実力で屠ってきた大常磐さんの背中には自然とついていきたくなる。しかし、そう思わない者がいるのも事実。しかし彼らとて日愚連に所属している以上勤めを果たしてもらわなければならない」
「一理ある」
営業部長の冬沢が言う。開発部長の顎門と教育部長の御厨も同調した。
「報告書の提出は各部の部長にて処理。各部が“無派閥”の洗い出しをする目的で使ってもらえればと」
――大常磐さんのやり方が気にくわない愚魔狩なら、まともに提出なんざしねえって言う読みか。
鳥羽はほっと胸をなで下ろした。何より、部内で完結してくれるのは隠密活動課をもつ鳥羽にとっても都合が良い。
「そ、それでは賛成の者は挙手を」
これには全員が手を挙げた。
「それでは、以上3点の提案を可決させていただきます。ほかに何か連絡のある方はいらっしゃいますか?」
七宮芳喜が、最後にうなずき、会議が終わった。
◆
翌日――とある土曜日の昼下がり。降磨竜護は、少々綺麗になった自分の部屋を見渡す。
「お前ら、やっぱすげえな」
コウマは、彼自身の弟子である順和一緒と、彼自身の助手である高虎エマをそれぞれ見た。どうやら、二人で協力してコウマの部屋を掃除したらしい。
「いやいや、これくらいコウマさんの弟子ならお安いご用です」
スナの両手には大きく詰まったゴミ袋が携えられている。
「ちょっとスナ。今日は燃えるゴミの日じゃないから捨てちゃだめだって」
「わかってるよ」
高々と両手を挙げた。ゴミ袋を見せつけるようにエマの方に差し出す。
「でも、こんなに頑張ったんだ。見せつけたってバチは当たらない」
「あ、ああ……確かにそうやな、ありがとう」
コウマはベッドにそのままへたり込むように座った。ベッドから見て初めて、自分の部屋が広かったことに気がついた。
「ところで、お前ら……なんで俺の部屋におるんや?」
「なんでって、コウマさんが呼び出したんでしょーが。スナと話し合って、汚い部屋にいるのはいやだってことで、ちょっと早めにきて掃除しただけです。鍵開いてたので」
不摂生さにあきあきします、というエマの表情に、思わずため息が出たコウマ。
「コウマさんはどこに行ってたんですか? そして、なぜ俺たちを呼び出したんですか?」
スナの二つの疑問に、コウマは答える。
「……ちょっと今月の定例会議のことを聞きに行ってきた。そして、お前らを呼び出したんは、その会議の決定事項について話しておく必要があると思ったからやねん」
◆
コウマから会議の内容を聞いた二人。エマが第一声を発する。
「クソニートのコウマさんにはきつい内容ですよね。特に週に一度の活動報告」
「……それよりも、コウマさんって何部の何課所属なんですか?」
スナの言葉に、コウマは顔をひずませる。
「……えっとやな……俺は8つの部の一番雑魚部署。開発部の戦闘課や」
「せんとう課? 戦い専門ですか?」
エマが問い返す。
「……無派閥の掃き溜めや。大した仕事も任されてへんからいざってときの鉄砲玉に持ってこいの、な」
「……なるほど」
エマは腕を組み、何かを考えるそぶりを見せた。
「ってことはコウマさんと同じ無派閥の人、もう一人いるんですね」
「は?」
話が飛んだ。思わずコウマも疑問を浮かべる。
「あ、ああ。さっきまでリンドウも一緒だったんです。俺たちの同期のあのヒップホップ野郎」
「あ、ああ……あいつか」
スナの言葉に、脳内にニット帽をかぶったチャラそうなひげ男を思い浮かべる。
「リンドウの師匠も、開発部の戦闘課の人間なんだってさ!」
「へえ。なんて人なんや?」
「……大桐千歳。渋谷でDJをしているらしいです。一時DJの大会でチャンピオンになった経験もあるんだとか」
「ほう」
俄然興味を示すコウマ。
「……そういえば、リンドウってかなりすごい癖のある術持ってたよね」
エマがスナに問う。
「ああ。多分、その師匠って人に仕込んでもらったんだと思う」
――大桐ってやつか。
コウマがスナの方を向いた。
「おいエマ。お前もその“師匠”ってやつに術を仕込んでもらえ」
「えっ?」
「えっ」
驚くエマとスナに、コウマは続ける。
「俺の降魔術は簡単に身につくもんやないし、適性が必要や。それに、俺は教える器やないもんでな」
「……確かに」
納得すんな、とコウマは笑う。
「……でも、その大桐さんっていう師匠さんよりも、もっと身近に術を教えることができる人いるんじゃないんですか? 蜂野さんとか」
「スズメの術は数代続く愚魔狩家系、蜂野家相伝の術だ。神生家の術や風見山の剣術なんかもそれにあたる。スナのように数年弟子入りしてやっと身につくもんなんだ」
「……確かに、俺は11歳の時から風見山さんに教えてもらった」
スナも思い返す。コウマも思い出したように続けた。
「……それに、小耳に挟んだことがある。“DJチャンプ”という、優秀な術の師範の存在を」
「DJチャンプって……」
エマは合点がいった。
「せや。おそらく、大桐千歳……リンドウとかいうやつの師匠のことや」
「つまり……優秀な術の師範がリンドウの師匠である、と」
スナも合点がいった。
「なぜこんなことをするかと言うと、釘塚が権力を手に入れようとしているからだ」
「釘塚サンが?」
「さっき言った会議の内容、どれも釘塚の自由度を上げるためのもんや。何かデカい作戦を考えているんやないかと、俺は踏んでいる。そのデカい作戦を利用して、日愚連のポストにつけようと、企んでいる」
現在の日愚連の体制は、大常磐月丸会長をトップとした大常磐派。その大常磐派のやり方を変えようと取り組んでいたのがコウマら改革派――いわゆる無所属派だ。
「大常磐派の中も一枚岩やない。大常磐に心酔している副会長、No.3の七宮兄弟を軸とした純粋な大常磐派。総務部長である乾や経理部長の天羽を軸とした乾派。人事部長の釘塚を軸とした釘塚派。そして警備部長である鳥羽や民事部長である鵜島を軸とした穏便派。次期トップとして有力候補なのは、総務部長である乾か人事部長である釘塚。副会長の七宮光喜、No.3の七宮芳喜は『大常磐の名の下でしか働かない』と言及したそうや」
「次期会長候補争いをしているってことですか?」
「今回の提案が、その先駆けとなる作戦と?」
「せや。現時点では、日愚連の中に4人しかいないと言われている8段のうちの一人、乾が会長候補に一歩近いといえる。ほか三人は権力争いに興味のない異端者ばかりやからな」
――コウマさん、自分で自分のこと異端者って言っちゃったよ。
――事実だけどダサい。いや、もはや事実すぎてダサさすら感じない。でも、現に最強だから誰も文句も言えない。
「あ!」
エマが思い出したようにすべてを察した。
「今回の会議で、釘塚さんが権力争いに大きく動いているということがわかったと。釘塚サンが権力を持てば、また餌魔である私を利用したよからぬことを企む恐れがあると! その自衛のために“術”を身につけ強くなってこい、ということですか?」
「具体的に言えばそういうことや」
エマは強く、強くうなずいた。
「わかりました」
「すっかり愚魔狩の顔になったな」
コウマはその表情を見て、うれしくもあり、寂しくもあり、複雑だった。
「たった2か月ほどでしたけど、私はたくさんの人に助けてもらえた。居場所を作ってもらえた。私は少しでも恩返しがしたい」
その言葉に、コウマは立ち上がってエマの頭をぽんぽんとたたいた。
「俺としても助手の願いはできる限り叶えてやりたい。リンドウってやつに聞いてみてくれ。俺からも直接、大桐とか言うやつとコンタクトをとれるよう開発部の部長に話を通してみる」
「ありがとうございます」
エマの顔立ちは、どこか凜々しくなっていた。スナは大きなあくびを一つした。
「ちょっと疎外感あるの悔しいですけど、まあ良いです」
「それならお前は初段昇格試験受けることにするか。それまでの戦闘訓練は俺が相手したるわ」
「ほ、ほんとですか!?」
スナの顔にも生気が戻った。
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