バイトで”悪魔狩り”始めました。

最強降魔術師の助手のバイトを始めた女子大生エマのお話
さまー
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Case.24「アンダーグラウンドという言葉の響きのかっこよさは是正すべき」

公開日時: 2021年3月7日(日) 20:39
更新日時: 2021年3月7日(日) 23:33
文字数:6,708

 ここは堅海町から遠く離れた渋谷区――夜に栄える街の路地に来ている。

 

 当然、昼間である13時半という時間には、まだ閑散としているこの街。

 

「夜になったらこの店もこの店もこの店も開くのかぁ……」

「……まあ、俺は見慣れてっけど」

 

「高虎もリンドウもまだ19かそこらだもんな。酒とは無縁だろ」

 

 エマが大桐という愚魔狩に“術”を教えてもらうため、後見人としてやってきたのは大桐の弟子である竜胆ライムと、開発部戦闘課の課長――つまり大桐やコウマの上司に当たる女性、舟尻梨子ふなじり りこである。荒みきっていることがよくわかる頭髪の荒れ模様。肌の青白さ。コウマと同じ不摂生な雰囲気を感じ取るエマ。

 

「あはは……舟尻課長は、こういうとこ来たことあるんですか?」

「まあな……昔は……」

 

 ぼそっとつぶやく舟尻。リンドウが笑いながら彼女の横――左隣にやってきた。

 

「ま、リコサン昔っつってもまだ30じゃないすか。うちの師匠より若いンすよぉ」

 

 リンドウの発言が終わる直後、彼の脇腹に舟尻の左拳が突き刺さる。その様子を後ろから見ていたエマは思わず言葉を失った。

 

「だぁれが三十路みそじババアって?」

「ぐっ……誰もそんなことは……」

 

 舟尻は苦しむリンドウに目もくれず、話し始めた。

 

 

降磨竜護こうま りゅうごよろしく、大桐千歳だいどう ちとせよろしく、開発部戦闘課は無派閥の腐りモンの集まりなわけよ。大常磐のジジイや釘塚の阿呆は戦闘課の奴らが嫌いだからねえ。私らが困るような決定事項ばかり寄越すのさ」

 

 昨日コウマさんが言っていた会議の内容だろうか、とエマがふと思い至る。そんな彼女の目の前を歩く舟尻の足が止まった。

 

「ここだよな、リンドウ」

「あ、はい……そうです」

 

 舟尻リコの言葉に、まだ脇腹を抱えるリンドウが応えた。

 

――ClubHouseクラブハウス ~Championedチャンピオンド~?

 

 英単語でできた店の看板。高卒レベルの英語は問題なくできるエマにとっては意味も含めて容易く読めた。

 

「ここに……リンドウの師匠が?」

「そうよ。こいつの師匠もDJ……って説明されてなかったかしら」

 

「DJって昼間っからクラブハウスにいるものなんですか?」

「いや、師匠は自分のクラブハウス出してるんだよ。これでも一応界隈じゃ名の通ったDJだし」

 

 リンドウが付け加えた。

 

「DJしながら愚魔狩ってすごいなあ」

「まあ、あんまり愚魔狩やってないから。2段止まりだけどすごい人なのは間違いないぜ」

 

 まあ、術を教える師範としては優れた人らしいし、リンドウの言うところの“すごい人”なのは間違いないのだろう。そんな期待も胸に添えながら、彼女は舟尻の後ろ、そしてリンドウの前と、二人に挟んでもらう形で、店の前に立った。

 

 

「失礼するよ、大桐」

 

 舟尻リコが木でできた扉を開ける。ドアにつけられている錆びたベルの音よりも、木が軋む音の方が大きい。

 

「いらっしゃい。ウチの営業は18時からだよ」

「そんな冗談はよしな、話は通しただろ」

 

 光の差し込まないクラブハウスの店内。ぼんやりと中を包む豆電球の光が、カウンターに備え付けられた脚の長い丸椅子に座る男の胸元を映している。

 

「……リコちゃん、男から軽口を除いたら有象無象と一握りのイイ男しか残らねえぜ?」

 

 その男の顔は、顎しか映っていない。髭が蓄えられていて、やはりここにもコウマと同じ不摂生の匂いを感じたエマ。渋い声がお似合いだが、エマの顔は思わずゆがんだ。

 

――戦闘課の人って、みんなこういう人ばっかなのかな。

 

「……安心しな、あんたはどっちにしろ有象無象だよ」

「やだなあ。これでも俺、一応有名なDJ」

 

 椅子から降りた男はカウンターの裏へと回り、電気をつけた。天井につけられた蛍光灯がいくつか光る。

 

「ようこそ。俺の店へ」

 

 顎髭を蓄え、キャップを深くかぶった男が両腕を広げて言った。目元は伸びた前髪と帽子のつばでよく見えない。伸びた腕の先の店内は木でできた壁に、いろいろなポスターが飾られている。ドリンクのメニューだけでなく、古いレコード盤、鹿の頭の骨など、骨董品店をも思わせる雰囲気も漂っていた。エマの視線を察してか、男は続ける。

 

「ああ、俺の趣味でね。その辺はよろしく頼むよ。一応クラブハウスだけど、踊るにゃちょっと狭い。けど、良いEDMなら聞かせられる、そんな店を目指しててね」

「そんな話はしてないんだよ」

 

 舟尻がバッサリと男の話を切り捨てる。ここでリンドウが三歩前に出てきた。

 

「えっと、エマは初めましてなんよね。この人が俺の師匠。DJチャンプこと、DJでもあり、愚魔狩2段でもある大桐千歳だいどう ちとせさん」

「ま、俺のことはチャンプって呼んでくれ。ちとせの“ち”で始まるから覚えやすいっしょ」

 

 低くて渋い声なだけに、言っていることはすごいしょうもない、とエマは思わずクスリと笑った。

 

「んで、話は聞いてるよ。君、“術”を知りたいんだって?」

 

 エマの方を見る大桐。目は合わないが、こちらを向いているのはわかる。

 

「は、はい! 私も強くなりたくて……」

「言っておくが、術を覚えなくても強い愚魔狩はいる。橘って知ってるか?」

「し、師匠! 橘さんの話は……」

 

 事情をなんとなく知っているリンドウが大桐を制するが、大桐は気にもとめていない。それは、エマとて同じだった。

 

「知っています。私に対愚魔7つ道具での戦い方を教えてくれた師です」

「なるほど。じゃあ話は早い。術を扱うには相当な対魔力の絶対量がいる。橘や緋花ヒバナと言った“術”を使わない愚魔狩は基本的に対愚魔7つ道具を極める。これらの道具は術を覚えていない対魔力に乏しい人間でも愚魔を狩れるようにしたものだからだ」

 

 うなずくエマ。舟尻が後ろから話しかける。

 

「私もそれだよ。対魔力が少ないから術は使ってない」

「そう、リコちゃんも“そっち側”の人間。だけど、俺より出世してるし、多分俺より愚魔を狩ってる」

 

 大桐は続けた。

 

「簡単に言えば術なんてなくても強くはなれるのよ。けどまあ……コウマがあんたに術を仕込むように言ってきたのはほかの理由があると見てる」

 

 ここで、エマは大桐に目的を見抜かれていると気づいた。

 

「……対人間、対愚魔狩、対真愚魔を想定するのであれば、術は必須だね。つまり、君は今挙げた3つのどれかと戦わなきゃいけない理由がある」

「詳しいことはいえませんが、はい」

 

 自分が餌魔だから釘塚に殺されそうになるかもしれない、なんて大きな声では言えない。

 

――でも、こないだの真愚魔と戦う方法が身につくんなら、術はほしい。

 

 

 大桐は深くかぶっていた帽子を外し、カウンターのテーブルの上に置いた。わしゃわしゃと広がるパーマの頭髪を掻きむしった後、一言発する。

 

「OK。術を教えてやるくらいわけないぜ。ただ一つ、条件がある」

 

 口元が笑顔だから、きっと機嫌が良いのだろう。

 

「お前の素性すじょうを色々聞きたい」

 

 さすがに個人情報は、と言いかけたエマだったが、ここはリンドウが一言。

 

「師匠、さすがに若い女の子の素性聞きたいはアウトっス。もーちょい言葉選びましょうよ」

「あぁ、そうだな」

 

 すまんすまん、と気のこもらない言い方で謝る大桐。

 

 

「言葉選ぶって?」

 

 問い返したエマに、リンドウが説明しようとするが、ここは師匠である大桐が遮る。

 

「エマちゃん、って呼ばせてもらうぜ。エマちゃんよ。素性が知りたいって言い方は悪かったぜ。とりあえずよう。術って言うのはパティシエが作るスイーツやケーキだと思ってくれて良い。想像力と創造力のバランスなのさ。見たとこ、エマちゃんには相当な魔力量がある。つまり、ケーキを造るためのクリームやスポンジ、さまざまなフルーツを買えるだけの金銭がそろっているって捉えてもらおう」

 

「どういうこと?」

「師匠、最近ケーキ屋にお気に入りのがいて、ケーキやスイーツの勉強始めたばっかなんよ。だから今はああいうたとえが多い。気をつけて」

 

「この魔力量は鍛えれば多少増えるが、元々持ってるモンがかなり影響する。そして、パティシエに必要な能力は鮮やかなデコレーションを思いつくだけのアイディアと、それを造り上げる手先の器用さだろ?」

 

 これには納得ができる。エマも二度頷いた。

 

「手先の器用さ――術の発現とコントロールについては、魔力を使って身につけていくしかない。つまり経験がモノを言う。最後、アイディア――術をどんなものにしようかというインスピレーションだが……こればかりは経験だけでも、鍛えてもどうにもならない。お前が磨いてきたセンスと培ってきたこれまでの価値観、人生の中での分岐点……色々な要素を詰め込まないと術には昇華させられない」

 

「は、はあ……」

 

 渋い声だが、内容はあまり入ってきていないエマ。

 

「つまり、魔力の量と術のコントロールはあとからどうにでもなるけど、どんな術にするかっていうのは、自分自身でないと決められないってこと! こればっかりは師匠の力を持ってしても無理だから、エマがどんな経験をしたか、どんなことを考えているかを師匠が聞いて、助言をしていく中でエマの術を固めていくのさ」

 

 エマも舟尻も納得がいった様子だ。

 

「つまり大桐は心理カウンセラー的立ち回りでエマの価値観を見破っていくってことかしら?」

「はは、リコちゃんはさすがっすねえ」

 

「それで、私の素性が知りたいと」

「うんうん、そういうことそういうこと。話が早いと助かるよ」

 

 大桐はエマの肩にぽんぽんと右手を置く。

 

「で、君の話が聞きたい」

「わかりました」

 

 エマはやや小さめの声で返事をした。

 

 ◆

 

 

 エマは店のカウンターの丸椅子に座る。背が160はあるエマ。女子の中でも特別小さいと感じたことはなかったが、足は地面から浮いている。

 

「えっと私は別に普通の家で育ったんです。蜂野さんや神生さんのような愚魔狩の家系でもないですし」

 

――それだけの魔力量があって普通の家柄出身か。ちょっと意外だよなあ。

 

「高校卒業までは何もなく、普通の女の子でした。冴えない方の」

「……冴えない青春時代、と」

 

 刺さるキーワードだけ抜き出す相槌あいづちの打ち方は気にくわないが、続けることにした。

 

「怒られたり失敗したりっていうのが怖かったので、それだけは極端に避けて生きていたんです。でも、高3のときに一回だけすごい両親に怒られたことがあって」

「ほう、何々?」

 

 エマはテーブルの上の両手拳に視線を落とした。

 

「……一人暮らししたいって言ったんです。もっと言うと、地方の国立大学に行きたいと。偏差値もそこまで伸びなかったので」

「……確かに首都圏の国立大はどこも頭いいもんな」

 

 高卒ですぐにDJの修行を始めたリンドウとしては遠い世界の話だ。

 

「両親から猛反対されて、せめて一人暮らししたいとなっても、いざというときに家に帰ってこれる距離の大学にしろと言われたんですが、強引に願書出して……」

「それで?」

 

 

 







 

「落ちました」

「落ちるんかい」

 

 思わず関西弁で突っ込みをしてしまう大桐。

 

「……ものすごい喧嘩して、結局実家に近い堅海大学に受かっていたんですが、初めて反抗したこともあって、実家に世話になるのがいやで、なんとなくで一人暮らしを始めたんです」

 

「それでの大学生活か」

 

「はい……ほぼ自分で生計立てなきゃいけなかったから、記者のアルバイトをしてお金を稼いでいたんです。なかなか危険な仕事もあったんですけど、そこそこ稼げてまして」

「それでそれで?」

 

 さらに聞いてくるのでエマはどんどん話す。

 

「……愚魔と遭遇し、コウマさんに助けてもらいました」

「うんうん」

 

「成り行きで助手にされて、いくつかコウマさんの愚魔狩りを手伝って、釘塚さんにある日突然誘拐されて、電撃の真愚魔討伐隊に組み込まれて、その流れで橘さんっていう人と出会って、色々戦い方を教えてもらって、新人研修も受けて、今に至ります」

 

 大桐は何度か頷きながら聞いていた。

 

「いくつか質問をしよう。君にとって、一番の人生の転機はいつだった?」

「コウマさんとの出会いです。今まではなんとなく居場所がないというか、クラスでも窮屈に感じていたし、生きがいなんてまるでなかったけど、実際に愚魔狩を始めてみて、初めて私を評価してくれる人にも会えたし、必要としてくれる人にも会えた。そのきっかけのすべてはコウマさんだった」

 

「君の今の願望は?」

「私は、私を必要としてくれる人の力になりたい。その人のために、何かをしたい。今まではそう思わせてくれるだけの気概も実力もなかった」

 

「最後の質問だ。お前が“術”を使って成し遂げたいことは?」

「私の“強み”を……役に立たせたい」

 

 ここでエマは気づく。私の強みって一体なんなんだ、と。

 

――リンドウの強みは、きっと……18.19でDJやってるんだからその抜群の音楽センスとその辺の仕組みに詳しいことよね。相伝の術を持っている人も、術の仕組みがその人の生き方にマッチしていたから術にすることができたってこと。つまり、術と強みが合っていないといけない。芳泉さんなんかは、きっと弾丸のしくみに詳しいのかなあ。ってことは……私は……。

 

 エマは気づいた。自分が“餌魔である”という特徴があると言うことに。一見、愚魔との戦闘においてはデメリットだが――

 

「大桐さん……愚魔をコントロールできる術なんてものは……実現可能ですか?」

 

 このエマの発言に、大桐は鼻まで隠していた前髪をかきあげ、右目を見せた。

 

「着眼点はおもしろい……が、お前の想定している人間や真愚魔との戦闘とは少しずれるぞ」

 

 そうか……。とエマは思案する。

 

「どうしてもサポート型になっちまう。サポート型の術を使う愚魔狩もいねえことはないがな。やはり単独任務が基本である以上、自分に効果がある術にしておいたほうが良い」

 

 大桐の言葉をうけ、自分の強みをもう一度考え直す。餌魔であるが故の強みは、対魔力がシンプルに多い。愚魔が自然と寄ってくる。器用貧乏だから、何事にも慣れるのは早い。

 

 

 

「見つかりました。私の術」

「ほう……」

 

 エマの揺るぎない目に、大桐は初めて左目も見せた。書き上げた前髪を頭頂部でくくる。そんな彼に、エマは続けた。

 

「その前に、大桐さんに言っておかないといけないことがあるんです。実は私――」

 

 

 



 ◆




 

 

 コウマはスナと戦闘訓練をしていた。そこに呼び出されているのは、芳泉透里ほうせん とうり。蜂野スズメを慕う、釘塚派の1級の愚魔狩だ。とは言っても、彼は釘塚派に所属している蜂野スズメに惚れ込んでいるだけで、別に釘塚の思想に同調しているというわけではない。

 

「俺とスズメさんを引き離したってことは! それ相応の何かがあるってことだよな!? いくらコウマでも何も無しだと許さないぞ」

 

 芳泉の言葉にため息をつくコウマ。

 

「芳泉、お前を初段に上げる。これはスズメからも頼まれている。特別作戦に呼び出せる非段位は一人だけだ。スズメは3級に上がった妹をその枠に使いたいだろう。となると……」

「お、俺は呼ばれなくなる?」

「そういうことや。それを案じたスズメが、お前に初段に上がってほしいんやとよ。だから俺がこいつと一緒に稽古つけてやることになった」

 

 

 こいつ、と呼ばれたスナが頭を下げる。

 

「よろしくお願いします」

「ああ。よろしく……」

 

 再度、コウマが話し始める。

 

「スズメから聞いた話だと、お前を初段昇格試験に推薦してくれるやつがおらへんのやってな」

「そうだ。スズメさんから推薦してもらうという手もあったんだが、なんか恥ずかしくてな。別に釘塚派と銘打ってはいるが、釘塚さんと親しくもないし」

 

 なるほど、とコウマは頷く。

 

「お前らを初段に上げたい理由は俺にもある。お前らは初段に上がったら開発部の戦闘課、もしくは警備部に入ってほしい」

「げっ、戦闘課はいやだぞ?」

 

「だから警備部っていう代替案も用意してんねんやろーが」

 

 芳泉の言葉もつっぱね、コウマは続ける。

 

「どうやら釘塚が大規模な作戦を考えている。釘塚が大規模な作戦を考えるとき、だいたい大人数を同時に派遣できる部の部長を丸め込んでいる可能性が高い。警備部か開発部がそうやと踏んでいる」

 

 スナが顎に手を当てた。

 

「開発部の戦闘課は戦闘要員の人材派遣にもってこいですもんね」

「警備部も隊で動いていると聞いたことがあるし、大人数を一気に派遣できるな」

 

 芳泉もコウマの言葉に納得していた。

 

「どっちがええか決めろ」

「……俺は開発部戦闘課いきますよ。コウマさんの弟子ですから」

「……じゃあ俺は警備部に入る」

 

「お前らの実力なら上位合格も不可能やないし、第一希望は通りやすいだろう」

「はい!」

 

「ほなら、余談も済んだことやし、俺と訓練するか」

 

 コウマがつるぎを抜いた。

 

「……俺に一撃でも入れてみろ。一撃入れた方は今日のうちにでも合格。条件次第では両方合格にしたるわ」

 

「よしっ!」

「やってやらぁ!」

 

 スナと芳泉は、挑発的なコウマを見て、俄然やる気になった。


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