ここは、日本愚魔狩連盟本部。東京の端っこの田舎に本殿を構える。古風な神社仏閣の造りで出来た建物――ここである会議が行われていた。
「参ったもんだよ。緋花真秋5段が死んだのは、東京支部にとって大ダメージだ」
「……奴が担当していた“鬼型の愚魔”と“人形型の愚魔”と、地下鉄に出てきた“下位種の真愚魔”。これからどうするんですか?」
「……ヒバナレベルの仕事ができる後釜となると……」
この言葉に会議に出ている全員が黙る。会議に参加しているのは、7段以上の階級を持つ、日愚連のブレインたちだ。その中でも、一番の上座にて両肘をつく男――大常盤月丸9段。日愚連のトップ――会長を務める男にして、愚魔狩歴45年の大ベテラン。その周りを固める幹部たち。
「やっぱあいつしかいないのでは? 降磨竜護。8段だし。振った仕事断らないし」
「……けど、降磨竜護は仕事しねえで有名だろ」
「……ヒバナの仕事まで片づけちまったとなれば……さすがに9段昇格の話をしないわけには行かなくなるぞ……」
「ですが……そうなると、いよいよここにコウマの顔が並びますよ? それはそれでみなさん嫌なのでは?」
幹部たちが好き好きに話すのを、制する机をたたく音。上座の大常盤の右手だ。
「……降磨竜護。その名は一番気に食わんのだ。たとえ会議中であってもその名は出すな」
おー、こわいこわい。と幹部は出ていた舌を引っ込めた。
「手隙の2段を数人呼べ。一週間後に行われる昇格試験で3段に昇格した者に仕事を渡せ」
◆ ◇ ◆ ◇
会議は終わり、大常盤派の幹部が二人――鳥羽嗣道7段と鵜島克麿7段が会議室に残って話をしていた。
「俺も降磨は嫌いだが、大常盤さんがあそこまで疎む理由はわからん。実力はピカ一だろう。利用すらも憚るのはなあ」
鳥羽の言葉に、鵜島は煙草をくわえた。
「年功序列。これが今の日愚連の体質だ。大常盤さんはどうだかわからんが……少なくとも俺とつぐっちゃんはもう50を超えた。30年も愚魔狩やってりゃ昇格試験を受ける回数も増えるし、でかい仕事は人数を割いてもらえる。昇格すればするほど……リスクも下がるってわけだ。このやり方の方が……みんな楽に昇格できるし、組織として体裁を保ちやすい」
「メリットだらけじゃねえか」
煙草を咥えながらする鵜島の説明に、鳥羽は笑う。自分もメリットを享受している側だからだ。
「ただ問題は二つある。一つは、組織全体で見た実力。今の日愚連は圧倒的個に対抗できる力を持たない。もう一つは、若手が育ちにくく、革新派が生まれにくい。まあ、やっとヒバナや降磨がその筆頭格になってきたってところだったが……」
「……ヒバナは死んだ」
「ああ。そしてこの存在は、大常盤派からしちゃあ今の体制の根幹を揺るがしかねないイレギュラーだ。そりゃまあ目の上のたんこぶヨ」
鵜島の言葉に、鳥羽も煙草をくわえる。
「……ヒバナは強かったな」
「ああ。龍型の愚魔も、あいつとコウマがいなきゃ負けてた。だが、昇格できたのはその作戦を指揮した俺たちの方。もちろん、あいつらも活躍報酬によって昇格したがな」
鵜島の話を飲み込み始めた鳥羽。
「そのヒバナがやられるほどの真愚魔上位種。きっと大常盤のじいさんもその対処に困っているだろう」
「そう。ヒバナの死によって、今のこの日愚連の問題が露呈しかねないぜ。ここでコウマが暴れて見ろ。組織は革新派にごっそり持っていかれるぞ」
「……大常盤のじいさんはそれを嫌がって」
「ま、そういうことだ」
◆ ◇ ◆ ◇
「コウマさんって仕事したくないで有名な方なんじゃないですか?」
「いきなりなんて無礼なこと言うねん、エマ」
コウマとエマ、二人が来ているのは、地下鉄の駅。ここに真愚魔がよく出没する。この真愚魔こそ、かつてヒバナが担当していた真愚魔、地下鉄に出没した下位種だ。
「仕事は嫌いやけど、面倒くさいのはもっと嫌やねん。具体的に言うと、愚魔狩をするのは嫌いやけど、そのせいで住みにくい世の中になるのはもっと嫌やってだけや」
なんか意外な一面を見た気がする――と、エマは笑う。
「しかしやな……この気配。真愚魔も面倒やけど、なかなかに面倒なの寄こしてきたな……日愚連の上層部は」
コウマの言う“気配”に、エマは何も気づけず、あたりを見渡すために首を横にぐるぐると振る。すると、彼女の右肩と左肩に、柔らかくて小さい手がそっと置かれているのを感じた。
「コウマくん、もしかして女の趣味変わった?」
「姉さん、コウマさんの好みが年下だったなんて、多少なりとも驚きです」
両耳から違う言葉が、同じ声で聞こえてくるので、ばっと振り返る――いるのは、メイド服を着た二人の少女。
「……ほら言わんこっちゃない。何の用や、お前ら」
あきれ顔のコウマを見つつ、エマは二人の少女の顔をじっと見る。黒髪の方が背も高く、胸も大きく、いかにもナイスバディという感じだ。金髪の方は、背丈は小さいが、青い瞳をしており、まるで人形のような白い肌と顔立ちで、吸い込まれそうになる。
「どうもこうも、私たち蜂野姉妹がこの地下鉄の真愚魔を“一時的”にあずかることになったのよ」
「姉さんの言う通り。ヒバナさんの後釜として、私たち蜂野姉妹が、この仕事を担うのですよ」
なるほど、この美人双子は蜂野姉妹と言うのか。と合点が行くエマの顔を、じっと見る黒髪の方。
「この子があんたの助手? まったく降磨竜護の助手なんてよくやるわ。私だったら8億積まれてもやんない」
「そんなこと言うなよスズメ、あの時の粗相は水に流してくれたんじゃなかったのかよ」
また何か女関係でやらかしてるのか、とエマは軽蔑の目をコウマに向ける。
「姉さん、そうやって墓穴を掘るのも、コウマさんのダメなところですよね」
金髪の方がコウマを指さし、辛辣な言葉がけをする。
「ま、俺はともかく……エマは初めましてや。紹介したる。こいつは高虎恵麻。俺の助手で愚魔狩6級。文学部の女子大生でもある」
「……なるほど、そうやっていたいけな少女を騙して喰っていくわけね」
「姉さん、さすがコウマさんはやることがあくどいですね」
蜂野姉妹から先ほどから罵詈雑言を浴びせられているコウマ。
「な、なにをやらかしたんですか、コウマさん……」
エマの同情も意に介さず、姉妹は続ける。
「それじゃ……そっちのかわいそうなエマちゃんに免じて、名乗ってあげることにするわ。私は蜂野姉妹の姉。黒髪のクールビューティ担当、蜂野雀。愚魔狩歴5年の23歳。2段よ」
「ご、5年で2段?」
驚くエマに、スズメは首をかしげる。
「そんなに驚くことかしら? そこの屑は3年で8段よ」
「いや、感覚バグらせちゃダメだと思って……クズのことは度外視してます」
「あんたの助手にしちゃまともね、コウマ」
「や、やかましいわ!」
「エマさん、私は蜂野姉妹の妹。金髪のラブリーキュート担当、蜂野蜜葉。愚魔狩歴2年目の18歳。4級です。エマさんとは年も階級も近いので、仲良くさせていただきたいです!」
「よ、よろしく!!」
かわいい、というのがミツハの第一印象であったエマ。吸い込まれるような青い目に、思わず話にも夢中になってしまう。
「まあ……ザコ寄こしたわけではないんはわかるけど、なんでお前らなんや……。ヒバナさんとは真逆の、大常盤派やろお前ら」
「あら、今派閥がどうとか関係あるかしら? 大切なのは愚魔を狩ることではなくて?」
「それをお前ら側から言われるんが腹立つっていつも言ってるねん」
スズメとコウマの言い合いに、ミツハとエマは顔を見合わせる。
「とりあえず、私たちは周辺の愚魔の気配を探りますか」
「そうですね」
エマはカバンの中から、スプレー缶を取り出した。
「あ、不可視認結界なら私がもう撒いてます。エマさんは索敵の方をよろしくおねがいしま――」
「アホか、こいつは俺の助手やねん。あんまし働かすな」
ミツハの方へとやってきて、右手を出すコウマ。
「こ、コウマさん! わ、私だって索敵くらいできますから!」
「危ないことやらせるわけには行かんやろ。今回の敵は“真愚魔”や。下位種と言われているとは言え、あのヒバナさんを殺したんと同じレベルの奴やぞ」
この言葉に、エマもミツハもスズメも黙る。
「スズメは段持ちやから簡単にはやられへんやろうけど、エマとミツハやったら対峙した瞬間にやられる。勝手な行動はやめろ」
「……わかりました」
コウマの言葉に、不服そうなエマだったが、事実を突きつけられるあまり、言い返す言葉が何一つない。
4人が索敵を始めて間もなく、ふとした静寂漂う地下鉄駅のホームの中に、一つの足音が響き渡る。
「んー、それにしてはおいしそうな人間のにおいがしますわ。いつも疲れ切った品質の悪いのしか食べていない分、ちょっと贅沢しようかしら」
この電子音――間違いない、真愚魔だ! と気づけたのは、実際に真愚魔と対峙したことのあるコウマとスズメだけだった。
「エマ! 俺の裏に隠れろッ!」
「ミツハ!! 私の裏にッ!!」
即座に階級の低い二人は、それぞれに庇護してもらうように回り込んだ――が、声の主はすぐ近くにいた。地下鉄のダイヤの書いてある柱の裏に、その漆黒の身体をたたずませていた。
「……どうやら結界張ってたみたいだけど、残念ね。私、先に中に入っちゃってたみたい」
「……けっ、お前みたいなのに中に入られてもなんもうれしないわ」
コウマの挑発――真愚魔は意に介さない。
「うーん、この辺うろついていた愚魔狩とは顔が違うわねえ。確か小刀を持っていた奴だったような……」
「……お前が弱すぎるから人員配置見直されたに決まってるやろ!!」
コウマは刀を抜いた。
「降魔術! 『愚龍』!!」
刀に愚魔の魂が宿る。
「愚龍は自己顕示欲の塊でなぁ。圧倒的な破壊力のある攻撃ができる代わりに、能力説明してあげな協力してくれへんのよ」
「……?」
真愚魔はなんのことかわかっていない。その隙に、コウマは刀を振りかざした。
「簡単に言うたら、衝撃を極端に引き上げる力を持ちよる。地面に叩きつければ地震は起こせるし、虚空を切り裂けば竜巻が起こる。雲を切れば落雷が。水を切れば洪水が起きる」
コウマは距離を詰めた。
「真愚魔を切ったらどうなるやろな!!」
切先を真愚魔の右腕に掠めた――すると、そこから魔力が放出されていく。
「んぬわッ!!?」
真愚魔の右腕が――肘から上ごと吹っ飛んだ。爆ぜる音に、エマもミツハも口をあんぐりと開けている。
「ちぃッ!!」
体制をすぐに立て直す真愚魔。隙を与えていないかとも思われたが、真愚魔の右腕を飛ばした隙に後ろに回り込んでいたスズメ。彼女の右手の先に添えられた針を背中に刺そうと構えていた。
「これでも対魔力は高い方でね。純度の高い毒が生成できるの」
背中に針を差し込むスズメ。真愚魔は特別痛がる様子も無い。しかし、針を抜き、すぐに距離を取った。
「……ナイスアシストよ、コウマ」
「……しかし、ヒバナさんの報告書によると、この真愚魔、逃げが上手いらしいやないか」
「……今回はまあ……一撃与えられただけでも十分だわ。片手失ったのも相当な手負いでしょうし、被害は後釜来るまで抑えられる」
ああ、そういうことか。と、上層部がこの二人を派遣した理由が何となくわかったコウマ。
「ダメよッ……今日は御馳走がいるんだもの、逃げないわ!!」
「んな!?」
真愚魔はコウマたちなど意に介さず、エマのいる方へと走る――。コウマは忘れていたわけではなかった。エマの身体には――特殊な力があるということを。しかし、想定はしていなかった。命を賭してまで餌魔を求める愚魔がいることなど――。
「エマ!! 逃げろッ!!」
コウマは右手を伸ばす。
「降魔術!! 『蛇尾蛇尾蛙鞍』!」
右手の先から、蛇が二匹――真愚魔の足に絡みつく。
「悪いわねッ! 御馳走を前に簡単につかまるわけには行かないのよ!!」
足を霧状に変え、蛇からの拘束を解く真愚魔。
「ちゃんと報告書見てなかったでしょ! あいつは身体を霧状に変えることができる真愚魔よ!!」
スズメがコウマを追い越して真愚魔を追う。
「ミツハ!! 奴の狙いはエマちゃんよ!」
「はい、姉さん!」
「真愚魔さんッ! こっちです!」
青い瞳で真愚魔をじっと見つめ、話しかける。するとどうだ、エマ一直線だった化け物は、ミツハの方に向かっていくではないか。
「……くっ! この役立たずが!!」
エマは自分の頬を叩いて鼓舞する。含魔銃を構え、真愚魔めがけて引き金に指をかけた。
「ダメです姉さん! 効果、一瞬にも満たない!」
蜂野姉妹の妹、ミツハの対魔力による能力は、意識を集中させる青い瞳の力だ。この目を向けた相手に話しかけると、意識をこちらに集中させることができるというものであり、完全なサポート型の能力である。しかし、ミツハとスズメにとって、これほど都合がいい能力はない。
「充分! 私が追い付くだけの時間はもらえたわ!!」
スズメは右手の先に添えられた針を真愚魔に向けた。
「霧状になっても、あなたを捕食しようとする瞬間だけ、きっと姿を現す。その瞬間にこの針を刺す。だから、安心なさい」
「は、はい!!」
そうエマに話しかける蜂野姉妹の姉、スズメは、対魔力によって純度の高い毒を生成できる。この毒を、自らの手首に装着した針につけ、右手の先にいつでも着けられるようにしているのだ。そして、この毒の入った針を、同じ箇所に二度刺されると、特別に毒に耐性でもない限り、どんな愚魔でも死に至る。
ふと、スズメの言葉に安心した瞬間、目前の真愚魔は身体を霧状に変え、姿をくらませた。
「大丈夫――私から離れないで」
コウマも追いつき、エマの後ろに回り込む。
「なんで執拗にこの子が狙われているか、あんたならわかるんでしょ、コウマ」
「……まあな。ただ……それは今、誰にも言わへん約束なんや」
エマの背後に霧が回り込む。
「至上の贅沢ッ!!」
「させへんぞ!」
霧から姿を変え、元の漆黒の身体に形を変えた真愚魔。その気配をすぐに察知したコウマが刀を振りぬいた。
「んぬぉ!?」
真愚魔は咄嗟に刃の通り道“だけ”、自分の身体を霧状に変える。
よけられたッ!? 気づいたコウマだがもう遅い。大きな隙を彼女に与えてしまっているのだ。
「何してんのさコウマ!!」
そのスズメの声に咄嗟に反応したミツハが、エマの手をぐっと引っ張る。エマはなし崩しに倒れこむが、真愚魔との間にできた距離に、スズメが滑り込む。
「事情はわかんないけど、この子は食わせないよッ!」
「恩に着る! 蜂野姉妹ッ!」
コウマは二人に礼を言うと、すかさず刀を構えた。
「もっかい出てきてくれや! 愚龍!!」
降魔術により、刀身に再び愚龍という愚魔の魂を宿すコウマ。スズメは背後に瞬時に回り込み、針を真愚魔に向けていた。
「一度背中に刺さっている! 次も喰らえば即死ッ!」
針を背中に刺しこむ――が、背中から胸にかけてをまた、霧状にして避けられる。
「ふん!!」
体をねじり、スズメの顔を掴んだ真愚魔。そのまま強くコンクリートの床にたたきつける。
「がはッ!」
倒れこんだスズメの身体に、さらにもう一撃――入れようとするのをコウマが刀で制する。
「っとあぶねえッ!!」
気づけば吹っ飛ばしていたはずの右腕は再生している。どうしたものかと、スズメを庇うようにたたずむことしかできないコウマ。
――あかん! こっちには待ちができひんのやった!
気づいた。この真愚魔の目的は、エマの捕食である。コウマが一瞬、“待ち”を選んだ刹那、真愚魔は身体を霧に変えようとしていた――変えていたはずだった。
銃声。おもちゃの銃のような、クラッカーが弾ける音のような、そんな陳腐な音。しかし、コウマたちにはこれが何の音か一瞬で察することができた。
「含魔銃!」
「エマちゃん……」
距離を取って離れていたはずのエマの両手に構えられていた含魔銃。そこから飛び出した弾丸が、真愚魔の頭を貫いていた。
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