団体戦――2人からの指名。1人は木村スバル。よく見ると自信に満ち溢れた表情をしている。
「俺にはエマが必要だ。お前は強い」
昨日はあんなに疑問系で話してたのに、こんなときだけ断言するなんて、ずるい。
「……」
逆にもう1人、順和イチオ――スナの方はこれでもかというほど話さない。よほどの自信か、はたまた一言も発する必要がないという諦念か。
「……」
悩むエマだが、一つだけ確信していることは、スナの言葉に彼女なりの手応えを感じていることだ。
――俺に足りないところを補えって、あいつなりに足りないところを自覚していて、それを補完できるのが私。
「……私、スナの班に入ります」
目を見開くスバル。確信していた、と言わんばかりに笑みを浮かべるスナ。なぜこいつが余裕の表情を浮かべているんだ、もっと驚きやがれ、と悔しそうに歯を食いしばるエマ。
「……やっぱこーなると思ったんよね」
そういってリンドウは第一で指名した男をチームに加える。沖見も同様。木村は渋々別の男を指名するのだった。
◆
1回戦が始まろうとしていた。団体戦のルールは、制限時間内に4級の愚魔を倒したチームの勝利。4級の愚魔以外にも、5.6級の愚魔が何体かおり、目的である4級愚魔の討伐を邪魔している。
演習場の東端に集うスナ班の3人。順和一緒、高虎エマ、そして宮上毬佳の3人である。
「おまえら二人は、俺のサポートに徹してもらう」
スナの言葉にうなずくエマとマリカ。
「まずは宮上だが、お前が見せた術――あれは毒だな」
「はい……」
エマと同じ部屋の宮上はうなずく。彼女の術は“愚魔を麻痺させる作用の毒”を発生させるもの。
「ちょっと愚魔や人間を痺れさせるだけの術とはいえないようなものですけれど……」
「お前は目的である4級愚魔以外の愚魔を痺れさせる、もしくはその毒で分断および端の方に誘導するというのが仕事だ。相手チームにとっての邪魔にもなる」
「そんな代物ではないんですけれどね……」
スナは特にその言葉に何か返すこともなく、エマの方を向く。
「高虎エマ。お前のことは気にくわないが、対愚魔における実力は別だ」
「……!」
意外な言葉を向けられ、エマは肩を縦に揺らす。
「常に俺のサポートに徹しろ。相手チームが近づいてきたら俺が倒す。雑魚の愚魔が近づいてきた場合はお前が倒せ。4級が出てきた場合は俺が倒す」
――こいつは、私情抜きで私を評価してる……。ってことは、私はやれる!!
一番嫌いな人間からの評価が、彼女に自信をつけていた。
「いくぞ。相手は木村班。木村以外はたいしたことねえ」
結果はすぐに出た。宮上の毒で4級愚魔を誘い出すルートを作り出し、スナとエマによる1点突破で木村班に愚魔を倒させる隙を与えなかった。
「やばくね? スナ班強すぎ」
団体戦の一回戦が終わり、木村がエマとスナに話しかけてきた。
「……ま、まあね!」
「俺が強いからな」
エマの言葉に重ねるようにいったスナの言葉。木村は苦笑いを浮かべ、エマは膨れ顔を見せる。
「いやいや、やっぱエマもつええよ! 戦い慣れしてるっしょ。どして?」
「え……ええと……」
どこまで言ってよいのだろう、コウマとの任務のことやら、釘塚に拉致されたことやら。
「そういえば、高虎……真愚魔と戦ったことあるか?」
「えっ」
スナからされた急な質問に、エマは一瞬時を止めた。
「……どしたの急に」
あるにはある、という返事をなぜかためらったエマ。スナは続ける。
「いや、俺だったらどこまで戦えるんだろう……と思ってな」
彼の視線は、遠くを見ていた。まるで、今は届かない何かに思いを馳せるような、そんな目だ。
「……あるよ。私は」
その視線から、何か他人事ではないものを感じ取った。
「……二回。うち一回はまぐれで上手くいって、もう一回は、いろんな人に助けられてギリギリ生き残った。っていうか、ほぼ死んでたようなもん。私の代わりに死んじゃった人たちのおかげで、私は今もこうやって生きてる」
コウマたちに情報を残し、単独で戦い抜いたヒバナ。一週間にもわたって戦い方を教えてくれた橘。そのほかにも風見山や美濃、楯山といった優秀な愚魔狩たちが、身を削ったおかげで電撃の真愚魔に勝てた。
「……そうか」
スナは座り込む。持っていた日本刀を腰から抜き、杖のように目の前に立てた。
「……そうだよな。やはり、そんなもんだよな」
「……な、何よ」
スナの釈然としない態度に、エマは冗談めかして小突く――が、彼はこちらを一切向かない。
「いや、なんでもない」
彼はそのままぶっきらぼうに言い捨て、去って行く。
――何なのよ。でも……
いけすかない、という気持ちは、なんだか紛れていた。墨が水で薄められていくような、そんな感触を覚えていた。
その後すぐに行われた団体戦の反対側は、リンドウ班がギリギリのところで勝利。決勝戦はスナ班VSリンドウ班というカードになろうとしていた。
「まさか術を使わないとはな」
沖見が悔しそうにリンドウに話しかけている。
「いや、実はギリギリ使ったんだけど、お前には奇跡的に気づかれてねえみたいなんよね」
リンドウが笑う。そこへやってきていた木村スバルと高虎エマ。少し後ろから順和イチオもついてきていた。
「よぉ木村。何負けてんだよ」
「いやあれは無理じゃね? スナが圧倒的に強すぎる」
リンドウの冗談にスバルは笑う。
「しかし……5位のエマもいるスナ班はやっぱつええよ。善積先生もさっき言ってたぜ。今年は俺らがTOP5の世代だろうって」
リンドウの言葉。TOP5――に、自分自身が入っていることに、エマは揺るぎない自信を抱いていた。
「ライムは確か師匠いるって言ってたよな」
次は木村が言葉を発する。「ああ」とリンドウは頭の後ろに手を組む。
「事務仕事が嫌いでよぉ。段は持ってねえけど、実力はマジモンだぜ。木村はどうなのよ」
「師匠のことか?」
木村は尋ねる。ほかがうなずく。
「俺の師匠は俺のじーちゃん……“木村多々羅”っていう名刀匠。“月光”と“星影”って知ってるか? あれ俺のじーちゃんが作ったんだよ。術も木村家相伝の“鈩術”って言って対魔力を錬鉄に使う術なわけ」
聞き覚えのある刀の名に、エマが真っ先に反応する。
「それって……」
確か、ヒバナさんが使っていて、それを風見山さんと橘さんが引き継いでって言おうとしたそのとき、スナが割って入った。
「俺の師匠もその刀……月光を使っていた!」
月光を使っていたという師匠……。刀使い。エマの中で、一つ合点がいった。
「もしかして……スナの師匠って」
刹那、ビーっという警戒心を煽る音。
『緊急。緊急。演習場内に未確認の愚魔1体と、真愚魔とおぼしき人影が2体。繰り返す。緊急。演習場内に……』
「全員集合!!」
善積先生の叫び声。新人TOP5は固まっていたこともあってか、即座に目を見合わせ、善積のいる方へと駆けていく。
「やばいんじゃね?」
木村がつぶやく。
「ったりめえだろ」
リンドウがぶっきらぼうに吐き捨てる。
――真愚魔が……2体も?
エマは信じられないといった表情だ。その視線の先に移るスナ――何やら思い詰めた表情をしている。
――スナはきっと、真愚魔に特別な感情を抱いている。それは……きっとあいつの師匠が絡んでる。
◆
新人同期12名が即座に集まっている。メンターである善積、副担任である井龍もそろっていた。善積が慌てた様子もなく冷静に話し始める。
「演習場の西端より、未確認の愚魔1体と真愚魔二体が確認されたそうだ。本部の警備部警備課より人員が送られるまでは人事部の人材派遣課を通す必要があるため、15分ほどかかる」
井龍が続けた。
「これより、新人の中で3級以上の者……順和一緒1級、高虎恵麻2級、竜胆頼矛3級、木村昴3級、沖見忍3級の5人には未確認の大型愚魔の討伐を行ってもらう。俺と善積先生が真愚魔2人の相手をする。ほかの者は即座に避難。今名前をあげた5名も、大型愚魔を討伐次第、即座に避難するように!」
「はい!!」
新人12名が即座に返事し、エマら以外の7人が本部へと向かって走り出した。
「善積先生、井龍先生、お言葉ですが、真愚魔が2体もいるというのは異例です。ここは先生たちも撤退を選択すべきでは?」
沖見が提案した。しかし、善積は首を横に振る。
「新人たちを逃がす時間を稼いでやらねばならん。しかし、君たち5人は作戦への条件付き参加が認められる階級だ。少々酷かもしれないが、愚魔の討伐を頼む」
「お、俺が言いたかったのはそういう意味じゃなくて――」
沖見が続けようとしたそのとき、地響きがした。西の方角から、ずしんと、土が割れる音がする。
「……えっと、何人いる?」
「……1……2……3、4、5……6、7人ですかね」
かなり上の方から声がして、さっと見上げるエマ。見覚えのあるフォルムだった。
「嘘……真愚魔が……二人いる」
息をのむエマ。その表情を見て、リンドウらも冷や汗をかいた。
「とりあえず、俺らはあのでかいのを倒さねえといけねえんだよな」
かなり上の方から声がした。声を発していた真愚魔二人が、大木のような大きさの怪獣型の大型愚魔の肩に乗っているからである。彼らの顔は、真愚魔を見たことのあるエマにとっては、見慣れた漆黒の面で、眼光だけが赤く光っている。
「しかし本当なんだろうな。この中に“電撃の真愚魔を倒した生き残りがいる”っていうのは」
「……ええ。組織のスジの情報では」
真愚魔のうち、片方は筋骨隆々で体も大きい。話し方もどこか粗暴で大胆ささえ感じる。もう片方は物腰が柔らかく、体の線も細い。しかし、腕を伸ばして何かを射出するかのような構えを見せた。
「あの構えって……弓?」
エマが気づいた瞬間、善積が叫んだ。
「来るぞっ!」
矢のような光が一筋――目前に刺さった。
「あら、外しましたか」
「何してんだよ。とりあえず……あの7人の中で一番強そうなのは……あいつか」
大きい方の真愚魔は左手で顎をさすり、右手で一人を指さした。
「あいつを殺すからよろしく」
「わかりました」
大型愚魔の肩から降りる一人の真愚魔。もう一人――矢の真愚魔も降りてきていた。
「おい……アルチ、ほか雑魚との分断よろしく」
「わかりました。先輩」
アルチと呼ばれた方――矢の真愚魔が赤い光でできた弓を左手に構え、右手に赤い光でできた矢を数本持つ。
「おお。そういえば……大型くんの遊び相手もしてもらわないと」
アルチの一声とともに走り出す大型愚魔。怪獣のように2足歩行と駆けてくる。一歩一歩は鈍いが大きい。
「まずいっ! 井龍……新人どもを逃がせっ!!」
「はい!!」
善積の声に反応し、井龍が5人を連れてその場を離れる。一人残った善積の前に、大きい方の真愚魔が一人、立ちはだかる。
「愚魔狩どもは俺たち真愚魔のことを『○○の真愚魔』というようにあだ名をつけるらしいな」
――あだ名っていうよりかは、俗称だ。
「それがなんだ」
善積が答えると、真愚魔は笑った。
「俺のことは是非、“格闘の真愚魔”と呼んでくれないか?」
この一言を機に、善積はいろいろなことに思考を巡らせる。
――格闘ってことは肉弾戦専門か。俺の術を使えばギリギリ戦えるか? にしても、二人で行動する真愚魔なんて初めてだ。俺たち愚魔狩界隈の真愚魔の呼び名のことにまで詳しいと来ている。相当な手練れだ。しかも好戦的っ!
思考が終わるまでもなく、右手拳が飛んでくる。すんでのところで避ける善積。右手小指の付け根の骨が、善積の右の頬にかすり傷を作る。
――ただの殴打がナイフのような切れ味。鋭いパンチだ。
左手のジャブ。これは対愚魔7つ道具を入れたジュラルミン製のアタッシュケースで受ける。へこむケースを見て思わず善積は口角を上げた。
――おいおい、ジュラルミンだぜ? なんでそうなるんだよ。
対愚魔7つ道具のうちの一つ、魔爆弾を投げ、距離をとる善積。投擲物を警戒し、右腕を顔の前に持ってきた“格闘の真愚魔”。
「!?」
どかん、と爆発。しかし、格闘の真愚魔にとって些細なものだった。すぐに切り替え、まっすぐこちらへ走ってきている。善積はまた口角を上げた。
――耐久力も抜群。普通にやってたら勝てないっ!!
善積は構えた。右半身を下げ、右手を左肩に、左手を顔の前に手刀のように立てている。両膝は曲げられており、腰がしっかりと据わっている。
「赦道」
善積の“赦道”の構え。これは善積の魔力を使った術である。発動された術を見て、格闘の真愚魔は走っている足を止めた。警戒からか、興が出たからか、じっと善積と……その横の人影を見ている。
「……分身の術か?」
「そんな柔なもんじゃないさ」
善積無悪の術は“分身”。分身と一口で言ってしまえばそこまでだが、彼の分身は“赦道”によって生み出された影人形。実体を持ち、魔力での攻撃および物体への干渉を可能としている上に、自律した動きが可能で、善積と同じIQで戦闘を行うことができる。
――俺は実質2対1をとれる。あとは井龍がうまくやってくれれば。
◆
井龍は新人5人とは離れた場所へと来ていた。大型愚魔と弓矢の真愚魔を分断させるためである。
「こっちだ! 弓矢の真愚魔!!」
井龍華真は、改造した含魔銃をスナイパーライフル型とアサルトライフル型で使い分けている。今はアサルトライフル型の含魔銃を手に、演習場から少し外れた森の中を、木々の影を利用して逃げている真っ最中だ。
「まどろっこしいのは俺も好きですけど……あんたのは度が過ぎる!」
弓矢の真愚魔は追跡にしびれを切らし、赤い光でできた矢を放つ。木々の間を自在にすり抜け、井龍の身体めがけて矢は走る。
「くっ!」
避ける。木に深く刺さる矢。刺さった箇所からヒビが入り、じわじわと傾く木。
――威力半端ねえ。食らったらひとたまりもねえぞ。
なおのこと新人たちから距離を遠ざけるべきだ、と感じた井龍は、山奥へと走る。
――んー。もしかして彼の目的は分断か?
弓矢の真愚魔は井龍の行動の意図に気づいた。そして、彼は笑った。
――あんたの敗因は……俺を侮りすぎたことだ!
左手に構えられた赤い光でできた弓が大きくなっていく。弩弓のようなフォルムをしており、右手には7本の矢が握られている。
「射程で負けてんだよ!!」
弓を引き、矢の照準を小さくなる井龍に合わせた。
「そこで死ねっ!!」
矢を撃つ。ところが井龍は振り返ってスナイパーライフルを構えた。
――あんたの敗因は、俺を侮りすぎたことだ。
井龍は右手の人差し指を引き金にかけ、撃つ。矢よりも速い弾丸が――弓矢の真愚魔の肩を貫いた。
「んぬあ!?」
驚く彼は視線を井龍から外した。その隙に隠れる井龍。矢の7本はすべて外れていた。そのことに気づいたのは、井龍を完全に目で追えなくなってからであった。
「逃げられましたか……。まあでも、スナイパーライフルを遠距離から撃ってくる程度であれば、我々の邪魔にはなりません。行くべきは先輩の加勢でしょうか、それとも……」
地響きのする方を見る弓矢の真愚魔。
「こっちが案外やられちゃったりしますかね?」
◆
新人5人――スナ、リンドウ、スバル、沖見、そしてエマの5人は大型愚魔と対峙していた。怪獣映画に出てくるような、黒い岩のような皮で覆われている身体。一軒家は余裕で超えるだろう体躯。緊張感を走らせるエマ。
――やっぱよだれ垂らしてる。私を愚直に狙っているんだわ。さすが“愚”魔ね。
そんなエマの様子を見て、リンドウが声をかける。
「しょーみ女の子に前線張らせるわけにはいかんよな。下がっとけ」
割って入るように木村スバルも前に立つ。長い前髪が揺れる。
「俺だって盾くらいにはなれるじゃん?」
木村の腕が鉄で覆われていく。その光景はまるで、植物が生えてくるかのごとく。
「これが鈩術?」
「よくわかってるじゃん」
エマの問いにスバルは答えた。
「気をつけろエマ、スバル。なぜかこの愚魔は目線がエマから揺るがない」
リンドウは愚魔の目線に気づいている。その言葉を聞いて少し後ろでスナが笑った。
「それじゃあ話は早い。高虎の仕事は愚魔を高低差のあるあそこの坂までおびき寄せることだ」
指さす先に、確かに勾配が急な坂が見える。
「ほぼ崖じゃん」
沖見は笑う。
「……でも、あそこまでおびき寄せれば」
「……ああ。俺が首を斬れる」
エマの言葉に対し、スナが刀身を見せながら不敵に笑った。
「わかった」
うなずくエマ。これでもスナとの信頼関係はわずかではあるができたつもりである。
「スバル。せめて守ってやれ」
「ああ! お前に言われなくとも!」
リンドウに言われ、スバルは両腕をカチカチと鳴らす。
「沖見と竜胆には俺のサポートをお願いしたい」
「了解」
「サポート? 冗談言うんじゃねえよ」
快く引き受ける沖見と、笑うリンドウ。
「俺、まだ術見せてねえだろ?」
「俺より目立つ気か?」
「たりめーよ」
No.1とNo.2が不敵に笑った。大型愚魔の鳴らす地響きなど、全く意に介さず、後ろのエマにサインを出した。
「行けっ!」「走れっ!!」
その言葉を発したスナは刀を抜き、リンドウは術を発動させた――
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