バイトで”悪魔狩り”始めました。

最強降魔術師の助手のバイトを始めた女子大生エマのお話
さまー
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Case.3「どこの社会でもホウレンソウは大切に」

公開日時: 2020年10月1日(木) 21:00
更新日時: 2021年1月24日(日) 03:12
文字数:6,176

 堅海図書館――堅海大学の近くにある図書館で、堅海大と提携を組んでいることもあり、規模の割には貴重な蔵書が保管されている。最近できた図書館であることから、近代的な建物の構造となっており、中庭テラスや吹き抜け、空調設備などがきれいに整っているのも特徴だ。

 

 エマは場所の名前を聞いて思わず息を呑む。もう一度彼女の元にメッセージが届いた。

 

『エマ』『図書館で勉強する予定は?』『クッスーとナオコちゃんと待ってるんだけど』

 

「ゲッ……ヨウスケたちと図書館で勉強する約束してたんだった!!」

 

 エマは気づいてしまった。コウマに「離れろ」と忠告されたとは言え、自分から誘って企画した勉強会――これを飛ばして自分だけ逃げるなんて、少なくともできなかった。今回約束をしていたのは、同学部に在籍している「ヨウスケ」こと岩城陽介いわき ようすけ。彼の友人でラグビー部に在籍している「クッスー」こと楠山担くすやま かつぐ。唯一、エマが心の底から友人だと思える少女、鷹津奈緒子たかつ なおこの3人だった。

 




「……編集長やカスミさんが死ぬのと、ナオコたちが死ぬのは訳が違うッ!!」

 




 エマは、大学に入学したての頃を思い出す。滑り止めで受かって、何も強みの無い彼女は、新しい環境に対して不安と絶望しかなかった。高校が一緒だったレミコと取りあえず仲良くしていたが、元々高校時代から仲の良かったわけではないエマにとって、価値観の違うレミコとの関わりは、苦痛を覚えることもあった。

 

 そんな彼女を救ったのは、学籍番号が一つ前だったナオコだった。同学部、同専攻であったこともあり、最初はレポートを見せ合う仲だったが、次第にバイトの愚痴や将来への漠然とした不安を語り合える仲になっていたのであった。たった2か月ほどで。

 

 生きがいの無い私を、首の皮一枚で繋げてくれたのはナオコなんだよ! という気持ちが、大きく前に伸びる脚に現れる。全力で道路を駆け抜ける。スニーカーの底のゴムが――弾む。コウマの足は相当速いが、それでも彼女は全力で追う。そう、私にだってできることがあるはずだ。エマは息巻いて走る。対愚魔7つ道具だって持ってる。両腕にぐっと力を込める。

 

 

 図書館の自動扉を開くコウマ。そのすぐ後ろに追いついたエマ。

 

「私、避難の誘導ぐらいやります! ジョシュなので!!」

「あ、アホか!! こらッ!!」

 

 コウマが口で制止しても、エマは止まらなかった。すぐに受付の方へ行き、放送用マイクを貸してもらうように頼み込む。

 

 

「……真愚魔の気配……するで……これはまずいんちゃうか?」

 

 周囲への警戒と、真愚魔ターゲットの手がかりを探すことを続けるコウマ。そんな彼の後ろに、1人の愚魔狩が到着する。

 

「よぉコウマ! さすが愚魔狩界のニュースター、駆け付けるのが早いな!」

「……ヒバナさん!」






 

 緋花真秋ひばな まさあき――たまたま近くにいた愚魔狩の一人である。コウマよりも、いくらか年上の先輩愚魔狩である。

 

「確認情報見たんですね」

「まあな……『“段持ち”は“真愚魔優先”』って鉄則だしな」

 

「コウマさん! マイク借りられなかったです!!」

「当たり前やアホ!! 俺らで探すしかないねん!!」

 

 エマの言葉に、多少焦りながらも声を抑えて反論するコウマ。そんなエマの姿を見て、ヒバナは彼女に興味を示す。

 

「おっ……あの子は?」

「俺の助手です。『高虎エマ』言うもんです。あの……例の――」





「あっ! もしかしてコウマさんの同業者の方ですか!?」

 

 コウマの言葉を遮るように、エマがヒバナとコウマの間に割って入った。ヒバナとコウマは一瞬目を見合わせるが、ヒバナがすぐに何かを察し、エマに視線を向けた。

 

「よろしくエマちゃん、そう。コウマの先輩のヒバナだ。よろしく。まあ……コウマよりランクは下なんだけどね」

「なるほど……って、大丈夫なんですか?」

 

 心配そうにコウマの方へ振り返るエマ。すかさず彼女の頭をたたく。

 

「いった! 今頭叩きましたね!」

「失礼やアホ……ヒバナさんかて5段や。俺が尊敬してる数少ない先輩愚魔狩やねん。舐めた口きくな!」

 

「まあまあ……実際にコウマより弱いのは事実だし、コウマは後輩だけど、とっても頼りになる愚魔狩だからね。でもエマちゃん……一つ誤解していることがある」

 

 コウマをなだめながらもエマにぐっと顔を近づけるヒバナ。40代ぐらいの見た目だが、髪や眉はきれいにビジネスマンスタイルに整えられていて、凛々しい表情をしている。

 

「コウマは8段。二番目に高いランクの持ち主。でもね……愚魔狩界隈――差し詰め、現場で実際に愚魔狩りを行っている人からすれば、降磨竜護はNo.1と言っても過言じゃないのさ」

 

 エマははっとする。そういえば、最強と呼ばれていると、コウマは自分自身で言っていた。

 

「というわけだから、安心してくれ。でも……今回はコウマから離れないこと。助手なら一番近くでサポートしてあげなさい」

「は……はい!」

 

 ヒバナの話し方は、とても落ち着いていて、エマも不思議と背筋が伸びるような感覚だった。コウマはいきなりエマと一緒に行動させられることになり、慌てて訂正を求める。

 

「ちょ、ちょっとほんま待ってくださいよ!」

「コウマ……ちょっと」

 

 耳打ちするヒバナ。

 

「……真愚魔は狡猾。おそらく君のことも知っている。大事な助手なら離れた隙を攫われないようにする方が賢明だ。高い魔力が確認されただけだし、騒ぎを起こすよりもここは……君の魔猟犬イービルハウンドで魔力探知して確実に見つけ出す方が良い。不可視認結界ブラインドは俺が張っておく」

「……ヒバナさんが言うなら。わかりました」

 

 コウマはエマの右手を引き、受付へと一礼して中へと入っていく。ヒバナはその様子をにこやかに見守った後、対愚魔7つ道具の入ったカバンから、スプレー缶を取り出した。

 

「……不可視認結界」

 

 不可視認結果ブラインド――スプレー缶に入った微細な魔力によって、愚魔狩の使う魔力が一般人や愚魔に認知されないようにするための結界のようなものである。一般人の多い場所での任務や、愚魔の索敵時、対象の愚魔の暗殺時に使うことが多い。

 

 スプレーの中身を吐ききった缶をカバンの中に戻し、ふぅっと息を吐いたヒバナ。

 

「真愚魔捜索といこうか……」

 

 

 真愚魔は、人間に擬態することのできる愚魔。きっと今この図書館にいる際にも、人間の姿――そう、仮の姿で紛れている。コウマとエマは一般人の中にいる真愚魔捜索のため、多くの本が開架された広いスペースに来ていた。

 

「……降魔術使うから、ちょっと離れとけ」

「あ、はい!」

 

 コウマに言われ、エマは2.3歩離れた。コウマは右手にぐっと力を込める。手の甲に、黒く印字された降魔の文字が浮かび上がる。

 

 

「……降魔術『魔猟犬イービルハウンド』」

 

 右手の黒い印字が濃くなる。コウマの右手は、何かに吸い寄せられるように、図書館の二階の方を指した。

 

「……魔猟犬はこっちを指してるさかい、真愚魔は二階や」

「ど……どうしましょう……私の友だちも二階にいるんです!!」

 

 エマの言葉に、コウマは顔をゆがめた。

 

「お前、友だち追ってここ来てんか?」

「は、はい……」

 

 少しバツの悪そうなエマの視線を見て、コウマはため息をつく。

 

「……そういうことなんやな」

 

 そういうこと――エマがここに無理やり来て『助手だから』と避難誘導した理由を察したコウマ。

 

「はい」

 

 エマにとっては、これが『自分にしかできないこと』なのである――バツの悪そうな目の奥に、揺るがない瞳があった。

 

「さっきも言った通り、真愚魔は狡猾かつ知識も豊富。頭も切れる。今までのただのバケモンとは全くの別モンや」

「同じ爬虫類でも、カエルとワニぐらい違うってことでよろしいですか?」

「カエルは両生類や。せめてトカゲとかにしとき」

「ああそっか……」

 

「んなことはどうでもええ。とりあえず、友だちを見つけてもすぐに離れたらあかん。俺が真愚魔を見つけて、戦闘が始まったらすぐに逃げるんや」

「……はい!」

 

 緊張感がエマを襲う。しかし、程よい緊張感だった。するべきことが定まった彼女の眼は揺るがない。意志も固い。

 

「二階についた瞬間にこの右手が動く方向へゆっくり移動する。その間にきょろきょろして友だち探すんやで」

 

 階段を、一歩――二歩と、登る。コウマの右手の印字が――濃く、黒く――漆黒くろくなる。唾が飲めなくてのどに溜まるエマ。そして、階段を登り切って、二階に上がった瞬間――コウマの右手が、大きく右手側――別館へとつながる渡り廊下の方へと振れた。

 

 

 

 



◇ ◆ ◇ ◆


「……元々対魔力に優れたわけじゃないが……こんな俺でもわかる……。この魔力は凄まじい」

 

 両肩の重みが、真愚魔と思しき“敵”の魔力の強さを物語る。対魔力というのは、愚魔に対抗する力のことで、これが高い人間は道具を使わずとも魔力を検知したり戦うための能力に昇華できたりできるのだ。対魔力1を何のトレーニングもしていない一般人とするならば、コウマの対魔力は100倍はあると推定できる。ヒバナはそれに比べると幾分も小さい対魔力の持ち主だ。

 

 先に二階に登ってきていたヒバナは、別館側にいた。そう、コウマの降魔術によって使役された愚魔、魔猟犬イービルハウンドが指し示す、愚魔の居場所と全く同じなのである。

 

 

 愚魔連から支給される無線を起動したヒバナ。コウマにつながっている。

 

「もしもし……こちら二階別館」

『そっちにいはるでしょ、多分』

「ああ。圧し潰されそう」

『すぐに行きます』

「エマちゃんのことがあるだろう……慎重に来なさい」

 

 息を吐く。心臓の音を高める。酸素を巡らせた――

 

 いつでも来い、そう言いたげに構え、ジャケットのボタンを外し、ワイシャツのネクタイを緩めた。

 

「そんなにピリピリしないでくださいよ」

 

 人間の声――と思われたが、違う。微妙に機械音のような、電子音のような、そんな“つくられた声”がした。この声の主を、ヒバナは耳と、脳と、両肩の重みで感じ取る。

 

「いるんだな。そこに」

「……気づかれちゃってますもんね」

 

 本棚の影から出てきたのは――真愚魔。二足歩行で立って歩いてはいるが、人間と擬態している姿とは打って変わって肌はヘドロのようにドス黒く、服らしきものは着ていない。赤い目をして、サラサラとは到底言えないような……無造作通り越してちぐはぐな頭髪。

 

「擬態しないんだな」

「愚魔狩がそこにいるんなら、こっちの姿の方が都合良いんですよ。もし殺せなかったとき、擬態していた人間の姿がばれているっていうのはなかなか厄介でね」

「いつから気づいていた?」

 

 ヒバナは本棚から距離を取りすぎず、開けすぎず、コウマが来るための時間を稼ぐ。同時に葛藤している。高虎エマを、この真愚魔と対面させるのは避けるべきだと、彼自身思っているからである。

 

「おしゃべり好きなんですね、愚魔狩さん。僕も好きなんで嬉しいですよ」

「質問に答えろ……俺は別にテメェとのおしゃべりは好きじゃねえ」

 

 ヒバナはベルトに下げていた小刀を二本取り出す。

 

「……つれないなあ。まあ……“特上の餌”が来たってわけで、ちょっと強そうな愚魔狩が二人いるなって気づいたぐらいです」

 

 真愚魔側にも、愚魔狩の“対魔力”を感知する力があるらしい。どうやらこの図書館の内部全域は察知している。ということは、コウマとエマのことはもちろん、気づいているのだ。

 

「ほう……ちなみにどっちの方が“特上”だ?」

 

 ヒバナは、挑発的な視線を向け、小刀二本を、鞘から抜いた。

 

「いやいや……今日のディナーは、あなたで充分すぎる」

 

 愚魔といえど、真愚魔と言えど、基本的に食料は“人間”である。そのため、愚魔の口には鋭い牙があるのだが、この真愚魔も、口元をにっと上げ、ヒバナに牙を見せた。

 

「ぬんッ!」

 

 ヒバナはその牙を見た瞬間に、右手に持っていた小刀で、真愚魔の左手めがけて切りつけた。手ごたえは無い。

 

「……名刀“月光ゲッコウ”がギリギリ刃毀はこぼれしないレベル」

 

「あ、それ……名刀なんですね。さすがの切れ味。僕もケガしちゃいましたよ」

 

 真愚魔が左手首から肘にかけての腕を見せた。子どもが転んだ時に作るような擦り傷が一筋。対するヒバナ、冷や汗を一筋。右の頬を伝っている。右手を切り返し、相手の出方をうかがう。

 

「あれ……それだけですか?」

 

 真愚魔は……笑った。赤い目が細く、薄く――こちらを見下している。

 







『もしもし!? ヒバナさんッ? 真愚魔、見つかりました?』

 

 音を発する無線に対して、言葉を発するヒバナ。腹を括る。

 

「……こいつは別格だぞ。助手という枷付きでは……お前も死ぬ。俺ができるのは……こいつの戦い方を引き出してお前に伝えるぐらいだ。とりあえずお前は……エマちゃんと一緒に避難誘導を頼んだ」

『ちょっと待ってください!! 俺とヒバナさんがおったら!』

「ダメなんだ。お前と俺では……俺が足手まといになるレベルだ」

 

 無線の向こう側が――声を失う。よくできた後輩だ、とコウマを褒め、次は左手を構えた。

 

「大本命――名刀“星影ほしのかげ”の切れ味試してもらおうか」

「へえ」

 

 虚勢を張ったが、真愚魔は興味を示すだけだ。その様子を見て、自嘲の念しか沸かないヒバナ。左手を細かく、二度、三度――太刀を浴びせる。しかし、真愚魔の肌には、わずかに赤い線が入る程度で、大きなダメージはない。

 

「コウマァ……聞け。肌は硬い。月光や星影でやっと切り傷、擦り傷レベルだ」

 

 コウマの返事を待つことなく、ヒバナは続ける。

 

「基本的に待ち戦法。向こうはお話が好きみたいだが、一切攻撃をしかけてこない。カウンター型なのか単に戦意が無いのか、俺のことを舐め切っているのかはわからないが……」



「舐めてる? とんだ誤解だ」

「!?」

『!?』 



 ヒバナとコウマの無線に割って入ってくる真愚魔。



 

「最初に言ったでしょ……あなたで充分すぎるって」

 

 右手を高々と揚げ、青白い光の球を発現させる真愚魔。同じ色の稲妻が球の周りを走る。

 

「そんなに自分に自信がないなら教えてあげますよ。僕の戦い方」

 

 真愚魔は赤い目をヒバナに向けて……口を大きく開ける。

 

「――罵詈罵詈バリバリ散荼サンダ羅異球ライキュウ

 

 光の球を、叩きつける――瞬間、ヒバナに避ける間も、それを視認する間も与えない。瞬時に周りを走っていた稲妻が、二、三本と、ヒバナの両足を伝い、心臓を捉えた。

 

「ぐっ!!」

 

 心臓を電流が伝う――それ即ち、鼓動をその電流に抑え込まれたも同然である。しかし、ギリギリのところでヒバナは立っていた。

 

「がはッ……鞘が金属製だったおかげで幾分かそっちに流れてくれたよ。おかげで腰回りは大火傷だけどな……電流攻撃とはちと厄介じゃねえか」

 

 とは言え、電流の伝った両足は、激痛と麻痺でほとんど動かない。絶体絶命に変わりはない。

 

「厄介なのはあなたの方ですよ。愚魔狩さん。なんで今の喰らって死なないんですか」

「さあな……しぶといだけが取り柄の雑魚オヤジなもんで」

 

 火傷した右足を、一歩前に進めた。膝をぐっと曲げ、大腿の筋肉を緩める。いつでも素早い一歩を踏み出せる態勢だ。

 

「……まあ、仕事のこす以上……下手な引継ぎするのは俺の美学に反するんだよ」

 

 ヒバナは笑った。それは虚勢だ。しかし、満身創痍まんしんそういの彼に対面する真愚魔は……感心したように同じように構えを取った。

 

「ならあなたの美学に則って、僕も下手に生き永らえさせずに、さくっと殺します」

 

 その構えは、まるでボールを突くキューをこちらに向けているかのように。

 

「――九連チューレン毘離毘離ビリビリ遠雷球ビリヤード

 

 真愚魔の左手に、黒い棒キューが、そして、二人の視界に――9つの稲妻を走らせた球が、広がっていた。

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