バイトで”悪魔狩り”始めました。

最強降魔術師の助手のバイトを始めた女子大生エマのお話
さまー
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Case.37「遠出が楽しいのは目的が楽しいときだけ」

公開日時: 2021年5月13日(木) 22:07
文字数:6,670

 あれから二日後、京都へと向かう新幹線の車内。エマ、ミツハ、スナ、ハルの4人は、新幹線の席を向かい合わせにし、座っていた。

 

「駅弁買うとか、修学旅行気分かよ」

 

 スナはエマの膝の上に広げられた弁当箱を見て呆れる。

 

「……えへへ。そうは言ったって、京都なんて中学生のときの修学旅行ぶりなんだもん」

「まあ、そりゃそうか」

 

 最年長の山崎ハルでさえ、21歳。まだまだ遠出に浮かれる年齢だ。

 

「俺、愚魔狩してて不登校だったから修学旅行行ってねえんだよな」

「あ! じゃあ今日初京都なんじゃないですか!? 楽しみですね!」

 

 ミツハも一緒になって騒ぎ立てる。スナはため息を一つ。

 

――大丈夫かよこいつら……。

 

 心配するスナをよそに、アナウンスが流れる。大阪行きの新幹線が、今――出発した。

 

 

 コウマからの指示で、餌魔に関する情報を探るべく、日愚連の京都支部へと向かう4人。餌魔として生きていた、巽アズサというコウマのかつての家族についての情報を得ることが、第一の目的である。そのためには、巽家の遺物を掘り返す必要があるのだが、そのつてとなるウシトラという愚魔狩の連絡先をスナが受け取っていた。

 

「ウシトラ家も、巽家も、元々日愚連を作った愚魔狩の一族の名らしい」

「へえ。いわゆる由緒ある愚魔狩一家ってやつ?」

 

 スナの言葉に、山崎が乗っかった。

 

「ミツハちゃんのところも、元々愚魔狩の血筋なんだよね?」

 

 エマがミツハに尋ねる。

 

「ああ、そうは言っても、歴史的に見れば最近の話ですよ。祖父が愚魔狩に弟子入りしたのがきっかけでして」

「ああ、そうなんだ」

 

 エマは山崎とスナの方へと視線を変える。

 

「二人は? 元々愚魔狩の家系なの?」

「俺は風見山さんのところに剣術を習いに行っていたら、見込まれてそのまま愚魔狩をしている。家族に愚魔狩は俺一人だけだ」

 

 スナが先に答えた。

 

「俺はコウマさんたちと同じで両親を愚魔に殺されてるからな。孤児院から姉貴と一緒に愚魔狩始めたんだ」

「みんなひとそれぞれなんだなあ」

 

 山崎の言葉も聞いて、エマは新幹線の窓の向こうの景色を眺める。山々が線を描きながら通り過ぎていく。

 

 

 

 

 

 新大阪駅で新幹線から電車に乗り換え、京都へ向かう。京都駅からはバスに乗り換え、京都市のさらに北の方――名も知らぬ山の山奥まで来ていた。

 

「このあたりに京都支部があるらしい。しかしまあ、バス停からだいぶ歩いたけど、お前ら大丈夫か?」

 

 先頭を歩くスナが後ろを振り返りながら声をかける。職業柄4人とも体力自慢だが、それにしてもかなり歩いていた。

 

「もしかして……あのお寺みたいな建物?」

 

 エマが指さした先――お寺のような、いかにも和風建築と言った佇まいの建物を視界に捉えた4人。

 

「市の郊外のバス停から徒歩24分。こりゃへんぴなところと言われてもおかしくないですよ」

 

 ミツハは若干疲れている様子だったが、冗談をはけるくらいには気分が戻ってきたらしい。

 

 京都支部の建物は、東京支部――つまり総本部よりもかなり小さく、部署も総務部と営業部しか存在していないらしい。

 

「東京にいかに人がいるかがわかりますね」

「愚魔狩組織の支部ごとの格差ってえぐいのかな」

 

 それぞれに思うところはあるものの、先頭に立っていたスナがそのまま門をたたく。

 

「東京支部の降磨竜護8段の命によって参りました。順和一緒とその一行です」

 

 門の向こうから、坊主頭の男が出迎えた。袈裟けさを着ており、いかにも住職といった振る舞いが特徴的だった。

 

「遠いところからご苦労さんでした。東京の者は若くて賑やかそうで、道中もきっと楽しんで来れたことでしょうな」

 

――これっていわゆる京風煽り言葉?

 

 エマが目配せするが、ほかは「さあ」と言った様子。

 

「……しかし……あの降磨んとこの若造がもう東京で8段になったんかあ。あ、ってことはうしとら部長をお呼びかな?」

「あ、はい! 巽家のことについてお話をお伺いしたくて」

 

 ウシトラの名が出てきたので、スナが食いついた。

 

「ならばこちらへ。降磨の名前を通せば、きっと伝わるはずやろうから」

 

 

 

 ◆

 

 

 スナたちは屋内へと案内された。靴下で床を踏む度にギシィと木のきしむ音がする。

 

「失礼します。降磨竜護8段の命によって参りました。スナです……」

「おう、入れ」

 

 低く、ドスのきいた声。思わず恐れる気持ちさえ湧いてきたエマたち。

 

「失礼します――」

 

 そこには、畳の上に姿勢良く正座する一人の初老の男性。髪は角刈りを少し伸ばしたような雰囲気で、堅い印象を与えた。なんといっても目力が強く、こちらに鋭い眼光を向けていた。

 

「ほう。若造四人でよう来たな」

「はい……」

 

 スナが答える。

 

「まあ座れや。適当で構わへんで」

 

 とは言っても針金でも綺麗に差し込んであるかのような背筋を前にして、4人とも正座しかできない。山崎ハルでさえ、この状況では礼儀という名の空気を読んでいた。

 

「要件は降磨から聞いとる……が、東京今大変らしいな」

「……はい。まさしく」

 

 ここはスナが対応する、と取り決めていたかのようにほか3人は沈黙を貫く。

 

「気休めになるかはわからんが、数日とは言わずしばらくここに身を置いたらいい。ワシもなんやかんやでここでは総務部の部長をしとるくらいには偉いねん。会長もワシの親父やしな」

 

 ウシトラ一家は京都ではもうかなりの権力者ということだ。しかし、顔と声こそ怖い彼だが、彼なりに気を遣ったことを言ってくれているようだ、と4人は安心した。

 

「おう、紹介がおそなった。ワシは艮亮平うしとら りょうへい。降磨とはアイツの親父繋がりで知り合いなんや」

「ああ、そうなんですね。僕は順和一緒すな いちお。東京支部開発部戦闘課の初段です。よろしくお願いします」

 

「東京の開発部と言ったら、あの件――愚魔研究課が潰れた件、残念やったのう。ワシらのところからも何人か研究手伝いに行かしたる予定やったんやけどなあ。ま、あのタイミングで部長替わってややこしなって課の設立が頓挫とんざしたとはきいとったが、あれからどないや?」

 

 色々と前情報と絡めて判明したことが多い。スナは少し慌てた様子で首を横に振った。

 

「いえ、そもそもまず俺と後ろの山崎は、戦闘課なんですが、今年初段に受かったばかりで、開発部の事情についてはからっきしなんです。あとの女子二人はまだ級位でして……」

 

「……ほう、そうか」

「あと……現開発部……とは言っても、現と言って良いのかわからないのですが、おそらく、愚魔研究課を潰した張本人であろう男、顎門永生が、真愚魔だったんです」

 

 このスナの言葉には、目の前のウシトラも相当驚いていた。しばらく言葉が返ってこなかったのが、何よりの証拠だろう。

 

「内通者として、愚魔狩組織の情報を横流しにしていたと思われます」

「……そうか。東京は人も多いから、真愚魔の数も必然的に多くなるもんやしなあ」

 

「ほれで、餌魔が組織内におるとわかって、勝負を仕掛けてきたってことやな」

 

 彼なりに正解に近い結論を出したところで、次はエマが口を開いた。

 

「はい、それで……餌魔として、何かできることはないかと、かつて餌魔として14歳まで生きた巽アズサさんの情報を探しにここまで来ました」

「なるほど。巽さんの家の跡地に行けば、何か見つかる気がしいひんこともない。話聞いた限りやと、お前さんが……餌魔か?」

「はい……」

 

 ここで初めてまじまじとエマの顔を見るウシトラ。何か訝しんでいる様子だったが、何についてなのかは一切話してこなかった。

 

「……お前さん、名前は?」

「高虎……高虎エマです」

 

 目を見開いたウシトラ。

 

「……高虎。やはりか。どうりで似とるわけや」

 

 少々投げやりな言葉づかいに変わったので、何事かと4人とも不穏な表情だ。

 

「……お前さん個人に恨みがあるわけや無い。それだけは踏まえた上で聞いてほしい。ワシは個人的に“高虎”という名に良い印象を持てへんのや」

「……?」

 

 何かあったんですか、と尋ねるよりも早く、続きの言葉を話し始めたウシトラ。

 

「……ワシには10ほど年の離れた妹がおってなあ。今は46歳とかやろうけど、お前さん、『恵美めぐみ』という名前に聞き覚えはないか?」

艮恵美うしとら めぐみさん、ですか?」

 

 どこかで聞いたことのある名の響き。それにピンと来ているのは、当然エマだけだった。

 

高虎恵美たかとら めぐみなら、私の……私の母です」

「まあ、もうわかるわな」

「はい」

 

 エマのこの言葉にほか3人も合点がいった様子だ。

 

「……高虎恵美たかとら めぐみ、旧姓、うしとら。私の母は、あなたの妹さんだった、ということですね」

「つまり……ウシトラさんはエマの伯父おじさんということですか?」

 

 ミツハの言葉に、ウシトラもエマも頷く。

 

 

 

「そんな重要なこと、こんな形でわかっちまうのかよ……」

 

 山崎ハルがぼそっと呟く。

 

「まあ、妹が結婚してから全く会ってなかったし、妹の旦那の高虎麻樹たかとら あさきが愚魔狩と全く関係の無い血筋の男でな。ワシらの家のことに全く興味も理解もなく……一方的に妹を奪い取っていく形で京都を出て、東京へ行ったんや」

「……両親、仲は良かったですけど……まあ確かに親戚の話は全くなかったな」

 

 過去の点と点が一気に線でつながった気のしたエマ。餌魔が底知れぬ魔力の持ち主である、という特徴も……裏を返せば底知れぬ魔力を持っていたからこそ餌魔となったとも考えられた。

 

 突如、ウシトラが頭を下げた。

 

「……私情を挟んで申し訳ない。久々に妹に会った気がして……懐かしく感じてもうたわ」

 

 まじまじと見つめていたのはそれでか、と胸をなで下ろすエマ。

 

「いえ……でもこうして会えて良かったです。もしずっと東京にいたら、愚魔狩をしないでいたら、ウシトラさんにも会えなかったのかと思うと、まあ感慨深いですね」

「そうか、それなら何よりや」

 

 照れからか、一瞬の沈黙が気まずい。

 

「そうや、巽サンの家やな。案内するわ」

 

 

 ウシトラから本題を切り出し直され、4人は巽の家の跡地へと案内された。

 

 

 ◆

 

 

 

 

 同時刻――渋谷の街――8月の上旬ということもあり、午後3時を回っているにもかかわらず、日差しはこれでもかとアスファルトから照り返し、街を暖めていた。その熱気にうだっている街の人々。クールビズなどと行ってポロシャツを着ているサラリーマンたちだが、したたる汗が張り付いて気持ち悪いらしい。

 

「暑いなァ。早いとこ営業終わらせちゃいましょ」

「いや……商談中は冷房効いてっから楽だろ……むしろ涼しくなるまで引きのばそうぜ」

「……涼しくなるんすかねえ」

 

 ヒートアイランド現象とかあるじゃん、と……この暑さに文句を垂れながら歩く二人の大人。すれ違う一つの人影と肩がぶつかったのは、後輩の方だった。

 

「あ、すみません……」

 

 咄嗟とっさに謝る後輩のサラリーマン。ふと下げた頭。額から汗が零れた。

 

「……」

 

 その人影は、夏にもかかわらずコートを着て、顔が隠れるようにフードを被っている。何も言わず右手だけ挙げて謝り、去って行く人影を見ている二人。

 

「なんだあいつ……」

「さあ……変なやつっていうのは間違いないでしょ」

 

 そう言い、笑いながら前に歩き始めた後輩――の左肩がみるみるうちに膨れ上がっている。

 

「えっ? あれ……」

「おい、どうした高橋……」

 

「え、いや……あの……」

 

 膨れ上がった左肩につられるように、左腕、胸部、首、頭、そして腹部も膨れていき、まるで空気をパンパンに入れた風船のように、皮が伸び、原型をとどめなくなっていた。

 

「むぅ……むぁ……む……むぇむぇ」

「……あ……ええ?」

 

 先輩であるサラリーマンの方も言葉を失い、掻いていた汗の一切が、冷や汗に変わっていた。

 

 風船ガムを割ったかのような鈍い破裂音が町中に響く。交差点にさしかかる前のアスファルトの上で、周囲の悲鳴が湧き上がった。

 

 

 その知らせはすぐに警察を通じて日愚連の方にも入ってきた。

 

「釘塚、真愚魔だ」

「動き出したか?」

 

 営業部の冬沢が冷房の効いた会議室にノートパソコンを持って突撃してきた。釘塚は驚くことも無く冬沢のノートパソコンの画面をのぞき込む。

 

「警察から。破裂した変死体が渋谷の街に数件。変な目撃情報が無いことを見るに、真愚魔が一般人に紛れ込んで術を使い、混乱させているに違いない。警察が事件現場周辺に検問をかけたとはいえ、警察の武力で食い止められるもんでもない」

「だな。警備部を中心に渋谷に厳戒態勢を敷こう。警察、自衛隊にも協力を仰いでくれ」

「そっちの仕事は営業部にお任せってもんよ」

 

 冬沢はそう言うと、各関係機関に連絡を取り急いだ。釘塚は警備部長の鳥羽に連絡を取る。

 

「鳥羽、渋谷の街に真愚魔が出没。一般人への被害が数件出ているが、目撃情報によると捕食ではなく、ただの殺害だと思われる。例の真愚魔組織に所属する真愚魔だと思われるため、即座に小隊を5隊ほど各検問所に派遣するように。今冬沢が警察に連絡を取り、検問所の場所を送るように伝えている」

『了解した』

 

 釘塚は電話を切り、次は総務部長の乾に連絡を取る。

 

「乾、真愚魔組織が動き出した。総本部の守りを固めるぞ」

『例の渋谷の件はどうする?』

 

 乾の反応はごもっともだ。一般人への被害をなんとしてでも防がなければならない、と捉えていたのだろう。

 

「そこは冬沢と鳥羽に任せた。組織の真愚魔はまだ20体近く残ってる。1体ごときの一般人の殺害など、陽動に過ぎん。コウマも神野も守りに残す。本部という拠点を取られることだけは何としてでも避けなければならない」

『お前の意向はわかった。渋谷の騒動は陽動――ということで良いな?』

「責任くらいならいくらでも取ってやる。それよりも責任をとれるように組織のテイは保っていてほしいとさえ思うがな」

 

 嫌みを吐いて電話を切る釘塚。ため息も吐き、両手小指の爪を上の歯と下の歯の間に挟んだ。

 

――教育部長の御厨は重傷で役に立たん。乾大和いぬい やまとを臨時の民事部長とし、多賀たがを臨時の教育部長とおいたとしても、組織が回るかは怪しい。今は開発部の人間を人事部が動かせるとはいっても守りとしては圧倒的に不足している。畜生、せめてハットリが戦えれば……。

 

 そのとき、会議室の扉をたたく音。2、3度のノックとともに入ってくるのは、蜂野スズメとコウマだった。

 

「おお、コウマ。スズメ。どうした?」

「よぉ。臨時で会長の座もらってさぞ喜んでるようやけど、早速大仕事やな」

 

 コウマは煽るように言った。釘塚は爪を噛みたいが、もう噛めるほど残ってはいない。

 

「……」

 

 深爪となった小指の爪を見たあと、視線をコウマの方へと上げた釘塚。

 

「顎門サンのことやし、きっと本部を潰せばウチの組織が動けなくなることを知りよる。今起きてる渋谷での騒ぎ、陽動とみて間違いないやろ」

「俺もそう思っていたところだ」

 

 奇遇だね、などという冗談を吐いている余裕、今は無い。

 

「真愚魔組織としても、大常磐さんを殺害したこと、ハットリに襲撃をかけたことは、本襲撃を見越してのもんやと思ってる。つまり、顎門サンは絶対に8段のやつらを警戒してんねん」

 

「ああ、お前含めそうだろうな」

 

 釘塚もそれはわかっている。

 

「……ここの守りを固めるか、いざここを取られても大丈夫なように戦力をある程度分散させるか、やけど……」

「?」

 

 釘塚の意見と違うものが出てきて、彼は疑問を投げかける。それに対し、スズメが続けた。

 

「一度、この総本部を取らせ、油断させる。その後、分散させた戦力を総本部に一気に固め、奪還するという作戦です。相手の陽動に使われた愚魔だけでも潰して、本襲撃での戦力の疲弊を減らすのが目的です」

 

 戦局を長期的に見ている二人の意見に、釘塚も頷いた。

 

「なるほど。しかし、ここは要塞としては優れている。立地、中の設備、諸々。それをみすみす手放すのは少々リスクが大きい」

「……確かに」

 

 スズメが頷く。コウマはまだ反対意見を貫く。

 

「あかん。上位種は戦略どうこうで勝てる相手やないで。いかに予想外を重ねて疲弊させられるかの方が重要や。釘塚サン、あんたの電撃の真愚魔討伐作戦も、様々なプランを用意し、スズメや俺を最終的に戦場へと向かわせたんやろ?」

「ああ。まあそうだ」

 

 釘塚は何か考え込みだした。

 

「よし、プランFとして、そいつは最終手段として持っておこう。コウマ……お前がここの最終防衛ラインを担当してもらう。どんなにまずい状況になっても、俺とお前はここに残り続けるんだ」

 

「なるほど。やばくなっても俺と釘塚サンなら時間を稼げるやろってことやな」

「ああ。お前が簡単に死ぬとは思えんし、俺にも分身を作り出す術があるから、ピンチになっても逃げることができて、立て直せる」

「わかった」

「あまりにもこっちに戦力が割かれ、押されるようならそのプランFを実行する」

 

「はい」

 

 スズメも頷いた。

 

「さあ、戦争は目の前だ」

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