日愚連東京支部――総本部としても位置するこの山奥の建物に、65名の愚魔狩が集まってきていた。
「今回は受験者が多いらしいな」
「釘塚さんが試験の参加資格緩めたからでしょ。実際に芳泉さんも本部での仕事してなかったから初段昇格試験受けれてなかったんでしょ?」
スナに言われ、芳泉は何も言い返せない。
「……それより、前回……半年前に行われた初段昇格試験、合格者4人だったらしいですよね」
「ああ。噂には聞いている。とてつもないダークホースがいるそうな」
周囲を思わずウロキョロしてしまう芳泉。「落ち着いてください」と一蹴するスナ。
「……俺らの師匠はコウマさんですよ。大丈夫です」
◆
スナも芳泉も、こうしてここに立っているということは、コウマからの戦闘訓練に“合格”したのである。
「俺に一撃でも与えることができた方が合格だ」
このコウマの言葉の意を、額面通りに汲み取れば二人を競わせたかのようにも思えたが、彼はある条件を提示していた。
「しっかりと連携を取った上での一撃ならば、両方合格とする」
この真意を汲み取った二人は、やっとの思いでコウマにギリギリ、かすり傷を与えることができたのだ。
「……でもまあ、あれ……最後はコウマが俺らに情けかけてくれた説あったな」
「でも、試験内容は第一試験がサバイバル戦ですし、俺らが連携とれれば生き残れる確率はぐっと上がるはず……」
少し試験に前向きに取り組める――そう思った二人の下に、一人の一級愚魔狩が近づいてきた。
「やあ。スナくん、元気かな」
「えっ!?」
驚くスナ。それもそのはず、先日まで大けがで入院していたはずの、自分たちの代の副担任も務める1級、井龍華真が立っているからだ。
「い、井龍さん?」
「あはは。こないだまで包帯ぐるぐる巻きの情けない姿だったからなあ。恥ずかしいよ」
驚異の回復力だ、とつぶやくスナに井龍は照れ笑いを見せる。
「……それより、スナは知らないだろうけど。芳泉くん、聞いてるか? 例のアイツのこと」
「例のアイツ?」
芳泉は初段昇格試験にこれまで一切の興味を持ったことがなかったため噂に聞いたことがなかった。
「……山崎陽という1級愚魔狩のことさ」
「ヤマザキハル?」
井龍は二人に説明をした。前回の初段昇格試験の第二試験、参加者であった山崎がサバイバル戦にてほかの参加者を大いに巻き込み、脱落者を増やした結果、第三試験を行わずして残った5人がそのまま合格したこと。しかし、そのうちの一人、脱落者を増やした張本人である山崎が、初段昇格試験の受験資格を持っていた旨の書類手続きを行っておらず不合格となったこと。結果、その年の初段昇格試験の合格者はたったの4人になったこと。そして、その話題の渦中にある山崎が今回も受験しているということ。
「けっ……俺たちはあの降磨竜吾に認められた男だぜ? ヤマザキハルってのがどんなのかはしらねーが、とっとと負けて家に帰ってパン祭りやってろってんだ」
「芳泉さん、負けるやつの台詞っぽいんでマジでやめてください」
スナの言葉に井龍を苦笑いを見せた。
◆
戦闘訓練場に案内された受験者たち。スナと芳泉と井龍は行動を共にしていた。戦闘訓練場には、大きなモニターが用意されており、ある男が映し出されていた。
『やあやあ受験者諸君。こんにちは。人事部部長の釘塚です』
にんまりと笑うサングラスの男。オールバックの頭髪に遊ばせた毛先で若作りをしているのがなんとなく伝わる。
『今回は受験資格を持つ者を大幅に広げた。その目的は二つ。優秀な愚魔狩を少しでも上の階級に上げるため。もう一つは合格者の人事を、適性にあった箇所に送るためだ』
目的を言ってしまうのか、とスナは驚いた。
『昨今の各部の人事状況には偏りがある。“人気だから”という理由で増えすぎた部署。もはやなぜそこに行きたいのかと問われたときに“みんなが行くから”という理由で希望を出し、部署体験へと行く。そしてコネを作り、初段に上がればその部署に入る。このサイクルができあがってしまった今、改革が必要だと感じた。君たちが現に今、今回の試験で合格すればその改革の先駆者となるだろう。努々励んでほしい』
「かはは……燃えるぜぇ」
釘塚の言葉に笑うのは、山崎陽――超問題児と噂される1級の愚魔狩だ。長髪に右側頭部をコーンロウにしている頭、剃られた眉、下唇につけられたピアス。これらの特徴が周りに威圧を与えている。黒色のTシャツに薄めの色のジーンズというシンプルな見た目だが、細身なりに鍛えられた肉体にはよく似合っていた。
「あいつだ。あいつが山崎だ」
井龍に肩を叩かれた二人。芳泉とスナは井龍の視線の先へと顔を向ける。
「絶対やばいやつじゃないですか。落ちた理由書類上の不備だけじゃないでしょ」
芳泉が山崎の態度、言葉、そして見てくれから慄いた。
「まあ書類上の都合で落ちたというのも、あくまで噂だしな。でも、サバイバル戦で参加者減らしまくったというのは本当だ」
「強いということには変わりない、と」
スナの言葉に「そう」と頷く井龍。
モニターの向こうの釘塚が、もう一度話し始めた。
『第一回戦は、サバイバル戦。これまでは場内に存在する愚魔を実際に狩ってもらっていたが、今回は愚魔ではなく、ドローンを使用する』
第一回戦のルールは、40体のドローンの中から一体でも破壊すれば突破できるというルールらしい。ただし、昨年と大きく変更となる点は、二人で1チーム。加えて、チームの両方ともがドローンの破壊に成功しなければ突破とはならないというものである。
『1チームだけ3人になるけれど、まあ全員がドローン破壊をしなければクリアできないという点において、3人チームはリスクともとれる。昨年同様、ほかの受験者の邪魔はOK。度を超えた攻撃は退場の処置の対象となる。まあ、お互い愚魔狩だから、そこのところの境界線は甘めでよろしく。それでは、ペアを好きに決めて良いよ』
モニターが消え、案内係が戦闘訓練場へ案内する。
「案内係です。それでは、二人一組、ペアを作ってください」
案内係の若い女性の言葉に、芳泉とスナは目を合わせた。
――9割は受かるってコウマさんにも言われた。俺がスナと組めば9割受かる。
――でも、1割落ちる可能性があるとしたら、間違いなく山崎陽に邪魔をされること。それを避けようと思うならば。
二人は、ある男のもとへと向かった。
「お前が山崎陽か?」
「ん?」
山崎陽――話題の渦中にある山崎が、顔の右側を二人に見せた。ややこわばった表情で、年上であろう芳泉が話をする。
「……俺とこいつと3人組を作らないか?」
「ほお……」
山崎はにやりと笑った。
「もしかして、そこそこしっかりと俺の噂聞きつけてきた人? それとも俺がペアくんでもらえなさそうなかわいそうなやつだと思ってきた人?」
どちらも当てはまる、というのがスナの正直な感想だったが、ここで本音を言うのは得策ではない。
「噂には聞いている。君と組んだ方が後々得だと思ったんだ」
スナは物腰柔らかく振る舞った。
「ってことは前者か……ふぅん」
山崎の鋭い目が、鑑定士のように二人の身体を見定める。上下左右。動き回る眼球。
「……悪いけど、俺にメリットがねえな。もうちょい強そうだったら考えた。いっそめちゃくちゃザコだったら考えた」
山崎は踵を返し、背中を向けたまま右手をひらひらとさせた。
「……断られたのか」
「そうみたいっすね」
スナが山崎をにらみつける――その視線すらも、山崎は見ていない。
「くそ……これでもめちゃくちゃ強くなったってのに」
――
思い出すのは、コウマとの戦闘訓練。二日目にして根を上げかけていたスナに対して、コウマが言ったことである。ちょうどスナは芳泉の含魔機関銃の軌道が読めず、どう頑張っても彼と合わせることができていなかったのだ。
「なんて言うんですかね。一旦攻撃が途切れる感じといいますか」
「……せやな」
コウマは座り込むスナを見下ろしながら言った。
「……芳泉さんが俺のアシストしてくれているのはわかるんですけど、コウマさんの動きだけじゃなくて、俺の動きも制限されてしまうんです。これって俺が悪いんですか? それとも――」
スナは心のどこかで期待していた。「芳泉のタイミングが悪い」と言われて、自分は悪くないことをコウマに証明してもらおうとしていた。しかし、コウマはそんなスナの思惑を打ち破る。
「……制限されてる時点であかんやろ」
「えっ」
驚くスナに、コウマは続ける。
「芳泉のアシスト能力は高いで。なんと言っても軌道を変化させられる弾丸。追尾機能を持った弾丸。爆撃によって盤面を変えることができる弾丸。これを使い分けるって言うンはシンプルに強い」
「じゃ、じゃあどうして俺の動きが制限されるような感じがするんですか?」
「お前が一撃与えることに神経注ぎすぎやねん。せやから俺はお前の動きが読みやすいんや。お前という存在が芳泉の射線を切ってくれるところに、俺が移動してるだけやねん。けど、お前が気づかずに俺を狙い続ける。故に芳泉はお前にぴったりのアシストができへんのや」
――ってことはつまり……。
スナは気づいた。
「やりにくいと感じているのは、俺だけじゃない?」
「むしろホーセンの方がやりづらいやろ」
コウマの言葉にスナははっとする。
「そうか。芳泉さんは別にアシストをするだけが仕事じゃない」
「せや。お前がアシストする側に回ったってええねん。別に近接やからって首取らなあかんわけやない」
へたり込んだままのスナに右手を差し伸べるコウマ。
「お前に“アシスト”の動きをたたき込んだるわ」
――
「芳泉さん」
スナが芳泉に話しかけた。
「勝ちますよ。山崎ぶっ倒して」
前髪の隙間から、いつになく不敵な笑みを浮かべるスナ。芳泉は太い腕を組みながら遠くを見ている。
「ああ」
◆
サバイバル戦がスタートした。縦横無尽にドローンが動き回る中、参加者たちは試験会場となる第三訓練場に来ていた。この日愚連が所有する第三訓練場は、樹海のような密度の濃い森となっており、油断すればすぐに行き先を見失ってしまう。まさにサバイバルに持ってこいの地形だ。
スタート地点から早速、遠くにドローンを視認したスナ。即座に駆け出す。
――でもこのドローン、ほかの参加者が狙っていてもおかしくない。
スナはすぐに無線で芳泉に連絡を取る。
『芳泉さん、見えてますか、あのドローン』
スナのスタート地点から約15m離れた距離にいる芳泉。お互いに姿だけ認知している状態で、同じドローンを追っている。
『もちろんだ』
「狙ってください。俺、周りの参加者に牽制かけます」
スナが足を止める。その間に芳泉は改造含魔機関銃を右腕に構えた。
「とりあえずぶっ放すぜ!!」
回転しながら弾丸を発射する銃口。木々の間をすり抜け、ドローンを一直線に狙っている。しかし――
風が吹いたような音とともに、ドローンは高度を上げ、木々のてっぺんを越えた。
――ここだ!
スナはそのドローンを見据えた。
「風陣:宙技――千両桶屋」
膝を曲げ、高くジャンプした。木々の幹を蹴り、上へ上へと上がっていく。
宙返りのように身をひねり、ドローンの機体に刃をぶつけた。
――もらった!
力を込め、機体を断ち切れば良いッ! そう思った瞬間、遠くから声がした。
「どぉけどけどけぃ!!」
左手にドローンを持つ、野蛮な男が、木々の上を軽快に飛び回り、スナの足をつかんだ。
「俺のだ!」
スタートしてから数秒の間に枯れた山崎の声。狩れた機体は既に一体。今スナが刀身に捉えているドローンを二体目にしてしまうのは、釈然としない。
「山崎陽!!」
スナには驚いている暇などない。なんとかしてカウンターを取る必要があった――が、空中ではそんなこと為す術もなく、引っ張り落とされてしまう。地面にたたきつけられる形で、ドローンから引き剥がされてしまったスナ。
「くそっ!」
上げた視線の先――靴先のとんがった革靴を履いている山崎は、そのままスナの顔を踏みつけてきた。
プチッという音がすると同時に、鼻から血が流れた。
「野郎……よくもッ!」
激昂一歩手前――スナが刀を握りしめている右手に力を入れたそのとき、芳泉が詰めてきていた。
「おいおい、俺の相棒の邪魔してくれてんじゃねえよ!!」
わざと大きな怒鳴り声で威圧する芳泉。身体の大きさでは山崎を上回っており、さすがの山崎も一歩たじろいだ。
その隙をスナは逃さない。
「風陣、下段――潮風」
風見山家に伝わる剣術、風陣。
基礎、上段、下段、宙技、奥義の5種類に技が分かれており、その中にある下段の技は刀を下から上へと向ける動作が必ず入る。スナは風見山家の者でないにもかかわらず、圧倒的な敏捷性と身体の柔らかさを以てして、この下段の技を――臥した状態からでも形にできる。
山崎のつかんでいたドローンを真っ二つに割るほどの刀捌き。そして、山崎の手が、ぱっくりと割れ、右手中指と薬指の間から血がぼたぼたと流れ落ちていた。
「……あらあら」
眉毛がないせいか、特段目つきが悪く見える。そんな視線を受けても、芳泉もスナも引こうとしない。
――この一撃は大きい。利き手らしき右手にケガ。どんな術かはわからないが、十分に押し切れるッ!!
スナは確信し、追撃を加える。身を即座に動かすことでなんとか避ける山崎。この反射神経だけ見ても、少なく見積もろうとも初段――段持ちの中に紛れ込んでもかなりやれるくらいの実力が測れた。
「術使っちゃうか」
ケガをしていない左手で前髪を掻き上げる山崎。
「PAN」
そのまま振り下ろしてきた左手の人差し指の先から放たれた魔力の塊――これが魔力の塊だとスナが気づいた頃には、もう腹部に直撃していた。
「かはッ!」
衝撃に口から唾液がこぼれる。
「……ッ!!」
あまりに咄嗟のことだったので、芳泉が言葉を失っている中、スナに追撃が加えられた。
「PANや PANや PANや」
連続で放たれる魔力の塊。まるで小学生が指拳銃を作って遊んでいるかのように、透明の魔力を人差し指の先から放出しているのだ。
「ぐっ! うッ! ッ!」
蹂躙されている――とさえ思えるほどに、一方的な攻撃が続く。反撃の隙すら与えないラグのない連続攻撃。
――魔力の発射から到達までのスピード、術の連続使用のラグの早さ、一発あたりの威力……どれをとっても隙がねえ!!
指先で放てるだけあって、彼の機転次第ではある程度全方向に対応できる。距離を取って反撃を食らわないようにしなければ先手を取られてやられる――と芳泉が思い至るまで3秒。
その間にボロボロになっているスナ。着ていた黒色のシャツの腹部に穴が開いており、じわりと血がにじんでいた。鼻から出ている血も相まって、満身創痍にすら見える。
そして、ここで芳泉は思い出す。コウマの教えを。
『中距離で戦うなら得意な間合いを強引にでも作り出せ。スナをそのために使え』
アイコンタクトを送る芳泉。痛みにこらえながらも頷いたスナ。山崎は指を動かしながら遊ぶように――攻撃する。そんな彼の指先に背を向けたスナ。痛みで顔がゆがみながらも、一歩踏み出し、走り出した。
「敗走確定ッ!!」
両手の人差し指を大きく前に突き出し、スナに指先の照準を合わせた。
「PAN!」
山崎陽はまだ気づいていた。今自分が蹂躙している男の脇に、男がもう一人いたことに。
山崎陽はもう気づいていた。その男、芳泉は自分の術の仕組みがわかっていないことに。そして、彼が自分の術を警戒していることに。
山崎陽はこうなることを予測していた。一瞬相手に対し遅れをとったことで相手を油断させ、その上で攻撃し、優位に立つ。スナに対して行った“術による攻撃”は、シナリオ通りだった。
山崎陽は、故に気づいていた。背を向けたスナ、逃げ出したもう一人の男。自分から離れていく二人の男がいることに。
そして、山崎陽は気づいていなかった。自分が狙っていない方、芳泉透里が、“ある距離”で立ち止まったことに。
――必殺、『変速追尾式爆撃含魔機関銃』。
芳泉の魔力によって作られた弾丸が乱雑に放たれる。この弾丸すべて、変化、追尾、爆撃――これら3つの性能を兼ね備えている。故に、この弾丸たちはすべて、大きく曲がりながらそれぞれの軌道を描き、山崎陽を狙っていた。
――何だ?
弾幕が360°すべての方向から、文字通りパノラマの如く、山崎に襲いかかる。しかも、襲いかかった弾丸たちはすべて――その場で炸裂する。
大きな爆発音と閃光の中、コウマの教えを実践できたことに何よりの手応えを感じていた芳泉。スナも、アイコンタクトを通して“引く”こと、そして弱さを演じて“惹く”ことを行った。その結果芳泉の射線から自身を外すことができたのだ。
「……コウマさん、やりましたよ」
黒煙立ちこめる中、芳泉は不敵に笑った。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!