総本部の襲撃――振り子の真愚魔の残した衝撃は、まだ総本部をざわつかせていた。コウマが総本部に戻って直々に事情を説明する。
「多分やけど、振り子の真愚魔の能力は、右手に持つ振り子が遠近法を無視して攻撃できるってやつやと思う。遠いもの=小さいものと捉えて攻撃ができる、そんなところやろか」
「なるほど。ということは、新宿のビル群を遠くから振り子で攻撃していた、と言うことかな? 総本部も同じ要領で遠くから小さく視界に捉えて、“視界の中で振り子をぶつけていた”と」
同じく8段の神野述がコウマの説明を理解し、補足した。総務部長かつ臨時会長の一人である乾猛も唸っていた。
「……よく能力を看破し、近接戦闘に切り替えることができたな」
「たまたまやで、ほんま」
天羽経理部長、冬沢営業部長、池内教育副部長、釘塚人事部長、多賀警備副部長、乾大和民事副部長、丹波開発副部長ら、そこに揃っていた面々も、コウマの「たまたま」という発言に同意するように唸っていた。
「まあ、幸いにも、その“振り子”で破壊されたのが、今誰も使っていなかった会長室だったことで、数人のケガで済んだ。俺らの使っていた作戦会議室だったら、ここにいた何人かは死んでたぞ」
釘塚の言葉に、コウマも頷いた。
「幹部の人らはわかってると思いますけど、今戦っている真愚魔組織、ただの愚魔とはスケールが全く別もんや。普通に過去に真愚魔が出没したこともあるけど、そいつらが連携と作戦を以て、完全にこっちを潰しにきよる。しかも、顎門部長が今は完全に向こうにおるわけやから、こっちの内情は全部筒抜けや」
「僕の術も、割れてるわけか」
コウマの言葉に神野が言う。珍しくメガネをかけている。
「あまり本業の方を蔑ろにしたくはないが、出版社が潰れると食い扶持がなくなるからね」
「そうならんことを祈るよ」
乾猛が呆れて呟く。
「よし、じゃあ改めて……現在残っていると思われる真愚魔を洗おう」
釘塚が言った。
「真愚魔組織だが、A-Zの26体の真愚魔が所属していたと考えられる。各真愚魔に、“コード”と呼ばれる能力と噛み合った言葉と頭文字を名乗っている」
「能力の底上げやな」
「底上げですか?」
コウマの言った言葉に、丹波が質問する。
「俺らも真愚魔も共通しているんが、“術”をインスピレーションから作り上げているってことやねん。術に名をつけ、イメージの具体をつけることで、術をより高度なものに仕上げられるってわけですわ」
「というわけで、真愚魔組織は、一体一体、敢えて能力を冠した名を名乗ることで、その能力がバレやすくなる分、強力な能力を持つ、という特徴を持っている。まずは確認済みの真愚魔から」
釘塚が書類を確認しながら読み上げていく。
――A、弓矢の真愚魔。新人研修襲撃および、大常磐会長襲撃にも現れた真愚魔。矢に見立てた右手から魔力を込めた発射物を放つ。大常磐月丸会長(9段)により討伐済。
――B、未登録。組織のアジトから見つかったメンバー表とおぼしき表に、Barrettと表記があったことから、弾丸に関する術や銃に関する術を持っていると示唆されている。
――C、どういう仕組みかはわからないが、どうやら“術を引き継ぐ術”を持っている。開発部元部長、顎門永生が“顎の真愚魔”だと思われたが、違った。釘塚天智も“分身の真愚魔”と疑われていたが、それも違う。真愚魔組織を率いるボスで、日愚連の中に内通者として潜んでいると思われる。
――D、未登録。組織のアジトから見つかったメンバー表とおぼしき表に、Dynamiteと表記があったことから、爆弾に関する術を使うと示唆されている。
――E、電撃の真愚魔。堅海市の堅海図書館に出没。緋花真秋(4段)を殺害。および同市内アミューズメントパークにも出没形跡あり。非常に防御力・攻撃力が高い真愚魔上位種。“餌魔”である高虎恵麻を狙って真愚魔組織を抜け出した。堅海大学内にて電撃の真愚魔討伐作戦を決行。降磨竜護(8段)によって討伐済。
――F、火炎の真愚魔。大常磐会長襲撃に現れた真愚魔。炎を発生させる術を持っており、非常に高い攻撃を有している。大常磐会長を殺害後、逃走中。
――G、重力の真愚魔。大常磐会長襲撃に現れた真愚魔。重力をかけることができる。大常磐会長から深手を負っているも、組織内の仲間の助けを借りて逃走。
――H、隠密の真愚魔。真愚魔組織調査作戦にて発見。作戦小隊の第三・第四小隊を壊滅させた上位種。物質に溶け込む術を使う。
――I、氷雪の真愚魔、大常磐会長襲撃に現れた真愚魔。氷を発生させることができる。襲撃後逃走中。
――J、噴射の真愚魔。神野述(8段)と交戦。退ける。
――K,殺戮の真愚魔。担当地区にいた服部迩参郎(はっとり にさぶろう)(8段)と交戦。鵜島克麿民事部長(7段)らの加勢により討伐するも、服部を戦闘不能にし、鵜島部長を殺害する。上位種で卓越した破壊力を持つ。
――L,施錠の真愚魔。神野述(8段)と交戦。退ける。その後、本部前襲撃。鯨間火暖(げいま かのん)(2段)、我孫子高天人事部副部長(5段)、田場麻丸(2段)と交戦。加勢した降磨竜護(8段)により討伐済。
――M、幻影の真愚魔。本部前襲撃。数多くの一般人に幻覚を見せる術を使い、本部前を一時混乱状態に。我孫子らと交戦後、降磨竜護(8段)により討伐済。一般人の混乱は、多賀隆弘警備部副部長(5段)により一旦静まっている。
――N、悪夢の真愚魔。本部前襲撃。数多くの一般人に悪夢を見せる術を使い、本部前を一時混乱状態に。我孫子らと交戦後、降磨竜護(8段)により討伐済。一般人の混乱は、多賀隆弘警備部副部長(5段)により一旦静まっている。
――O、劇薬の真愚魔。新宿に出没。営業部の荒井千織(4段)を中心に討伐隊を組むが、一部を除いて死亡。鳥羽嗣道警備部長(7段)を含めた追加部隊を派遣中。毒物を生成する術を使う。
――P、振り子の真愚魔。港区に出没。総務部の寺田倫生(3段)を中心に討伐隊を組むが壊滅。振り子を使って、遠近法を無視した攻撃が可能となる術を使う。港区を壊滅状態にした後、本部前に移動。その場で対応した降磨竜護(8段)によって討伐済。
――Q、未登録。組織のアジトから見つかったメンバー表とおぼしき表に、Quackと表記があったことから、振動を起こす術を持っていると示唆される。
――R、反射の真愚魔。攻撃を反射する術を使う。日愚連横浜支部を襲撃し、横浜支部長、泥野昌夫(でいの まさお)(6段)らを殺害。横浜支部を機能停止まで追い込むが、直後に駆けつけた大常磐月丸会長(9段)により討伐済。
――S、探索の真愚魔。堅海市内のマンションの一室にて、餌魔である高虎恵麻(1級)を襲撃するも、降磨竜護(8段)によって討伐済。特定の人や物を探索する術を使う。
――T、未登録。組織のアジトから見つかったメンバー表とおぼしき表に、Tenasityと表記があった。
――U、未登録。組織のアジトから見つかったメンバー表とおぼしき表にUnbelievableと表記があった。
――V、格闘の真愚魔。新人研修襲撃および、大常磐会長襲撃も行った。近接戦闘に特化している。大常磐会長により討伐済。
――W、未登録。組織のアジトから見つかったメンバー表とおぼしき表、およびUSBファイル内の情報から、自害していると思われる。使う術は転送に関するものと思われる。同術を、コードCが使える可能性が高い。
――X、拡大の真愚魔。渋谷に出没。触れたものを拡大させる術で、一般人や愚魔狩を多数殺害する。小暮朱雀(5段)率いる警備部討伐隊により討伐済。
――Y、降伏の真愚魔。堅海市内のマンションの一室にて、餌魔である高虎恵麻(1級)を襲撃するも、降磨竜護(8段)にて討伐済。目が合った者の戦意を奪う術を使う。
――Z、未登録。組織のアジトから見つかったメンバー表とおぼしき表に、Zombieと表記があったことから、不死の術を持っている可能性が示唆されている。
資料を見て、真愚魔組織に所属している真愚魔を全て確認した幹部の面々。釘塚の補足も踏まえ、乾大和民事部長が口を開いた。
「未登録かつ、我々が確認できていないB、C、D、Q、T、U、Zのうち、どれかが真愚魔組織のボスで、そのうちの一人が、内通者で真愚魔だった顎門永生だ」
「顎門自身が“顎が英語でChin”って説明したんだから、顎門がボスでCなんじゃないの?」
池内教育副部長が尋ねるが、今度は釘塚が首を横に振る。
「ボス自らが内通者やってる組織、既にこっちを壊滅させる手段があるなら、大常磐会長襲撃時にばらさない方が得策だろう。もう一人内通者がいると考えるのが自然で、もっと真愚魔組織にとって都合が良いタイミングがあるはずだった。おそらく、今本部や都内各地を一気に襲撃している今が、真愚魔組織にとってのその“都合の良いタイミング”だと思われる」
「既に、L、M、N、O、P、Wと六体の真愚魔が同時に各地を襲撃したしな」と冬沢。
「しかし……それにしてはえらくほかの生き残りの真愚魔がおとなしくないか? L、M、N、Pの本部襲撃が失敗したとわかった時点で、新手を送り込んできてもおかしくは無いはずだが……」
乾猛も呟いた。
――この余白のある襲撃は何だ? 真愚魔組織の組織力の問題か? それとも向こうのボスには、ほかに何かやらなければいけないことがある?
コウマが視線を机の下に落としたそのとき、携帯電話の画面が通知で光っているのが見えた。
――エマ? 不在着信?
助手からの不在着信に、彼は訝しんでメッセージアプリを開ける。そこに書いてあったメッセージが目に入った途端、コウマは立ち上がる。
「エマがヤバい。京都行ってくる――」
「待ちなよコウマ」
すぐに右肩を掴むのは、横に座っていた神野述。
「何が起きたのか、ここで共有してくれ。少なくともここに内通者はいないだろ」
「そ……そうやな」
コウマは落ち着いて座る。「急いでもしゃーないしな」と独り言を呟いて。
「何があったんだ、コウマ」
乾猛の言葉。コウマは乾の方を見た。
「俺の助手、高虎エマを、今は京都に避難させています。京都支部の艮亮平サンを頼るように言いました。しかしエマから連絡があったことに今気づきまして、少なくとも4体の真愚魔が京都に襲撃に来た、とのことらしいです」
「よ、4体も?」
「それだけもの戦力を割いたのか?」
「京都支部で対応しきれるのか……?」
幹部たちが口々に言う中、釘塚はコウマをじっと見ている。
「コウマ、なんか腑に落ちないようだけど、どうした? 真愚魔が餌魔である高虎エマを狙うのは当然だろう」
「いえ……京都に行くことは、俺が信頼できる弟子や、エマと親交のある人間数人にしか伝えていないはずなんですわ。なぜ真愚魔組織がそこに気づいて4体もの真愚魔を向かわせることができたのかが……いや、もう答えは一つしかないんですが」
コウマの言葉に全員が押し黙る。その沈黙を嫌って、釘塚が口火を切る。
「つまり、内通者は間違いなく京都にいる、と?」
「顎門が向かったのかも知れない……が、どうやって顎門にそれが伝わるんだろうな」
釘塚の言葉に、乾猛が釘塚を見る。
「いや、どう考えてももう一人の方や。顎門部長と直接コンタクト取れるようなヤツは向かわせとらん。山崎(やまざき)ハル、順和一緒(すな いちお)。どちらも今期初段に上がったばかりの無派閥や。同じく同行している蜂野ミツハに至ってはまだ級位やし、この事情を知っている竜胆ライム、木村スバルの両名も、まだ級位。この5人のうちの誰か自身が内通者か……どっかしらからか漏れたかのどっちかしか無くなったわけや」
コウマの言葉に、「かわいそうに」と神野。
「コウマは今すぐにでも餌魔を助けにいきたいだろうが、正直賛成しかねる。4体の真愚魔が京都に向かったと言っても、5体以上の真愚魔はまだ東京で力を残している。コウマがいなくなったら勝てる戦いも勝てない」
釘塚の言葉は正しい。しかしそれは、組織を守る上で、だ。コウマにとって、優先順位はそこじゃない。
「エマが真愚魔組織の手に落ちたら、それこそいよいよそいつを止められる愚魔狩はおらんなる。エマを喰われへんことが、絶対的な勝利条件なんや」
コウマは数々の選択を後悔する。ここに来て、同行者を絞っていたのが裏目に出ていた。そして、幹部たちに内密に京都に向かわせていたことも、この場で彼らを説得する上での難しさを表している。
「まあでも、コウマの言うことも一理あるよ。となれば、真愚魔組織のボスはきっと、京都に向かう可能性が高い。コウマがすぐに助けにいけない状況なんて、敵側からしたら都合が良すぎるくらいだからね」
経理部長の天羽がここで口を開いた。
「だから、コウマを向かわせるの、俺は賛成だ」
賛成の意を示した天羽。
「んー、むしろこの会議で時間を使わせることも、向こうの目的だったらと思うと怖いので、善は急いでもらって」
乾大和も賛成の意を示す。同調するように池内も呟いた。
「……俺は賛成できない。本部がやられたら終わりだぞ? それに、そんな大事なこと、いくら内通者がいるというリスクがあるとはいえ、上層部が誰も知らないってのは……」
営業部の冬沢の意見。すぐに反論する天羽。
「現に、内通者の一人が開発部の部長だった、という事実はそれだけでコウマを疑心暗鬼に陥らせるには十分だ。ここにいる誰一人、コウマに心の底から信用はしてもらえていない」
「まあ、完全に向こうのペースですよね、今」
神野が立ち上がり、冬沢と天羽の間に立った。
「だから今、後手に回るのは得策じゃない。高虎エマを助けに行くのは賛成だ。でもそれは……降磨竜護ほどの大駒が行くべきではない、と僕は思いますけどね」
神野は釘塚の方を見る。
――誰を向かわせるか、ここで適任をバチッと決めるのが、人事部長の腕の見せ所じゃないですか?
神野の思惑を感じ取った釘塚。
「……反対した手前、悪いなとは思っているんだ。コウマ。そこだけは理解してくれ」
「いえ……まあ、エマを巡ってアンタとは元々バチバチや。今更気にせえへん」
「……コウマ、まずは高虎エマに連絡を取り、現在の状況を詳しく聞き出せ。連絡が取れない場合、京都にすぐに迎え。ただし、お前単独で――だ。状況を聞き取り、俺がお前にそのまま指示を出す。その指示通りに、電話越しで高虎エマたちを動かしてくれ」
「……アンタにしてはえらい良心的な提案やな」
「状況が状況だからな。俺としても、餌魔が敵の手に落ちるのだけは、本当に避けたい」
コウマは携帯電話を取りだし、エマに電話をかけた。
「もしもし、エマか?」
つながったことに安堵する作戦会議室の面々。
「ああ、そうや。ほう……そうか。J――噴射の真愚魔は竜胆ライムが討伐した……か。そうか」
コウマが話す。驚く幹部たち。
「なるほど、重傷のリンドウと、ミツハと、京都支部の人らと計6人で逃げよるんやな」
電話越しのエマの声を復唱する。エマの声が聞こえない幹部たちにも、状況がわかるようにだ。そして、コウマは左手の親指を立てて、釘塚に見せた。
「よし、じゃあ……指示を出す。その通りに高虎エマを動かしてくれ」
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