橘と特訓を続け、早3日が経つ。圧力式助魔器の扱いに早くも慣れたエマは、短刀と銃を組み合わせた戦い方を橘から学んでいるところだった。
「そうだ。そこで切り替えろッ!」
「はいッ!」
短刀をしまい、含魔銃を構える。この間、4.5秒。
「遅いッ! あの真愚魔相手だったら殺されるぞッ!!」
「はいッ!!」
橘の声に合わせてエマは弾丸を発射する――が、簡単に短刀で弾かれてしまう。橘の刀捌きは、遥か雲の上を行く出来だ。
「圧力式助魔器を使うことをさぼるな! 早くても威力の無い攻撃は意味がない!」
「は……はい!」
正直、きつい。命を懸けるプレッシャーが無い分、高校の部活の方がまだマシだったのではないかとさえ思える。
「俺に傷をつけるまで休憩は与えんぞ!!」
「くっそー!! はい!!」
心の声を漏らしながらも、必死でついてくるエマ。橘はわずかにではあるが手応えを感じている。
――鍛えればモノになる、とは思っていたが、予想よりも成長速度が良い。餌魔であることを理由に飼い殺しにするにはもったいないとさえ思える。
「さあ短刀に切り替えろッ!」
「はいッ!!」
腰のベルトに銃をしまい、短刀を鞘から引き抜く。その際に、圧力式助魔器をしっかりと起動し、短刀に魔力を込める。スピーディに魔力を込めることができたのか、居合での抜刀で橘の左腕に切先を掠めることができた。
「いいぞッ! その感覚だ!!」
左腕に赤く線が入る橘。浅い傷だが、わずかに血が流れている。
「対魔力でガードしてこれ……ってことは、しっかりと魔力を込めている証拠だ。それにお前は、餌魔であるせいか、元々の対魔力にアドバンテージがある。圧力式助魔器を活用する戦い方は、その強みを大いに活かせる」
「は、はい!」
大きく返事をするエマ。ここで気づく。餌魔の特性は、愚魔にとっての活力の源である魔力の塊であることなのだと。
「ってことは、私は才能があるってことですか?」
「通俗的に言えばそういうことになる」
「……なんか今のコウマさんみたいな言い方ですね……」
「……どういうことだ?」
「○○的にって言い方が、です」
ここで笑うエマ。つられて橘も笑う。
――正直、釘塚の思惑を知ってしまっているがゆえに、心苦しいところはあるが……まあ仕方ない。俺の仕事はそこまで関与していない。
橘なりにエマと釘塚との間で、自分の感情を板挟みにしていた。簡単な話であった。コウマやスズメが危惧していたように、釘塚の目的は、餌魔であるエマを、電撃の真愚魔討伐のためのエサにした後、処分するかのように殺すこと――だったからだ。釘塚からは、『高虎エマをある程度戦えるようにしておいてくれ。いざとなれば一人にしても大丈夫な理由になる』と命を受けていた。
◆ ◇ ◆ ◇
そんな釘塚は、討伐隊のメンバーと作戦会議を行っている。当然彼らの第一の目的は、電撃の真愚魔の討伐である。釘塚にとっては、ここを失敗すれば何も意味がないのだ。
「まず、鯨間。お前が作戦の主軸――真愚魔との戦闘を担ってもらう」
「うっす」
スマートフォンを横向きにしながら頷く学生服を着た少年、鯨間火暖。彼は弱冠17歳にして、対魔力を込めたアプリケーション等を開発し、初段にまで上り詰めていた。今回は、アプリと連動したアンドロイドを遠隔操作して真愚魔と戦う作戦を用いている。
「一応電撃耐久は腐るほどダウンロードしました。っていうか、それに俺の魔力8割使ってるっす」
「向こうがどう出てくるかが不安だな。愚魔たちも徒党を組んでいてもおかしくない。電撃型以外の愚魔を相手にしないようなサポート体制を完璧に整えておきたい」
釘塚は鯨間の発言を基に作戦を提案した。全員が頷く。
「楯山、山風見、美濃をサポート要員に回したい」
「もちろんです。っていうかどうせ……僕の役割って盾ですよね」
恰幅の良い男性――楯山守望は身体をもじもじさせながら言った。
「ったりめーだろ。じゃなきゃ初段のお前なんか呼ばねーよ」
金髪通り越して銀髪の女性、美濃実乃美が厳しい言葉を投げかける。
「釘塚さんの前で言葉遣いが荒いぞ、美濃」
「黙れカタブツ」
「黙るのはお前だ、美濃。作戦会議の途中だ」
釘塚に釘を刺され、美濃は肩まで伸びた毛先を人差し指に巻き付ける。
「俺の見込みでは、電撃の真愚魔は数体の愚魔と共に現れるだろう。美濃と風見山には、鯨間のアンドロイドが真愚魔とタイマンできるようにバックアップをお願いしたい」
「はい」
真っ先に返事をしたのは、風見山大吉。対愚魔7つ道具のうちの量産型短刀の扱いに長けた、剣術一家出身の3段の愚魔狩である。
「うっす……」
バツが悪そうに返事をする美濃実乃美。彼女は対魔力をレーザーに変える能力で戦う2段の愚魔狩である。
「あ、あのぅ……」
円い卓を囲みながら会議を進める中、1人――巫女服を着た少女が右手を恐る恐る上げる。
「私と田場さんのお仕事はなんなんでしょうか?」
「……そういえば、言い忘れていたね」
釘塚は笑った。そして、巫女服を着た少女、神生鈴凪初段の方を向く。
「君は主に周囲の警戒と、餌魔である高虎エマの護衛だ。神生家代々伝わる君の能力は広範囲に攻撃ができるから役立つ」
「は、はい……」
次に釘塚は、白目を剥いた男の方を向く。
「君の役割は、みんなの回復係だ」
「……」
白目を剥いた男――田場麻丸は黙ったまま頷いた。彼の能力は、対魔力を煙に変えることができる。対魔力の効果で傷を治療したり、ドーパミンの分泌を促したり、神経を刺激したりできる。彼も初段である。
「指揮は俺、釘塚=クリストフ=天智7段が執る。今いるこの7人に、橘と高虎エマを加えた9人で作戦を決行する!」
「はい!!」
釘塚=クリストフ=天智(7段)――全体の指揮
橘勇青(5段)――全体のフォロー/高虎エマの教育係
風見山大吉(3段)――主戦サポート
美濃実乃美(2段)――主戦サポート
楯山守望(初段)――主戦サポート
鯨間火暖(初段)――主戦担当
神生鈴凪(初段)――高虎エマの護衛/周囲の警戒
田場麻丸(初段)――回復係
高虎エマ(3級)――索敵/誘導
◇ ◆ ◇ ◆
愚魔連直属の病院が、都内に一か所だけ存在している。検査を終えたコウマは全治一週間と診断され、安静にするしかないと医者に言われていた。
「戦いたくても戦えたもんやないな」
当然、彼は医者の言いつけを守るようないい子ちゃんではなかったが、今回は身体の方が素直であった。スズメや生井に連絡を入れた彼は、自宅であるボロボロのマンションの一室にたどり着くが、正直に言えば焦りの方が上だ。家で休んでいる場合ではない――と思ってドアノブを捻った彼だった。
「あれ?」
鍵が空いている。
「……」
ドアを引き、中に入ると、奥に女性が立っていた。
「やっほ。来ちゃってた」
「どしたんや、カレン」
カレンと呼ばれた女性は、前髪を掻きあげながら玄関の方へと歩いていく。コウマはややバツが悪そうに俯いた。
「……ん、ダメだった? いつものアレで……」
「……あ、ああ……そうか。そういうことか」
どん、とベッドに座り込む。掛け布団の存在などまったく気にしないコウマに、カレンという女性はため息をつく。
「どしたの? 別に気分のらないときは私帰るけど……」
「……いや、ええで」
シャツを脱ぐコウマ。鍛え抜かれた胸筋や腹筋が露わになる。視線を落としたままの彼に、またカレンはため息を吐く。
「こないだの本命の子?」
不意を突かれて、固まってしまうコウマ。
「当たりみたいね。その中途半端な優しさはやめた方がいいわ。私のためにも、コウマのためにも、その子のためにもならない」
「……とは言ってもやな」
愚魔狩界隈の話を、一般人のフリーターの女性が理解できるわけもない。しかし、このカレンという女性は、コウマのことはある程度理解できていた。
「ただの助手や。仕事を手伝ってくれてるだけの」
「……それでそのただの助手に何かあったの? それともただの助手と何かあったの?」
これが女の勘ってやつか、とコウマは半ばあきらめたように笑うと、ベッドにあおむけに倒れ込んだ。
「なあカレン」
「ん?」
カレンはベッドから少し離れたところに座り込む。落ちているゴミなど、もう慣れたものである。
「……俺な、仕事場やったらかなり優秀なほうなんや」
「……へえ、意外」
「まあこれでもマジメにやってたからな」
驚くカレンを前に続ける。
「せやからな。アイツがどんなに弱くても、ポンコツでも、脆くても、どこかで俺が守ってやれると思っててん」
「うん」
アイツが、誰なのか……カレンは聞かない。
「……けど、ダメかもしれへん。俺がアイツをこの世界に引き込んだのに。守り切れへんかもしれへんのや」
「……そっかぁ」
カレンの一言は、重たくもあり、そして、落ち着いていた。
「……で、打ちひしがれてたと」
「……せや」
「諦めるの? その子のこと」
「……」
首を横に振りたいコウマ。その気持ちだけは察することのできたカレン。
「よし、私、藤山カレンが答えを出してあげよう!」
そんな簡単に出るものでもない、と諦めていたコウマは身体を起こし、カレンの方を向いた。
「私の持論だけどね、女の子って足場を求めたがるもんなのよ」
「足場?」
コウマが問いかける。カレンは何故かやや誇らしげに続ける。
「そう、足場。常に。いつでも」
「はあ……」
「自分の身の回りにある、一番安定した足場を求める。でもね、これってずっとそこに居続けるって意味ではないの」
「??」
もうコウマは訳が分かっていない。
「その足場にいられない理由を見つけたら、女の子は簡単にそこを離れられる。どんなに安定していようと、魅力的でも。そして次の足場……すがるものを探すの」
「つまりどういうことなんや」
結論を急ぐコウマ。カレンはため息をひとつつく。
「これだからコウマは。いい? 結論を言うと、その助手の子も、もし潰れそうになってるならあなたに助けを求めるか次のすがるものを見つけるかくらいのことはしてるのよ」
「っ……ってことは、もう違う世界へ行こうとしてるってことか?」
「かもしれない」
カレンは続ける。
「けど、その潰れそうなくらい辛い状況から抜け出そうとはしてる。さてコウマに問題です。ここであなたにできることとは何でしょう?」
「今すぐ助け出す?」
「ぶー」
両手の人差し指でバツを作る。
「あなたができることは、その辛い状況を抜け出した助手を思いっきり褒めて認めてあげることよ」
「認める……」
「こないだ見た限りだと、あの子はコウマが必要とさえすればついてくる。それは何故か。低すぎる自己肯定感が原因なの」
思い当たる節はあるコウマ。
「助けてほしいと思っている一方で、自分でやりきりたいとも思っている。いたずらに助けるよりは、あの子のことをしっかりと認めてあげてからするべきなんじゃないかな」
コウマはカレンの言葉に頷いた。
――そうだ、あいつだってきっと今戦ってる。釘塚とかもしれないし、他のしがらみとかもしれないけど。
「だからまずはその怪我なんとかしなさいよ。晩ごはん作ってあげるから、ゆっくり休みな」
「あ、ああ……そうやな」
コウマはおもむろにベッドから立ち上がる。カレンの方を見下ろしている。それが嫌なのか、カレンもさっと立ち上がる。
「あ、ありがとうな、カレン……俺焦るばっかでなんも考えてへんかった。俺は俺に出来そうなあいつのサポートを考えたらなあかんのや」
「ま、材料買ってくるから、行ってきます」
「ほんまに……ありがとう」
「礼には及ばんよ」
ドアを開け出て行こうとするカレンに頭を下げるコウマ。一瞥した彼女は急いでドアを閉める。
「……好きな男のためだもん」
コンクリートの床に水滴を一滴、二滴と落とす。
「……普通2番目以下の女の前で本命の話するかなあ」
足早にマンションを去るカレン。すっかり世は更けていた。
◇ ◆ ◇ ◆
「なあ、マジでエマと誰か連絡つかないの?」
ガヤガヤと音が鳴り響くアミューズメントパークの2階。ここに今日も遊びに来ている3人。鷹津奈緒子、楠山担、そして、岩城陽介。楠山の問いかけにナオコは首を横に振る。
「ヨーガンちゃんはどーなん?」
「ん? 俺?」
ビリヤードのキューを左手に携える岩城は、楠山の問に首を傾げた。
「まあなあ。しつこく連絡してもなんだし」
「それもそうか……」
「なに、そんなに気になるってことは、クッスーもしかしてエマのこと」
「ち、違う……って言い切るのはエマに失礼だよな」
岩城の問いに慌てる様子を見た鷹津と岩城は思考を揃える。
――好きだな。
――しかもホの字で間違いない。
「そ、それはそうと、ヨーガンもナオコも、エマのこと心配じゃねえのかよ」
「そりゃ心配だけど……ほら、ほんとにやばかったら親なり鷲見さんなり彼氏なりが動いてるはずじゃん? 頼って欲しい時はエマから連絡してくるはずだし、今はそうじゃないと思うし」
「彼氏って……まだいると確定した訳じゃないんだし、クッスーの前で言うなよ」
岩城がすかさず笑う。
「あー、ごめんそっか」
ナオコも笑う。岩城なりに楠山のマイナス思考を紛らわせようとしたのだと、彼女も気づいた。
「ほんとお前、見た目に似合わずマイナス思考だよな」
「うん……ごめん」
謝る楠山に2人はため息を吐いた。それでもなお心配なのか、携帯電話をずっと触っている。
「まああのエマが病んで潰れるってことはないだろ。バイト忙しいんじゃねえの?」
岩城が話を片付けて、ビリヤードを再開する。彼が着いた白球が、乱雑に転がっているボールに次々とぶつかっていく。
「やっぱ上手いね」
ナオコが言った。
「右利きなのにキューは左なんだ?」
「よくそんな細かいところ気ぃつくな」
岩城はナオコに言われて笑う。
「ものによって右利き、左利きが別れる人のこと、クロス・ドミナンスって言うらしいぜ」
「なんかかっこいいね」
「あ、あのさ」
楠山が話しかける。おそるおそるといった表情を見て、2人とも何事かと視線を同じ方に向けた。
「今、ネットニュース見てたらこんな記事見つけて……ここって3日前、俺たちが来てたよな?」
ネットニュースの詳細を見る。『堅海周辺に悪魔の痕跡。祓魔師の存在と悪魔の謎』というタイトル。B級週刊誌の他愛も無いガセネタ……そんな程度だと思っていた2人。
「図書館とここ、アラウンド20が場所に書かれてて、どっちも俺たちが来た日、俺たちが来てる時間帯の出来事らしいんだよ」
楠山の説明にナオコがはっとする。
「え、じゃあエマの言ってた図書館の循環調査がこれのことかもってこと? バカ言ってんじゃないわよ。陰謀論も良いとこ。レプタリアンとか心霊番組の方がまだ信憑性あるっつーの」
「そうだよ。だいたい俺らなんも見てねえじゃん。クッスー、お前気にしすぎ」
岩城の言葉に楠山が反論する。
「この記事、生井ダイトって言う人が書いたんだけど、この人、前堅海大に来てたんだ」
「え、あの週刊誌の人? 私もいろいろ聞かれた」
楠山の言葉にナオコが反応する。
「そう、それで、エマの元バイト先、思い出して」
「週刊誌の記者」
「関係ないとは思えなくない?」
2人は黙る。
「……図書館の循環調査って、どこで聞いたんだろ」
ナオコが考える。そのとき、楠山はあるページを開いて岩城に見せた。
「ヨーガン、このとき、お前何してたの? 図書館で俺のトイレ待つって言ってたのに、出て行った時いなかったし、こないだのアラウンド20行ったときも、2階のトイレ行ってたろ」
楠山の声は小さく、できるだけナオコに聞こえないように気を遣ったことが岩城もわかっていた。
「……クッスー」
それに応えるように、彼も小声で楠山の耳元にささやく。
「この後大学な。第二講義棟」
「閉まってるんじゃ……」
「だからだよ。1人でこい。わかったな?」
「……うん」
◇ ◆ ◇ ◆
釘塚が仮眠室から出てきた。夜中まで仮眠をとっていたことが伺える寝癖。しかし、彼はあくび一つせずにデスクへと向かう。その隣の席に座っていた彼の部下らしきスーツの男が話しかける。
「釘塚サン、大学講義内に、“電撃の真愚魔”とよく似た微弱な魔力反応を確認しました」
「そうか……思ったより早く動いた可能性があるな」
釘塚は缶コーヒーを口の中に注ぐ。微糖の淡い苦みが口いっぱいに広がる。
「橘を呼んで来い。作戦決行だ」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!