バイトで”悪魔狩り”始めました。

最強降魔術師の助手のバイトを始めた女子大生エマのお話
さまー
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Case.42「適材適所と言えるだけの人材が必要」

公開日時: 2025年1月27日(月) 22:45
文字数:6,445

 港区に向かうことになった戦闘課の面々。それを取り仕切るのは、戦闘課課長の舟尻梨子。

 

「今はコウマもチャンプもいない。だが……私たち戦闘に特化した愚魔狩である以上、こういった場面で活躍しなければただの肥溜め扱いだ! そんなのイヤだろみんな!!」

「おう!!」

 

 彼女の鼓舞に、戦闘課の面々は燃え上がる。戦闘課22人のうち、コウマ、大桐、山崎、スナを除く18人がそろっていた。副課長の熊沢翔太は、リコの鼓舞に続けた。

 

「いいかゴロツキども!! 俺たち無派閥と呼ばれる奴らだが……愚魔狩になったこと……その信念があるだろう!! 上層部の良いように使われて終わる鉄砲玉のような存在にはなるな! 名もわからぬ真愚魔だが、我々のこの手でぶっ倒すぞ!!」

「おう!!」

「よし、行くか」

 

 舟尻課長と、熊沢副課長がそれぞれ目を見合わせた。港区へと小型のバスで出発する。

 

「運転手させていただきます。総務部の蘆屋ですぅ」

「頼んだぞ蘆屋」

 

 港区へと向かうバスを見送る釘塚と丹波。

 

「丹波。お前の容疑が晴れて助かった。しかしまあ……なんだ。直属の上司が疑われると、肩身が狭いもんだろう」

「ええ。まあ……。でも顎門課長は、無派閥にも寛容でしたし、ただ強くなりたいだけの開発部の面々にとってはちょうど良かった存在であったことは確かです。俺は柄にもなく出世しちゃいましたけど」

「いや、出世するってのは大事だ。自分のやってきたことに責任を負うってことだ。自分の仕事に責任が生じる立場ってのは、面白いよ」

「釘塚さんが言うと、説得力が違いますね」

「まあ……俺も裏切りを疑われた身だから、肩身狭いったらありゃしない」

「ははは……全くそうは見えませんけどね」

「ああ。俺は自分のやってきたことに責任を負うし、これから自分がやることにも責任を負う。今回疑われたこと自体は何も怒っちゃいないし、俺がアイツらでも俺を怪しむ」

 

 彼の言葉に、丹波は黙って俯いた。

 

「すいません。俺も……釘塚サンのこと怪しいと思ってました。ずっと」

「良いんだよ。顎門の仕事ぶり見てたら疑う方が難しいさ。でも……いざ蓋を開けてみてわかったことがある。もう一人裏切り者がいるとしたら、多分開発部だ」

「……ですよね。俺もそう思います」

「けど、あの18人の中には多分いねえ」

「えっ?」

 

 出発した小型バスが小さくなって見えなくなった。釘塚は辺りを見渡す。

 

「あの中に裏切り者がいるんなら、攻め入るタイミングが一番よくわかるはずだからだ。鳥羽が『コードO;劇薬の真愚魔討伐チーム』を組んで出発して早2分。そして、開発部戦闘課の面々が出発した。今が一番総本部の戦力が少ないとき。この後、拡大の真愚魔を倒した警備部の面々が戻ってきてコウマと共に目前の一般人の対処に当たる。ココが片付いたらコウマは再び総本部の専守防衛に戻る」

「確かに……攻め入るなら今だ。指揮に特化した釘塚さんがこんな外に出て単独でいるし」

「……だろ。んで、今総本部に残っておらず、俺が人事部の幹部になる前から顎門の元で開発部に所属しつつ愚魔狩として所属している人間――だいぶ絞られるだろ」

「開発部なら、道具開発課の課長、鯨間篤胤と、その弟で副課長の鯨間蘭世。そして戦闘課の大桐千歳のみです」

「鯨間家は長くから愚魔狩一族としてやってきてる過去があるし、蘭世さんの息子カノンも愚魔狩をしている。真愚魔組織に所属する裏切り者なら電撃の真愚魔討伐作戦に息子を送り出したりしないよ」

「……割れましたね。疑わしい人が」

「ああ。ただ……問題は、彼がどこにいるのか現状掴めていないって事だ」

「この状況で所在不明って、むしろそれは裏切り者である証左なのでは?」

「まあ、そういうことだろうな」

 

 

 鳥羽ら新宿に向かった一行。鳥羽嗣道(7段)が率いるメンバーは、井龍華真(初段)、美濃実乃美(初段)、神生鈴凪(2段)、蜂野雀(3段)、宍戸一計(3段)、芳泉透里(3段)。蜂野が運転する7人乗りのボックスカーにぎゅうぎゅうに詰められていた。

 

「しかし、よく乗ってくれたわね、ホーセン」

「まあ、鳥羽部長に言われたら行くしか無いっしょ。それに、スズメさんもいることだし」

 

 芳泉はスナ、山崎、井龍らと同期であるにも関わらず、真愚魔組織捜査作戦への参加、そして拡大の真愚魔討伐の功を上げ、早くも3段に昇進していた。鳥羽としても彼の力は買っており、ここに居るメンバーも、全員が芳泉の名を知っていた。

 

「しかし、同期合格で一番の出世頭と一緒に仕事ができるのは楽しみだよ」

 

 そういうのは井龍。

 

「ま、遠距離攻撃に特化した愚魔狩が集められてるっぽいわね。宍戸さんは数あわせ?」

「人材派遣課の仕事なんてそんなもん。否定はしない」

 

 美濃の軽口に適当に合わせる宍戸。運転席で「ハハハ」と乾いた笑いを見せる蜂野。彼女ら3人は釘塚派の息が最もかかっていることで知られる、人事部人材派遣課である。7人で1時間以上かけて向かった港区。営業部の面々と連絡を取って、敵の真愚魔がいると思われる地点を特定した。

 

 

 

 

「すまんな、持ち場を離れてもらって」

 

 鳥羽が話しかけるのは、営業部営業二課の副課長を務める、荒井千織(あらい ちおり)。この作戦部隊の隊長を任されていた。現在、彼女含め、12人いた作戦部隊のうち、半数が死亡。2名が戦闘不能の重傷を負っている。

 

「体力自慢の一課がほとんどいないから……ったく……部長のボンボン息子め」

「今は一課を責めてもどうにもならん。状況を」

「はい……」

 

 荒井は一課への文句を垂れつつも、状況をまとめた。先ほどまで、劇薬の真愚魔は人混みの多い公園にいたが、警察と愚魔狩によって人払いをし、現在は孤立。その過程で20名以上の一般人および警察官と4名の愚魔狩が死亡。現在、北西に位置する駅に向かって移動中だが、それをなんとか残った愚魔狩で食い止めている段階である。

 

「……能力わかっている範囲で言うと、触れられたら全身の神経麻痺、意識の混濁、嘔吐、吐血の症状が出る。順番に少しずつ出ている者もいれば、その場で意識を失って倒れ、そのまま死んだと思われる愚魔狩もいる。近接戦闘は非常に危険。両手から毒霧のようなものを発することも出来るから、遠距離で対応しないと討伐は難しい」

「なるほど。冬沢部長に報告してくれたとおりだな」

 

 鳥羽は頷いた。

 

「残っている愚魔狩で術を使える者は?」

「アタシの術は脳の演算強化。対魔力を脳に流すことで処理速度を上げる術。他者へ施術も可能。それ以外には、身体強化系が二人。含魔銃の扱いがめっちゃ巧いのが一人」

「十分だ」

 

 そのまま鳥羽は残っている愚魔狩を集める。荒井(4段)、同じく営業部二課の中村、一寸木、横島がやってきた。

 

「中村栄吉(なかむら えいきち)2段と、一寸木芹斗(いすぎ せりと)2段は、身体強化で俊敏な動きができると聞いた。現在、東京タワーに向かっている劇薬の真愚魔を、公園内にとどめておきたい。誘い込む地点を決め、誘導と牽制を二人にお願いしたい。サポートを、宍戸一計3段、蜂野スズメ3段、荒井チオリ4段、横島信太郎(よこしま しんたろう)3段にお願いする」

 

「はい。手厚いサポートありがてえっす」と、中村は笑ってみせた。

「……自信ないっすけど」と、一寸木は小さい声でつぶやく。

「こんだけ長時間、即死攻撃持ちの真愚魔とやり合えてるだけでだいぶ買ってる。頼んだぞ」

 

 鳥羽は二人を激励し、視線を変える。

 

「ホーセンと神生は俺と一緒に誘い込む地点で待機。我々の待機している位置に到着次第、中村2段と一寸木2段は戦線を離脱してくれ。ほかの面々は引き続きサポートを頼む。ホーセン、大事な仕事だ。一緒にやるぞ」

「うっす」

 

 すでに真愚魔の討伐記録と討伐補佐記録を持つ新鋭の男の気合の入り方は別格だった。神生も電撃の真愚魔討伐チームに選ばれていたこともあり、落ち着いた表情をしていた。

 

――電撃の真愚魔、殺戮の真愚魔、2体の上位種との戦闘経験がある彼女はだいぶ頼もしい。

 

「あの、美濃さんと井龍さんは……?」

「ああ。彼女らがこの作戦の肝だ。“狙撃地点”に行ってもらっている。よし、それじゃ作戦開始だ。くれぐれも無理はするな。敵の術をくらったと思ったら戦線を離れるんだ」

「あと……治療できるメンバー誰もいないから、気をつけなさいよ」

 

 鳥羽の言葉に荒井が補足した。

 

「行くぞ!」

「おう!!」

 

 全11名での“劇薬の真愚魔討伐作戦”がスタートした。

 

 

 ◇

 

 戦闘課の面々が1時間以上かけて港区に到着したころ、そこに真愚魔の姿はなかった。あるのは、倒壊したビルと、無作為に倒れた人々。

 

「なんだこの惨状は」

 

 舟尻リコは、唖然としていた。

 

――真愚魔の姿がない。というか、魔力すら感じない。もう戦線を離脱したのか? それとも、本部に向かっている?

 

 真愚魔の移動速度なら、本気を出せば1時間かからない速度で総本部まで到着する。追いかけていたのでは間に合わないことに、舟尻は気づいていた。

 

――どうする? 出し抜かれた。釘塚部長に連絡を取るか? いやそもそも本部がそれほど余裕なのかがわからない。

 

「やばいのは間違いないです。総務部の面々、生き残りがほとんど確認できないです!」

 

 熊沢が叫ぶ。「チッ」と舌打ちする舟尻。

 

「出し抜かれた。本部に連絡。『未確認真愚魔、すでに港区から移動!』と」

 

 

 ◆

 

 

 本部前。鳥羽達が出発して1時間ほどが経った頃、一般人の人波は本部の目の前を埋め尽くすほどに集まっていた。その対処に当たるのは、人事部副部長の我孫子高天と、拡大の真愚魔討伐任務から戻ってきた小暮朱雀。そして、警備部副部長の多賀隆弘。

 

「どういうことだ!? なんで俺たちがここにいる!!」

「ここって、あれなのか!? 愚魔狩とかいうやつの……」

 

 一般人が好き勝手騒ぐ中、メガホンを持って大声を出す多賀。

 

『聞いてください! 今、あなたたちは敵の真愚魔という愚魔の術にかかり、ここまで連れてこられました! しかし、術をかけた真愚魔は、すでに討伐済み!! 体調に異常がないことが確認できた方から次第にご帰還いただく手はずになっております。現在、本部のほうからバスを調達している段階です。少々お待ちください! 繰り返します――』

 

――こんな雑魚でもできる仕事をさせられるとは、多賀副部長も不憫なことやでホンマ。

 

 コウマは、多賀の苦戦する様子を遠巻きに見ている。田場と鯨間の治療を行うために派遣された愚魔狩と話をしていたところだった。

 

「とりあえず俺、本部戻るわ。あと頼んでええか?」

「はい。コウマ8段も、お気をつけて」

「ああ。大丈夫や。俺最強らしいし」

 

 コウマはそのまま総本部の専守防衛へと戻る。その時だった――

 

「は、嘘やろ?」

 

 総本部の建物の屋上で爆発が起きた。

 

「敵襲ッ!! 真愚魔襲撃!!」

 

 崩れる瓦。阿鼻叫喚と化す総本部。

 

――爆発というより……崩壊や!

 

 右耳のインカムを抑えるコウマ。彼の脳裏に過ぎるのは、港区で起きていたビル倒壊のニュースと、リコから受けていた、『未確認真愚魔、既に港区から移動!』という報告。

 

――来よったか。

 

 辺りを見渡し、降魔術で魔猟犬を召喚するコウマ。すぐに魔力の出所を探知し、走り出す魔猟犬。それを追うコウマ。

 

――予想していたよりずっと早い。そして遠距離からの攻撃でこの破壊力。かなり強い真愚魔や。というか、遠距離攻撃ができるってことは……この一般人共もかなり危ないやんけ!!

 

 走り出したコウマ。ついに、本部に真愚魔が襲撃に来たのである。魔猟犬がたどり着いた先は――数m先の背の高い木。コウマが見上げると、その木の上に立っている一体の真愚魔。漆黒の身体。赤い眼光が、こちらを見下ろしているのがわかった。

 

「降りて来いや、クソ真愚魔」

「クソ真愚魔とは心外な」

 

 電子音のような声がコウマの耳にいやらしく刺さる。

 

「名前、なんていうんや」

「俺は振り子の真愚魔。ランクで言ったら……そうだな。電撃や殺戮、隠密よりは下だけど……」

――中位種か。

 

「俺の対戦相手が君……か。降磨竜護。君には役不足かも知れないね」

「高く買ってもろてどうも」

「あれ、役不足ってそっちの意味か」

「役が俺のスケールに比べて小さい言う意味や。当たり前や。俺はもうお前らの仲間6体は討伐しよんねんから」

「え、マジかよ。それはヤバいわ」

 

 振り子の真愚魔は、右手に振り子を垂らした。金属の球のおもりが、10数センチメートルのひもにつけられている。

 

――あの振り子を振らせたらまずい!!

 

 “振り子の真愚魔”という名前から能力の詳細が読めなかったが、彼の持っている振り子に何らかの術があることが容易に察せたコウマ。魔猟犬が真愚魔に向かってかみつきに行く。

 

「おっと、残念だが、その距離は射程圏内」

 

 振り子の真愚魔がおもりを振った瞬間、触れていないのに吹き飛ばされる魔猟犬。頭部を潰されているかのようなダメージを受け、召喚が解かれる。

 

――一撃で召喚が解かれるほどの大ダメージ!!

 

 近づこうとして立ち止まるコウマ。

 

――いや、アカン。

 

 距離を詰めなければいけないということに気づくまで、0.8秒。降魔術を咄嗟に行い、愚魔を召喚した。

 

――降魔術、八岐蛸壺魔!

 

 地面に蛸の足を8本。蛸型の真愚魔がコウマの身体を包み込むように召喚された。目前の振り子が揺れている。

 

 

 衝撃音。

 

――まずい。

 

 八岐蛸壺魔が右側から衝撃波と共に崩れていく。しかし、そこから飛び出して来たコウマは一気に振り子の真愚魔に近づいた。

 

――蛸壺魔が一撃でやられるって相当や。こんな攻撃、何発も打てやしない!

 

 ところが、左側に鈍い衝撃。まるで重い鉄球をぶつけられたかのような。

 

――なんやッ!?

 

 吹き飛ばされるコウマ。左肩に鈍痛。見えない攻撃を受けたコウマだったが、先ほど召喚された蛸壺魔が消し飛ぶほどの威力では無い。別の攻撃か、と彼の思考を巡ったのも束の間、次は右頬に衝撃を感じる。

 

――正直に言えばパンチ喰らったくらいの威力に下がりよる。しかし、攻撃のタイミングは一定。振り子の真愚魔……てっきり催眠術かける能力なんかと思っとったが。

 

 違う、と本能で感じ取る。

 

――その振り子やな。

 

 コウマは真愚魔の右手の指を狙う。とっさに右腕を守るように左半身を前に出す真愚魔。

 

「ぐぅ……!」

「チッ!!」

 

 刀の刃の部分が、真愚魔の左肩にめり込む。すぐに力を抜いて刀を抜き去り、次の一撃を加える。真愚魔は上がりきらない左腕でガードし続ける。

 

――振り子の鉄球が振れるタイミングでバラバラの威力の不可視攻撃がやってくる。いや、物理学に則った振り子を能力にするくらいや。威力が不確定かつ不規則なんて事は無い。

 

 コウマは、仮定に基づき、推論を組み立てる。これを、戦闘中に行う辺りに、彼のセンスの高さが垣間見える。ついに、真愚魔の顔に一撃が入る。

 

「ぬっ!!」

 

 左目に刀傷を負っても尚、右手を守り続ける真愚魔。

 

「なんや……近接戦闘はしぃひん主義か? 俺の知ってる真愚魔は……遠近両用どっちも行けたクチのやつばっかやったで」

「はっ……侮るのもいい加減にした方が良い。現に、君はこの振り子の真愚魔の能力、看破できてはいないだろ!!」

 

 真愚魔が振り子を振ろうとした瞬間、コウマも愚魔を召喚する。

 

――降魔術、雷神威!!

 

 刀に宿した雷神威。白光色に輝く刀身がコウマの全身を覆う。振り子の真愚魔が瞬きをした瞬間――コウマの姿はどこにもない。

 

「んぐぅ!!!?」

 

 右半身に強烈な痺れ。後から遅れてやってくる激痛。真愚魔は気づく。

 

――右腕を切られたッ!!

 

 後ろを振り返ってもコウマはいない。視線がコウマに追いついていない真愚魔。

 

「お前……術の強さにかまけてあんまし肉体鍛えとらんやろ」

「何ッ!?」

 

 コウマは蔑んだ笑みを浮かべるが、当然、その口角すら――真愚魔には捉え切れていない。そのまま背後に回り込み、振り子の真愚魔の首を刎ねたのであった。

 

「く……くそがぁ!!」

 

 死に際の断末魔を遮るように――崩れた身体についている、かろうじて動いていた右手を、手首から引き剥がすように一太刀入れた。

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