バイトで”悪魔狩り”始めました。

最強降魔術師の助手のバイトを始めた女子大生エマのお話
さまー
さまー

Case.7「前のバイト先と微妙に気まずいのわかる」

公開日時: 2020年10月10日(土) 19:04
更新日時: 2020年12月14日(月) 00:16
文字数:6,394

 生井ダイトが持っていた情報――堅海図書館に現れた悪魔は、堅海大の学生である可能性が高い。

 

「一体そんなもの――どこから持ってきたのやら」

 

 シーズン新作のフラペチーノ。太めのストローを口にくわえながらぼそぼそと呟く高虎エマ。生井ダイトの記事の切り抜きを見ながら頬杖をつく。

 

「結局記者のバイト、出戻りしたの?」

「ううん。ちょっと頼まれたから、時給の二倍で引き受けたの。まあバイトっちゃあバイトか」

 

 こういうところに誘ってくるエマの友人は、鷲見レミコくらいだ。レミコも新作のドリンクを頼み、隣で窓の向こうを見ながらエマに話しかける。

 

「ふーん、それよりさ……エマさ、新しいコンビニバイトの先輩のイケメン彼氏できたんだって?」

「え?」

 

 何一つ事実と掠らない言葉に、一瞬困惑する。

 

「あ……ああ……ああ!」

 

 思い出した。ナオコたちに嘘をついたことを。噂が尾びれ背びれをつけて、レミコの耳に入ったのだろう。

 

「いや、どこから嘘だろう、まず……彼氏じゃないし、イケメンでもないし」

「……え、金髪の超イケメンって聞いたよ! しかも向こうの一目惚れからの猛アプローチだったって! 何それウラヤマなんだけど」

 

 尾びれ背びれにとどまらず、しりびれにおまけのスクリュー機能までついていると来た。

 

「レミコさぁ……信じちゃだめだよそんな噂。嘘だし」

「え!?」

「コンビニバイトで時間帯が被ったことがあっただけの先輩だって。実際コンビニバイト以外何もしてないクソニートらしいし」

 

 息を吐くように嘘を並べるのも、どこか心が痛い。

 

「……へえ。それよりさ」

 

 レミコの興味は次から次へと移っていく。会話のテンポが速くてついていけない。

 

「最近週刊ダイナマイツの記者が大学周辺うろついてるらしいよ! もしかしてエマ知り合い?」

 

 こちらにも心当たりがありすぎるエマは愛想笑いで誤魔化した。

 

「えー、私がいたのはチューズデイオカルト日報で、週刊ダイナマイツじゃないからわかんないよ」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆


 

 

『もしもし、生井さん? 早速学生の間で噂になってますよ。大学周辺をうろつく週刊誌記者って』

 

 エマからの電話を受け取る生井。他の記者や編集者の声が邪魔で、電話に集中できない。生井ダイトは、携帯画面のスピーカーボタンを押した。

 

「ごめん、噂って? 僕が大学うろついてること? あーうん……確かに取材は最近しまくってるかも、それがどうかした?」

『もし私も関係者ってバレたら肩身狭いんで、控えてもらえませんか?』

 

 エマの言葉に、生井は思わず聞き返す。

 

「肩身狭いって何が? 僕たち別に仕事してるだけだよ? 何も悪いことしてないじゃんか」

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇


 

 電話の相手にため息をつくエマ。

 

「はあ……何を言ってるんだこの人は」

『どしたの?』

 

 

 わざと携帯電話から口元を離して、聞こえないように言ったつもりだった。向こうも騒がしかったのが功を奏したらしい。

 

『僕も少ないポケットマネーで君を雇ってるんだから! 仕事頑張ってもらわないと困るよぉ!』

 

 ただでさえ最近スキャンダル記事抜きまくってる某週刊誌やら、デマ報道最盛期と言わんばかりのB級誌のせいで記者の印象って良くないんだよな、とエマは自嘲した。

 

「とにかく! 成果はある程度お届けしますから! 生井さんは私に任せておとなしくしててください!」

 

 強引に言って電話を切るエマ。あ、自分から掛けたくせに一方的すぎたかな、と自省する。そして、そのまま、別の人に電話をかける。発信画面に出てきている名前は――『降磨竜護』

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇


 

 

「それで俺呼び出されたんか。んなもん自分で何とかせんか」

 

 エマから生井ダイトに関連する話を聞いた直後、小言を吐き捨てるように言ったコウマ。しかし、一つ語弊がある。“呼び出された”と言うコウマだが、実際には『話あるんなら俺んち来いひんか』と呼びだしたのは、コウマの方なのだ。ここはコウマのオンボロのマンションの一室。エマはそんなコウマの勝手な言い分も無視し、話をする。

 

「いやいや……愚魔関連の話題で相談できるのコウマさんだけですもん! っていうか、それこそ自分勝手に解決できるわけないじゃないですか。“図書館の真愚魔”がうちの大学の学生かもなんて!」

「……まあ、それもそうか」

 

 

 コウマは納得こそしているが、自分のマンションの一室から動く素振りを見せない。カップ麺の空きがらや、飲み干されて雑多に転がったエナジードリンクの空き缶が低いテーブルの上に転がっている。

 

「はあ……」

 

 その光景にため息を一つするエマ。見渡せば、丸まったティッシュは、一つもごみ箱に入っていない。ひっくり返せばゴキブリでも沸いてきそうなゴミ袋の包みが部屋の隅に置かれている。脱ぎ捨てられてたたまれていない服は、うっすらと埃を被っている。香水の香りがにわかに残っているのは、きっとこの前の女性のものだろう、と勝手に合点して勝手に落ち込むエマ。

 

「……部屋、汚いですね」

「……まあな」

 

 なんの意外性もない一面に、しっくりきすぎて何の感情も今更抱かない。たった一つ確かなことがあるとするのならば、外は綺麗だ――などと、脳内で流して鼻で笑うぐらいしかできない。

 

「……とりあえず、俺が今任された仕事は、“鬼型の愚魔”と“人形型の愚魔”や」

「でも、真愚魔に比べたら弱いんですよね?」

「アホか」

 

 コウマに貶されて、一番に思ったのは“なぜ”という疑問である。

 

「間違ってへんけど、その認識は危ういで。こないだも言うたけど、愚魔にも愚魔狩と一緒でランク付けがされてるねん。Bar裏で見た四足獣型が3級。お前の上司食い殺した犬型が6級。ちなみにこいつは魔飼犬まがわれのいぬって呼ぶことにしてんけどな」

「あ、そういえばそいつ、降魔の剣に吸わせてましたね」

 

 少し話も逸れながらも、コウマは続ける。

 

「こないだの“地下鉄の真愚魔”は下位種の真愚魔やけど、これを愚魔の階級に置き換えたら2級から1級くらいや。そやけど、2級、準1級くらいの普通の愚魔は腐るほどおる」

「それだけ強かったら普通の愚魔とは言わないのでは……? それに腐るほどいられても困るのでは……?」

 

 エマの抱いた疑問――コウマはそれでも続ける。

 

「存在するもんはどうにもならん。自然発生なんか、繁殖なんかも、なんもわかってへん。なんせ愚魔狩りのスペシャリストはおっても、研究者はおらへんのや。一匹ずつ狩っていくんが俺らの仕事やし、こればっかりはどうしようもないねん」

「結構しっかりとした組織の割に、なんか妙ですよね?」

 

 エマが抱いた疑問は、なかなか的を得ているのだが、明確な言及を避けるように、コウマはベランダの窓を開けた。初夏にしては、涼しい風が舞い込む。

 

「梅雨近いな」

 

「コウマさんにしては、風情のあること言うんですね」

 

 取っ散らかった部屋の中で、エマはつぶやく。はぐらかされたことを見逃していない彼女の態度に、コウマは咳払いを一つ。

 

「エマ、人形型……狩りに行くで」

「えっ!? いきなりすぎないですか?」

 

 コウマは部屋着を脱ぎ始める。エマはさっとパーカーのフードを被って目線を彼から逸らす。

 

 数秒たち、エマがフードを取ると、コウマは仕事着――麻で出来た半そでのTシャツと、だぼっとしたボトムスに履き替えていた。

 

「報告書PDFで送っといた。よう読んどき」

「え? あ、はい!」

 

 意外とデジタル志向な組織だよなあ、とエマは携帯電話のロックを開き、コウマから来たメッセージのURLを開いた。

 

「……人形型の報告書ですか?」

「そうや」

 

 人形型の愚魔――ヒバナの遺した仕事の一つである。報告書によると、白い頭で、ワンピースのようなひらひらとした布を纏っており、足は無い。雨の日に決まって現れ、子どもを攫って捕食しているらしい。

 

「こ、こんな愚魔が当たり前のように存在しているなんて……」

 

 絶句した。なぜなら、以前ニュースになっていた連続幼児誘拐事件の特徴と酷似しているからである。証言のために泣きながらテレビに映っていた三件目の被害幼児の母親の顔は、今でも記憶に新しい。一件目、二件目同様、しっかりと目に焼き付いていた。『ベランダ、もしくは庭先にいると思って目を離した隙にいなくなっていた』という三件共通した証言も、謎が深かった事件だった。

 

「……愚魔連と警察やマスコミって、何も連携取ってないんですか!?」

「さあな」

 

 ドアを開けるコウマ。それについていくエマ。

 

 

 

 

 

「この報告書に載っていることが本当なら、愚魔連はもっと本気を出して対処に当たるべきですよね!? な、なんで忙しいヒバナさん一人にこの愚魔の対処を任せてたんですか?」

 

 折り畳み傘を持ち、部屋を出る二人。エマは報告書の内容と、ニュースの内容を思い出して、文句を言う。

 

「……それについては俺もわからん。けど、警察は下手に手出しできひん。解決も、警察程度の武力では不可能やしな」

「……だけど、マスコミの報道の仕方ももっと……こう、なんというか……ありますよね? 愚魔の仕業ならそうやって……報道するとか」

「それはお前の元職場の人間や、さっき言うてたマスコミの人間に言うてくれ」

 

 ぐうの音も出ない。

 

「愚魔なんて一般的には認知されてへんのや。いや、認知されるのが無理なんや。基本的に。出会った人間は基本的に殺されてるしな。むしろ被害者出る前に間に合うケースの方が珍しいねん」

「私の時みたいにですか?」

「せや」

 

 仁藤カスミを助けたときも、斉藤という男と編集長はすでに殺されていた。コウマの言っていることはまあ正しいのだろう。

 

「……愚魔を知らん人間の方が圧倒的に多い世の中で、『愚魔の仕業です』って報道して誰が信用するねん。マスコミもそんな阿呆ちゃうわ。せやから架空の犯人像を報道して、街の人に警戒促すしかないねん」

「……け、けど……」

 

 コウマは立ち止まる。そして、振り返る。

 

「さっきから言うてるやろ。俺らの仕事は愚魔を狩るだけや。街を平和にする方法は一匹でも愚魔を減らすこと。その一心で命張るのが俺らの仕事や。その他諸々は全くわからへん脳みそ筋肉野郎の集まりやねん」

 

 さっきの“研究職がいない”というのと、何か関連があるのだろうか。少し口調が強くなったコウマを見て、これ以上は何も言わないことにしたエマ。

 

「……そういう意味では、さっきお前の言ってた生井っていう記者の仕事は、“愚魔を世間に認知させる”っていう重要な仕事なんかもしれへんなあ」

 

「……な、なるほど」

 

 

 妙に最後の言葉に納得したエマ。雨のにおいが、強くなってきていた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 このまま二人が向かったのは――幼稚園の近くの公園。「かたみのもりようちえん」とひらがなで書いてある看板を右に曲がって数メートル歩いたところにある。

 

「子どもが一人になる瞬間なんて、そうそうあるもんやない。せやから、特殊なスキルがあると俺は踏んでる」

「そのはずなんですよね。特に雨の日なんか。なのに誘拐事件が起こるって、妙じゃないですか?」

 

 会話を、“人形型の愚魔”の愚魔像の推理に移している二人。屋根のあるベンチに座る。なんだでコウマもエマも、いざ仕事のこととなると私情は挟みづらいタイプだ。

 

 

 雨が降り始める――ぽつぽつと、公園の砂場や土を濡らす雨音。時計は午後3時半を指している。

 

「そろそろ子どもが来るころやな」

 

 保護者に連れられて、子どもがやってくる。母親らしき人物の、子どもの手を握るその右手には、ぐっと力が込められていた。その瞬間、エマは言いようのない使命感を抱き、立ち上がる。

 

「……私、愚魔にとってはスーパーフードなんですよね? だったら私におびき寄せられて来るでしょうか?」

「アホなこと考えるな。させるわけないやろ」

 

 エマの思いついたことをなんとなく察したコウマは彼女を制する。ところが、そのコウマの態度を見て、エマはあることに気が付く。

 

「……よくよく考えたら、コウマさんって私の保護者みたいですよね」

「それがどないしたんや」

 

 エマが抱いた疑問に、コウマも興味を示した。エマは続ける。

 

「……いや、連続幼児誘拐事件が起こっているような状況で、子どもを一人にするわけないんです。そして、思い出したんです。母親はみんな、“庭先やベランダから誘拐された”と証言している」

 

 エマはネットニュースの記事をコウマに見せる。

 

「……そうみたいやな。まあニュースあんまし見いひんからわからんのやけど」

 

 コウマの言葉に、エマは続ける。

 

「そして、この人形型――報告書に書いてあるフォルム、“白い頭でひらひらとしたワンピースのような布を纏っている。足は無い”って書いてありますよね」

「……せやな」

 

「見覚えないですか。雨の日、外に吊るした例のあれ」

「……てるてる坊主か?」

 

 コウマもようやく事がわかってきたらしい。エマは自信ありげに頷く。

 

「どうです? 幼稚園児ぐらいだったら、雨の日に庭先に出て“てるてる坊主を吊るす”なんてこと、よくやりませんか?」

「……俺はしたことないんやけど……まあ、わからんでもないか」

 

「そんなときに、てるてる坊主が目の前に現れたら……子どもは興味を示します」

「そのてるてる坊主が愚魔やったら……」

「……はい。そういうことです」

 

 コウマの顔が変わる。

 

「ってことは俺らがおるべきはここやない。庭やベランダのある家!」

「はい!」

 

 すぐに立ち上がり、雨の中を走り出した二人。もうすっかり地面の色は変わっていたが、傘もささず、一目散に住宅地へと向かう。

 

 

 

 

 

 

「あした……うんどーかいなのに……」

 

 憂鬱そうにつぶやく5歳児。窓を開けてベランダを見ていた。雨音響く、マンションの一階。洗濯物を急いで取り込んだ母親は、干していたそれを寝室にて畳んでいる。

 

「シュウくーん、てるてる坊主作ったら!?」

 

 ベランダからリビングを挟んだ――寝室の奥から声がする。“シュウくん”と呼ばれた子どもは、「うん!」と元気良く返事し、リビングのテーブルに置いてあったティッシュ箱を手に取り、とたとたとベランダへと走る。鼻歌――運動会で披露するダンスの曲を奏でながらティッシュを丸めていた。

 

「あーしたてんきになーれ」

 

 子どもながらに上手に丸めたティッシュに、一枚新しく抜き取ったティッシュを被せ、右手首につけていた輪ゴムで止める。丸い部分と、スカートのようにひらひらした部分が出来上がる。

 

「おかーさん! マジックどこ!?」

「……電話の横にないー!?」

 

 まだ母親は寝室の奥にいる。シュウくんは、固定電話の横のペン立てにあった細い油性マジックペンに手を伸ばす。

 

「……へーのへーのーもーへー……じ!」

 

 顔を油性マジックで書き終えると、てるてる坊主の完成である。それに目を合わせてにんまりと笑う。

 

「あしたはれるかなあ」

 

 また“とたとた”と窓の外へ出る。物干しざおについていた洗濯ばさみを右手に、左手にてるてる坊主を携えて、吊るそうとする。シュウくんは、ふと……雨降る外に目をやった。

 

「……てるてる坊主?」

 

 てるてる坊主――白い頭に、スカートのような白い布を纏った姿の“何者か”がそこにいた。足は無い。そう、これがエマたちの言う、“人形型の愚魔”なのだが、当然ただの少年が、そんなこと知る由もない。

 

「おかーさーん?」

 

 ふと、母を呼ぶ――雨音のせいか、母親にその声は届いていないらしい。

 

「ん?」

 

 不思議に思ったシュウくんは、振り返り、てるてる坊主を一瞥して部屋の中へ戻ろうとした。その刹那――

 

「わっ!」

 

 人形型の愚魔――白い布がめくれ、そこから真っ白な手が伸びてきていた。その手は少年の細い体をいとも簡単につかみ取り、自分の身体にぐっと引き寄せる。その手にとられ、外に放り出される少年。突然のことに泣き叫ぶこともできず、何かわかっていないが、母親を必死に呼ぶ。

 

「おかーさーん!!」

 

 叫び声は届かない。雨音は強くなる。

 

「おかーさーん! たすけてー!!」

 

 救いを求める声は届かない。雨音は強くなる――

 

「おがぁあさぁあああんッ!!」

 

 喉を嗄らしても、声は届かない。雨音は強くなる――

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