釘塚らのいる総司令部には、3つの知らせが届いていた。第一・第二小隊からは「ここに真愚魔組織らしき痕跡は無し」との知らせが。第三・第四小隊からは「隠密の真愚魔と名乗る未確認の真愚魔と交戦中」との知らせが。第五・第六小隊からは「何者かが生活していた痕跡を見つけた」との知らせが。
「第一・第二を第三・第四のいる箇所へと向かわせますか?」
顎門が釘塚と鳥羽に質問した。
「……そうした方がいいな」
爪を噛む釘塚。
「くれぐれも全滅してくれるなよ……」
そのとき、総司令部となる会議室の扉をたたく音がした。
「失礼します! 此度の作戦部隊の第三小隊に所属する二級、竜胆ライムです」
「入れ」という言葉より早く扉を開けるリンドウ。握りしめていた紙を引き延ばした。何事かと驚く三人。
「こ、この紙を見てください!! 真愚魔組織のメンバー表らしきものを見つけました!!」
見つけた紙を机の上に置き、しわを何度も伸ばす。間髪を入れずに説明を始めるリンドウ。
「このA~Zの記号が、それぞれの暗号みたいなもので、AがArcheで、この前出現した弓矢の真愚魔だと思われます。んで、消えてるCとEとRなんですが、Eはこの前の作戦で倒した電撃の真愚魔、Electricalかと! つまり、消えてる記号は組織を抜けたか死んだかの理由で消えている……組織に所属している真愚魔は23体です!!」
これを見た鳥羽が真っ先に反応する。
「……これって……Rは……Reflect?」
「えっ……大桐さんも同じことを」
――!?
驚く顎門。
「……そうでしたか。ご苦労様だ。リンドウくん」
顎門がリンドウを座らせた。
「釘塚さん、作戦はむしろ成功だ。可能なら第三・第四と交戦している隠密の真愚魔を捕らえたい。できそうか聞いてみてくれないか?」
「オーケー。ちなみに、隠密って意味が当てはまりそうな英単語ある?」
「……Hですかね。Hiddenって単語が書かれてます」
「ビンゴかな。格闘の真愚魔に当てはまりそうな言葉は?」
「VのViolenceが一番しっくりきますかね」
リンドウの言葉に、釘塚は何度も頷いた。
「……大収穫だ。第三・第四と交戦している隠密の真愚魔を捕らえる。第三・第四小隊は引き続き交戦を! 第一・第二・第五・第六は今すぐキャバクラの地下へ移動しろ!!」
無線の向こう側へと叫ぶ釘塚。
「こ、交戦は無理っす……大桐サンが術で移動させちゃったんです」
リンドウがぼそっとつぶやく。
「そうか。なら作戦は終了か?」
「ですね……撤退司令を出しましょう」
顎門の言葉に、釘塚はうなずき、全隊に撤退司令を下した。
◆
コウマら第二小隊の面々は、撤退命令が出る1分前に一足早く到着した。キャバクラの店内を走るコウマ。その後ろについていくスズメとエマとスナ。
「さすがコウマね、行き慣れた店だから電気がなくても非常口までの道がわかるって!?」
「……」
スズメの冗談にすら耳を貸さないコウマ。何かに焦っているのでは? とさえ思わされるほどの早さで駆けていく。階段を猛スピードで駆け下りるのを、階段の上から覗くように見るほかの隊員たち。
「……ちっ……間に合えへんかったってやつか?」
無線から聞こえる釘塚の声――撤退命令である。しかし、コウマは目前に広がる惨状を見て、ため息を一つ。
「……生き残ったのはお前らだけか? 大桐千歳、一宮ダンキ」
「……ああ」
大桐がつぶやく。しゃがみ込む大桐と、呆然と立ち尽くしている一宮。そのほかは、“人間だったもの”に変わっていた。
「……大桐隊長は、術を使って真愚魔を移動させたんだ。でも、それまでの間に……ってことです」
一宮がつたなく震えた声でつぶやく。
「成果はあった。俺はこの判断を間違ったとは思っちゃいない。一歩間違えてりゃ俺らが持ち帰るはずだった情報さえ持ち帰れてないからな」
「持ち帰る?」
コウマが問い返した。
「……見つけたんだよ。組織のメンバー表のようなものをな」
大桐はコウマに経緯をすべて説明した。
「……ほう。消えてるEは電撃の真愚魔ってことか? CとRは?」
「……わかっちゃいない」
「はあ……なるほど。Aが弓矢の真愚魔で、Vが格闘の真愚魔? Hが今日出会った隠密の真愚魔ってわけか?」
「……そういうことになる」
しっかしなあ、とつぶやいてあたりを見渡すコウマ。
「……一匹の真愚魔がここまでやれるンか? 全員段持ちやったやろ?」
これには一宮が震える声で答える。
「中林副課長の術の内部に入り込んでいたので、全員為す術もなく……って感じかと。壁や床や装備に溶け込む能力みたいです」
「じゃあ第四小隊は全滅で、第三小隊で行きのこったんはお前らと、その情報を持ち帰ったリンドウだけってことやな……。うん、能力知れたんはデカいな。とりあえず帰って一匹ずつ洗い出ししていくしかないやろ」
――一瞬で段持ち7人を片付けるほどの真愚魔か。かなり強いな。下手すると電撃の真愚魔より強いか?
思案するコウマ。そこに様子を見に来たスズメが降りてきた。
「……撤退命令でてるわよ、コウマ」
「ああ。わかってるわ」
スズメも、この惨状を目にし、何かを察した。
「だいぶ強かったのね」
「……」
すぐに振り返って階段を上るスズメ。「さ、撤退よ。隊長命令も出たわ-」と言う声が上から聞こえてきた。
「……このレベルが23体残っている、と考えたら、東京支部の存続も怪しい。大常磐のじじいらも出張ってくれなあかんやつや」
「……そうなるな」
◆
この捜査作戦は終了した。持ち帰った成果としては、真愚魔組織のメンバー表と思われるものと、根城の特定。隠密の真愚魔という未登録の真愚魔との交戦記録である。1級に上がったエマとリンドウだったが、二人とも浮かない顔をしていた。
「元気出しなよリンドウ。はい、期間限定の抹茶ラテチョコ」
「……サンキュ」
コンビニで買ったお菓子を手渡しするエマ。受け取るリンドウ。
「……あれは仕方ないよ。リンドウ」
「……そう思うか?」
リンドウの言葉に頷くエマ。
「むしろ生き残ってラッキーだと思わないと。ね?」
エマの言葉は前向きだ。否、前向きな言葉をかけた方が良いと、わかっているが故の言葉だ。多分、同じ立場だったら、同じように塞ぎ込んでいる。
「その日初めて会った人らだったからな。そんなに思い入れはないはずなんやけどな」
「……その気持ち、わかるよ」
エマがつぶやく。自分もそうだった。同じ作戦部隊のメンバーがどんどん死んでいく悲しさは、今でも鮮明に思い出せる。
「でも、リンドウが持ち帰った情報のおかげで、なんとかなりそうなんでしょ?」
エマに言葉をかけられても、胸のつかえがとれないリンドウ。
「……多分」
リンドウは引っかかっていた。
――なんで、あんな簡単なところにメンバー表がおいてあったんだ? 昼間とはいえ、根城に一人しかメンバーを残していないのも変だろう。俺ら、もっと何か大事なことを見落としているんじゃ……。
携帯電話をスウェットのポケットから取り出す。師匠である大桐とのSNSでのやりとりを確認した。自分が最後に送ったメッセージに、既読の二文字がつかない。
――どうしちまったんだろう、師匠……。
◆
大桐千歳――愚魔狩3段に昇格した男と、降磨竜護――依然として8段のままの男。そして、一宮ダンキ――愚魔狩を辞めた男の3人が集っていた。彼ら3人は、釘塚に呼ばれ、日愚連の総本部に来ていた。
「大桐……ウチの助手が世話になったな」
「良いってことよ。それより、お前の助手、筋がいいな」
「……そうか。エマもそれを聞いたら喜ぶワ」
会話をしながら歩く二人の後ろを、とぼとぼとついていくだけの一宮。そんな彼に気を遣うような二人でもない。そのまま釘塚のいる会議室の扉を開ける。
「やあ……こないだの作戦、お疲れだったね」
釘塚が丸いテーブル――ちょうど扉と向かいになる位置に座ってコーヒーを飲んでいた。
「釘塚サン、どーも」
「……話ってなんや」
態度の大きなコウマに対し、ため息を一つ。ちなみに、この円卓に座っているのは、釘塚だけではない。
「ちょっとね。気になる点がいくつかあったから、作戦部隊に関わった人間を数人呼んでるんだ。さあ、コウマも、大桐くんも、一宮くんも座って」
やや後ろを歩いてきていた一宮も座り、円卓には全員で5人が集まっている。
「あ、どうも。人事部査定課副課長の神野述です」
「おお、コウマと同じ8段の……」
大桐が反応した。神野はぺこりと頭を下げる。めがねをくいっと右手人差し指で直す。左手にはメモ帳が常に携えられていた。何事か、とコウマは眺めていた。
「ああ、このメモ帳ですか? 本業用です。僕、本職は小説家でございまして」
「……小説書いてらっしゃるんですか」
大桐が笑いながら応えた。
「はい。愚魔狩の経験は、良い小説のネタになるな、と思って。たまーにモデルとなった愚魔や愚魔狩も登場させてますよ」
そんなことしているのか、とコウマは神野の方をまじまじと見つめた。しかし、副業で行っている愚魔狩で8段まで上り詰めている、というのは相当な実力者だ。自身の上司である釘塚よりも、実力では上ということである。
話が止まったところで、釘塚が咳払いを一つ。そのまま話し始めた。
「……大桐くん、一宮くん、君たちが交戦した、『隠密の真愚魔』。どんな能力だった?」
「……とは言われても、我々よりも、死んじまった中林サンらの方が戦ってるんでね。なんとも言えないですよ」
「……」
大桐からは躱されたような返事が、一宮からは無言が返ってきた。
「……いや、見たことを教えてくれたら良い」
「壁や床に溶け込む能力と言っていた。色々な物に溶け込むことが出来るとも言っていた。だが、ブラフの可能性だってある」
ここまで予防線を張るのはどうしてだ? と疑問に思ったコウマ。同様の疑問を抱いたのか、釘塚が質問を投げかけた。
「その能力を、お前ら二人は見ていない、ってことか?」
「……床に溶け込んで這って近づく姿なら。現れたときも、壁に溶け込んでいたみたいですし」
先ほどからメモ帳に何か書き込んでいる神野は、淡々と応える大桐の方ではなく、無言を貫く一宮の方を向いていた。
――先ほどから何もしゃべらない。上司が死んで病んでいるのか? 隠密行動課の人間だ。仲間が死ぬのは初めてじゃないはずなのに。
大桐の煮え切らない反応に爪を噛む釘塚。ここで彼は、神野の方を見る。
「神野、第五小隊が見つけたアレを見せてやれ」
「ああ。はいはい」
神野は、とあるUSB端末と、書類を取り出してほか4人の目に届くところに置いた。
「第五・第六は、何者かが生活していた痕跡を見つけました。それで見つかった証拠です。このUSBの中には、確かに真愚魔組織を運営していると思われる情報が詰まっていた――が、ほとんど消されていた。プログラム破壊系のマルウェア1つと、消し忘れたと思われるテキストファイルが1つ。すぐにスクショしてプリントアウトしたから、このテキストファイルだけ残っている」
「マルウェア入ってたってことは、パソコン、ウィルスにかかったんじゃねえのか?」
コウマの問いかけに、神野は頷く。
「もちろん、ネットワークは遮断していたし、ウィルスの可能性は0じゃなかったから徹底的に対策したパソコンで対応したよ。それよりも、こっちの書類……テキストファイルだ。何かね……なんというかまあ……真愚魔組織のツメの甘さが出てる」
テキストファイルに書かれている内容を読み上げる釘塚。
「コードR、反射の真愚魔がやられたことより、コードHとコードWを残す。Hがやられそうな場合、Wは自害するように。Wがやられそうな場合、HはWをおいて逃げて良い。Wの能力は、Cに引き継ぐモノとする」
全員が黙っている中、コウマが発言した。
「……コードR……反射の真愚魔ってのはやられたのか?」
「ああ。どうやら……先日、結構前に。大常磐サンが横浜まで出向いて倒したらしい」
「……なるほど。じゃあ消えてたRは反射の真愚魔やな」
コウマの次に話したのは、大桐だ。
「……となると、Hは隠密の真愚魔だよな? Wって何の能力だったか?」
釘塚が、ファイルに綴られた名簿を見ながら答える。
「……Warp。転送の真愚魔と名付けようか」
「これが自害したと」
「Cに引き継ぐっつっても、C死んでるやんけ。どないして引き継ぐんや?」
コウマが尋ねる。
「C……Copy……?」
大桐がつぶやいた。
「コピーした分身が生き残っていて、そのコピーが、Wの能力をコピーして取り込むことが出来るんだとしたら?」
「……なるほど」
大桐の推理に、神野が乗っかった。
「消えているCはコピー、『分身の真愚魔』ってことにして、生きているってことでええんやな?」
「おそらく」
「ってことはWのワープ、『転送の真愚魔』は死んでいるってことにして、ええんやな?」
「だな」
「……となると、この残った真愚魔の中で、一番厄介なんは……C……『分身の真愚魔』ってことでええな?」
コウマの言葉に、全員が頷いた。
「神野もコウマも実力者だ。分身の真愚魔を見つけたらなんとか逃げて、すぐに俺らに教えてくれ。小規模でも良い。作戦部隊を組む」
「わかりやしたよ」
釘塚の言葉を、円卓から立ち上がりながら聞くコウマ。
「んじゃ、殲滅作戦の計画と、同時進行でよろしくお願いします」
大桐も立ち上がる。
「……本業があるので、僕もこれで」
神野も続き、そして無言で一宮も立ち上がる。それぞれが会議室をあとにした後、入れ違いで入ってきた、3人の愚魔狩。
「こりゃどうも、釘塚さん」
「……元気でしたか」
「……」
釘塚は特段驚く様子もない。開発部長、顎門永生。警備部長、鳥羽嗣道。そして自らの部下である、蜂野スズメの3人。全員顔見知りだからである。
「釘塚さん、あなたの術を知っている人間って、この日愚連に何人いるんですか?」
蜂野スズメが尋ねる。
「それを聞いて?」
釘塚が答える。
「……いえ、先ほどの会議の内容、こちらの二人から聞かされて、あなたの術が何かについても尋ねられました。でも、私は……わかりませんでした」
「そうだね。君にも見せたことはない」
釘塚は何か考え込んでいるようだった。
「……一度だけ、日愚連の公の作戦部隊で使ったことがある。いや、二度かな」
「一度目は、千葉の愚龍討伐作戦。誰にも見えないように、コウマのサポートという名目で使わせてもらったことがある。二度目は、電撃の真愚魔討伐作戦。あのときは本当に死にかけたからね。使わざるをえなかった」
その言葉を聞いて、何かを確信した鳥羽。
「あんたの術……『分身を作る』ってもんだろ。と俺らは予想してる。これって……さっきの会議にも上がっていた、『分身の真愚魔』と同じ術なんじゃないのか?」
さっきの会議を鳥羽と顎門に“聞こえるように”させたのは失敗だったかな、と釘塚は嘲笑った。
「今、俺らは……釘塚=Christoph=天智が、真愚魔組織のコードC……Copyを表す、分身の真愚魔なんじゃないかと踏んでるということだ」
顎門の言葉が――会議室内に響いた。釘塚は、円卓から立ち上がる。
「Noと言って、君たちは信じてくれるだろうか?」
来ていたスーツの上着を椅子にかけ、小指の爪を噛み始めた。
◆
「さっきから全然しゃべらないね……一宮ダンキ」
神野ノベルは、大桐、コウマと話しながら、後ろを振り返った。会議室からの帰り道である。
「……作戦が終わったあたりからずっとだ、よほど中林サンが死んだのが堪えてるんだろう」
大桐が自分なりの解釈で代わりに説明した。
「そうか……それじゃあ俺はカワイイ助手とカワイイ弟子が待ってるから、先戻るわな」
コウマがここで神野と大桐に別れを告げる。神野も、「部屋にこもって小説書くかあ」と言って違う道へと歩みを変えた。大桐は時計を一瞥。
「そろそろバー開かねえとな」
一宮ダンキに何か言うわけでもなく、歩みを進めた。ゆっくり、とぼとぼと歩く一宮とは、大きく差が開いていく。
一宮の皮膚が一部、剥がれ落ちた。
どさっ――と崩れ落ちる音。腕、首――膝から文字通り崩れるように倒れ込み、崩れた部分が、乾ききって割れた土人形のように、砂に変わっていく。
一宮ダンキ――否、“一宮ダンキに似せて作られた何か”が、ここで……この廊下のど真ん中で、人知れず崩れ、砂に変わっていた。
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