バイトで”悪魔狩り”始めました。

最強降魔術師の助手のバイトを始めた女子大生エマのお話
さまー
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Case.31「耄碌しているのなら昔話くらいさせてやれ」

公開日時: 2021年4月10日(土) 22:33
文字数:6,742

 降磨竜護こうま りゅうご芳泉透里ほうせん とうりが、ともにいた。とあるモノを見つけたからである。

 

「……なんなんやこの砂みたいな……崩れた後みたいな。服が脱ぎ散らかされとる」

「……なんか、この服、みたことありません?」

 

 コウマの視線の先を指さすホーセン。コウマは首をかしげる。

 

「これ、一宮いちのみやダンキの服やな」

「……コウマさんって記憶力良いんすね」

「アホか。俺は結構頭ええねん。っていうか、そんなことはどうでもええやろ……問題はなんでここに一宮ダンキの服があるんかってことや。それにこの砂……キナ臭いな」

 

 コウマは首に手を当て、気難しそうな顔を見せる。「きな粉くさい? これきな粉じゃないでしょ」などというホーセンの冗談は、一切耳に入っていない。

 

 

 

 そのとき、ドタバタという廊下の音――蜂野はちのスズメ、鳥羽嗣道とば つぐみちが走ってくるのが見えた二人。

 

「す、スズメさん!」

 

 ホーセンが鼻の下を伸ばしてスズメに手を振る。

 

「ホーセン! コウマ! ついてきて!!」

 

 スズメと鳥羽の並々ならぬ焦りの表情を察してか、コウマはため息を一つ。

 

「鳥羽サン、えらいことになっとるみたいやな」

「ああ! 来てくれ」

 

 一切スピードを緩めることなくコウマとホーセンを追い越す二人。それについていくコウマ。おいて行かれるホーセン。

 

「ああ、待ってくださいよスズメさん!!」

 

 ◆

 

 

 4人が向かう先は――会長室。5体の愚魔と交戦している大常磐月丸おおときわ つきまるの元だ。そんな大常磐だが、状況はかなりピンチだった。

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

「まあいくら強いとは言っても、ジジイはジジイよ。数分も動けばガタの方が先に来る」

 

 氷雪の真愚魔が後ろの方から術を発動させていた。冷気を天井から送り、部屋全体を凍結させていたのである。この急激な室温変化により、大常磐の体力も大幅に奪われていた。それだけに限らず、重力の真愚魔も同様に大常磐に負荷をかけており、対魔力に頼らずに動くことさえ困難とも思われる状況であった。

 

「……クソッタレが」

 

 大常磐は実は大した術を持ち合わせてはいない。対魔力のコントロールがずば抜けており、全身――文字通り、筋肉、骨、血にまで対魔力を寸分狂わず通わせることができるのだ。これにより、対魔力のエネルギーによって、筋肉や関節などを無理矢理動かすことにより、75歳を超える老体とは思えないほどの素早い動きを見せていたのである。

 

――後から助けに来るやつもおろう。一体くらい手負いにしたい。

 

 ぐっと力を込め、後方で光の矢を放つ弓矢の真愚魔に照準を合わせた。

 

――まずはお前からだ。

 

 

 一歩踏み込む。満身創痍とも言えるその老体に鞭を打ち、全身に魔力を巡らせた。

 

 日愚連は――元は100余年前に発足した個人の愚魔狩の組合のようなものが元だった。大常磐月丸の祖先に当たる人物が、いぬい家、たつみ家、うしとら家、鳥羽とば家、降磨こうま家と言った、由緒ある愚魔狩一家たちを元に始めたものだった。後に降磨家は没落し、組合から抜けるのだが、残りの5家を中心に、全国に7、8個の支部を作るほど規模を拡大させ、日本愚魔狩連盟を作るまでに至った。

 

 その100年以上続く組織を引っ張ってきた一族として、彼にもプライドがある。

 

――宗家はわしで最後。分家の七宮ななみや家は死んだ。嗚呼、そうか。ならば儂の――儂らの――大常磐の物語はここで終わりということじゃ。

 

 閃光が走る。瞬時に弓矢の真愚魔と距離を詰めた大常磐。敵の真愚魔に、驚く隙すら与えず、一太刀――大きな一太刀を浴びせた。

 

「ぬうぅ!!?」

 

 激痛が遅れてやってくるのを、歯を食いしばってこらえる弓矢の真愚魔。それよりもずっと身体の痛みを感じている大常磐だが、歯牙にもかけぬ勢いで、名刀を振りきった。

 

 

「あ、アルチ!!」

「コードA!」

 

 ほかの真愚魔がかける言葉は――弓矢の真愚魔には届かない。両断された漆黒の身体が、みるみるうちに崩れていく。

 

「あ、あ……ああ」

 

 弓矢の真愚魔を倒した。しかし、残り4体。火炎の真愚魔が、激昂している。

 

「よくもアルチをぉおおおお!!」

「……お前らが悪いんじゃあないのか?」

 

 冷たく言い放った大常磐。飛びかかる火炎の真愚魔に対し、名刀迦具土命かぐづちで相手する。

 

「……この迦具土命は……なぜか炎を好んでおってなあ。炎を吸収し、より切れ味を増す優れ物というやつなんだよ」

 

 火炎の真愚魔に一太刀浴びせる。炎を吸収して、より鋭く、素早くなっていく鋒の動きに、火炎の真愚魔は置いてけぼりをくらっている。

 

「どーなってんだ!!?」

「ふんッ!!」

 

 火炎の真愚魔の、左腕と左足の足首から先を切り落とした大常磐。

 

 

 

 

「次ィ」

 

 

 

 

 限界を超えた先に訪れた余裕――いわゆるフロー状態に入っていた大常磐。それがほかの真愚魔にとっては不気味で、思わず一歩たじろいでいたのだ。

 

「い、いかん! コードFまでやられるぞ!!」

 

 氷雪の真愚魔が叫ぶのに反応し、格闘の真愚魔も走り出した。重力の真愚魔がさらに術をしかけ、強い重力――Gを大常磐にかける。

 

「ぜぇ……俺も限界なんでね。コードI、コードV。あとは頼んだぜ」

「かくいう俺もずっと術をかけてあのジジイを凍らせているんだが……早く決めてくれッ! コードV!」

「わかったァよ!」

 

 

 コードVと呼ばれた、格闘の真愚魔。大常磐の正面に回り込む。

 

「ダイナマイトッ!! ストレイト!!!」

 

 腹部を殴る――しかし、『ダイナマイトストレイト』の爆発は、大常磐の対魔力によって防がれている。

 

――何が効くんだ!? 耄碌もうろくしたジジイのくせにッ!!

 

「おいッ!! V! 俺がやるッ!!」

 

 声――上からだ。火炎の真愚魔が大きく跳んでいる。会長室の天井に、張り付きそうな高さで。欠損したと思われた左腕と左足首は元に戻っていた。

 

 

――ここまで……か。

 

 大常磐もさすがに諦めた――そのとき、会長室の扉が開いた。

 

「会長!」

 

 御厨旺正みくりや おうせいと、顎門永生あぎと えいせいが会長室に駆け込む。御厨の両手には、対愚魔7ツ道具の小刀と含魔銃ガンマガンが携えられている。

 

「G!」

「ああ!」

 

 氷雪の真愚魔の指示で、重力の真愚魔が焦点を変えた。御厨に向かって術を使う。

 

「ぐっ!!」

 

 強い重力がかかり、御厨は地面に押さえつけられたかのように動けなくなった。しかし――大常磐にとってはうれしい誤算だった。

 

――御厨。よくやった。

 

 

 動けるようになった大常磐は、目前の格闘の真愚魔を、縦に一刀両断した。しかし、上にて攻撃を仕掛けにかかっている火炎の真愚魔への一撃は、間に合いそうもなかった。

 

「ぶっ潰す!!」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 煙が立ちこめる会長室の中――強い衝撃波と熱風が、一気に室内を包んだ。

 

 この部屋の中で、唯一の人間となった御厨は気づいてしまった。

 

「お……お……と、きわ……会長ッ……」

 

 煙の中から立ち上がる漆黒の体躯。火炎の真愚魔は大きく息を吐く。地面には、消し炭と化した大常磐月丸の死体。

 

「ふぅ……ようやくだったな」

「おせーよ」

 

 重力の真愚魔は、ここで力尽きたように倒れる。

 

「魔力切れだ……あとは頼んだ。F、I」

 

 真愚魔側は、弓矢の真愚魔と格闘の真愚魔が死に、重力の真愚魔が魔力切れでダウン。戦えるのは氷雪の真愚魔と火炎の真愚魔の二体のみ。

 

「……はぁ……顎門。やれるか?」

 

 御厨が立ち上がり、顎門を見る。

 

「……」

 

 無言の顎門。御厨も思案しながら気持ちが焦っている。

 

――一人1体。火炎の真愚魔の方が疲弊しているみたいだし、術を持っていない俺が相手する方が良いのか……?

 

「……御厨」

 

 

 顎門が言葉を発した。御厨は顎門の方を一瞥する。

 

「お前、何か勘違いしてるんじゃないか?」

 

 含魔銃を構えている顎門。その銃口は御厨の方を向いていた。

 

「えっ?」

 

 

 銃声。右肩を撃ち抜かれた御厨。しかし、頭が追いついていない。状況が、整理できていない。

 

「な、なんで……顎門……が……お前が……内通者だったのか!?」

 

 顎門は革靴の音をわざと立てながら氷雪の真愚魔と火炎の真愚魔の間に立った。

 

「気づいちゃったか……御厨」

 

 うつむきながら笑いをこらえられなくなっている顎門。

 

「そうだよ。俺が内通者だよ」

「ってことは……コードC……お前か……」

 

 身長が180cmにも満たない顎門だが、彼はしっかりと御厨を見下している。

 

「……あごは英語で?」

Chinチン……そうか。Cか」

「ご名答」

 

 火炎の真愚魔や氷雪の真愚魔の表情も綻んでいる。苛立ちが湧いてくる御厨。

 

「……まあ、内通者はこうして合流する必要があったからね。名前でわかるようにしておかないと。な?」

「ってことは、釘塚が内通者ではないかと言うお前の予想も……釘塚を罠にめるためのブラフだったのか!?」

 

 御厨の言葉に顎門は高笑いを見せた。

 

「……ああ。そうだ。そうだったな。釘塚……うん。彼はもしかしたら俺が内通者ってことに気づいていたかも知れなかったからな。早めに潰しといて正解だったよ。でも不思議だよね。お前も、コウマも……鳥羽も……上層部も……みんな釘塚が内通者って信じてくれた。人間、選択肢の多い問題に直面したとき、一つ可能性が高いモノを示されたら……それに乗っかってしまってほかの可能性を考えなくなるもんだね」

 

 笑いながら背を向ける顎門ら。

 

「待て」

 

 御厨が止める。

 

「……生きて帰すわけねえだろ。裏切り者。いつからだ……! いつから内通者やってたんだ!!」

「……」

 

 顎門は笑ったまま振り返る。撃たれた右肩を押さえながら含魔銃を向ける御厨に向かって、言い放った。

 

「……俺は生まれながらに真愚魔なんでな。裏切るもなにも……ハナからこのつもりだったんだ。開発部の愚魔研究課を潰したのも……俺たちにとって都合が悪いからなんだよ」

 

 御厨の瞳孔がかっ開いた。

 

「顎門ォ!!!」

「あ……そうだ。俺の部下のコウマってやついただろ?」

 

 含魔銃の引き金に手をかけている御厨を前にしても、真愚魔――顎門は笑っている。

 

「……あいつに伝えておいてくれ。うちの組織のモンが……お前のカワイイ助手を奪いに行くぜって」

 

 

 この言葉に御厨はもう、止まらない。含魔銃の弾丸を何発も撃ち込む。しかも、一発一発、しっかりと圧力式助魔器アシストポンプを使っていた――が、顎門には効いていなさそうだ。冷静さを欠いている御厨のことなど、もう視界にも入っていない彼らは、大常磐の死体と、死んだ二体の真愚魔の死体を目視し、重力の真愚魔をかつぎこんで、窓から去って行った。

 

 

 ◆

 

「……間に合わなかった。ってことですね」

 

 コウマら4人が到着したのは、窓が開いてからたったの51秒後の出来事だった。悔しそうな芳泉の肩に手を置く鳥羽。首を横に振る。

 

「……御厨さん、状況を詳しく教えてもらってもええですか?」

 

 コウマは、へたりこむ御厨の背中に手を置いた。

 

「……内通者は……顎門。顎門永生あぎと えいせいだ」

「……ほんまですか。顎門部長が」

「……大常磐さんは……真愚魔二体を倒したが、死んだ」

 

 これには、コウマ以外のほか3人が驚いている。しかし、コウマの反応は淡泊たんぱくだった。

 

「……さすがにあのジジイでも……真愚魔5体はかなわへん。むしろ二体倒したんは普通にバケモンやろ。七宮兄弟も死んで、いよいよこの組織ひっぱるンが誰なんか……って話になってきたわけやけど……」

「……釘塚が内通者って可能性は0になったわけではないしな」

 

 鳥羽とコウマで話をしているとき……御厨が何か思い出したかのようにコウマの肩を揺さぶった。

 

「そうだ! 君の助手が……高虎エマが危ないッ!! 真愚魔組織の目的は……どうやら餌魔えまだった!!」

「……え、エマちゃんが!?」

 

 スズメが両手で口を押さえる。鳥羽も芳泉も驚きで一瞬固まった――そんな彼らの間を、一人走り去って行く男。

 

「わりぃけど、最優先事項。行ってくるで」

 

 コウマは会長室の窓から飛び降り、エマのところへと向かった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 生井ダイトが借りた部屋。コウマの事務所にあたる部屋には、現在、5人の愚魔狩が居座っていた。

 

「いやー。君が山崎ハルくん? 初めましてだね」

 

 昼食を作りに来た木村スバル――エマらの同期の男が笑っている。山崎ハルの、右側だけ編まれたコーンロウは、やはり初対面には刺激が強い。そして、昼食にあやかりに来た男、山崎ハルは自慢げな表情で、眉毛のない目元を細くした。

 

「でも、いかつい見た目のわりに、笑うと目が線になってかわいいですよね」

 

 蜂野スズメの妹、ミツハの言葉に、エマもスバルも苦笑いを見せた。

 

「……しかし、俺はびっくりだぜ。スナイチオ……お前の同期にたたら術使うタタラさんの孫と、あのコウマさんの助手がいるとはよ」

 

 木村スバルの横で同じように昼食を作るスナはため息を一つ。

 

「できればお前にこの事務所の存在は教えたくはなかったんだが……」

 

 スナ自身、コウマの最近の慌ただしさを見て一抹の不安を抱いていた。多少粗暴そぼうなやつでも、実力者が近くにいる方が何かと安全な気がして、山崎ハルを呼んだのだ。

 

 

「……っと……なんか来るぞ」

 

 山崎が何かを察知した。そう、真愚魔の発する強い魔力の圧――これをいち早く感じ取っていたのである。エマも、スナも、スバルも、ミツハでさえもこれに気づく。

 

 

「……例の真愚魔組織ってやつ?」

 

 先週、自らの任務で成功し、2級に昇格していた木村スバル。同じく3級に昇格していたミツハも息をのんだ。

 

「多分そうだ。初段3人と……2級と3級。1体だけだったらもしかしたら……いや、ギリくさい」

 

 部屋の扉が強引に開けられる音がした――

 

「エマ、ミツハを連れてベランダから逃げろ!」

 

 スナがエマにささやく。

 

「だめ……多分、私が逃げたら気配で気づかれる」

 

 自らが餌魔であるがゆえの難しいところだった。スナは木村を一瞥する。

 

「スバル……ミツハを連れて逃げろ」

 

 スバルはスナとエマの真剣な表情を見て察する。

 

「……そうだな。さすがにこんなかわいい子を真愚魔とは戦わせられねえわな。あ、エマもかわいいんだけどな。ミツハちゃんのかわいいは別」

「どういう意味よ。早く行きなさいよ」

「良いから早く行け!!」

 

 スナに背中を押される形で、木村はミツハの手を握り、ベランダへと駆けていく。そして――マンションから脱出した。

 

 

 ほっと一安心するのも束の間。会話する声が聞こえる。

 

「……AとVが死んだんだって?」

「あのAVコンビ仲良しだったのにな」

「……その省略の仕方やめろ。って、ところで……ここであってんのか?」

「コードS……探索たんさくの真愚魔の能力舐めないでよね」

 

――二体?

 

 顔を見合わせうなずき合う三人。一人はキッチンの影に、一人はクローゼットを開け、中に、一人はカーテンの裏側に隠れる。

 

「……で、あってると思うんだけど、3人いるね。俺戦闘用の術じゃないけど、いける?」

「まあ、任せなさいな。コードY……降伏こうふくの真愚魔の前には……どんな意志もどんな術も無意味ってのを……見せてやるからな」

 

 声が近づいてきたのを見て、スナとハルがアイコンタクトを取り合った。

 

――行くぞ。

――ああ。

 

「PAN祭りッ!!」

 

 指拳銃から、魔力を撃ち込んだ――が、降伏の真愚魔と目が合うハル。

 

「……降伏しろよ」

「うぅ!! 術が……!?」

 

 術が出せなくなったハル。そのやりとりの隙にスナが距離を詰めている。

 

「風陣:奥義ッ! 虚空斬域ッ!!」

「……降伏しろよ」

 

 またしても目を合わせてしまうスナ――彼も術が出せなくなり、動きが固まった。蹴り飛ばされ、壁に激突する。

 

――山崎さんッ!? スナまで!?

 

 一瞬で倒された仲間二人を見て、焦りつつも、敵の攻略法を見いだせないエマ。術を封じられているのは、一瞬目で見てなんとなく察しがついた。

 

――どうやら、降伏の真愚魔の方の能力は、ミツハちゃんの上位互換。目を合わせれば術を封じれるもの。でも、私の術は、目を合わせなくても発動できる! 先手はもらったッ!!

 

 両手を組み、術を発動させた。

 

――術発動! 『魔忌餌まきえ』!

 

 二体の真愚魔も、異変に気づいた。

 

「何だ? このシャブ吸ってるみてえな高揚感……ハイになる感じがするぜ……」

「……でも……身体、動かないことないか……?」

 

 探索の真愚魔にも、降伏の真愚魔にも、術が効いている。今のうちに連絡をとって助けに来てもらおう――そう思った矢先。

 

「術の仕組みはなんとなーくわかったよ。餌魔の高虎エマちゃん」

 

 キッチンの裏に隠れていたエマと、降伏の真愚魔の目が合ってしまっていた。

 

――な、なんで……術は……効いてたんじゃないの!?

 

 目を見開き、足をガタガタ震わせている……。スナもハルも倒され、絶体絶命の状況。

 

「それじゃ……任務成功と言うことで、さらっていきましょう」

「くれぐれも殺しちゃだめだかんな」

「わかってるよ」

 

 エマの首に手が伸びる――声も出ないエマ。

 

――なんで……なんで効かないの!?

 

 自信も、手応えも、今までの成功体験も――全て夢だったのではないか、全て泡沫ほうまつのような……そんな淡く儚いものだったのではないか……。降伏の真愚魔の揺るぎない濃藍ネイビーの瞳に映る自分の顔が……怯えていて、みにくくて……また自分があの頃に戻ったような――そんな気がした。

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