二体の真愚魔と戦うのは、京都支部の総務部長、艮亮平。二体の真愚魔のうち、一体はコードB、弾丸の真愚魔と呼ばれる中~長距離戦闘に長けた真愚魔。もう一体は上位種の真愚魔であり、隠密の真愚魔と呼ばれている。あらゆるものに溶け込む能力を持っている。
――正直、上位種が強すぎるわ。勝てる気全くせえへん。
京都支部の中でもかなりの腕利きであるウシトラでさえも、この状況には後ろ向きだった。自分の姪であるエマを守るため、愚魔狩の未来を守るため、殿を務めようとしたは良いものの、正直、己の命は捨てたも同然だった。
「なあ、アンタら真愚魔組織の目的って何なんやろ」
ウシトラは真愚魔に問う。普段は人間に擬態出来て、会話が通じる相手であるが故の手段である。
「おいおい時間稼ぎはやめとけ?」
「いやいい。コードB。答えてやろう。どうせコイツの命は長くない」
弾丸の真愚魔の挑発を宥め、隠密の真愚魔が答える。
「俺らの組織のボス、コードC、王者の真愚魔は、愚魔狩組織を潰し、真愚魔が繁栄できる未来の創造を目指している」
「……真愚魔の繁栄やと?」
ウシトラが疑問を呈する。
「はっ……ってことは、今は人間様にびびって繁栄できてねえってことやないか」
「ンだと!」
煽られた弾丸の真愚魔が右腕を銃口に変化させ、弾丸を放つ。魔力を込めた腕でガードするウシトラ。傷一つ付かない。
「挑発だ。乗るなコードB」
またしても宥める隠密の真愚魔。
――中位種に比べ、上位種はやはり余裕が違う。強さの表れだなこりゃ。
「そうだねえ。うん。まあ……真愚魔組織が繁栄しようと思ったら、愚魔狩は邪魔なんだ。もともと、この真愚魔組織は、愚魔狩を潰すという共通目的を元に集まった2名の真愚魔が始まりだ。戦力差から考え、はじき出した答えが、最低25名の真愚魔を集めれば、愚魔狩組織を潰せるという算段だったんだ」
「はあ、エラいリアルな数字やな。愚魔狩の内情に詳しいヤツでもおるんか?」
「まあ、そんなところだね」
そう、元々、王者の真愚魔こと、大桐千歳と……不死の真愚魔こと、顎門永生が始めた計画だからである。彼らは直々に愚魔狩組織に潜入し、長きにわたって“愚魔狩として”も生きていたのである。
――そんなもん、胸中穏やかちゃうで。現に横浜支部は壊滅したっちゅう話や。東京にもかなりの数の真愚魔が攻め込んできよるやろ。大概、真愚魔なんか数体で東京と京都以外の支部やったら壊滅させられるような戦力やいう噂やぞ。
隠密の真愚魔が一歩、一歩と近づいていく。ウシトラは右足を下げ、構える。
「そういえば、君は弾丸の真愚魔の攻撃を防げるんだよね」
即座に地面に溶け込む真愚魔。それを見たウシトラ、足に魔力を込める。
――物に溶け込める能力ならば……居るべき場所はただ一つ!
影がウシトラの足元から飛び出すほんの一瞬前、ウシトラが飛び上がる。そう、隠密の真愚魔の弱点は空中戦。空中にいる相手への有効打を持たないのである。ウシトラは魔力を足裏から放出し、浮かんで戦うという手段を取った。魔力を飛ばし、足止めをし続けようという魂胆である。
――でもまあ、浮いたからと言って無敵ってわけやない。弾丸の真愚魔がちと厄介や。
弾丸の真愚魔の銃口が向く。銃弾が飛んでくるのは魔力でガードしてはじき返す。
「うーん。弾丸……追っておいで」
「え、でも……」
「良いから。別に俺が行かなくたって勝てるでしょ?」
「あ、はい!」
弾丸の真愚魔が去って行く。追おうにも、ウシトラには懸念があった。
――俺が追いかけることで、このエゲつない真愚魔を連れていくことになるんか。
「さて……」
隠密の真愚魔がこっちを向いた。
「ちゃんと戦おうか」
「せやな」
◇
日愚連総本部。現会長である乾。そして、同等の権限を持つ釘塚、天羽。3人が立った今、うなずき合った。
「やむを得んな」
「ああ。本部の中には神野がいるんだ。コウマをここに磔にされる方が損害だ」
「というわけで……」
乾が視線をコウマに向ける。
「本部前に並んでいる一般人の群れが押し寄せる前に、我孫子人事部副課長、鯨間2段、田場2段を救出し、対峙している真愚魔を討伐せよ。降磨竜護」
「はいよ」
軽い返事と共に、窓を突き破って飛び出したコウマ。すぐさま山を駆け下り、数十メートル先の見晴らしの良い岡を目指す。行けばすぐに田場、鯨間、我孫子の3人の姿が見えた。
――見つけたで。降磨術――雷神威!!!
風神雷神図屏風の雷神のような、そんな神々しい光を纏った愚魔が現れ、コウマを乗せて連れて行く。鯨間を抱えて追い込まれていた我孫子の目の前を横切った雷神威は、コードL――施錠の真愚魔の首を刎ね飛ばす。
「ま……マジかよおい」
我孫子が驚くのも束の間、コウマは我孫子に声をかける。
「田場さんと、残りの二体は?」
「……あっちで相打ちに。田場が術で毒ガス開発したんだ」
「なるほどな……随分命がけなことしてくれよったようやけど……効き甘かったみたいやな」
コウマの言葉と同時に彼の視線の先を見た我孫子。また、それと同時に「ふ……ふあぁあ」と腑抜けた声の鯨間が目を覚ます。
「悪夢の真愚魔と、幻覚の真愚魔。下がっとけ、我孫子サン」
「チッ……これでも人事部は、愚魔狩の査定決める以上、自分らが戦えないと基準にならない。A級報酬とか全部決めてるし。下がらないよ。アンタを査定するためにも、真愚魔をブッ殺すためにも、前線からは下がらない」
我孫子高天の覚悟は決まっている。“戦闘要員ではない”と言っていた我孫子の姿はもうない。しかし、意気込んだ我孫子が含魔銃を構えたその瞬間、コウマはもう、二体の愚魔の首に迫っていた。
「なっ!?」
驚くのは、悪夢の真愚魔。搦手使いの2体の愚魔にとって、コウマのような純粋に戦闘力の高い相手の奇襲には、対抗する手段がない。
「んぐっ!!」
悪夢の真愚魔が右手を首の隙間に咄嗟に挟み込み、コウマの持っていた刀を防ぐ。皮一枚――千切れかけた右腕をぶらさげ、「ふぅ」と息を吐く。
「術かけるか」
「降磨術――山羊業渡」
コウマはすぐさま山羊型の愚魔を召喚した。
――名前の響き的に、生け贄だろ。術をかけても無駄って事か!?
コウマはすぐに山羊を突進させ、悪夢の真愚魔の右腕を引きちぎる。
「ぐっ!!」
見た目にそぐわない高火力に、横に立っていた幻覚の真愚魔もたじろぐ。コウマは、その隙を逃さない。
「ふんっ!!」
すぐさま距離を詰め、刀を振るう。左脇腹から右肩にかけて袈裟切り。幻覚の真愚魔の身体が二つに割れる。
――今しかない!!
我孫子は幻覚の真愚魔の身体に弾丸を数発撃ち込む。身体が崩れていく幻覚の真愚魔。
「山羊業渡が崩れた! 術が来るッ!!」
コウマの叫び声。すぐに我孫子は引き金から指を離し、距離を取った。
――山羊業渡は術を肩代わりしてくれる愚魔やけど、いかんせん等級が低い。術を受けられるキャパシティは大きくない。さて、コイツ無しで悪夢の真愚魔と戦うには、どうしたらええんやろか。
そのとき、コウマは視界の端に、とんでもないものを捉えた。捉えた――といっても、それは徐々に全容を露わにし、もはや視界の端とは言えないほど、コウマにとって無視できないものになっていた。
「なぁ……我孫子サン……なんやアレ」
「……おそらく、一般人だ」
コウマが見ている視線の先――我孫子は言葉を詰まらせるように言った。悪夢の真愚魔の術によって悪夢を見せられ、ここまでやってきていた一般人の人波である。幻覚の真愚魔の術が解かれても尚、悪夢を見続ける波は日愚連総本部目指して、進行を続けていた。
――ここまで入念に行われた戦力分散。それなのにここに3体の真愚魔を投入している。しかも、どいつもこいつも単独で数人の愚魔狩を相手取れそうな搦手のやつら。こっちも我孫子サン、田場サン、鯨間と……実力者が割かれてはいるが……分散と言うには物足りひんやろ。
「あれ気づいちゃいましたか」
悪夢の真愚魔が、赤色の瞳を震わせながら笑う。
「残念だねえ。このまま行くと、何も知らない、何にも関係ない一般人の山が、日愚連前でただの雑踏と化す。もうここまで来てしまっている以上、俺を倒したとしても無視できない人の数だ。場合によっちゃあ、無知故の暴動でお前たちの邪魔をするかもしれない」
「なんてことを……!」
我孫子は、彼らの目論見に合点がいった。
「ただでさえ人員がいねえ俺たちに、一般人の御守とクレーム対応を同時にやれってか……!」
「……えぇ……ダルすぎるやろそんなん」
コウマはわかりやすく背筋を曲げ、苦虫をかみつぶしたような顔で意思表示をした。
「……まあ、お前を一秒でも早く殺さなきゃならん理由ができたと思っとくか」
コウマは悪夢の真愚魔を見据えた。悪夢の真愚魔は笑っている。
「はい、俺と目が合った。悪夢の時間だよ」
「……わかってへんな。俺は降魔術を使う。俺ごとき封じても、意味ないねん」
悪夢の真愚魔の後方に、灯籠蟷螂。悪夢の真愚魔の首を、鎌状の右前足で刈り取る。
「俺の悪夢は……まだ……終わらねえからなッ!!」
捨て台詞を吐きながら消えていく漆黒の頭。我孫子はゆっくりとしゃがみ込んだ。
「はぁ……結局コウマに助けられたか。お前、そろそろ9段あがんね?」
「幹部というか、組織動かすことに興味無い言うたやろ」
「給料増えるよー?」
「それでもや。今は、給料より大事なもんがある。それに……」
コウマは言おうとして口をつぐんだ。『給料払える母体残さなあかんときにする話やない』という言葉を飲み込んで。
◆
「戦力の内訳はどうなっている?」
総本部の司令室で、釘塚が乾大和民事副部長に確認を取る。
「新宿に向かわせた営業部の面々ですが、かなり苦戦している模様」
「外回りの体力派と噂だったやつらは?」
「割と県外に出向いてますからね。有力者は特に。冬沢さん、連絡は取れてますか?」
インカムに耳を澄ませるように目を細める冬沢は右手でヤマトの言葉を制する。
「……真愚魔と会話した者の証言によると、彼の能力は劇毒。コードO。オーバードーズ……。触れたり毒霧を浴びたりするだけで死ぬ綱渡り状態で戦っている、と」
「下手をすると全滅させられるな」
釘塚はついに薬指の爪を噛み始めた。ヤマトは釘塚から視線を逸らし、自らの叔父である乾猛の方を見る。
「港区の方は?」
「冬沢。新宿の方、証言があっただけマシかもしれん」
乾猛は頭を机に伏せた。
「ニュース見れるか……大惨劇だ」
すぐさま司令室のモニターのリモコンで電源を入れる。テレビが映るようチャンネルを設定する乾ヤマト。
「ははっ、おいおいマジかよ」
ニュースの字幕は『港区、ビル3本同時倒壊』。ヘリコプターから上空の様子を映しているが、戦闘している様子が見えない。
『どうやら近年世間を騒がせている、“愚魔狩”という悪魔狩のような組織が関わっていると見て間違いなさそうです。近々、巨大な愚魔を倒す作戦が行われるという情報が入っていたこともあり――』
「……港区も、新宿も、大苦戦といった様子か」
釘塚はサングラスの奥で視線を右往左往させる。乾と冬沢の様子をうかがっているのだが、両脇の二人はそれでもなお動かない。
「……良いんすか。部長たち……」
ヤマトが釘塚、乾猛、冬沢、天羽の4人の部長たちに尋ねる。誰一人として応えることは出来ない。
――今呼んですぐに出られそうなのは、戦闘課のヤツとうちの部下くらい。だが……開発部を動かすのはちょっとリスキーだ。
――新宿も港区も捨てるか。じゃないとココの戦力がこれ以上割かれたらおしまいだ。港区の被害状況も見えん上に、敵の真愚魔の能力もわかっていない。
――総本部を残したとて、守るべき人や街が無くなれば元も子もない。だが……劇薬の真愚魔に対抗する術があるのかどうかだ。
――釘塚、乾さん、冬沢がどう考えているか……それ次第では撤退戦もあり得る。うちの部下が一番ここに残っている以上、その指揮は俺が執らなきゃならんか。
それぞれがそれぞれの思惑で案じていた――が、ヤマトにそれは一向に伝わってこない。
「ど……どうするんですか! みなさん!!」
臨時で部長に繰り上げになったヤマト。もちろん、乾総務部長の甥として、愚魔狩や組織運営のいろはは十二分に学んでいた。それでも、人を動かす経験はあまりなく、黙り込む四人を差し置いて意見を出す勇気も無かった。
そのとき、総本部の部屋の扉が開く。教育部副部長の池内と、警備部部長の鳥羽と、人事部で8段の神野述だった。
「大介くん……! それに、鳥羽さんと神野くんも!」
ヤマトが3人の方を振り返った。彼と仲の良い池内が最初に話し始める。
「池内です。御厨部長が目を覚ましました。そしてもう一点。開発部副部長、丹波舜平氏の内通者の容疑が晴れたので、以後開発部を指揮してくださるとのことです」
「御厨が!」
「よかった!!」
このニュースには乾たちもほっと胸を撫で下ろす。そして、もう一つの、丹波開発部副部長の疑いが晴れたことに対しても、肯定的な表情を取る面々。
「んじゃ、丹波に伝えておけ。戦闘課を全員新宿に派遣しろ」
釘塚が言った。
――鉄砲玉をさせる気か?
天羽は驚いて釘塚の方を見る。
――これが一番合理的だろ。
釘塚はその視線を跳ね返すようにサングラスのレンズをこちらに向けた。
「で、ですが戦闘課は降磨竜護8段含め、出払っている者が多く、大した頭数にはならないかと」
「構わん。今は一人でも多く向かって、何かしらの情報を持ち帰ってきてもらわなければならない」
同調したのは、意外にも乾猛。自らの部下の大敗の責任を少なからず感じてのことだ。
「そして、港区にはうちの部下を向かわせる。ほかにも遠距離戦闘に長けた愚魔狩がいたら連れて行こうと思っているが……」
釘塚が全部署にいる愚魔狩のデータベースを見ながらしゃべる。
「あ、それなら……今期うちに入った初段、含魔狙撃銃を扱いますよ」
池内が言った。「それだ」と釘塚は言う。
「鳥羽、連れて行けるか?」
「ああ。うちの部下がコードX、拡大の真愚魔を倒してこちらに向かってきているのも一緒に連れて行こう。総本部前の人だかりをなんとかしてから向かおうと思っている」
「そこも任せた。多分コウマが向かっているから、3体の真愚魔はどうにかなっていると思う」
鳥羽と池内はそれぞれ部屋を出て動き出した。一人入り口に残る神野述。
「神野くんは何を?」
「あ、ああ……いえ、俺は……ここを守ることが仕事ですよね。総本部の総司令室。ここをやられたら詰むので、来ておこうと」
「……そういえば、神野。お前……コードJ、噴射の真愚魔とコードL、施錠の真愚魔との戦い、無傷で帰ってきたじゃねえか。どうやったんだ?」
「ああ……。ただ単純に俺の術を使って退けただけです。討伐できてないので何の評価にもならないですけどね。あのときは会長もやばかったって聞いてたし、とにかく五体満足で総本部に戻ることが最優先だと思って」
釘塚は笑った。「お前はよく状況をわかっているな」と。そして立ち上がる。
「よし、それじゃ神野はここの専守防衛で頼む。おそらく、敵の主攻が、そろそろココにやってくるだろうからな」
総本部総司令室の面々は釘塚の言葉に頷いた。
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