バイトで”悪魔狩り”始めました。

最強降魔術師の助手のバイトを始めた女子大生エマのお話
さまー
さまー

Case.19「いらないお菓子と恨みはいつのまにか買っている」

公開日時: 2021年1月29日(金) 23:48
更新日時: 2021年3月7日(日) 21:23
文字数:6,562

 午後からは個人で愚魔を討伐する実践訓練だ。昼食として持ってきていたサンドイッチをコンビニ袋から取り出すエマ。浮かない表情をしている。


「……はあ」

「なになに、もしかしてお嬢さん、さっき俺の言ったこと気にしてる口?」


 隣に座っている男、竜胆りんどうライム。ニット帽をかぶり髭をさする男。彼はエナジードリンクを口にしながら笑っている。


「……別にそんなんじゃないです」


 なんとなく第一印象が不摂生なことと、なんとなくデリカシーの無い感じが気に食わないエマは、ぶっきらぼうに視線を外す。


「あっ、期間限定のチョコじゃん。ついつい買っちゃうよねこーいうお菓子。俺これのコーラチョコ食ったことあるよ」


 しかし、彼はすぐにエマのコンビニ袋の中身へと話題をシフトチェンジしてくる。


「んでさ、あの前の席の子、名前教えてやろっか?」


 余計なお世話である。無視してサンドイッチを口に入れるエマ。


「サンドイチオだぜ」

「ぐっ……」


 むせる。しょうもない。そんなわけないだろう。しょうもない。つまらない。センスが無い、とエマは無関心を貫く。


「嘘。本当は順和一緒スナ イチオ。サンドイチオじゃなくてスナイチオでした」

「え、マジなの?」


 思わず聞き返してしまうエマ。


「あ、やっと答えてくれた。マジだよ。スナくん。俺らの同期の一番の出世頭。愚魔狩1級」

「1級って……じゃああの副担の井龍いりゅうさんと同じ階級じゃん!」


 驚くエマにリンドウは続ける。


「まあ1級とは言ってもピンキリよ。とりあえず試験を受けずとも依頼こなせば上がっていける級と違って、初段は依頼こなすだけじゃなくて試験も通らなきゃいけない。しかもその試験を受けるのに必要な資格がいくつかあるんよ」


 なんでこいつはそんなに詳しいのだ、とエマは疑問に思っている。そんな彼女の疑問も意に介さず、竜胆は続ける。


「1つ目はこういった支部の事務的な仕事をこなすこと。段持ちはだいたいどこかの部署や課に配属されていて、その中での選りすぐりがより上位の段を手にし、幹部になっていくというシステムなわけなんよね。おそらくあの副担の井龍さんは初段試験を受けるためにこの教育部の仕事手伝ってるんだと思うぜ」

「なるほど」


 リンドウはどや顔で続ける。


「2つ目は2級以上の愚魔の討伐経験があること。まあこれは1級になればそういった仕事は普通に斡旋されるから、実力があれば難しくない。しかし、最後の3つ目が難しい」

「その3つ目って?」


「段持ちからの推薦状が必要」

「えっ、マジ」



「俺の見立てでは、井龍さんはこの仕事を通して善積よしづみ先生からの推薦状ももらう気なんじゃないかと踏んでいる。そしてなぜこれが難しいかというと、ちょっと前に俺の言った、大人数での作戦が少ないっていうのが理由なわけなんよね」


 リンドウはエナジードリンクを一気に飲み干し、本腰を据えて話し始めた。


「段持ちって、普段担当としての自分の仕事でだいったい忙しいのよね。だからまず段持ちの人が俺らみたいな若いもんの実力を認める“機会そのもの”が無いのよ。こればっかりは頭の固い上層部~とかいう文句も出てこないほどに仕方ない雰囲気なんだけど」


「ってことは、『師匠がいる』とか言ってたリンドウはだいぶラッキーなんじゃないの?」

「まあな」


 エマは思う。自分もかなりラッキーな人種だ。


「まあ話は戻ってくるぜ」

「え? ああ……うん」


 気づけばリンドウの説明に釘付けになっているエマ。なんか悔しい。


「この新人合同研修会は3年目だ。2年前に緋花真秋ひばな まさあきさんと橘勇青たちばな いさおさんっていう有名な愚魔狩二人が先導して発足したシステムなわけよ。これがあるおかげで段持ちの“メンター”が“推薦者”として若い実力者を初段試験に送り込みやすくなったわけよ」

「ほうほう……なんか私も話が読めてきた」


「そう、あのスナくんが君を敵視するのは、『メンターの推薦状をもらうのは俺だからお前には絶対にくれてやんねえぞ!』っていう対抗心なわけ」


 そこに戻ってくるのか、とエマは落ち込む。


――別にスナくんから出世を奪おうなんて気は無いから勝手にしてくれよぉ。変なところで恨み買いたくないよお。


 泣きそうになるエマ。チョコレートを口に入れる。カカオが効いていてビターな味わいだ。


「スーパーカカオチョコどんな味?」

「苦い……」


 気分のせいでもある。その様子を笑ってみているリンドウ。そんな二人の元に、先ほどの前髪の長い少年が近づいてきていた。



「ねえ」


 彼に声をかけられ、エマは肩を縦に揺らす。リンドウも座った体制のまま見上げるように彼に視線を合わせる。


「僕の話で盛り上がってるみたいだけど、僕はそんなに器の小さい男じゃないよ」


 彼の声色は冷たいが、嘘は言ってなさそうだ。エマはわずかではあるがほっとしている。


「けど、君のことはそもそもいけ好かない。くれぐれも個人戦で目立って僕の視界に映り込むようなマネはやめてほしい。そして明日の団体戦で同じチームになるなんてことは絶対にやめてほしいね」


 前言――否、前思撤回。いけすかない。スナという少年。色白の肌、高く整った鼻、細く切長な目、シュッとした輪郭、その特徴全ては「イケメン」を形容するそれなのだが、どれもこれも彼を『不健康そうな調子乗り野郎』と思わせる要因にしかならなかった。それはエマにとって、先ほどの彼の発言に対する憤りの発散に他ならない。


 エマは何も言い返さなかった。横で硬い笑顔のリンドウも、何も言えなかった。





「あそこで何も言い返さないの、ちょっと意外じゃん?」


 昼休憩の一件――スナとの邂逅かいこうのせいか、リンドウはエマに気を遣っている。


「……そう、私は別に」


 怒ってなんかない、と言葉を続けたい彼女だが、今にもはらわたが煮え繰り返りそうなのだ。言葉以上に感情が素直すぎて何も言えない。


「なんの因縁もない相手にあそこまで言えるような陰険野郎と話したいことなんて別にないし」

「はは、だいぶ怒ってんね」


 かくいうエマとリンドウだが、午後からの個人愚魔討伐演習を行うにむけ、準備を行っていた。


 会場となる場所は、山奥の支部から少し離れたふもとにある愚魔連の私有地。キャンプ場のように川や木々がある中で、広い場所があった。そこに一同に集まっている12人の同期。2人のメンターは彼らの正面に立っている。


「個人演習は会場への到着が遅かった者から行っていく。別にペナルティというわけではないから安心してくれ」


 メンターである善積の言葉に全員が頷く。


「それでは竜胆頼矛りんどう らいむ3級、君からだ」

「はいよ」


 演習内容はこうだ。高めの柵で囲われた演習場――中に木々や段差などの障害物が巡っている30m四方のところに、15体の5.6級愚魔が放たれている。5分以内にそれらを討伐するという演習である。


「5分で15体倒すには、20秒で1体は倒さないとだめじゃん……」


 エマは思い出す。今まで戦った5.6級の愚魔の実力とやらを。


――まあ、含魔銃ガンマガン一発で死ぬか。


 目つきを愚魔狩のそれに変え、リンドウの動向を見守る。



「はじめ!」


 善積が演習場の柵の上から叫ぶ。それと同時に、リンドウはだぼだぼのTシャツの裾を上げ腰から含魔銃を二丁取り出した。


「行くぜっ!」


 その一言を皮切りに、目に見えている愚魔から次々と撃ち倒していく。クラッカーのような陳腐な発砲音が12発、すぐに鳴り響いて終わった。




「終わったよセンセー。3匹固まってくれたおかげで貫通させれたんよね」


「しゅ、終了!」


 善積が手を挙げる。井龍がストップウォッチのタイムを確認する。


「は、8秒36!」


 ざわつく周囲。エマももちろんその1人だった。


――あの銃捌き、間違いなくホンモノだ。1発も外してないし、動きも軽くて早かった。


 エマは割と普段から実力者とばかり仕事をしていたためか、“動きを見る目”は人並みに持っていた。



「次、高虎エマ2級」


 全体がピクッと動いた。エマの方に視線が集まる。



「あいつが成績2番手の……」

「どんな戦い方するんだ?」


 周囲からの期待よりも、エマはスナへの対抗心に燃えていた。


――あの不健康野郎を黙らせてやる! いくらなんでもあの言い方はないでしょってんの!



「はじめ!」


 エマはすぐに短刀と含魔銃を構えた。目の色を変えて襲ってくる愚魔たち。そう、そいつらからしたら、急に餌魔というごちそうが目の前に現れたのだから。


「計算通り!」


 集まってきた愚魔を薙ぎ斬り倒していく。仕留め損ねた分に弾丸を撃ち込みトドメを刺していく。


「14秒72!」


 周囲から「おぉー」という感嘆が漏れる声。エマもどこか鼻が高い。


「ふん、どんなもんよ」

「やるじゃーんお嬢さん」


 リンドウは嬉しそうだ。


「おい」


 スナが話しかけてくる。見たことか、と言った表情でエマがスナの方を向くが、彼はたった一言。


「目立つなと言ったろ。忘れたのかこの鳥頭」


「な、な、なんですと??」


 これでも温厚な方として自信はあった。でも我慢の限界だ。


「そんなに言うなら私よりも! そしてこのヒゲよりも早いタイム出してみろよ! 1位様よ!」


「お、おい……」


 まさかリンドウも、自分が宥める側になるなんて思ってもみなかった。


「ふん、別に構わんよ」


 スナは不敵に微笑んだ。



 ◆



スナの順番は12番目――最後だった。満を持して演習場に降り立つ。


「見てな。格の違いを見せてやる」



 息を呑むエマ。リンドウは呆れ顔である。


「お嬢さん、意外と煽り耐性ないね」

「これでも温和な方だったんですけど、私何にもしてないのにああ言うこと言われるのムカつく! 心当たりないっつーの」


 気づけば、まるでコウマへの怒りをぶちまけているときのような口調だった。



「はじめ!」


 12回目のはじめの合図。全員がスナに注目した。彼の持っているのは、日本刀。


「虚空斬域」




 唖然とした。度肝を抜かれた。同期のエマたちだけではない。メンター2人も例外なく。微塵と化した愚魔を見て、善積は慌てて終了の合図をかける。


「5秒17!」


 井龍の言葉に全員が歓声をあげた。


「すげえスナくん!」

「さすが一級! すぐに段手に入れそう!」



 これにはエマも空いた口が塞がらない。


「す、すごい」

「あれが俺ら同期の一番の出世頭、順和一緒」

「レベチ」


 スナの視線がより冷たく感じたエマだった。







「これで1日目の部を終了する。明日の団体戦は、成績順上位4人によるドラフト制でチームを決める」


 この言葉にほっと胸を撫で下ろしたのは他でもない高虎エマである。


――とりあえず、これであいつと同じチームじゃなくなった。


 スナを一瞥するエマ。彼はこちらには見向きもしない。善積は続けた。


「Aチーム、順和班。Bチーム、竜胆班、Cチーム、木村きむら班、Dチーム、沖見おきみ班。今名前の出た4人はチームリーダーだ。そして、明日の団体戦の前にドラフト会議を行う」


 息を呑む同期たち。明日の団体戦、一蓮托生いちれんたくしょうとなるチームメイトが決まる。


 エマなどといった、上位4人に入らなかった8人はため息をついた。


「やっぱ圧倒的にスナくんの班だろ」

「だな、あれは別格すぎる」


 周りの同期たちはスナのことを噂する。しかし、エマは彼の班にはなりたくない。


「ちっ、トップ4に入ってさえいれば……」

「仕方ねえよ。木村も沖見もすごかったもんな」


 エマの結果は5位。リンドウは何か言いたげな顔でエマの右肩をとん、と叩く。


「とりあえず晩飯くおーぜ」


 リンドウに言われ、エマは小さく頷いた。




 エマとリンドウが定食の乗ったお盆をテーブルの上に乗せ、向かい合わせで席に着く。


「うわ……」


 今、エマの口から零れた言葉に、リンドウは首を傾げる。


「どーしたんだよエマ」

「いや……なんかこのメニュー、見覚えあるなあって思って」


 思い出したのは、釘塚に軟禁されているときに出てきた朝食。食器が同じで、メニューがどことなく似ている。


「ここの飯結構美味いぞ」


 そう言って味噌汁を啜るリンドウ。しかしエマにとってはこの味噌汁は泥水の味を思い出させる代物だった。


「落ち込んでばっかじゃ仕方ねえぜ? コウマさんが心配するって」

「それもそうなんだよね。スナが私を指名するとは思わないし」


 リンドウは帰ってきた言葉に少々驚く。


――自分で自分の機嫌取れるんだこいつ。


 そう、無難を地で生きてきた彼女にとって、本来自分の機嫌をコントロールするなど容易いことなのだ。その分、スナから向けられた理由のない敵意に対する憤りは相当大きいのだが、そんなことは知るはずもない2人。ふとそんな2人の元に、とたとたと言う足音が聞こえてきた。


「ややっ、俺木村って言うんだけど知ってる? 君が高虎エマちゃんだよね? 2級の!?」

「え、あぁ、うん」


 畳みかける質問に困惑するエマ。箸が完全に止まっていた。目の前にいるのは、定食の乗ったお盆を持つ同い年くらいの少年。個人演習の成績が3位だった、木村昴だ。


「ってことはさっき5位だったってことだよね? というわけで俺から一つ提案があるんだけど聞いてもらえたりする?」


「お、おい木村、前半に畳みかけんなよ」


 1人暴走する木村を宥めるリンドウ。


「んで、提案とは? 木村くん」

「あ、俺のことはスバルって呼んでもらえる? ライムもいい?」


「え、うん」

「お、おう」


 2人揃ってスバルのペースに乗せられる。


「エマ、俺の班に入ってくれないか?」

「え、ご指名制?」


 聞いていた話ではドラフト制だったはずだが……。と悩むエマに、スバルは続けた。


「ドラフト制とは言っても、1位指名が被る可能性は高いじゃん? そうなったら決めるのはエマ自身だし、俺3位だし唾つけといたほうがいい気がしてさ! だからほら、良いだろ?」


 何が「だからほら」なのか全くもってわからない。


「ちょっと待てよ。脈絡がおかしいだろ」


 リンドウがスバルに食ってかかる。食器がカタンと揺れる。


「だってスナもエマをスカウトに来るぜ?」

「それはないでしょ」


 スバルのきょとんとした顔に、エマが即座に答えた。


「スナは私を目の敵にしてる。あいつが私と同じ班になりたがるわけがない」


「……」


 黙るリンドウ。スバルは笑った。


「あいつって合理性の塊じゃん? 俺としてはどー考えてもエマの有用性をスナが見逃すとは思えないんだよね? そう思わね?」


――私の、有用性?


 エマが疑問符を浮かべた。


「……スナが、私を……指名する?」


「あぁ。するね。つまりそれくらいエマは強い。上位4人を除けばナンバーワンだ。俺は必要としてる。ドラフトってそういう場じゃん?」


 リンドウに視線を向けるスバル。


「……あぁ」


 歯切れの悪い返事。エマは黙っていた。スバルの言葉を反芻はんすうしていた。





 眠りから覚めるエマ。朝一番に思い出すのは、スナの表情。そして、スバルの言葉。


――私の、有用性。


 彼女の察する能力は高い。培われてきた空気や場を読む力は並大抵ではない。コウマや釘塚からもそれと似た意味の言葉は受け取っている。しかし、スバルから言われたそれは、また違う意味だったと、エマ自身気づいている。


「高虎さん」


 同部屋の同期、宮上みやがみが話しかける。


「あ、どうも……」

「今日の団体戦がんばろーね」


 ほんわかと話す少女。高虎エマもふと笑う。


「が、がんばろーね」




 朝食をとり、昨日の演習場へと向かうエマ。そこにやってくるのは、木村スバルと竜胆ライム。


「ようエマ! 俺の話、考えてくれてた?」

「エマちゃんよ、昨日はよく眠れたか?」


 この2人が同部屋だったらしい。リンドウの目元にはうっすらとクマができていた。


――そうか、リンドウやスバルはチーム考えないといけないのか。





 全員が会場に集まる。


「それでは、エフン、各班の班長からチームを発表してもらう」


 メンターである善積から話があった。


「では、順和、竜胆、木村、沖見、ドラフト1位の発表を」


 4人が同時に指を差す。そのうち、2人から指を差されたエマ。


――えっ??


「やっぱそーなるんよね」


 1番エマと話をしていたリンドウが、指を差しているのは別の男。


「……」


 沖見は自分の横に立っている男に指を向けていた。


――ってことは……。



「俺と同じチームになってくれるよな? エマ!?」


 昨晩から熱烈なラブコールを受けていた木村スバルからの指名は想定内だった。


 しかし……。


「……俺のチームに入れ。俺の足りないところを補え」


 順和一緒……スナイチオからの指名は想定外。そう、小学生のときに初めて見たどんでん返しが売りの映画よりも、ずっと想定外の結末に、エマは言葉を発することを忘れていた。


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