バイトで”悪魔狩り”始めました。

最強降魔術師の助手のバイトを始めた女子大生エマのお話
さまー
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失った自己肯定感を取り戻すための闘争

Case.18「新人研修の価値は同期の存在を知れること」

公開日時: 2021年1月24日(日) 11:41
文字数:6,311

 降磨竜護こうま りゅうごという名の愚魔狩は――日愚連の総本部の横にある墓地に来ていた。

 

「ヒバナさん……あんたの仕事、終わらせたったで」

 

 どこかで拾ってきた花を墓石に飾るコウマ。その光景を見て、ひとりの少女がため息交じりに近づいてきた。

 

「……コウマさん、さては墓参りしたことないですよね?」

「あるわい……手持ちの金無いから花持ってくるん諦めただけや!」

 

 えっ……と引いた表情を作るのは、コウマの助手である女子大生で愚魔狩の高虎恵麻たかとら えま

 

「いや……だって、ついこないだ特別報酬もらったばかりじゃないですか? 一体どうして何に消えるんですかそのお金」

「……別になんでもええやろ。酒と女や」

「最低……なんで惜しげもなくそんなこと言えるかなあ」

 

 自堕落じだらく極め切っているこの男だが、実は愚魔狩ぐまがり界最強と噂されている降魔術師こうまじゅつしである。先日の電撃の真愚魔まぐま討伐作戦においても、当初の作戦メンバーでなかったにも関わらず現場に向かい真愚魔を討伐して見せたのだ。

 

「っていうかコウマさん、昨日はどこ行ってたんですか? 東京支部からの連絡のこと、聞こうと思ってたのに電話もつながらないし」

 

 彼の助手の高虎エマは、不満そうにつぶやく。その様子を見てコウマはしゃがんでいた腰を上げる。

 

「……京都や。俺が昔住んどった家があるねん」

「ああ、だから関西弁なのか……」

 

 変なところに合点が行くエマ。次はコウマがため息をつく。

 

「それよりお前、たちばなさんの墓には参ったのか?」

「……はい。言ってしまえば第二の師ですから。いや、愚魔狩の戦闘においてはコウマさんからよりも学んだことは多いか……」

 

 あごに手を当て考える姿に一安心したコウマ。とりあえず病んではいないらしい。

 

「それはそうと、東京支部からの連絡ってなんやったんや?」

「あっ……これです。PDF送りますね」

 

 PDFでのデータのやり取りという愚魔連の習わしにもすっかり慣れてきていたエマ。コウマはPDFを受け取って開く。

 

「『日本愚魔狩連盟にほんぐまがりれんめい東京支部とうきょうしぶ新人合同研修会しんじんごうどうけんしゅうかい』? なんやそれは」

「なんか、最近できたらしいんですけど、愚魔狩初めて1年目の初心者を集めて合同で研修を行うらしいんです。戦闘訓練とか愚魔に関する勉強会とかもあるらしくて、6月末、9月末、12月末、3月末の計4回。今回がその6月末分のお知らせです!」

 

 エマはまだ愚魔狩になってわずか3週間。橘に戦闘のいろはを教えてもらったとは言え、まだまだひよっこだ。

 

「行ってこい。俺は行ったことあらへんけどな。そや……蜂野はちの姉妹の妹やったら、行ってるんちゃうか? まだ愚魔狩初めて1年そこらやろあの子も」

「おッ! それは名案! 早速話聞いてみます!!」

 

――とりあえず、居場所守ろう思ったら、愚魔狩としての立場を安定させたらんとな。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 エマは単身、蜂野家の近くまで来ていた。蜂野姉妹の妹、ミツハと連絡を取りつつ、待ち合わせている。エマは携帯電話の画面をにらみつけていた。ミツハからのメッセージを頼りに、彼女の家を探していたからである。

 

「あっ、エマちゃーん! こっちです!」

 

 エマが携帯電話からふと視線を上げた。そこには金髪碧眼きんぱつへきがんの少女が立っている。蜂野ミツハが自宅の庭に立っていた。

 

「ミツハちゃん!」

 

 エマも手を振り返す。すぐに玄関を開けてもらい、縁側えんがわと案内された。

 

「例の新人研修会のことですよね?」

「そうそう! ミツハちゃんが愚魔狩始めたての頃もあった?」

 

 エマの質問に縁側に座り込んだミツハは思わず笑う。

 

「エマちゃんってば……。私はまだ愚魔狩初めて1年とちょっとくらいしかたってないですよ。ついこの前の3月末の研修会が4回目で最後だったんです」

「あ、そうなんだ……」

「具体的にどんなことをするんですか? 新人研修会って」

 

 同じように横に座ったエマの問いに対し、ミツハは携帯電話を取り出した。

 

「今回の実施要項、日愚連の東京支部のホームページからダウンロードできます。PDF形式のファイルになっているので、今エマちゃんに送りました!」

 

 仕事が早い。

 

「ほうほう……ありがとうございます……」

 

 PDFに書かれていることは主に2点。日付がもうすぐだということ、そして講義と愚魔狩演習、団体戦を行うこと。

 

「講義は主に戦い方について、愚魔狩の特徴について、対魔力の扱いについてです。エマちゃんはもうコウマさんや橘さんに色々教えていただいていると聞いてます。あんな感じです」

「……なるほど。私はもう履修済みってことね」

 

 思い出す橘の顔。彼ももう殉職じゅんしょくしており、この世にはいない。あの特訓の日々は記憶に新しいが、古くなったとて消えるものでもない気はしている。

 

「愚魔狩演習は、日愚連が保管している5.6級の愚魔を実際に倒すんです。単独で倒すので、結構勉強になりますし、同期のみんなの戦い方もわかるので面白いですよ」

「ほう……」

 

「そして2日目にある団体戦――これが新人研修会の山場! 新人の階級や成績でだいたい実力が同じになるように3人組のチームを組み、どちらが先に指定された愚魔を狩れるか競争するトーナメントを行うんです! 連携の練習にもなるし、より実戦的で面白いし、何より成績優秀者には昇格試験の斡旋あっせんもされるのでいいことずくめ! 私もこの前の4回目で優勝して、4級昇格試験を受けることができたので」

 

 今、蜂野ミツハの階級は3級。いろいろなイレギュラーがあったとは言え、エマは気づけば2級。彼女の階級を越えていたのである。ふと、彼女は不安になる。コウマや、ヒバナ、橘、釘塚くぎづか、蜂野スズメなどの顔が思い浮かぶ。

 

――確かに周りの人が強すぎてボケてたけど、私って階級相応に成長出来てんのかな?

 

「いい力試しの場であるとも言えます! 頑張ってきてください! エマちゃんはかわいくて人望が厚くて強いので! 期待しています!!」

 

 キラキラと輝く碧眼を向けられ、苦笑いしかできないエマ。そして――すぐにその日はやってくるのだった。

 

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 日本愚魔狩連盟東京支部。東京の西側の山奥にその総本山を構える建物。支部とは言う名目だが、東京支部が47都道府県で最大規模であるため、実質的な本部という構えだ。

 

「やっぱ来るたび大きく感じるなあ。ここ」

 

 この建物のある場所に、エマは来ていた。新人合同研修会という名目で。

 

「とりあえず気をつけなよ。研修とはいえ、戦闘訓練とかもあるみたいだし」

「やばくなったらすぐに連絡してくれ! 駆けつけるぜ!」

 

 送迎してくれた蜂野スズメと芳泉ほうせんトーリが笑いかける。

 

「はい、ありがとうございました!」

 

 頭を下げるエマ。元気よく話しているが、何かが気がかりらしい。

 

「コウマのことは気にしなさんな。どうせ『めんどい』とかつまらん理由よ」

 

 見送りに来なかったコウマ。エマとて愚魔狩の仕事が来ないことを危惧している彼のことは心配なのだ。

 

「いってきます! スズメさん、トーリさん!」

 

 エマは対愚魔7ツ道具と宿泊道具を引き下げ、建物の中へと入っていった。

 

「……ま、若いエマちゃんにはいい出会いがあるんじゃない? 新人研修会なんて」

「確かにそうっすね。俺がスズメさんと出会えたのもそこでしたし」

 

 スズメはため息を一つ。

 

「変な虫がつくのは厄介だけどね」

 

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇

 

 建物の中は昔ながらの和風建築、といった様式。床を踏むたびに木がきしむ音がする。

 

「だだっぴろいなあ……受付は二階って書いてあるけど……」

 

 資料のPDFファイルが載っている携帯の画面とにらめっこしながら廊下を進む。階段らしきものを見つけると、誰かが立っていた。

 

「おっ、お嬢さんも研修の人? ちょうどよかった!」

 

 ニット帽にだぼだぼのロングTシャツ、腰まで下がったジーンズ。やんちゃそうなピアスに指にこれでもかとつけられたリング。整えられてこそいるものの、しっかりと蓄えてある顎ひげ。

 

――なんか、コウマさんと同じ匂いがする。

 

 一言で言えば、チャラそう。エマがその男に抱いた第一印象だ。

 

「俺、竜胆頼矛りんどう らいむ! 渋谷のクラブでDJしてんのよ。お嬢さんラップとかそういうの興味ある?」

「え、ええと……あんまり」

 

 いわゆる“陽キャ文化”なるものには一切触れてこなかったエマにとって、このぐいぐいと話しかけてくるリンドウという男に対し、眉を八の字にした。

 

「そうそう、受付二階って言われてっけど、この階段上がって大丈夫なのか不安じゃね? だよねー!!」

 

 エマがリンドウに対して抱いている嫌悪感という表情を、勝手に“受付の場所がわからないという不安”と解釈され強引に話を進められる。

 

――っていうか、こんな人も愚魔狩なんだ。こんな人でも愚魔狩できるんだ。勝手に陰キャのアングラコミュニティって印象があったけど、陽キャのアングラの人も来れるやつなんだ!!

 

 先行き不安でしかないエマはそそくさと階段を登る。

 

「おっと、ダメダメ、この階段急だから、俺が先に行くよ」

 

 その言葉の使い方であっているのかわからないエマ。リンドウがエマを抜かして先に行く。

 

「足元から初対面の男の視線感じるの嫌っしょ?」

 

 まあ確かにそうなんだけど、とエマは苦笑いした。そもそももうデリカシーのかけらもない感じの雰囲気が出ているので手遅れだ、とも思った。

 

――悪い人じゃあないんだろうけど。

 

 エマが抱いた苦手意識のようなものは、結局ぬぐえなかった。しかし、彼と出会って階段を登ると、すぐに受付があり、そのまま流れるように大広間に連れていかれた。

 

 ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 大広間には机といすが12個用意されていた。大学の小教室のような広さ。前に広がるホワイトボード。まさしくオフィスの研修室のような、そんな雰囲気だ。エマたちが入室した瞬間に、先に来ていた10人と、前に立っている大人二人がこちらを見ている。

 

「あれ、私たち最後?」

「やばいね」

 

 エマたちの到着順は最後だった。リンドウがこちらを見ながらにやにやと笑っているのに対し、愛想笑いでしか返せない。

 

「よし、これで全員揃ったな。早速話を始めよう」

 

 前に立っているスーツの男が話始めた。となりのジャージ姿の男は一歩引いている。

 

「東京支部新人合同研修会へようこそ。今期の新人は、12名。この界隈に入った君たちなら隠すことでもないと思っているが、常に死の危険と隣り合わせの現場だ。同期全員が20.30.40年後も揃っているなんて保証はまずできない」

 

 いきなりビビらせる発言をするスーツの男。彼はめ我々新人のメンター的存在だろう、とエマは推理する。スーツの男は続けた。

 

「私は東京支部教育部研修課きょういくぶけんしゅうか善積無悪よしずみ さかなしだ。君たちのメンターを務めさせていただいている。この立場である以上、少しでも愚魔狩として長く生き続けさせることができるよう、君たちを教育していくつもりだ。よろしく」

 

 善積という男がにかっと笑顔を見せた。今まで出会ってこなかった、さわやかなタイプの愚魔狩だ。

 

「そして、こちらのジャージの彼は、君たちの副担任とでも言おうかな、井龍くんだ」

井龍華真いりゅう はるまです。まだ1級ですが、君たちに少しでも指導できることがあれば、とここにいさせていただきます。よろしく」

 

 12人の新人――エマにとっては11人の同期。そして、二人の指導者。新人合同研修会が始まった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇

 

 時計は正午を回った。講義が終了した。そもそも12人しか受講者がいないため、眠ろうものならすごく目立つ。そのプレッシャーが、エマを眠気から遠ざけていた。

 

――疲れた。っていうか、ほとんど橘さんから聞いてた話だ。とは言っても……コウマさんの言ってた、愚魔の発生原因も増えている理由もわからないっていうの、本当なんだ。

 

「なんで愚魔を研究する機関ってできないんですかね?」

 

 エマのふとした独り言に、隣に座っていた男が反応した。

 

「あ~、君もそれ思う?」

 

リンドウである。

 

「……俺の師匠がさ、愚魔狩界から少し外れたヤバい界隈とも繋がりあんだけどさ。かつては愚魔を研究する機関を立てるって噂もあったみたいよ」

「なんでできなかったんだろう」

 

 リンドウの言葉に、エマの疑問は深まる。

 

「まあ、まずは本部のボスである大常盤おおときわさんが愚魔を殺すことに長けたエキスパートってだけで、研究の方はからっきしだったっていうし、誰が推し進めるんだってなったときに船頭せんどうに立てる人間がいなかったっていう説が濃厚」

「……そんな感じのこと、コウマさんも確か言ってた気がするなあ」

 

 ふと、隣の男が固まる。

 

「今、コウマさんって言った?」

「え? うん」

「もしかして、あの降磨竜護と知り合い!?」

 

 おそるおそる頷くエマ。隣の男のテンションがみるみるうちに上がっている。

 

「すげッ! マジかよ!! 俺らみたいな最近の愚魔狩からしたら降磨竜護は大スターよ!? 22歳にして8段まで上り詰めた現代愚魔狩最強の男!!」

 

 言わなきゃよかったかな、と後悔するエマ。

 

「俺さ、すっげえ降磨竜護さんにあこがれてるんよね! さすがに降魔術は使えないけど」

「そりゃそうでしょ……」

 

 ハイテンションなリンドウを横目に苦笑いしかできないエマ。しかしよくよく考えてみれば、コウマが最強と噂されている愚魔狩ならば、界隈にこれくらいのファンがいてもおかしくはない。それは、サッカー選手がバロンドーラーにあこがれるように、日本のプロ野球選手が沢村賞投手にあこがれるように。なんら不自然ではない。

 

「と、まあそんなことはおいといて、降磨さんが言うならその説は間違いないな」

「うん、なんか愚魔狩は脳筋の集まりだって……言ってたから」

 

 リンドウは首を縦に振る。

 

「まさしくそうなんよね。まあどうしてかと言うと、愚魔狩って大規模な作戦あんまりしないのよ。数年前の龍型討伐隊とか、記憶に新しいのは電撃の真愚魔討伐隊とか、あれくらい。小隊レベルじゃないと指揮取れないのよ。それくらいの指揮官がほとんどいないから。まあそれこそ、今あげた二つ指揮してたのは釘塚さんっていう7段の人なんだけどね」

 

 彼のどや顔こそ申し訳ないが、エマは無駄にそこには知識がある。当事者との面識しかないからだ。電撃の真愚魔討伐隊に至っては特例で参加している。

 

「お嬢さん、そういう話に興味あるんだったらまた話聞かせてよ。名前は?」

 

 ここに来てようやく名前を聞いてきた。逆にここまでデリカシーの無い振る舞いをしておきながら名前一つ聞いてこないくらいエマのことには踏み込んできていなかった。

 

「高虎エマです」

「俺、竜胆ライム。あ、言ってたっけ?」

「言ってたよ、リンドウくん」

 

 エマに笑われ、リンドウは後頭部を掻く。

 

「……高虎エマか……エマ……高虎……えっ? あの電撃の真愚魔討伐隊にいた3級の子?」

「……今は2級だけど、うん」

 

 エマはきょとんとしている。リンドウは“エマ”のことについてどこまで知っていて話をしていたのか、不透明だ。

 

「……マジかいマジかい。ってことはお嬢さん、いや、エマさん……。この後大変だぜ?」

 

 え、どうして? と、ついつい恐れてしまうリンドウのものいいに、エマは眉をひそめる。

 

「エマさんは俺らの同期の中で2位の出世頭しゅっせがしらってわけよ。それで、なぜか知らんが1位のヤツが2位の子をものすっげえ敵視してるらしいんよね。だからこの後の愚魔狩演習や団体戦で変な絡まれ方されるかもしれないから気をつけてねってわけなんよ」

 

 固まるエマ。笑っているリンドウ。なぜこんなことを平気で言えるのか、無神経さを疑う。

 

「で、その1位の人ってどこに……」

「今一番前の席で弁当広げてるあいつ……」

 

 リンドウの指さす先をふと見るエマ。髪の長い少年と目が合う。

 

「そう、さっきからずっとこっちを見てるアイツ」

 

 なんてことをしてくれるんだ。

 

 

「……」

 

 強く睨まれている。対抗意識からなのか……と、エマは柔らかい笑顔を意識して目を細めた。

 

――新人研修って、こんなに殺伐とするもんなんですかー!!?

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