エマたちは、集まっていた。見渡す限り、かなりの人数だ。スナや芳泉は、初段昇格試験にてもっと多い人だかりを見ていることもあってか、落ち着いていた。
「エマ、そわそわしすぎ。師匠から説明はあっただろ」
スナが長い前髪を垂らしながらエマをたしなめる。
「……そうは言っても……やっぱり緊張するよ。大規模作戦に、また特別招集枠で呼ばれるなんて」
コウマからの話は、こうだ。見事初段昇格試験に合格したスナは、開発部の戦闘課に配属された。ここには同じく初段昇格試験を突破した山崎ハルもいる。芳泉透里も同様に合格し、警備部の隠密行動課に配属された。そして、釘塚の言う、「大規模作戦」に、警備部長鳥羽嗣道主導の下、警備部隠密行動課を母体とし、開発部戦闘課、人事部査定課の人間が数名派遣されることとなった。そして、通常ならば初段以上の資格が必要な大規模作戦だが、特別招集枠として2級の高虎エマ、そして竜胆ライムが参加することとなった。
そして、ここに集められた人間は、すべて、大規模作戦総司令の釘塚の指示の下、動くこととなる。大広間のスクリーンに映し出された釘塚の顔が画面の向こうで頭を下げている。
「今回の、仮称『真愚魔組織』の捜査作戦に参加してくれる愚魔狩の諸君。まずは礼を申し上げたい。今回の作戦は非常に大人数かつ大規模な作戦となる上、標的は常に真愚魔であることから、危険度はかなり高い。参加を表明してくれた諸君の勇気を称え、作戦終了後の全員のB級報酬は確約しよう」
「……これってつまりどういうこと?」
「作戦に参加するだけで俺ら1級に上がれるんだよ」
エマの問いにリンドウがささやきながら返す。
「そして、この作戦における小隊を6つ作る。小隊長を発表する」
小隊長が、釘塚より発表された。スクリーンに6人の名前が発表される。
・第一小隊 隊長:警備部隠密行動課課長 小暮朱雀(4段)
副隊長:警備部隠密行動課 町田昌樹(3段)
・第二小隊 隊長:開発部戦闘課 降磨竜護(8段)
副隊長:人事部人材派遣課 蜂野雀(3段)
・第三小隊 隊長:開発部戦闘課 大桐千歳(2段)
副隊長:警備部隠密行動課 一宮暖喜(2段)
・第四小隊 隊長:警備部隠密行動課副課長 中林久斗(4段)
副隊長:人事部査定課 馬場雷兵(2段)
・第五小隊 隊長:人事部査定課副課長 神野述(8段)
副隊長:人事部人材派遣課 宍戸一計(3段)
・第六小隊 隊長:開発部戦闘課課長 舟尻梨子(4段)
副隊長:人事部人材派遣課 田場麻丸(2段)
エマもスナも、第二小隊の名前を見て驚く。
「こ、降磨さん!?」
スナがエマの肩をたたく――までもなく、エマは画面に釘付けだ。
「なんであの不労所得大好き野郎がこんな仕事引き受けてんのよ。スズメさんもいるし……大桐さん、舟尻さんもいる」
知り合いが作戦部隊にいるというのは、安心できる材料であった。そう、釘塚のことだ、また自分を利用して何か企んでいるのではないか、という気持ちはエマにとって確かにあったからだ。
「……しかし、リンドウもお前も、特別招集枠で参加するとなったわけだが、大丈夫なのか? お前、釘塚に利用されてるんじゃ」
「私もそれ思ってたところだっての……」
スナの心配していることは、同様にエマも心配なのである。
「第二、第三、第六がいいなあ」
「まあ……俺もそうだな」
ざわつきが落ち着いたところで、釘塚が再び画面の向こうから話しかける。
『今回の作戦の名目は、あくまで“捜査”だ。組織の根城を暴き、拠点の発見、敵戦力の確認等を行う。人員を割いているのは、組織の全容がはっきりとわかっていないことが理由に挙げられる。今回の愚魔狩のリークも、フェイクをつかまされた罠という可能性がある以上、先遣隊で向かわせるには少々不安要素が大きいという判断に至った』
釘塚は、一呼吸おいた。
『しかし、今回の作戦が上手くいけば、新人研修の際に現れた二体の真愚魔の行動目的もわかるだろうし、一体でも真愚魔を倒せれば素晴らしい出来だとすら考えている。だが決して無理はしないでほしい。君たちはあくまで愚魔狩組織に重要な人材だ。捜査作戦の後の殲滅作戦にも必ず参加してもらう。そのときの中隊長、小隊長を担ってもらう人間も、おそらくこの中から出てくるだろう。では、作戦会議を行う』
◆
釘塚から伝えられた作戦は、端的に言えば第3フェーズまである。
第1フェーズは、真愚魔組織の根城の特定である。東京都の繁華街――の地下街に、大きな組織を構えている可能性が高い。ここ数ヶ月の失踪者の失踪場所、時間帯等から場所を3箇所に絞っている。この3箇所の捜査をこの作戦部隊で行う。第2フェーズは、組織の全容の特定である。捜査自体は昼間に行うため、人間世界に溶け込む必要のある真愚魔たちが組織の根城に集まっているとは考えにくい。タイムリミットである午後3時までの間に、組織に所属していると思われる真愚魔がどれぐらいなのか、根城から捜査を行う。第3フェーズは、組織の目的の明確化である。おそらく人間を捕食している真愚魔が、なぜ一同に会っているのか。なぜ新人研修の時に二体の真愚魔が襲ってきたのか。などと言ったことを判明させるために捜査を行う。
『各小隊可能な範囲でかまわない。特に第3フェーズは、自ずと見えてくるモノでもあろう。ここで説明しておきたいのは、戦闘がある場合だ。操作場所の一つが、真愚魔組織の根城だったとしよう。その場合、ほかの小隊が集まって戦闘を行う。これも戦力の全容を暴くために必要だ。万が一、操作場所の3箇所ともに、真愚魔がいた場合、各小隊2隊ずつそれぞれに派遣されているが、小隊7人、二つで合わせて14人で真愚魔と戦ってもらう必要が出てくる。これは可能性が低いと考えている』
――うおお、なんか大規模作戦って感じで緊張してきたあああ。
エマが緊張しつつ、高ぶる中、画面が引きで撮られた。釘塚の両脇に立っていた二人の男が映る。
『この作戦の指揮は、人事部長、私、釘塚=クリフトフ=天智と』
『開発部部長、顎門永生と』
『警備部長、鳥羽嗣道が行う』
3人が頭を下げ、画面がぷつりと切れた。
◆
画面の向こう側――総本部の会議室にて、プロジェクターの前に立つ3人の男。釘塚、顎門、鳥羽。釘塚が機材の片付けをしている中、顎門が鳥羽に近づいた。
「鳥羽、例の内通者のことは釘塚に言わなくて良いのか?」
顎門が鳥羽に耳打ちする。
「……? なんで顎門部長がそれを?」
「馬鹿野郎。俺がコウマに頼んだんだよ。愚魔狩の中に真愚魔組織と通じているやつがいる。いくら狡猾な真愚魔とはいえ、こんなにわかりにくい山奥にあって、情報はすべて内部サイトからのPDFでしかやりとりしていないのに、真愚魔二人がたどり着けるわけないだろと言うことで、コウマに捜査を頼んだんだ」
なるほど、と鳥羽は頷く。
「……実は、1か月前、定例会議で例のリークがあったことがわかる5日前に、大常磐さんが直々に出向いて真愚魔を倒してるんだ。横浜で」
「横浜で?」
「ああ。一人の真愚魔のせいで神奈川支部が壊滅状態になったらしくてな。そいつが“反射の真愚魔”って言うらしいんだ」
「反射の真愚魔?」
初めて聞いた真愚魔の名前に、鳥羽は驚く。そんな鳥羽の身をかがめさせ、釘塚から聞こえないように顎門は続けた。
「そいつは組織から一旦はなれて、神奈川に活動拠点を移したんだと。東京の真愚魔が“餌魔”を捕らえようと躍起になっている、というのが理由らしい」
「餌魔を捕らえる? ってことはあのコウマの助手が!?」
「おっと……しー。これは釘塚にはトップシークレット。釘塚が餌魔を狙っているっていうのは幹部内でも有名な話で、大常磐さんもそこは計らってくれたんだ。コウマもそこについては怪しいと思い続けていたらしく、助手を手元に置いておこうと工作した」
鳥羽は思い出した。作戦部隊に特別招集枠としてエマを呼び込んだことを。
「しかし……餌魔が愚魔狩組織の中にいると、どうして奴らは?」
「だから内通者がいる可能性が増したんだよ」
「……なるほど」
顎門の話に、鳥羽は納得の表情を見せた。
「それで、コウマはこのことをお前含め誰に伝えているんだ?」
「俺と御厨だけだ」
「そうか……」
鳥羽の言葉に顎門は二度頷いた。
「わかった。俺とお前と御厨の3人で、組織内の裏切り者を暴こう。まあ……だいたい算段はついているが……」
顎門は口をつぐんだ。後ろから人影が近づいてきていたからだ。
「何話してんの?」
釘塚の言葉に、取り繕う鳥羽。
「い、いや……御厨もこの作戦に呼べば良かったな、なんてな」
「……あんまり呼びすぎてもほかの仕事に支障が出るだろ。3部署合同ってだけでも大規模だってのに」
釘塚の言葉はいつも正論だ。
「……しかし、水面下で行う必要があったのか?」
顎門の言葉に、釘塚は顎に手を当てた。そのまま小指の爪を噛もうとしている。
「……んー」
少しばかり考え込んだフリをして続けた。
「あくまで今回の作戦は捜査だ。一部の真愚魔に顔見せできるだけでも十分だと思っている。組織の全容がわからないのに全部隊で動いて殲滅作戦というわけにもいかんだろ」
「……確かにそうだな」
これには先に鳥羽が納得した。顎門も渋々頷く。
「おうおう、そういえばだが……」
鳥羽が思い出したようにつぶやいた。
「……例のリークって、無派閥の愚魔狩のモノだったんだよな? そいつの名前って?」
◆
第三小隊は捜査場所に到着していた。小隊長の大桐千歳がくしゃみを一つ。副隊長を務める一宮暖喜が笑った。
「変な噂されてるんじゃないすか」
「……それは困るねえ……かわいい弟子に文句でも言われてるかな」
「その弟子ならここにいますよ」
二人の後ろから、二級の愚魔狩、竜胆ライムが顔を見せる。そのままリンドウは、副隊長である一宮に話しかける。
「ダンキさん、隠密行動課って、こういう作戦行動よくされるんですか?」
「……まあ、機密事項だから言えないっていうのが正直なところだけど、今更隠しても仕方ないよね」
どうやら慣れているらしい。
「けど……ウチの課の人間がバラバラっていうのがちょっと心配かな。戦闘慣れしている戦闘課の人が隊長してくれるっていうのは、ウチとしてはまだ心強い方かもしれないけど」
その一宮の言葉に鼻が高そうな大桐。自らの師のこの態度に、ため息を一つ。
「師匠……頼みますよ。小隊長任されるってことは、そこそこ頼りにされてるってことなんですから」
「……そうだなあ」
前髪を掻き上げ、眠たそうな目をこする。
「……第四小隊が位置についた。突入するぞ」
第三・第四小隊が突入するのは、とあるキャバクラ――の地下に位置している事務所と思われる場所である。どうやらこの店に通っていた客や嬢が定期的に失踪していることから、真愚魔の根城となっている可能性が上がり、捜査対象となったのだ。もちろん、これもリークの情報にあった内容である。
店の鍵を強引に開け、中に入る。きらびやかな内装も、太陽の届かない店内では、輝くことがなく、どんよりと黒い。
「……地下の階段は?」
「あの非常口の脇です」
緑色にぼんやりと光る非常口。そこをめがけて走り出す第四小隊の面々。
「扉の前で止まれよ」
大桐の言葉に、第四小隊の隊長である中林久斗が隊全体を止めた。
「やはりいる気がするか?」
「ああ」
頷く大桐。
「俺の勘もそう言っている」
隠密行動課の副課長を務める4段の愚魔狩、中林はそう言って一歩下がった。
「索敵に長けた術を使える者は?」
誰も首を縦に振らない。
「……ならば俺が行く。後ろを固めてくれよ」
隊長自らが先頭に立つ中林。その脇に第三小隊の隊長、大桐が立った。
「前あんさん一人で大丈夫か?」
「……心強い」
二人の隊長が足を一歩、進めた。リンドウは後ろから見ていて自分の鼓動が聞こえるのがわかった。
――やべえ。この階段の下に真愚魔がいるのかよ。
リンドウらも一歩、進む。扉を開け、階段を見下ろす前の隊長たち。中林がささやく。
「駆け下りた瞬間俺の術を発動させる。俺の術の発動域はとりあえず魔力を防いでくれる壁になる。その間に含魔銃をぶっ放せ」
「はい!」
第四小隊の全員が答えた。続いて大桐が話す。
「……俺の術は発動条件が整わねえとつかえねえ。だが、中林の術の発動域の外に先陣切って出ていく。注意を惹いてやるから絶対に怯えんなよ」
「……はい」
リンドウら第三小隊の全員が頷く。
「突入!!」
階段を一斉に駆け下りる14人――地下1階のフロアに出た。中にいる真愚魔たちを確認する前に、中林が叫んだ。
「術、発動!!」
確かに魔力の圧を感じた中林――故に「いる」という勘が働いた。しかし――地下1階のフロア、事務所らしき場所はもぬけの殻だった。
「やっぱり……ヨソの店で何してるンすか?」
壁の向こうから、穴抜けをしてきたかのように現れる一つの人影。これが真愚魔だと言うのを察したのは、大桐だった。
「いるな。一人か?」
「……まだいる。この圧。一体だけの圧じゃないぞ」
後ろにいた中林は術を継続させたままだ。
「……俺は隠密の真愚魔。こうやって隠れる能力を持っているんだ。けど、戦闘力は本物なんだ」
漆黒の身体。間違いなく真愚魔の特徴だが、地下の事務所は薄暗いため、やや見えづらい。
「撃てッ!!」
中林の声。第三小隊の全員が含魔銃を真愚魔めがけて撃ち込む。銃声――とは言っても、含魔銃特有のクラッカーのような音がはじける。
「こんなの、俺には当たんないよ」
次は床に溶け込む隠密の真愚魔。そのまま、足下を這うように近づいている。
「下ッ!!」
中林が叫ぶ――なんと、彼の術の発動域の中に入ってきたのである。全員が含魔銃を床に向けた――が、隠密の真愚魔は素早かった。
「ぐっ!!」
「うっ!!」
リンドウは気づいていた。両脇に立っていた隊のメンバーが一瞬のうちにやられたということに。
「……こんなの知ったところでどうにかなるものじゃないから言うね。俺の能力は壁や床など、物資に溶け込む能力。君たちの着ている服や持っている装備にも溶け込むことができる。そこの隊長の術の中に入った時点で、俺の勝ち」
実際に、中林は焦っていた。自身の術の効果は、あくまで発動域の外から中への魔力に対してのみ働くからである。
「大桐! 俺らで時間を稼ぐ! その間に調べられることは全部調べろッ!! リンドウ、一宮!! お前らはその補助にいけ!!」
リンドウは危険をわかっていたからか、すぐに中林の言葉に反応し、大桐のいる方へ飛び出した。それに一宮も続く。
「中林副課長!」
「ダンキ!! 任せたぞ!!」
「はい! すぐ戻ります!!」
大桐が後ろを振り返らずに走り出す。それに続くリンドウと一宮。
「……調べるって、何を?」
「……てめえに教えてやるギリはない!!」
真愚魔に対し、中林は大声で啖呵を切った。
「ぶっ倒してやる! クソ真愚魔!!」
◆
大桐は、事務所の奥に入った。それに続くリンドウ。あるモノを見つけた。
「あれ、なんすかね、このファイル」
机に置かれたファイル。手に取って開くリンドウ。
「……アルファベットの羅列があるっすね」
「……だな」
後ろからそれを見る大桐。A~Zと書かれた枠の横に、英単語が並んでいた。
「あれ、CとEと……あとRが消されてるッすね」
「なんかの暗号か?」
後ろから一宮がのぞき込む。大桐の顔を押しのけるようにしており、大桐はつらそうだ。
「D、ダイナマイト……。F、ファイア……。G、グラビティ……。H、ヒドゥン……。I、アイス……。J――」
「……あ、待ってください! ここのA! アーチャーって書いてます! これってまさか、弓矢の真愚魔を指してるんじゃ……」
リンドウが気づいた言葉に、大桐が二人を押しのけて紙を凝視した。
「……この消されてる文字はなんだ?」
「えっ? そこッすか? ほかの単語だいぶ重要じゃないっすか? ほら、これが各真愚魔を指してるなら……」
「真愚魔組織に所属している真愚魔は全部で26体。そして、CとEとRの真愚魔は死んでいるから、23体ってことですよね?」
「E……R……」
「電撃の真愚魔って、Electricalって意味として捉えられません?」
一宮が言った。
「R……Reflect、反射の真愚魔か?」
大桐がつぶやく。「誰?」という二人を横目に、振り返った。
「これは持ち帰るぞ!!」
「は、はい!!」
慌てる二人。大桐は先ほどの“隠密の真愚魔”がいたところへ戻ってきた。
「術発動! 隠密の真愚魔の座標をX軸方向に+84m、Y軸方向に-29075m、Z軸方向に-10m飛ばす!!」
大桐が術を発動させる。
「この術を使えば、指定した者は指定した場所にワープする。しかし、その反動として俺ないし俺の近くにいる人間が真逆の方向にワープする。大丈夫だ。この真逆の方向は、総本部だ。リンドウ、これを持って先にワープしてろ」
紙を渡されたリンドウ。
「多分、今回の反動はお前に行く」
「わ、わかりました!!」
◆
ワープして、日愚連の総本部に戻ってきたリンドウ。
――師匠の術初めて見た……。しかし……あの隠密の真愚魔、強かった。みんなは大丈夫なんだろうか。
握りしめた紙は、汗も混ざってぐちゃぐちゃになっている。
――真愚魔組織のメンバーが書かれた可能性のある紙。消されているのは死んだ真愚魔。つまり残りは23体。これは大収穫だ!
すぐに釘塚らのいる総司令部へ向かった。
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