バイトで”悪魔狩り”始めました。

最強降魔術師の助手のバイトを始めた女子大生エマのお話
さまー
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Case.6「悪質な客には多数かつ毅然とした態度で臨め」

公開日時: 2020年10月10日(土) 12:31
更新日時: 2021年1月24日(日) 03:12
文字数:6,529

「な……なぜッ!」

 

 頭を打ちぬかれた真愚魔。人間の道を外れた存在であるため、まだ息はある。しかし――霧状に変化する力は、著しく低下している。

 

――もしかして。とすぐに合点が行ったのはコウマ。降魔していた愚龍を引っ込め、新しい愚魔を降ろして来ようとしていた。

 

「スズメ! この真愚魔、霧状になれへん瞬間がある! カラクリはわかった! 俺に任せて、お前は二撃目を狙えッ!」

 

 蜂野姉妹の姉、蜂野スズメは、コウマからの指示を受けるが、なかなか指示通りに動けない。スズメは迷った末、妹の蜂野ミツハの方へと視線を向けた。

 

――姉さん!

 

 姉妹である以上、阿吽あうんの呼吸とでも言わんばかりに息ぴったりに連動する二人。スズメは針のある右手の指先を、わざと真愚魔の視界に捉えさせ、大きく振るう。確かにその針の先を視認し、目で追う真愚魔。

 

「真愚魔さんッ!!」

 

 ミツハが叫ぶ。真愚魔のその視界に映る、ブルーの瞳。

 

「!?」

 

 真愚魔の意識は、その瞳に囚われた。ほんの、1~2秒の出来事である。コウマはその隙を見逃さない。

 

「降魔術! 『蛇尾蛇尾蛙鞍だびだびあぐら』!!」

 

 左手に乗った蛙が、二匹の蛇を吐き出す。その蛇が、真愚魔の足を捉えた。牙が食い込む。

 

「ぐぅう!!」

 

「ビンゴや!」

 

 痛みに悶える真愚魔を見て、コウマは確信した。

 

「こいつは意識外からの攻撃に脆いッ! 攻撃の正体を処理するまで、霧状にもなられへん!」

「!!」

 

 スズメとミツハとエマも、そのコウマの考察をとりあえず信用した。

 

 エマは自分が狙われていることを利用し、含魔銃ガンマガンを常に構えたまま一定の距離の円周上を走り回ることに。ミツハはスズメと連携を取り、常に自分の瞳を真愚魔の視界に捉えさせる場所を位置取りする。そしてスズメは、針の先に意識が向くよう、一度刺した背中を狙って立ち回る。

 

 コウマが見出した突破口。この糸口を見つけたエマの含魔銃での銃撃――コウマはにやりと笑った。

 

「ほんま……大した助手やで!」

 

 一瞬見えた隙――真愚魔が背中に刺されようとした針を避けるために、背中を霧状にした瞬間だった。空腹からか、エマを無意識に目で追ってしまい、完全にそちらに意識が向いてしまった瞬間があったのだ。当然、手練れの愚魔狩であるコウマはそれを見逃さない。

 

「相手が悪かったな! 地下鉄の真愚魔!!」

 

 首を刀が捉えた。完全に隙が生まれた瞬間の出来事に、真愚魔は対応できない。

 

「地下鉄の真愚魔じゃない……私は……近山哲子ちかやま てつこ……人間、近山哲子……」

 

 首だけになった漆黒の顔――人間とは程遠い見た目をしていたが、その電子音は確かに名乗っていた。

 

「……アホか。この駅で毎日行方不明者が一人出てるねん。お前に捕食されてるからやろ。言い逃れはできひんで」

 

 

 

 コウマの言葉に、真愚魔は赤い目から、黒い涙を流す。

 

「う……ぅうう……できることなら……人として生きたかった」

「……悪いけんど、同情はできひんで」

 

 

 

 朽ちてゆく。真愚魔の死の瞬間であった。

 

「た……倒したんですね」

 

 走り回っていたエマはすとんと、腰を落とした。ミツハも、スズメも同様に。

 

「後処理部隊に連絡しないと」

 

 思い出したかのようにスマートフォンを取り出し、連絡を取る蜂野スズメ。

 

 

「とりあえずヒバナさんの遺した仕事、一つクリアやな」

「そ、そうですね!!」

 

 エマはコウマの言葉を聞き、嬉しそうに駆け寄る。まるで子犬だ、とコウマは頭を撫でた。

 

「お前のおかげで何とかなったわ。おおきにな」

 

 改めて言うが、降磨竜護は、貞操観念や生活習慣こそ清潔とは程遠いが、顔は整っている。撫でていた頭を、その右腕でそのまま抱え込んだ。

 

「ちょッ……コウマさん!?」

 

 頬を朱に染め、あたふたするエマ。

 

 

「エマちゃん、騙されないでね。こいつ、誰にでもこういうことするから」

「……姉さん、さっきから思ったんですけど、もしかしてコウマさんにそういうことされた過去でもあるんですか?」

 

 ミツハの言葉に、スズメは咳払いを一つ。

 

「いくら下位種とは言え、真愚魔と戦うのは……ヒバナさんの一件があった以上、ちょっと不安やってん。なんとか……お前らが……まあ、エマ……お前もおったおかげで倒せた」

 

 当然、意識外からの攻撃が弱点であるということに対し、相性のいいメンバーだったのは間違いない。ましてや“餌魔エマ”の存在は、真愚魔の意識を逸らすのに一役買っただろう。

 

「あの……私、やけに愚魔から狙われる気がするんですけど、これって気のせいなんですかね?」

 

 エマが核心に迫っていた。

 

「コウマ、もう隠せないんじゃない? 私にも、この子にも」

 

 スズメの言葉に、コウマは観念したのか抱きかかえていたエマの頭を放し、エマの顔を見た。

 

「……そろそろ言わなあかんな。お前が俺の助手に選ばれた理由」

 

 え? 早くない!? まだ会って一週間そこらなんですけど!? と動揺するエマをよそに、コウマは座り込んだ。

 

「スズメ、ミツハ……手伝ってくれた手前言うのは申し訳ないんやけど」

「わかってるわ。私たちだってそんなに野暮かしら?」

 

「すまんな」

 

 スズメがエスカレーターを登ってホームを去る。それについていくミツハ。

 

「エマちゃん……一つだけ。これは、敢えて仲良くなったからこそ言わせてもらいます!」

 

 ミツハからだった。エマはミツハの青い目を見る。

 

「今回、私たちはなんとか真愚魔を倒しました。4人そろって、4人が五体満足。これって、滅多なもんじゃないですからね」

 

 厳しい言葉にも聞こえた。ミツハは続ける。

 

「エマちゃんには、死んでほしくないので」

「……う、うん! 気を付ける!! ありがとう!!」

 

 

 

 エマがミツハに手を振る。ミツハも小さく応えた。

 

 コウマの咳払いが聞こえて、エマはコウマの方へと振り返る。向かい合う二人の愚魔狩。

 

「……お前が愚魔に狙われる理由を、話す」

 

 エマはコウマの顔をじっと見つめ、頷いた。

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ 



「端的に言えば、お前は愚魔を引き寄せる体質や。そして、こないだ路地裏で見たあの愚魔が分裂したの見たやろ」

「はい」

 

 言葉にされただけであの日の鮮烈な記憶が蘇る。決して気分のいいものではないが、ぐっとこらえて話を聞く。

 

「愚魔は人間を捕食する。お前は愚魔を引き寄せやすい体質。お前の汗を摂取したことによって『発達』した愚魔。『至上の贅沢』と言ってお前を狙い続けたさっきの真愚魔。この4つのヒントから導き出される答えは?」

「愚魔にとって、私はスーパーフードってことですか?」

 

「ま、そういうことや。かの有名な配工管が、星を手にすると無敵になるように、かの有名な桃色の饅頭が、Mと書かれたトマトを食べると体力が全回復するように」

「よくわかんないですけど、そういうことなんですね。ってことは、私を助手に選んだのは、保護が目的なんですか?」

 

 話が早い。元々何にも期待していない性格のせいか、こういった飲み込みはやたらと早いエマ。しかしコウマは首を横に振る。

 

「一理あるがすべてやない。日愚連も、お前みたいな体質の奴がおるのは知ってるし、餌に愚魔の魔って書いて“餌魔えま”って名前もついてるくらいや」

「とんだ偶然」

 

「せやろ。ほんでまあ俺も餌魔を見るのはお前が初めてってわけやない。そもそも、あの日――お前が諦めて喰われるようなら見捨てるつもりやった」

「……なッ!!?」

 

 衝撃の事実を耳にしてしまったエマ。なぜ? という気持ちで溢れるところで、コウマは続ける。

 

「餌魔の存在は、愚魔界と愚魔狩とのパワーバランスを崩しかねんのや。食べたら無敵になれる愚魔がほいほい現れてみいや、愚魔狩はさっさと滅んでるで」

「た……確かに。でも食わせた方が大変なんじゃ……」

「まあどっちとも言えへん。保護の方がリスクとコストは間違いなくかかる。おるだけで愚魔が寄ってくる人間を保護するってことは、保護する愚魔狩の仕事はほぼ無休や。そんなん勘弁や。それならとっとと食わせてから殺した方が早い。俺強いし」

 

 ああ、そうだ。こいつは元々そういうやつだった――とエマはため息を一つ。

 

「せやけど……殺すにはもったいない。お前はちゃんと生きてる一人の女の子やった。餌魔を保護するっていうのは、大変やけんど、それ以上に……俺が……お前を助けたいって思ったんが、助けた理由や」

 

「コウマさん……」

 

 右手の力が少し強くなった。指の圧でショートカットの髪が少しくしゃっと崩れる。頬を染め、上目遣いでコウマを見るエマ。

 

「惚れ直したやろ? というわけでいっぱ――」

「最低」

 

 前言。否、前思撤回。コウマの手を振り払うエマ。呆れてため息をつく。

 

「ぷ……くく……ははは!」

 

 しかし、すぐに堪えられなくて笑いだした。

 

「私、元々何にも期待してなかったんです。けど、どこかで自分の強みとか居場所とかに期待してて、僅かなものにすがりついてた。だからすごくつまらない人だったと思うし、つまらない人生だった」

 

 笑いすぎて浮かべる右目の涙を、右手の人差し指でさっと拭く。

 

「けど、あの日すべてがどーでもよくなって、石を投げた。すると、コウマさんが助けてくれた。気づいたら私を助手にするって強引に決めて……気づいたら私に居場所ができてた。前も話しましたっけ? サバ持ってキレた日」

「ああ、そんなことあったなそういえば」

 

「……私は、感謝してますよ。愚魔狩になったことも後悔してないですし、私にもできることあるかもって思うんです。元々なんでも器用にできる方なので飲み込みも早いと思うし。私に居場所をくれて……ありがとう」

「……俺があげたんやない。お前の“強さ”が勝ち取ったもんや」

 

 

 コウマの言葉に、エマはまたまぶしい表情で笑った。白い歯がコウマの目に映る。そのとき、地下鉄のホームに入ってくる声。

 

「後処理部隊来たみたいですね」

「そやな」

 

 コウマもエマも、帰路をたどることにした。

 

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

『なにぃ!? 降磨竜護と協力して倒したァ?』

 

 電話の向こうの大声に、蜂野スズメは携帯電話から耳を離す。

 

「ええ。どうやら……緋花真秋の遺した仕事はすべてやり切るつもりです。どうしますか、釘塚くぎづかさん」

『……まあいいや。とりあえず人形と鬼は任せよう。下位種とは言え、段持ち二人で真愚魔倒せたのは収穫だ。しかも、殉職者を出さずに……ね』

「ええ。あと……気になることが一つ」

『ああ、例のコウマの助手か?』

 

 電話の向こうの釘塚という男は、話が早い。

 

「はい」

 

 スズメは電話越しで、相手の顔を見ているわけでもないのに頷く。

 

『とりあえず様子見だな。餌魔えまは使いようによっちゃあ愚魔を無敵にする劇薬になりうる。だが……もしかすると、平和の為の切り札にもなりうる』

「釘塚さんの見解は、どちらが濃厚ですか?」

 

 スズメの問いに、電話の向こうの釘塚という男はしばし考える。

 

『コウマのことはよくわからん。ただ……あいつのことだ。どっちにも使わせてはくれないだろう』

「……なるほど」

『とりあえず今は……ヒバナを殺したっていう、図書館に出た“電撃の真愚魔”を倒さねえと……世界より先に俺たち愚魔狩が滅んじまう』

「でも、あのコウマの感じだと、電撃の真愚魔も狩ろうとしますよきっと」

『んー、まあそうだなあ。でもコウマに死なれると一気にパワーバランス崩れるから困るんだよ。慎重にいきたい気持ち、わかる?』

 

 ああ、きっと電話の向こうでは煙草片手に偉そうに肘ついてるんだろうな、とスズメは思案した。

 

『大常盤のじじいの見解もわからんし、鳥羽と鵜島とも相談して仕事割り振らねえといけねえし、幹部大変だよお』

「急に泣きごとですか」

 

 この人の情緒はやじろべえなのか、とツッコみたい気持ちを抑え、スズメは冷静に答えた。

 

『とりあえず、高虎エマ6級と降磨竜護8段は要監視。人形と鬼は不本意だけど二人に任せよう。じじいには俺から言っておく』

「わかりました。ってことは3段昇格試験の話は……」

『決まってるだろ。フリーパスだバカ。コウマは置いといて、まだ2段のお前と、段すら持っていない妹と高虎エマにも活躍報酬出るだろ』

「ありがとうございます」

『おう、じゃあな』

 

 失礼します、と言って電話を切ったスズメ。小さくガッツポーズを一つ。それをずっと見ていた妹の蜂野ミツハ。

 

「姉さん、もしかして3段昇格フリーパスですか?」

「そうよ、そしてあんたも3級よ」

「ってことはエマちゃんも5級に上がったってこと?」

「ええ、まあそうでしょうね」

 

 ミツハの顔がやや明るくなる。元々表情が豊かな方ではないが。スズメはどこか悲しそうにそれを見ていた。

 

――ミツハはなまじ高虎エマと意気投合しちゃったもんだからねえ。“要監視”とは言わずに接触の機会だけ強引にまた設けていく……か。

 

 



◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 事が片付いたのは、深夜2時。エマは終電などとうに過ぎた駅前で線路を眺めている。コウマは「眠い」と言って先に帰っていった。

 

「……あ、あのビル、チューズデイオカルトあったところじゃん。この駅から見えるんだ」

 

 独り言をつぶやく。初夏の風は、少し生ぬるい。しかし、デニムのホットパンツに春用の薄手のパーカーという服装では、少し肌寒さを感じた。そういえばだが、さすがに編集長亡き今、チューズデイオカルト日報は機能不全だろう。むしろ二人の死者を出したとんだオカルト案件だ。

 

「逆にコアなファンついていたりして」

 

 少しおかしくもあった。目まぐるしく変わったエマの環境。目まぐるしく変わった日常。

 

「ねえ、君……高虎ちゃんじゃない? チューズデイオカルトでバイトしてた?」

「……えっ?」

 

 背後から声をかけられ、警戒心の一切を前面に押し出して振り返るエマ。外灯に照らされた見覚えのある顔。

 

「いや……誰ですか?」

「ああ、ごめんごめん……そりゃ忘れるよなあ。僕いっつもこうなんだよ。人の顔とか服装とか、よく覚えていて、逆に自分は覚えてもらえてなくて誰ですかってやつ」

 

 眼鏡をかけていて、陰気な顔立ちをしている。だが、肌は小綺麗に整っていた。襟付きの緑色のシャツに、ジーパンという冴えない見た目をしている若い男。

 

「はい、名刺。前……一度取材の仕事で一緒になったことあるはずだけど……改めて自己紹介するね。僕、週刊ダイナマイツの生井大登なまい だいとという者です」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 名刺を受け取るエマ。

 

「あ、並び替えたらダイナマイトになる人じゃないですか!! だから週刊ダイナマイツの記者になったって話! しましたよね!?」

「えっ、覚えててくれてたんですか!?」

「今思い出したんです! パンチのある話だったので!」

「うわーよかったぁ!」

 

 生井ダイトは安心したのか、表情が一気に朗らかになる。

 

「え、でも……なんでこんなところに?」

「いや、それはこっちのセリフだよぉ。もしかして、君も取材?」

「い、いえ……私、チューズデイオカルト辞めたんです」

 

「あ……そうなんだ。でも、先週の記事は……」

 

「あ、あれが最後の記事です。面白かったでしょ?」

「うん。あの化け物の記事。傑作だったよ。あ、でも今週出す予定のウチのもなかなかすごいよ」

 

 生井はカバンから記事の切り抜きを取り出す。

 

「どう、これ……この記事!」

 

 エマは切り抜きを受け取り、外灯に照らす。すると、衝撃の記事が書かれていた。

 

『都内各地に悪魔出没!? 映画から飛び出してきた悪魔狩りエクソシストの存在とは!?』

 

 これって、愚魔と愚魔狩のことじゃ……と、すぐに理解したエマ。

 

「すごいでしょ。この写真も見て」

 

 写真……黒くてよくわからないが、堅海図書館が映っていた。

 

――こないだ真愚魔出たとこ!

 

「そして、この堅海図書館に出た悪魔……悪魔とは言っても、レプタリアンみたいなものなんじゃないかと予想していてね」

「ま……ままま待ってください! な、なんでそんなに知ってるんですか!?」

 

 きょとんとする生井。

 

「知ってるって? 別に憶測だよ。オカルトなんてそんなもんでしょ」

 

 しまった、墓穴を掘った。と気づいたときにはもう遅い。生井の興味は、エマの方へと向いていた。

 

「先週の記事のこともあるし、もしかして高虎ちゃん、詳しいでしょ?」

 

 完全にやらかした。詳しいどころかほぼ関係者である。

 

「バイト辞めたんだったら、手伝ってよ。新しいバイト。チューズデイオカルトの時給の二倍は出そう。なんなら歩合制も追加したっていい。どう? 悪い話じゃないでしょ?」

 

 悪い話でもないのだが、今、エマにはものすごく生井が悪人に見えていた――

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